暗躍する少年
二回目の夜。うっすらとしか光の入らない公園の東屋。
夜明かりが僕とエルフさんを照らしている。
「いいなぁ、エルフさんは。宙に行けて」
そう僕が言った後、エルフさんは困ったような顔をして、そのまま話が途切れてしまう。
お茶をすする音と、波の遠い音だけが聞こえている。
ちらりとエルフさんを見ると目線の泳がせながら耳がぴくぴくと動いている。
なにか話題がないかと探しているのだろうか。
僕は笑ってエルフさんに問いかける。
「ねぇ、エルフさんって、お仕事では何してるの?」
その瞬間、エルフさんの表情がパッと明るくなった。
たぶん得意分野なら話せると思ったのだろう。
「えっとね、私は観察官よ。地球文明を保護する義務があるの。あなたたちが安全に発展できるように――」
話し始めたら止まらなくなってしまった様子のエルフさん。
それに僕はところどころ相槌を打ちながら少し笑みを浮かべて聞き手に徹する。
「たとえば、物資配給に伴う経済の再編とか、技術ツリーの進展具合に合わせた知識の供与。ああ、それで思い出したけど今供与しているブラックホール炉は――」
話題がどんどん横道にそれていく。
ブラックホール炉の安全設計の話になり、次第に専門的な単語が混じりはじめた。
「反物質炉」「磁気閉じ込め」「銀河標準」「非線形補正」――
途中から自分でも止められないらしく、エルフさんの目がきらきらしてくる。
「あ、もうこんな時間ね。そろそろおうちに帰らなくていいの?」
「そうだった……エルフさん、ありがとう楽しかったよ」
やっぱりこの人、根は研究者肌だ。質問されると嬉しくなっちゃうタイプだ。
エルフさんとしては断片的な情報のみで大丈夫と思っているのだろう。
大丈夫じゃないよ。ありがとう。
もう一つの策も、これなら早く解決できそうだ。
それからというものの、エルフさんと会うたびに少しづつエルフさんの最新技術の話を聞きく。
僕から口に出すのは「へぇー」とか「そうなんだ」とか「エルフさんってすごいなぁ」とかだけど、本心は『いいねいいね、そういうのもっとちょうだい』だ。
そして何回かの逢瀬のあと。
エルフさんはようやくふと気付いたようだ。
「……あっ、考えてみたら人類には教える予定じゃなかった話……でもまぁ、式を言わなければわからないわよね!」
僕はほうじ茶を飲みながら、内心で笑った。
僕たち地球人を舐めないでほしい。
僕の頭の中では、バラバラだった情報が一瞬でつながる音がした。
制御層、曲率共鳴、エネルギー散逸……全部がひとつの構造の中で呼吸をしている。
物資も配給権で調達できる範囲のものだ。唯一ダークマター結晶だけは入手が困難だが……伝手はある。
☆彡
それから何度も夜が過ぎた。
エルフさんとのおしゃべりは続いた。
最初はお菓子の話、次に観察官としての仕事の愚痴、そして最新の技術。
エルフさんは僕を『かわいい地球の子』として気にかけている。
計画は順調だった。
僕の問いかけ一つで、エルフさんは嬉しそうにしゃべってくれる。
「エルフさん、なんか今日は元気ないね」
「あ、わかる? 仕事でちょっと面倒な問題があってね……」
「僕なら聞くよ。話すだけでも気持ちが楽になるでしょ」
「うーーーん……結構な機密事項が……でも、君にならいいか。あのねー聞いてー、なんかアメリカのオークくんから連絡でさーラストベルトの廃墟で何か怪しいことをやっている人たちがいるらしいのよ。大学のブラックホール炉って申請されてるけど、搬入量に違和感があるって……ブラックホール炉を隠れ蓑に何かやってるんじゃないかって。今までと違って核に関する危ない物資の流れはないけどなーにか気になるのよねー……あ、私の方に話が来てるのは日本の科学者がそこを出入りしてるからみたいで――」
