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【五話】三界連携活動(肆)

 ◇◆◇◆◇◆◇


(おいおい、どうなってんだこりゃ)


 幽界境界警備隊特殊武装警備隊第二連隊長、〈鉄壁の権蔵〉こと村上権蔵一等警備監はこの惨状に笑うしかなかった。


 活動が始まる前からその兆しは感じていたのだが、まさかここまでとは思わなかった。

 凶霊や悪霊の類がわんさかと出てきて、本来の活動である要請の対応が後手後手に回ってしまう。要請待ちの隊員たちも近寄ってくる凶霊と悪霊を無視できればいいのだが、そうもいかない。


(なんで、こんなに蔓延ってやがるんだ)


 権蔵は〈スレッジハマー〉戦隊を預かっている。

天界警察と幽界境界警備隊の混成団である。

 手元の計算ではかなり余裕があるはずなのだが、実際には完全に手が空いてる者なんてどこにもいない。


 最大限配慮しなければならないことは《現世》で生きている者、生者の生命を保護することである。

 霊たちの扱いは丁寧且つ慎重にしなければならない。

 霊たちが生きている者に対して、良かれと思ってしていることが害になることがある。害になっているという認識を持てない霊も少なくない。もともとは善良な霊であっても、生きている者の厄禍の原因になっていることに気づかない者もいる。害となる行為は当然、取り締まらないといけない。

 捕縛したら、そのままにしておくというわけにはいかない。

収容するためには庁舎留置場まで連れていかなければならず、そのために人員を割かなければならない。

 捕まったのだから、大人しくしてくれればいいのだが、暴れるのもいる。

 はっきり言ってしまえば、手間がかかる。


 凶霊、悪霊と雖も人であることには変わらない。

善良な霊であっても、《現世》にいる時間が長ければ、自然と歪んでいく。

 霊となった人間は《現世》に留まり続けることができない。

 《幽世》に渡った、渡らなかったに関わらず、《現世》という世界は霊にとって存在を維持することがなかなか厳しい環境だ。


 魂とは古い言葉で「玉し霊」と書く。霊が「ひとだま」と言われるのはここから来ているのかもしれない。

 《現世》では、しっかりとした意思を持っていなければ、すぐに玉の状態になってしまう。

それは《幽世》の職員たちも同じである。だから環境順応訓練が必要なのだ。


 そのまま、《現世》に居続けると───── 「禍つ霊」となっていく。


 凶霊、狂霊などは言い方はいろいろある。

妄執に取り憑かれて曲がってしまった状態をいう。

 自我を失い、凶暴化してしまった霊のことを指す。

これくらいならば、適切な治療を受けることができれば、元の状態に戻ることができる。

とはいえ、ギリギリの線である。


 凶霊がある一線を越えてしまうと今度は〈悪霊〉と呼ばれるようになる。

人であることを忘れてしまう。

或いは人であることを捨ててしまった状態。


 悪霊は生きている人間の肉体を欲する。

霊としての存在を維持するために生きている人間の肉体から精気を奪うようになるのだ。

 我欲を奪った体を使って、叶えようとする。

最悪なのは恒常的に居座ってしまうことだ。成り代わってしまうこともある。

 《現世》では「憑依」と呼ばれる現象。

取り憑かれた人間は、たまったものではない。

 〈現世〉で犯罪を犯すこともあるし、死に至ることもある。

「無敵の人」になってしまい、《現世》で凶悪な事件を起こした者もいる。

─────それは重大な罪に問われることになる。


 そして怨霊。

〈怨霊〉が「禍つ霊」の成れの果てである。

《現世》でいうところの「怨霊」と呼ばれるモノとは一線を画す。

永い刻をかけて《現世》の者たちに弔いを受け、祈りを捧げられ、慰められた存在である。

神と呼ばれる域まで達している。

 手出しをしなければいよいのだ。怨霊の祟りというよりも神罰に近い。あまり悪影響を及ぼすことはしない。この世界の理をよくわかっており、我らの《幽世》の公僕にも力を貸してくれる。


