首席観察官たちの宴といらんことを思いつくドワーフ
会議が終わり、ブリュッセルを赤く染める夕日がビル群のガラスを黄金に照らしていた。
全館貸し切りでの打ち上げ。地上二百メートルのフランス料理レストランには、ドワーフ族、ニーケー族、コボルト族、ピクシー族の4種の観察官事務所観察官がそれぞれの卓で歓談する姿があった。
その一角には、先ほどの会議で激しい? 割り当て議論をしていた4人の首席観察官の姿。
「うむ、やはり地球の腸詰はうまいな。このあふれる肉汁をウイスキーで流し込んだ時の喉が燃えるような感覚、たまらんわい!」
「腸詰にチーズを絡めながら口に含んでピルスナーで流し込む!ぷはーこれだけで生きてるって実感できるよねー」
ドワーフさんとコボルトくんがチーズとソーセージをつまみながら、各々秘蔵のスコッチや出来立てのピルスナーを流し込んでいた。
その向かいで、ニーケーさんとピクシーさんが笑っている。
「しっかし、本当に私たちの故郷の古典衣装って、ヨーロッパの民族衣装にそっくりよね」
そう言って服をひらひらさせながらピクシーさんはローズリキュールのシャンパン割をストローで吸う。
そんなピクシーさんを見ながら ニーケーさんは得意げに胸の十字飾りを鳴らした。
「ふふ、この古典衣装、効果は抜群でしょう?スーツや軍服を着ていたらこうまでスムーズではなかったはずです。特に私なんかは地球人のキリスト教の天使に近い姿でしたので、先方の宗教衣装に類似した古典衣装を着て現れただけで、現地宗教の良いイメージの恩恵まで受けることができました。事前にイルカニアンさんからの報告を聞いた際はひそかに暗躍する動きもみられていたようですが、貴方達のあとに私が着任した途端、沈静化したじゃあないですか。私何もしてませんよ?」
「よっ!天使長さすが!」
コボルトくんはヨーロッパ人が付けたニーケーの首席監察官のあだ名を呼ぶ。
ニーケーさんもまんざらでもないようで、羽がわっさわっさと揺れている。
「おいらたちはなんかくいもんもらったら尻尾振っときゃ大体喜ぶからコミュニケーションも楽だぜ」
「それ素で尻尾振ってるんじゃないの?」
「だってうめえじゃん地球の飯」
「それね」
あっはっはっはと笑い合うコボルトくんとピクシーさん。完全に出来上がっておられる。
「儂もやたらと技術について聞かれるなぁ……ドワーフ族は地球の類似の伝承だと鍛冶が得意な種族と思われてるようだからな。儂はどっちかというと施工管理とかそっちが専門なんじゃが……」
「まあ種族単位でみるとドワーフの気質も確かに似てるじゃないの。どっちかというとそれは貴方が例外でしょう」
「ま、そうじゃな、ニーケーの。おぬしの言う通りじゃな。がっはっは!!」
笑いが満ちる。
そうして話題はそれぞれの一押しの酒や食事の話に移り、追加の食事を注文していく。
ピクシーさんは普通にドワーフさんと同じくらいの量を食べているが、だれも指摘しない。そういうものなのだろう。宇宙の不思議である。
そして最終的に話題は自然と会議の成果――各国へ贈呈される惑星の選定――から、それらで生産される嗜好品の話題へと移った。
コボルトくんは麦とホップが奏でる様々な香りや飲み心地を語り、ニーケーさんはブドウから作られる芳醇な香りの神秘を語った後に天使の取分についてニーケー族に無許可なのはどうなのかとぼけ始め、ピクシーさんは銀河連邦構成国で自生する様々な花を作った香水の香りに思いをはせて夢見心地に語る。
そんな3人を見ながら急にテンションが急降下していたのが、ドワーフさん。
静かにウイスキーの瓶を見つめていた。
「……お前らは良いよなぁ」
グラスを置いてつぶやくドワーフさん。
「ワシのところはウイスキーじゃ。熟成に時間がかかる。星はもう決まったが、開拓星で出来上がったウイスキーを飲めるのは何年も先じゃ」
完全に不貞腐れた口調である。
「一樽十年。下手をすればワシが飲めぬうちに彼らは独立、儂も次の任地じゃ……彼らが独立するのに合わせて隠居しちゃおっかなー儂」