せきを切ったように話すエルフさん。
あー……ごめん。それの首謀者多分僕。
やっぱりプラント、バレかけてるか―……。でも。
もうおそいんだよなぁ。エルフさん。
………
……
…
エルフさんと別れた帰り、僕は情報端末を操作しながら頭の中で最後の計算式を組み立てながら歩いている。
磁気閉じ込め曲率共鳴・制御場非線形補正・エネルギー散逸保護層――
「送信っと」
立ち止まってボタンを押し、また歩き始める。
数分後には科学者たちとのグループチャットから着信。
イヤホンをつけてビデオ通話を始める。
「もしもし?『少年』です」
「送られたデータを今皆でチェックしているよ! まだすべての検算は終わっていないが……すばらしい!これで我々は時空のはざまに手をかけたぞ!」
科学者グループの代表をしている初老のアメリカ人――僕の懸賞論文回答に真っ先に返信をしてくれた『教授』が興奮気味に叫んでいる。
夜の自由時間、僕はただエルフさんのストーキングをしたり、エルフさんが一人の場所を特定してからはおしゃべりしていただけではない。
年齢さえ明かさずにチャットだけやり取りをしていた科学者グループに姿を明かし、自らの立場をぼかしつつも観察官直通の情報源からの情報を彼らに流し、ある計画を練っていた。
それは『反物質炉の自力稼働』。
ブラックホールエンジンの10乗のエネルギーを生み出す星間文明の核心技術。
銀河連邦でさえもようやく手を伸ばしたエネルギー。
教授、民間研究者、元軍技師――年齢も所属も様々な僕らだが、一つの共通した思いがあった。
『幼児扱いは気に入らない』
『なぜ我々は“授けられる”だけなのだ』
『子供扱いはもうたくさんだ!』
『我々の手で、彼らの最新技術を再現してやる!』
そんな、今の速度に満足できない人々の集まりが僕らだった。
「これで半月後には稼働実験ができるぞ!もちろん君も来るよな『少年』の!安心したまえ、私は在日米軍残存部隊にも顔が利く。秘密裏に半月程度『家出』させるくらいなら簡単だ!」
壮年の技術士官らしき男性『大佐』さんがそう胸を張る。
「はい、お願いします」
「ダークマター結晶はうちの大学に割り当てられた分を使用が理事会で承諾された。プラントはブラックホール炉として申請している。女フーヴァーでも気づくことはできんよ」
『教授』が抑揚に笑う。
女フーヴァーとは、オーク汗国の首席補佐官付秘書官さんのことらしい。
すでに新しい星の開拓を始めたアメリカの、開拓ブームを煽っているのが彼女だそうだ。
まあバレかけてるけど。
でも半月では特定までは無理だろう。
一度動かしてしまえば、僕たちの『勝ち』だ。
「じゃあ『少年』。迎えに行くのはいつにする?なんなら今から車をよこすが」
「いえ……じゃあ、次の月曜の夜でお願いします。場所は――で」
時間と場所を伝え、僕はビデオ通話を閉じる。
狂気と情熱は、時に同じ形をしている。
彼らは一様にこの二つを並立させている人だった。
いや、僕も同じか。
僕はエルフさんから得た断片をもとに、再現炉の設計を仕上げていった。
足りないピースは僕の計算能力で補える。
くみ上げているうちに、エルフさんたちが見つけていなさそうな数式の『模様』が見えた。
そこの計算をし直したところ、もともと想定していた出力の倍、エルフさん達の最新型の公称スペックから逆算した最大出力よりも50%増しのエネルギーが湧出できることが分かった。
これで、もう一つの必要なピース。対等な立場に立つための『実績』の準備ができた。
そう、ただエルフさんの歓心を買い篭絡するだけでは僕の目標には到達できない。
僕は、自由に、好きに、星々を渡りたいのだ。
このまま単にエルフさんを篭絡したとしても、待っているのは単なる愛玩対象。
とても対等な関係とは言えない。
対等と言えるには?
