聖地をどうぞ!
――総理官邸4階特別応接室
日本政府側は完全に歓待モードになっていた。
朝、ボスから日本へ贈呈する星系が決定したという共有を受けた俺は、さっそく情報を日本国政府に対して通達。
重要事項につき直接ボス――駐日エルフ部族連合観察官事務所首席観察官が赴いて説明すると連絡した結果、数分後には同日15時での会合の打診が来た。
そして事務所公用車で官邸入りしたのがつい先ほど。
軽い歓談のあとにボスと俺に差し出される羊羹。
満面の笑みで羊羹を口に運ぶボス。対面ではニコニコ顔の人のよさそうな女性――総理が流れるような手つきでお茶を蒸らしている。……たしか、煎茶道だろうか。素人の俺でもすぐにわかるほどのに良い香り――青海苔を思わせるような、深く湿った緑の香りが漂ってくる。
「おっ、これは私がいつも通ってる店の新作?確か店主がそろそろ出せそうって言っていたけど」
ボスはそんな香りも楽しみながら和菓子を上品な所作で堪能している。耳をぴくぴくと動かしながらご満悦の様子だ。
本当に和菓子好きだよなぁこの人。
「えぇ、あの店は官邸でも贔屓にしておりまして夜の星空をイメージした新作とのこと……ささ、こちらの玉露も羊羹に合いますよ」
そう言って総理が宝瓶からお茶を茶碗に注ぎ、茶托の上に茶碗を置いてすっと差し出す。
「ふわぁ……やさしい甘さに爽やかなうま味が舌に残った餡の風味をやさしく流してくわー」
「お気に召しましたか。実は昨年より皇室御料茶園制度を復活させまして、この玉露は献上茶の中から陛下が閣下の好みに合うものはこれでないかと選ばれたものなのです」
時期的には以前から進んでいたのだろうが歓待に陛下もかかわっているのか。
おそらくここぞというときに出そうとしていたカードなのだろう。
さすがのボスもそれには驚いた様子。
「それは恐縮な話ね。とても美味しかったとお伝え願えるかしら?」
「今回のご来訪の案件いかんでは近いうちに陛下とご歓談いただくこともあるかと思います。その時お伝えいただければ幸いです」
「そうね。そうさせていただくわ。―――もう一杯頂けるかしら?」
「もちろん。田中連絡官もいかがですか?」
「……いただきます」
全体的に和やかに進む歓談。
……………。
………。
……。
ボスが和菓子を食べ終えて姿勢を正す。
それを見た総理は閣僚に目配せをした後、本題を切り出した。
「それでは我が国に贈呈いただけるという星系について、お聞かせいただけますでしょうか」
「えぇ、ただその前に一つ前置きを」
こほんと一回咳払いをしてボスは続ける。
「日本国に対して贈呈する惑星は先んじて地球構成各国に贈呈された惑星とは異なり、我が国――エルフ部族連合が領有する無人星系を譲渡する関係上、銀河連邦元老院議会第4探索区域前FTL文明啓蒙委員会の採択決議に基づいて選定されました。そのため他国と手続きが『多少』異なることをご了承ください」
「……わかりました」
ボスの言に総理がごくりと唾をのむ。
各宗主国の惑星選定は様々な背景はあれどおおむねその宗主国の一押しの惑星が選ばれている。
そのためにテラフォーミングをしたり整えられた惑星・星系ばかりという情報は既に日本国政府としても把握しているだろう。
そのなかでも例外となるような特別なものを用意した。ボスの言葉にはそのような意図が含まれており、その意図を日本政府としても正確に把握したようだ。
まあ、特別なのは間違いない。特別なのは。
事前に情報に目を通していた俺は頭が痛くなるのをこらえ黒子に徹する。
「ニザヴェッリル星系第二惑星スヴァルトアルファヘイム及び惑星の属する星系。これが貴国に贈呈される惑星です」
そう言って手元の端末から立体映像を投影するボス。
同時に俺が日本政府側に星系及び惑星の概要情報を送信する。
すぐに総理の後ろに控えている政府閣僚の端末にも情報が共有され、そばに控える閣僚の何人かが静かに部屋を出ていく。
「重力0.89G、直径約9800km、公転周期は361日、自転周期は24時間32分、大気組成は地球と同一……つまり、非常に地球に近似した惑星と思っていただいて構いません」
データとボスが表示している惑星の立体映像を見比べながら閣僚たちが一斉に顔を輝かせる。
「おぉ……まさに第二の地球ですな」
ここ数か月は先行して問題児扱いされているアメリカ、インド、中国が惑星開拓を開始した上に、欧州やオセアニアなどの先進国地域に続々と贈呈惑星が決定する中、日本は一歩出遅れている形だった。
連絡官として会合を持つたびに「いつ日本の惑星は決まるのか?」と矢の催促だったことを思い出す。
ようやく決まった贈呈惑星が特級なものだったことでその緊張が一気にほころんだのだろう。
閣僚や官僚たちに一気に安堵の表情が浮かんで居る。
総理も穏やかな笑顔だ。
まだ早いよアンタら。
「このような惑星、貴国の中でも割譲……いや贈呈にあたっては折衝が大変だったのでは?」
「そうでもありませんよ?むしろこの惑星に聖地を有するダークエルフ族こそ推進派だったといっても過言ではありませんもの」
ニコニコ顔で聞く総理にしれっと爆弾を投下するボス。
「…………………………………聖地?」
総理の笑顔が固まる。
「ダークエルフ部族がFTL文明に到達する前……有史より故郷としてきた聖地『世界樹』が存在します」
情報を補足するボス。
いや、総理が固まってるのは情報が足りないわけじゃないです。
「えっと……この、惑星は――我々に割譲、されるのですよね?」
「えぇ」
