他称生き遅れ悪役侯爵夫人〜39歳の私がこんなに愛されちゃって良いんです?〜
私は、クラリス・ローゼンバーグ。
帝国五大貴族のひとつ、ローゼンバーグ侯爵家の現当主。
──そして、「悪女」と呼ばれる存在だ。
冷酷、冷淡、高慢。
若い王族にも容赦せず物申すことで知られ、
笑わない女、氷の侯爵、果ては「嫁に貰えば三日で死ぬ」とまで陰口を叩かれている。
だが本当の私は、そんな強い人間ではない。
……いいえ、もっと正確に言えば、私は“二度目の人生”を生きている。
前世。
私は村上美咲という名前で、普通のOLとして生きていた。
静かな人間関係の職場で、ほんの少しだけ恋をして、
ほんの少しだけ幸せになりたくて、
──けれど、そんな私に浴びせられたのは「お局のくせに恋してんの? 気持ち悪い」という言葉だった。
それが最後の一押しだった。
私は、ビルの屋上から飛び降り、死んだ。
「もう一度生きるなら、誰にも支配されない、誰にも負けない人間に」と願って。
そして気づけば、この世界に転生していた。
華やかな貴族の娘として、誰よりも強くあろうと、
誰にも心を見せず、悪女として君臨することで、自分を守ってきた。
──それが、クラリスという人間だった。
だが、転生したからといって私の本質は変わらなかった。
容姿に自信がない。人を信じられない。誰かに愛されるなんて、ありえない。
年頃の王女たちが恋の噂を囁き合う中、私はひとり、冷えたワインのように静かに老いていった。
そんな私に──求婚?
「……冗談を、仰っているのですか?」
やっとのことで、声が出た。
だがそれは、冷たい拒絶でも、貴族らしい婉曲でもなかった。
戸惑いと、不安と、わずかな…希望が入り混じった、どうしようもない本音だった。
アルセイン皇太子は、真っすぐに私を見つめたまま、少しだけ微笑んだ。
「冗談ではない。あなたの瞳を、言葉を、佇まいを。
──すべてを見て、私は心からそう思ったのです。クラリス様。」
そんなこと、言わないで。
そんな目で、見ないで。
私は、あなたのような純粋な人間には、ふさわしくない。
「……からかって、いるのですか?」
ぽつりとこぼれたその言葉は、
悪女の仮面が最後にかろうじて貼り付けた、自己防衛の言葉だった。
けれど、彼はまるで傷ついた様子もなく、ただ──
「私は本気です」
と、また真顔で言ってのけた。
十九歳の若き皇太子と、三十九歳の悪女侯爵。
私の凍りついた愛は今この若き炎にわずかに溶けた。