 《幽世》でいう怨霊は、強烈な怨恨によって人が生み出す最悪、最強の存在である。

脅威そのものだ。理不尽な仕打ちによって命を落とした者。世界そのものを怨み命を絶った者。

 凶霊から悪霊、そして怨霊に至る。

人間は誰でも怨霊になってしまう危険性を孕んでいる。

その強い怨みが集まって、集団を構成したりすることもある。


 「禍つ霊」は《現世》で生きている人々の祈りによって、救われるのだ。

人々は精一杯、祈っている。愛しき者たちがそのような方向に向かわないように。

 

 そんな人々の祈りを受け止めず、邪魔をするかの様に飛び回っている霊を見ているとイライラが募ってくる。


 ちょっかい出すかのように権蔵の傍までやってきた霊を素手で掴む。

手元から白い縄が出てきてシュルシュルと巻きつき、霊を縛り上げる。

捕まえた霊の仲間たちだろうか、そばに近づいて来た。飛んで火に入る夏の虫である。

 あっという間に数十体を縛り上げてしまった。

とっ捕まったら最後、逃げ出せないことがわかったようで、霊たちは一斉に逃げ出し始めた。

「逃げられると思ってんのかコラァ……全員まとめてぶっ捕まえてやるわ!」

 散り散りになっていく霊たちを追いかけて権蔵は飛び回りながら、掴んでは縛り、掴んでは縛りを繰り返す。


 そんな中、幽界警邏庁の特救隊の仲村現八警邏監からの呼び出しが入った。

(権さん、そっちはどーかね)

───ああ?こっちもひでぇもんだぜ。凶霊も悪霊もわんさか出やがってよ、今しこたま捕まえてんだよ、キリがねぇんだわ。

(やっぱりそっちもか)

───ったく、なんでこんなに湧いてやがんだよ?異常だろうが。

(なにがなんだかわからんね。ウチらは救難要請がほとんどなんだが、その原因がこの悪霊どもなんだ。個別対応しても仕方ねえから、とりあえずこのエリアの凶霊、悪霊の一斉捕縛することにしたんだが………)

───どうした?

(ああ、〈ネームド〉が現れた)

───なんだと!まだ始まったばっかだろ?ネームドだと!めんどくせえな。

(そっちも出てんだろ?)

───聞いてねえぞ。そんな話は!


 〈ネームド〉とは、名の付いた怨霊のことである。

過去に交戦したことがあり、取り逃したことがある怨霊のことである。

《幽世》側はこういった怨霊に識別名を付けて特定して警戒している。

 《怨霊》と言っても一口には言えない。それぞれ特性を持っているからだ。


───何が出た?

(こっちは《闇蜥蜴》だ)

─────あの「トカゲ女」だな?

(そうだ)


 権蔵は何度ともなく、交戦しているのだ。

世の中に対し強く怨念があるように見せかけて、実際はただの承認欲求だけじゃないか、とも思っている。

 《闇蜥蜴》は行動原理が解明されていない怨霊で、見た目も普通。現れた時の装いが明治・大正期の服装に酷似していることから生前の時代は明治時代とされている。

 推定される性別は女性。単体である。毒性が強く汚染するリスクが非常に高い。

手当たり次第に汚染するが、深追いすることがなく、一定の成果をあげると全速で離脱する。それ故に今まで検挙に至っていない。


(俺の手持ちで怨霊に対抗できるヤツが二人も持ってかれた。正直しんどい。対怨霊戦ができるヤツはまだ健在か?)

───チッ、しょうがねぇな。俺が行く。ついでに手ェ空いてる奴らも引っこ抜いてくわ。

(悪りーな。頼むよ)

───こっちに出てる〈ネームド〉はなんだって?

