銀河連邦と失われた文化
観察官事務所の首席観察官執務室。
この日、執務室の端末は全世界の経済統計データが立体映像て所狭しと表示されている。
地球各国が銀河連邦構成国の保護国になり、物資配給が開始されてから2年。
すでに多くの産業が壊滅したことは周知のとおりだが、どのように減っていったか、何が残っているかの正確な正確な調査は今回が初めてだった。
各国からのデータがポップアップしては消え、グラフが激しく変化する。
保護体制発足から半年で金融や情報通信、エネルギーなどの分野が下落し消滅。
入れ替わるように勃興する食品セクター微増する一般消費財。
激しく上昇する失業率に向上する生活水準。保護体制発足前なら一目で誤集計ととられるデータだが、今回の統計ではその異常さこそこの騒動を正確に分析できる変化。
人工衛星からの夜間写真の推移をみると、大都市を中心としていた明かりが1年間で瞬く間に分散し、代わりに今まで暗かった地方にぼんやりとした明かりがともっていくさまが見える。
都市から地方へ、先進国から途上国へ、栄華を誇った大都市は等しく明かりの強さを弱くしていき、地球全体が淡い光を放つ地図に変化する様子はある意味感嘆を覚える。
別のポップアップには保護体制発足からの地球外との輸出入データ。
需要と供給に関するグラフが表示されている。
輸入は発足後に大量の供給がなされ、それに急激に追いつくように需要は追いかけ、やがて均衡がとれながらも緩やかに上昇傾向。
そしてもう一つの輸出グラフ。
3か月後を契機に急激に需要が増加しているのに対し需要は微増、一時的に急激に伸びているところはノームさんが北海道を開拓したり、アメリカ、インド、中国が先行して入植したあたりだろうか。
でも、圧倒的な需要超過。
俺はコーヒーをすすりながら、それをじっと見つめてため息をつく。
「田中―データは出たー?」
後ろからボスの声。ボスはボスで何やら本国からの要望をまとめているようだった。
「5年後予測、ちょっとは均衡取れそう?」
「……全然足りないっすね?」
ボスに予測グラフを送る。
食料関連、化粧品産業、衣料・香料系。現時点での供給率0.05%
「……5年予測で2%前後かぁ、全然足りないわよ人類頑張って!」
「どんだけ地球産の食べ物とか化粧品とかアパレル欲しいんですか銀河連邦」
そんなにメシマズなの? ……メシマズだったわ。
配給権で試しに買ってみた食料の味を思い出してまたため息が出る。
なんかこう、ディストピア飯ってこんなのなんだろうなーというのが現実に出てきた味だった。
何がまずかったのかと聞かれると答えずらいのだが、とにかく強烈な違和感がある味だったという記憶はある。
「まあ私たちエルフはそっち当たりの問題はもう少しで何とかなりそうだからいいけど、ほかの構成国は必至ね。ノームをもっと活用したらどうか?とか普通連邦議会の訴状に上がることはないような案まで出てるわよ」
『ノーム』という単語に思わず頭が痛くなる。あれを?もっと活用しろって?
