軽く決まる日本の命運
――駐日エルフ部族連合観察官事務所
観察官事務所の首席観察官執務室。部屋の主である首席観察官のデスクには端末に向かって難しい顔でデータを打ち込んでいるエルフさん。
集中しているのか、画面以外は何も見えていないような様子。
そんなエルフさんに、僕はそーっと横から近づく。
そして、
「エールーフさーん」
「きゃっ」
エルフさんに声をかけながら、僕はエルフさんの長い耳を甘噛みする。
エルフさんは可愛い声をあげたと思うとこちらに振り向いた。
「普通に声をかけてよ、もぅ……それで、どうしたの?」
「新型反物質炉の設計図、作り終わったよー」
そう言って、エルフさんの端末にデータを送る。
「えっ!?もう??―――ちょっとみるわね」
受けとったデータをエルフさんは慌ててチェックしだした。
僕はどこにでもいる平凡な少年。
人と違うことがあるといえば、同じ年ごろの子に比べてずっと頭が良い事と、数か月前に北米の半分を吹っ飛ばしかけたことくらい。
……あの日以来、僕はちょくちょく観察官事務所にお呼ばれする事になった。
ただ遊びに来ていることもあるが、大半は仕事。
僕のことを『プライベートで親交のある好ましい少年』から『一人前の技術者でもある天才少年』に意識を修正するようになったエルフさんは、僕の新型反物質炉の設計を聞き出したかと思えば、今回は太陽系の木星近辺に設置する実用型反物質炉の設計を依頼してきた。
『大体1年くらいで設計終わるかしら?』と聞いてきたエルフさんにあいまいな笑みをしたのが3か月前。
昼夜エルフさんの歓心を引くような挙動をしながら放課後にちょくちょく観察官事務所の端末で設計をしてきた。
1年とか僕を馬鹿にしないでくれる?
設計図は北米の時にすでにできているようなものなんだから共鳴暴走防止の安全装置のゼロからの検討を合わせても半年だよ。
そう思いながら観察官事務所のAIを使ったら予想以上にはかどり、僕自身も想定外なことに3か月で完成したのがついさっき。
エルフさんのデスクに座り、足を組む。
ちなみに今日はおとうさんは日本政府の人との会合で今は居ない。
つまり僕を止める人はいないのでやりたい放題ってこと。
僕の渡したデータに目を通しているエルフさんを尻目に、僕はエルフさんのデスク端末と僕の端末を同期させて僕がエルフさんに声をかける前にエルフさんが見ていた資料に目を通す。
そこには日本列島の火星転送計算のデータが記載されていた。
太陽系第四惑星、火星。
僕たち地球人が知る赤色の惑星だったのか過去のこと、オーク汗国のテラフォーミングにより今では青く美しい姿を地球から天体望遠鏡でも見ることができる。
しかし、この惑星には今、持ち主は居ない。
元々はオーク汗国がアメリカ合衆国への贈呈のためにテラフォーミングをしていたのだが中国、インドとの乱闘の結果、それぞれが太陽系外の離れた位置にある星系を受け取ることになり、さらに他国も太陽系外の惑星を付与されたことにより受け取る相手がいなくなっているのが現状だった。
今は、エルフ部族連合がオーク汗国から管理権を委譲されている。
つまり――
「すごい……共鳴暴走対策も問題ないし、資材所要量の計算も終わってる。自動組み立て機械にデータを流し込んで複製機で既存規格の反物質炉の部品を生成すれば……って少年!どこに座ってるのよ!!」
簡単に目を通して問題なさそうと思ったのか画面から顔を上げたエルフさんの耳が揺れる。
言葉では怒っていつつもその目線は僕の太ももと膝小僧――制服の五分丈ズボンとハイソックスの間の肌に固定されている。
「エルフさんこういうの好きでしょ?」
「しゅきっ!!――……じゃなくて」
少し頬を赤くするエルフさん。
こうやってエルフさんの歓心を日々引くのは楽しい。あ、今やりたいのはそうじゃなかった。
「――エルフさん、日本への贈呈惑星は……火星?もしかして、そのまま丸ごと移転させるつもり?」
「あ、うん。そうそう!ほら、この前ニャタビ騒動の時に猫又さんが準備していた移転装置あったでしょ?あれを使って日本列島ごとクリュセ海の当たりに移動しようかなって」
あー、中国でニャタビ栽培が収集つかなくなった時用に木星軌道に用意してた物質転送装置か。アレ本来の用途だとちゃんと人ごと移転できたんだ。
「基本は私たちが星間航行船で積んでいる星間航行装置と基本的な構造は変わらないわ。ただ大型なだけ。だから安全よ?」