(《繰り返される悪夢》らしいな)

───ったく。よりにもよってあのデカブツかぁ。それなら優先すべきはトカゲの方だな。

(この時間だ。市街地で暴れられると生者たちへの影響が出る。とっとと始末するに限る。それにしてもこの物量ってのが滅入る)

───わーった。鳳にはこっちから話つけとく。座標、早よ寄越せ。こっち片付けたら、すぐぶっ飛んでくからよ。

(わかった)


 《繰り返される悪夢》は、特級指定を受けた、厄介極まりないデカ物だ。

集合体による怨霊で多い時には数百の霊を取り込み、巨大で奇怪な姿となる。

善良な霊たちも汚染され引き込まれてしまうのだ。

 この怨霊は周辺周囲半径数キロメールにいる生者たちに「悪夢」を植え付けて弱らせるのだ。

遅効性の精神汚染によって蔓延していく。凶霊、悪霊にとっては生者に憑依しやすい状況が出来上がってしまうのだ。出現後、数ヶ月に渡って阻止要請、保護要請の嵐となる。

 何度も駆逐されているが、どうしても中心の核となっている個体を特定できない。つまりいつのまにかにどこかに逃げていると考えられており、繰り返し出現が確認されている。


 〈ネームド〉まで出てきやがったか─────。


 多くの修羅場を潜り抜けてきた源八が応援を求めてくるなんて、滅多にあることではない。

何かがある。それは間違いない。

 こんな凶霊や悪霊が湧いてでてくるのは……何かを察知しているからだ。

だから、いてもたってもいられなくて出てくるしかなくなる。


 今回は権蔵でもヒヤリとする瞬間があった。

少しでも気を抜いたら、玉になっちまう。

 そうなった俺を部下たちに回収されるってのは、流石に恥ずかしい。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 鳳仙は権蔵からの交信を受けた。

単刀直入に─────《ネームド》が出た、と言って来た。

もちろん、こちらでも把握していることを伝える。

人員を回せ、ということかと思ったが、そうではなかった。


《闇蜥蜴》は東区域に出現。現世の地形で言えば、浅草あたりだ。

《繰り返される悪夢》は西区域に出現している、現世の地形で言うなら立川あたり。

権さんは現さんと合流すると言っていた。


現さんは〈闇蜥蜴〉と交戦中である。

戦力が東に偏るが仕方がない。


 基本的な配備は《バイヨネット》が東区域を担当、《スレッジハマー》が西区域を担当している。

圧倒的に足らない。


権さん、現さんはわかって言っている。

おそらく、それが最適解なのだ。


《闇蜥蜴》は精神汚染力が強く、尚且つ即効性だから、二人がかりで対応するのがよし、と踏んでいるのだろう。

おそらく逮捕拘束はできなくても、行動不能になる程度に追い込むはずだ。


 《繰り返される悪夢》が後回しにすることになってもある程度は仕方がない。

リスクがあるのもわかっているが、どうにもならない。


 割り当てることができる要員は刻を追うごとに凄まじい勢いで減っている。

出場要請はまもなく400件に到達する。

 予測値は600から800だから、まだ活動の折り返しすら迎えていない状況で半数に達しようとしている。実際には一件につき複数のチームが対処に入っているケースがあるため、動かせるチームはもう既に100を切っていることも考えられる。


 「管制長。あとどれだけ残っている?」

紅玉は手を止めることなく問いかけに答えてくれた。

「いま手が空いているのは52。対応完了して現場復帰しそうなのが60から65。もう少ししたら余裕ができるわ。─────《ネームド》をどうするかってこと?」

「それもそうなんだけど………」


鳳仙は考え込む。

短絡的な判断はしてはならないと、踏みとどまる。

予測値がここまでブレることはありえないのだ。


ブレた理由の一つは凶霊、悪霊が大量に出現したということだ。

それに引きずられて影響を受けた霊たちによって出場要請が増加したと捉えることができる。

 三界連携活動が行われるということが気取られた、ということはないだろうか。

示し合わせたかのように出てきたのは少し不自然だ。


「東の《ネームド》は権現さんたちが対応してくれる。逮捕拘束までは難しいようね。恐らくあの二人だったら不能状態になるくらいまで追い込むとは思うけど、ね。余裕ができたら、西の応援に回らせて。東は権現さんの部隊だけでいいから」