「聖地、なんですよね?」
「聖地なのは惑星の一部諸島。面積にしておおよそ九州程度の面積の部分のみです。なお、我が国の歴史において大規模な戦争が起こった過去において全軍の数割を損耗して守り切った程度には聖地です」
戦争の結果、今は無人となって久しいですがと付け加えるボス。
「いやいやいやいや!!!そんな星を我が国に譲ってもいいんですか!?」
「もちろん聖地保護に関しては我が国と貴国の間で保全条約を結ぶ必要はございます」
「そうではなく!」
地球に直すとサウジがメッカ近辺を割譲するようなものだ。
そりゃ焦るし意図を測りかねる。
「聖地に関しての感情と、それを含めた惑星を割譲することへの感情については我が国の大使に照会されるのがよろしいかと。彼女はダークエルフ部族ですので聖地を信仰する部族の意見としては最適です」
「本当にこの惑星を割譲することへの貴国国内の反発感情はないんですね?」
「ゼロと言ってしまうと嘘になりますが、ほぼありません。あえて付け加えるのであれば……近い将来、貴国が我が国から独立し、銀河連邦に加盟した際に我が国と貴国の間での往来に制限を設けない条約などが締結されるのであれば……確実にゼロになるかと」
「そんなことで……本当に?」
移住制限については現在において日本国側に自主権はないため、独立の際のことを確約することに日本側には全くデメリットがない。
その程度の条約で聖地に関する懸念事項は発生するとはいえ、こんな好条件の惑星が?と総理は疑い顔だ。
しかしボスの部下に数年の俺にはわかる。エルフたちは多分、日本の食糧目当てでこれをやっている。
むしろ往来制限を日本独立後の将来にわたって撤廃できるならデメリット皆無くらいには思ってる。
聖地が重要なのは本当だろうが、日本がそれを害するとは微塵にも思ってないだろう。だってやったら滅ぼせるしこの人たち。
「聖地に何らかの係争問題があったり、惑星に戦争時の懸念材料があったりは……?」
「ありません。ご心配なら条約にその旨を明記しても構いません。これは本当に単純に、独立後を見据えた貴国との友好関係のために選定した結果となります。ご安心ください」
そう言ってボスはにっこりと笑う。
それを見て総理は少し逡巡したのち、ボスに提案を出してきた。
「わかりました。貴国の好意と信頼を我が国は非常に嬉しく思います。惑星についてはありがたく受領をしたいと思います。……しかしながら聖地については貴国の文化的宗教的重要施設をそのまま受け取ることは憚られます。そのため、聖地近辺については我が国は保護を行うのではなく、地位協定を締結し、貴国の権利を尊重する形ではいかがでしょうか?」
要はそのまま持つの不安すぎるから責任はそっちでもって!ということである。
「わかりました。子細については後程我が国の大使に引き継いで調整する形といたしましょう」
ボスの返答にホッと総理が胸をなでおろす。
懸念事項が一つ片付き、総理が話題を切り替えた。
「……では次に開拓政府に関してですが、これからの準備となりますので半年ほどかかると考えております。領有権の譲渡にしてもそれくらいの時期をめどにしてよろしいですか?また、星系名や惑星名については他国と同様に我が国での再命名は問題ありませんか?」
「星系名および惑星名については貴国の権利となるため命名を我が国で妨げることはありません。旧惑星名として我が国側では併記となる場合があることのみご了承ください。開拓政府については、そうですね――」
そこで一瞬ボスの目が泳ぐ。
「一旦準備はひと月ほど延期していただけますか?」
……これは何か企んでる時の目だ。
「それは構いませんが、理由をお伺いしても」
総理が不思議そうにボスに尋ねる。
「本惑星は領有権の譲渡を伴うため1か月後に同惑星にて割譲式典を開催したいと考えております。そして貴国の領有となったのちに開拓計画にしては進行頂きたいと考えております」
ボスの回答に総理はなるほどとうなずく。
割譲の前に開拓の計画を行うことが行政手続き上問題があるという理解をしたのだろう。
絶対違う、本命の何かを隠してる。
その後は形式的な質問がいくつか交わされ、会議は円満(表面上)に進行した。
エルフさんは最後に立ち上がり、朗々と告げる。
「それでは、ひと月後、割譲条約の調印を行います。式典には我が国の国家元首である最高指導者も出席の見込みです、また半月後には貴国のみなさまを惑星へ御案内したいと考えております。我が国がご案内するため準備は不要ですが、ご予定についてはいかがでしょうか」
ボスの言に閣僚たちは慌てて控えている官僚にスケジュールの確認しだす。
「万難を排して予定を調整いたしますわ」
そう言って総理は笑顔で返答した。
事務所公用車に乗り込んで総理官邸を発つ。
総理をはじめ閣僚も正面玄関まで見送りをしていた。
視線を車内に戻してボスに問いかける。
「何を企んでいるんですか?」
「ん-大したことじゃないわよ」
「絶対ろくでもないことを考えてるって直感が言っているんですけど」
「ろくでもない事ではないわよー。長期的に見れば振り返ってよかったと思えることになるわ」
「短期的には?」
「…………」
俺の問いに目線をそらすボス。
「ちょっと?」
「ふふ、当日になればわかるわ」
どうやらその日まで俺にも共有するつもりはないらしい。
俺は深いため息をつきながら、座席に体重を預ける。
(絶対ロクなことじゃねぇ……)
半月後、その予感は当たることになる。
それも予想の斜め上の方向にだ。