「そっちは心配してないよ。どっちかというと問題は目的地の方かな」
そう言って、火星の立体映像を指さす。
「火星を日本に割り当てるのって、何か問題あるかしら?」
「独立加盟承認の段階で1国家1星系は持つんだよね?太陽系は日本が領有するの?その時までに世界各国は地球の旧領を日本に譲渡する?まず間違いなく揉めるよ?」
例えば銀河連邦直轄領にして、個人の私有権は既存のまま認めるとかなら落としどころはあるけど、日本へに限らず、そのまま太陽系に残って星を貰った国家にあげるという選択肢は多分他国にはない。
「あ……」
地球をどうするかについて完全に頭から抜け落ちていたらしい。
言われてみればという表情でエルフさんは手をたたいた。
それに、日本への贈呈惑星が火星というのはそもそも僕も気に入らない。
僕はもっと遠くに行きたいのだ。それに有利な状況にできるシチュエーションなら、なるべく誘導する。
僕はエルフさんの肩に手を這わせて、甘えるような声で続ける。
「ねぇーエルフさぁん……僕たち日本人ーエルフさんとこの近くの星が欲しいなぁー」
「―――!!!!」
その時エルフさんに衝撃が走る。
そんな感じで目が見開かれたと思ったら、急いで端末を操作し始めた。
その発想はなかったみたい。特に媚びる必要もなかったなぁこれ。
「EBR237429b……組成は良いけど潮汐固定あり、却下……EBR644W29b……G型主系列星だけどアルフヘイムから300光年、遠すぎ却下―――あぁもういい惑星ない……あ、そういえば自然保護惑星スヴァルトアルファヘイムって今無人よね……」
「エルフさん?」
なんか自然保護惑星とか言う単語が出たんだけど、それいいの?自然保護区的な奴じゃないの?
なんかビデオ通話をし始めるエルフさん。すぐ映った映像はでかい会議場みたいな風景。
ねえそれエルフ部族連合の議会じゃない?
「―――委員会中失礼するわね。最高指導者居る?わたしわたし、地球の保護観察官。最高指導者閣下ってさダークエルフ族の族長でもあったじゃない?うんそうそう。スヴァルトアルファヘイム日本にあげていい―?そうそう聖地の方。そうそう和菓子と日本酒と緑茶の国――多分アルフヘイムから3光年だから輸出も優先割り当て受けれるわよ?どう?」
画面の向こうの議場が騒がしくなる。いや無理でしょ。
『聖地渡したら日本の食べ物食べ放題??』「食べ放題ね」
『地球人って300歳超えても異性としてみてくれるってマジ!?』「マジよ!」
『ヴァンパイアのあの子みたいに飲み放題あさり放題!?』「そうよ!なんならお引越し直後に全面解禁するわ」
拍手喝采になる議場。なんかひゃっほぅ! とか言っている人もいる。ノリ軽い。軽くない?
そしていい笑顔でサムズアップする褐色のダークエルフの人。
聖地って言ってなかった? いいの?
聖地を食べ物で売り渡すエルフ部族連合の上層部に僕は大丈夫かこいつら?といった気分になる。
多分表情に出てるかもしれない。
なんか映像の向こうで一部のエルフの人が悶えてる。……キモ。
「ふーっ」
ビデオ通話を終了し、一仕事終えた表情で額をぬぐうエルフさん。
そして僕を見て、人差し指を自らの口の前に立てて「しー」のボーズをするエルフさん。
おとうさんには秘密ってことですね。いいですとも。
「ちなみにここから何光年くらい?」
「うーん600光年くらいかしら」
いいねいいね。そこからさらに天の川銀河外縁方面の探索に行けるならいいことずくめだね。
「とすると『お引越し』は中止?」
「いいえ?転送は質量は問題だけど、距離にはそれほどエネルギーを使わないから大丈夫ね、予定通り『お引越し』になると思うわ」
若干心配だったがお引越しは予定通りということかぁ。
いいね、望む限り最高の結果じゃない? 聖地? そういう難しいことはえらい大人の人がやることだから子供の僕はしーらない。
「今度お礼に手作りクッキー作ってくるねエルフさん」
「わぁい。頑張って予定前倒ししちゃおうかしら」
気の抜けた歓喜の声を上げるエルフさん。
僕そういうエルフさんの緩いノリ、大好き。
こんなゆるーいやり取りで日本の命運が決まっていってしまったが、ここには今誰も突っ込む人はいない。
少年とエルフさんの欲望で決まった方針を止めれる人は誰もいなかった。