「翠蓮ちゃんの部隊なら回せるけど」

 牡丹がそれにストップをかけた。

「スティレット部隊2個小隊は巡回機動警戒を終え、直後に発出された【保護要請】の対応に入ってます……翠蓮が指揮を執っています」

「………誰か引き継がせることは可能?」

 牡丹は顔を横に振った。

「やめておいた方がいいと思います。〈保護要請〉の対象者は幼児、男性、推定年齢7歳です」


 鳳仙は短く息を吐く。

確かにそのシチュエーションで翠蓮をそこから引き剥がすのは悪手だ。

 少し〈ネームド〉に気を取られ過ぎだったか……。

人の命を比較するような物言いはしたくない。だが、子どもの〈保護要請〉は最優勢としたい。

「わかったわ。翠蓮の完了報告を待ちましょう」


 第一波をなんとか乗り切らないといけない。

夜が更ければ第二波、第三波がやってくる。

活動終了までに第三波までは来るだろうと予測できている。

 第二波が来るまでに持ち直しておかないといけない。

同じようなペースで要請がかかったら、間違いなくパンクする。

現状の編成で乗り切ることができるか─────。


 しっかりと計画が練られ、十分な人員を最初から確保して行う三界連携活動では増員を要請するようなことは起こらない。しかし増員はもらわないと、かなり厳しい。

 それは三界連携調整官が決めることだ。

予測値を外していることもわかっていることだろう。

増員の手配をしてくれていると信じたい。


「………隊長、ちょっとよろしいですか」

 牡丹が絶妙なタイミングで声をかけてきた。

「どうしたの?」と思わず口にする。

「はい。隊長からお預かりした識別番号の方についてのことなんですが………」

「続けて」

「─────安永美佐子さん、と仰るようです。在留資格は〈短期滞在〉、それも今日までなんです。正確に申し上げれば、あと数時間しかありません。後がありません」


それなら切羽詰まっている、はずだ。

もう戻らないといけない。

いても立ってもいられないはず。


 できることはただ、対象にひたすらに気づくまで声をかけること、ほんの少しの物理的な干渉。

そして─────、通報することだけ。


なのに………。

なぜ、要請が来ない?

通報が弾かれているというの?


─────それはない。李花が手を回しているはず、なのだ。

そうでなければ道理に合わない。

あと数時間以内に《幽世》に戻らなければ、不法滞在になってしまう。


 自分の息子は《天界》に、と思っている母親。

この人は何事であっても身綺麗にしておきたいと思っている人だ。

自分自身が法を侵してしまっては元も子もない。絶対に避けるはずである。

自分にバッテンがつけば、息子が《天界》に入ることが叶わなくなることを知っているはずだ。


「在留許可が《短期滞在》なら三十日よね?」

「はい。ですが保護活動として延長手続きが二回されています。今日で上限の九十日に達します」

「滞在先の登録は?」

「─────市村優子さん、娘さんらしいです。56歳」


娘のところに身を寄せている、ということか。

滞在先の登録があれば、在留許可の延長は確かに可能である。

九十日も《現世》に滞在して自我を失わず、保っているとすればなかなかのものだが………………。


─────そうじゃない。

こんな凶霊、悪霊がわんさかいる状態で正気を保てるか?

下手したら汚染状態の可能性もないわけじゃない。


いきなり背後から両肩を掴まれた。光昭だった。

「隊長!………気張りすぎですぜ。そんなに怒り肩にしてたら、美女が台無しってもんです」

いつもだったら、言い返せるのに、いまは無理だ。

頭が切り替わらない。


光昭に半強引に座らされる。

そこにふらりと紅玉もやってきた。これ見よがしに首をコキコキと鳴らしている。

「あー、しんどいしんどい。ねえ、あなた。あたしの肩も揉んでくださるんでしょ?」

「あ?………ああん?………なんだって??」

 光昭は紅玉の要求を聞こえないふりをして交わす。

「あら?やってくれないの?………やってくんないんですって」

 紅玉は鳳仙を見ながら、口を尖らせながら言う。

光昭が顔を真っ赤にして応戦した。

「今はな、いいか、隊長がお疲れだからよ、ちょいと気持ちを和らげてやろうって思って、来たんじゃねーか。………みなまで言わすなよ。みっともねーな。この俺の気遣いってもんがわからねーってんだから、しょうがねーな」