「いーんじゃなーい?こーんな美味しいお酒を造ってくれる種族の土地から離れたくなんてないもの!私はもうここで旦那様を見つけて隠居するって決めてるわよ!」
「ねえ、ニーケーの。貴女が最近教会関係者と無駄に会談を重ねてるのって……?」
「旦那様探し❤私は天使長なのでカトリックの神父でもセーフ!」
ピクシーさんがあきれ顔でニーケーさんを見る。その表情は『このニーケー堕天してないだろうか?』という顔をしていた。
そんなボケ倒してるニーケーさんを無視し、考えこむドワーフさん。
そんなドワーフさんの前にひょいとノームの給仕さんが現れる。
「お食事の追加はいかがですか? あと……仕事、あります?」
皿を運びながら何かを察知したのか、目をキラキラさせて言ったノームの青年に、ドワーフさんが目を細める。
「……なあノームの。お主、確かだいぶ昔に時空操作でやらかしておらんかったか?」
「あー……あれは怒られましたねー。今なら安全にできると思うんですけどねー」
「ふむ……詳しく聞かせてみぃ」
ドワーフさんの言にノームの給仕さんの目が輝く。
「それでは、ごにょごにょ」
「おぉ!それマジでいいじゃん」
そういうとドワーフさんは急に立ち上がる?
「どうしたの?トイレ?」
「HD71334Bに行ってくる!」
ニーケーさんの問いかけにノームさんと一緒に会場を出て行ってしまうドワーフさん。
HD71334Bはイギリスに贈呈される予定の惑星だ。
つまり、あのノームの給仕と何かを「仕込み」に行ったのだろう。
ニーケーさんは一瞬イギリスの連絡官に連絡してあげようかと考えたが、追加注文の生ハムが来たことで一瞬で頭から抜け落ち、新しいプロヴァンスのロゼを開けて新しいワインとつまみに舌鼓を打つのに集中することにした。
☆彡
――贈呈惑星選定会より一か月後。
――イギリス連合王国 開拓惑星「アヴァロン(旧:HD71334B)」衛星軌道
「これが……我々が譲り受ける惑星HD71334B……ですか」
窓外に広がる青と緑の球体に、イギリス開拓準備政府の高官は息をのんだ。
雲が織りなす白い渦。深い海。資料の通りの、息を呑むような美しい惑星。
その美しさに、思わずこみあげてくるものがある。
今頃他国の開拓準備政府の高官も同じ思いをしているのだろうか?
多くの開拓準備政府高官同様、このイギリスの開拓準備政府高官も人類の中でも有数の宇宙狂いだ。
感慨はひとしお以上のものがあった。
だが――。
「……あれは?」
惑星の反対側に月ほどの大きさの衛星が浮かんでいた。
それだけなら地球と同じバランスのすばらしさに感嘆するところだが、その衛星の様子が明らかにおかしい。
衛星全体を琥珀色の淡い光の膜――バリアのようなもの――が覆っている。
「いや、まったく聞いてないですね……あとで首席観察官殿に聞いてみましょう」
同席している秘書官も情報がない様だ。
言い知れない不安がイギリス高官を襲う。
「ようこそ、イギリス殿。ええ星じゃろう?」
惑星にあらかじめ設置された軌道エレベーター式宇宙港に降り立つと、満足げな顔のドワーフさんが出迎えてきた。
その横には、同じくいい笑顔でキラキラしながら目にクマを蓄えたノームの集団。
ノームたちの行状は既に欧州にも知れ渡っている。
イギリス高官の顔がさらにひきつった。
しかしこれしきで倒れるわけにはいかない。
宇宙は想定外でいっぱいなのは覚悟していたじゃないかとイギリス高官は己を奮い立たせ、ドワーフさんに問いかける。
「……あの、資料にない“月”が見えましたが、あれは?」
「うむ、あれは熟成衛星じゃ」
「じゅ、熟成……?」
「ノームの最新技術で時空がゆがんでおってな。地球時間の1年で、あの中では120年分熟成が進む。おぬしらが入植して翌年にはウイスキーの出荷ができるぞ!すごいじゃろ!」
胸を張るドワーフの横で、イギリス高官めまいを押さえるのに必死だった。
(そ、そこまでやるか?ウイスキーのために?バカなんじゃないかこいつ?)