「エルフ部族連合の方でもですか?」
「ううん?本国の方はもうそれよりも直通航路とかの準備が――」
言いかけて不味った、という表情をするボス。
「ボス?」
「ナンデモナイワ!とにかく日本の輸出については私の権限で構成国の要望はスルーしておくから安心して。正直毎日矢の催促だし、そろそろ連邦議会の公聴会に召喚されそうだけど」
「地球の飯と化粧品と服ってそんな重要議題なんですか?」
「割と。少なくともエルフ部族連合も輸出の目途がないなら同じことすると思うわ」
いやいやいや。
「さすがにおかしくないですか?」
「そう?」
「……むしろ異常っていうか。なんでこんなに需要があるんです?なんか地球人が検知できないマナ?ってのが違うってのは聞きましたけど、そんなん連邦の文明レベルなら作れるでしょう?複製機以外に生産体制ないんですか?」
物珍しさ、でもないような感じだ。実際各国の観察官を見てても地球の食品や嗜好品に対しての食いつきは好奇心というよりも、必至さがある。まるで昔から求めていたをようやく見つけたといった雰囲気すら感じる。
「うーん……そうね。そろそろ自治国昇格後の情報も田中に開示すべきかもしれないし、ちょっと説明しようかしら」
少し悩んだ素振りを見せた後、そう言うボス。
「そうね。あえて簡単に言えば――私たち銀河連邦構成国のそういった食文化、嗜好品に関する文化は5世紀ほど前に一度壊滅してるのよ」
「もしかして物騒な話です?」
「もしかしなくても物騒な話。むしろここ5世紀ほどが平和な期間って感じかしら。詳しい情報は長いからデータで送るわ。時間がある時にでも見ておきなさい」
「うぃっす」
データ端末に目を移す。そこには『対奉仕枠管理局戦争』と題されたデータ群。
「食文化、嗜好品、服飾技術。三世紀半の戦争で、それらの多くが消えてしまった。データとして複製はできてもその成り立ちやそれらが纏うマナの雰囲気はもう再現ができないの」
ボスの言葉を追うように受領したデータから戦争前後の人口統計のデータを見る。……銀河連邦の人口、8割減してません?
概要欄を見ると2000年にわたる戦争とか書いていて背筋が凍る。
西暦中ずっと戦争やってたんか銀河連邦……。
「この、奉仕枠管理局ってどういう国家なんです?」
「今の地球のセキュリティクリアランスでは開示できないような国家」
つまり超怖くてやべぇ国家ってことですね。分かりました触れません。
断片的な情報だけでもすでにやばいのに、そこから先の情報なんて聞きたくない。
おそらく銀河連邦が前FTL文明を星間文明に押し上げるためにあの手この手で人類をあやしているのも、このあたりに動機がありそうではある。
でも聞かない。
仕事の範囲外だ。
こういう情報は銀河連邦加盟後にお偉方が聞いて胃を痛めればよいのだ。
俺にはそこまでの情熱はないのでスルーする。
「でももう500年も経ってるんですよね?リソースの回復には十分な時間では?」
「文化ってのはね、一度失われると復興は容易いものじゃないのよ。そもそも地球に来るまでは私たち自身、自分たちの食事や嗜好品のレベルがここまで低いなんて思ってもみなかったもの」
それこそ複製機での製造で十分と思ってたしねと付け加えるボス。
戦争で壊滅した食文化・嗜好品への文化、複製機で表面上は再現できても失われたものは元々どの程度の水準ものだたか解らない。
そして前FTL文明も、現在構成国になっているのは中世以前の文明ばかり、宇宙世紀に到来しつつある、文化的に銀河連邦に比較的近いレベルの文明で『まともに』接触できたのは地球が初めてだった、ということか。
そして地球を通じて銀河連邦構成国は『思い出して』しまった。
複製機じゃ再現できない、洗練された食料や嗜好品を。
「なるほど……そういうことだったんですね」
食文化・嗜好品に対する歴史で考えれば銀河連邦は『対奉仕枠管理局戦争』終結後から始まっている。
地球人類の歴史は、西暦から考えても二千年以上。
ある意味、食文化や嗜好品分解においては人類は銀河連邦構成国よりも先輩にあたるわけだ。
そしてその需要は高まることはあっても減ることはない。
少なくとも数十年スパンでは人類がその需要の担い手を一気に引き受ける必要がある。
会話で時間がたち、冷めてしまったコーヒーを口に含みながら考える。
コーヒーの苦みが、銀河連邦の歴史の一部の味に似ている気がした。
本作でのマナを纏っていない食品・衣類・嗜好品は人類の基準に直すとコレジャナイ代替食をイメージすると近いと思います。
要は某PBのウイスキー色のスピリッツをウイスキーとして飲んでた人が本格的なウイスキー飲んだ時のようなものでして。そりゃ衝撃受けるし執着するよねって。