地位はだめだ、時間がかかりすぎる。
富? そんなものはもう意味のない時代に来ている。
僕の答えは実績だった。エルフさんが持つ、エルフさんの文明の一部であれ同等のレベルの知識、それを実践した実績。
それをもって対等な立場として、エルフさんを篭絡する。
そして僕が大人になる時に来るであろうエルフさんの次の仕事から、僕は彼女の隣に立つ。
それが僕が宇を手につかむ最善手。
☆彡
週明け月曜日の夜。
その晩も、エルフさんは東屋に来た。
僕は公園の外、東屋からは見えずらい位置にある場所でそれを見ている。
エルフさんは東屋に置いた封筒とお茶の入った魔法瓶に気が付いたようだ。
封筒には短い手紙を書いておいた。
『エルフさんへ。ちょっとやることができたので、しばらく会えません。でもまたすぐに会えると思います。まっててね』
彼女がそれを見つけるのを確かめてから、僕は歩き出した。
遠くで車のライトが点く。
僕は助手席のドアを開けて乗り込んだ。
車内には『大佐』が手配したアメリカ軍の軍人さんが無言でうなずいた。
エンジン音とともに、すぐに公園は遠ざかる。
手紙だけ残して姿をくらますのも計画のうちだ。
自惚れではなく、エルフさんの中では僕の存在はそこそこ大きなものになっていると思う。
そこで一旦関係を断ち切り、その存在を膨らませる。
そしていい大きさになるころ。王手をかける。
実績をもって。
実績を見届けるために家出もするので、おとうさんとおかあさん、おねえちゃんには心配をかけてしまうけど、こればっかりはしょうがない。あとで謝ろう。
計画通りだ。全部順調だ……。
「……?」
少しだけ胸の奥がざわつく。
エルフさんのことを思い出すと、僕の中で何かが揺れる。
これは何だろう? 危ない橋を渡っている高揚感?
基地についた車からおりて、飛行機に向かう途中で空を見上げる。
今日は、星を見てもイライラはしなかった。
――半月後。
――イリノイ州某所製鉄所跡……実証ブラックホール炉敷地
『宇宙物資』によって製造業が崩壊し、廃墟と化した工業地帯。
2020年代後半に建設された日米の大手鉄鋼会社が合弁で立ち上げた真新しいプラント。
そのプラントに隠れるように器具を配置しているのが僕らの実験炉だ。
表向きにはアメリカでも有数の大学の実験的ブラックホール炉施設。
そこに、小さな星が眠っている。
エルフさんの言葉と、僕の数式。科学者たちの設計。
ヒントあり、彼らの宇宙物資ありきではあるものの、僕は自力で反物質炉の生成までこぎつけた。
一昔前で言うところのホームセンターの材料だけで実用型の原子炉を作ったようなものだ。ほめてほしい。
科学者さんたちにとっては宇宙人に投げつけるびっくり箱。
僕にとっては、宙への特急券。
「計算上は、銀河連邦の最新型よりも10%の出力向上だ」
「宇宙人めまってろよ。われらの『少年』はすっごいぞぅ!」
そう言って笑う大人たちを、僕はただ見つめていた。
僕の視線の先には、無機質な長く伸びる配線とむき出しの巨大なボール型の炉心。
外からは何も見えないが、この中にはすでにブラックホールが形成されている。
そこで生成された陽電子と反陽子を、磁場トラップに閉じ込めて反物質プラズマを形成し、それを「対消滅変換タービン」に導けば、反物質炉は稼働しだす。
「ボタンを押すのは『少年』君だ」
『教授』がそう言って制御端末に僕の腕を導く。
「準備はできているか?俺はできている」
『大佐』をはじめとした大勢の科学者たちが一点、僕の手を注視している。
制御端末に指を置く。
心臓が高鳴る。
「まっててね、エルフさん。おみやげは、あの和菓子屋さんのスイートポテトにしようかな。」
冗談のようにつぶやいて、スイッチを押した。
光が走る。
制御系が震える。
磁気閉じ込めの環が、一瞬だけ眩しく脈打った。
ブラックホール炉を基準とした出力計の数値がどんどん上昇していく。
基準出力の10乗の出力になったところ表示系の単位が切り替わり『1000』という値を示す。
目標出力は1499。ここが安全稼働領域だ。
1487 1489 1493 1499 1511!!
1511を超えたところで歓声が上がる。
その直後。
――何で例えればよいのかわからない、かん高い音。
「えっ?」
視界が白く染まる。
世界が反転した。