多分バカである。でもそれは他の欧州首席観察官も同じだと思うよ?する必要がないだけでする必要があったらやると思うよ彼ら。
「……しかし、あれに入ったら120倍の時間がかかるというわけですよね?さすがにそこに搬入する業務に名乗り出る人は…その少ないかと……」
「うむ、ノームさんたちが無限労働してくれるで安心じゃ」
「それはいいんですかノームさん……」
あまりにブラックな言いざまにイギギス高官はノームに問いかける。
ノームさんは何も言わずにお任せあれとばかりに胸をたたいている。
頭を抱えるイギリス高官。可哀そう。
「あ、そういえば一つだけ注意点がありますよ」
「まだこれ以上何かあるんですか……」
もうおなか一杯そうなイギリス高官。そしてそれを無視してノームさんは続ける。
「あの、熟成衛星の中に入って時空のゆがみについて研究しないこと。原理を解明しちゃうとちょっとまずいことが起こります」
「と、言いますと?」
「原理を観測すると、その瞬間にこの星系が時空崩壊してなくなっちゃいますのでー」
「そんな危ないものウチの星の隣におかないで!?」
イギリス高官、ついに発狂。
それはそうだ。ウキウキで惑星の受け取り準備に来たらビックリドッキリ日間星系の危機付きだったらそうなる。
「一応、安全策として自動迎撃システムを衛星軌道に追加しておいた。許可のない侵入者は問答無用で追い返す。じゃからノーム以外があの星に立ち入ることはない。これなら安心じゃろう?」
「本当に大丈夫なんですね?????」
おもいっきり不信の目を向けるイギリス高官。
ドワーフは満足げサムザップ。
「防衛だけなら奉仕枠管理局の第二艦隊が来ても追い返せまーすよ。ご安心」
「まじか気合入っとるの!」
「あの、せめて基準……基準を教えてください……」
かすれ声のイギリス高官。ドワーフさんは少し考えこんでこう返した。
「儂ら銀河連邦の主力艦隊が全力で攻めてきてもあの惑星には侵入できないくらい、かの」
そんなハリネズミの防御をしてまで欲しいのか、ウイスキー……。
あとさらっと聞いちゃいけない単語が聞こえた気がするんだけどそれは良いんですかね?
イギリス高官の心の中で突っ込みがどんどん増えていく。
しかし数分悩んだのち、結局はイギリス高官はあきらめることにした。
悩んで抗議したところで事態はどうにもならないと理解したのだ。
代替星系を要求したとしてもおそらくドワーフ族は同じようにこの熟成惑星を押し付けてくる。
それなら受け取りの時間が遅れるようなことはせず、素直に受け取ろう。
この事実は上層部だけが知っていればいい。国民向けには高度な技術の関係上、防衛のためにノーム以外の立ち入りができない、とでもしておけばよいだろう。
そうあきらめて、イギリス高官は素直にこの星系を受け取ることにした。
そして空を見上げる。
美しい惑星の上空で、衛星のバリアが淡く光り、琥珀色の輝きを放っていた。
それはまるで、熟成を終えた一滴のウイスキーのようだった。
ちなみにアイルランドもドワーフさんが抑えてますが、この後バリアー惑星を押し付けられそうになった時は「熟成はイギリスさん所の星でやればよくない?」と言ってしれっと被害担当をイギリスに擦り付けてバリアー惑星貰うのを避けています。