「はあ?「なにいってんのよ。あんたはすることなすこと、中途半端なんだから。あたしがこうやってフォローしてあげないとなにもできないくせに」

 紅玉は胸を張った。更に大きな胸が強調される。

「何が中途半端なんだよ!」

「褒め言葉かもしれないけど、美女とか言っちゃダメでしょが!」

 鳳仙は思わず笑ってしまう。

「ねえ、セクハラにならないように来て上げたっていうのにねえ。感謝してほしいくらいよ。この唐変木をさ、セクハラ講習に放り込んだほうがいいわね」

「それは受けただろ!」

「それなら、いいかげん昇進試験を受け──、」

光昭は紅玉が言い終わる前に駄々っ子みたいに「やだ」と言った。


 この二人は実は夫婦である。

互いに少し離れた方がいいと思った時期があったらしい。

 それぞれに《現世》駐在の希望を出した。辞令が出て、びっくり仰天。

部署は違うものの同じ庁舎で勤務となった。

 総務が気を利かせて、夫婦だからということで宿舎も一緒にしたが、結局二人を一緒にするとうるさい(特に光昭が)ということで今は別の部屋になっている。

 それでもときどきは紅玉の部屋を訪れているらしく、うるさくしているらしい。

実はこのことを知っているのは鳳仙、そして珠莉課長だけだったりする。

 この夫婦漫才を見ていたら、少し緊張が緩む。


 予測値を上回る出場要請の数。

それぞれの要請の内容も手間がかかるものが多い。

 凶霊、悪霊も出現していて─────、挙句の果てに《ネームド》の怨霊まで出現した。

そして、待っている出場要請がやって来ない。

 精鋭だと誇示しておきながら、ポンコツの見本市になってる天界警察の面々。

 翠蓮に張り付く、と言っておきながら、所在を明らかにせず、好き勝手にやってる公安部特別捜査課。そして─────いろいろな公処の思惑が絡んでいる。


 あーあ。片っ端から剥いでやりたい。

少しでも剥がれかけたものを見かけたら、剥ぎたくなるのが性ってもんだ。

剥ぎたくて剥いでいるわけではないけど。

 考えなくてはならないことが───多すぎる。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 獄界警察の管制官の一人、著莪が声を張り上げた。

「─────前のスクリーンに出します!管制長ッ、隊長ッ!見てください」


 スクリーンに出された画像には黒っぽい映像。

画面には座標情報も表示されている。

その中心あたりには白い点のようなモノが映し出されていた。


 総管制所がピンと張り詰める。


牡丹が鳳仙の元にやって来た。

紅玉、光昭、そして光佑もそばに来て画面を見ている。


 著莪が口を開いた。

「報告します。第6小隊の3名が要請の対処を終え、帰投中に対応中と思われる一団を目視にて確認した、ということでしたので、映像で送るように指示しました。膠着状態のように見えるので加勢したほうがいいか、とのことなんですが─────」

 牡丹が引き取って報告を続ける。

「ただ、このエリアで活動している部隊はありません」


「拡大できますか」と光佑が口を開く。

 画像はみるみるうちに拡大されていく。

白い点が人の形をしているのがわかるくらいになった。七、八人いるようだ。

 天界警察に見えてもおかしくない。

「誰でもいいのでアップできたりしますか?」

 画像は拡大されたが、鮮明に見えない。

「よくわかりませんね。─────解析をお願いできますか?」


「やってみます」と著莪がコンソールを叩く。


「牡丹、ここはどこ?………わかるかしら?」と紅玉。

「西区域北第121ブロック周辺です」

牡丹が操作をしてマップを重ねる。

「近くには〈帝都医科大学附属病院〉がありますね」


 著莪の画像の解析によって、徐々に輪郭があらわになってきた。

「─────これって「白碧」じゃないかしら」と紅玉。


女子用は「白翠の官服」、そして男子用の「白碧の官服」は微妙に意匠が異なる。

 その画像を見て、光佑が大きくため息を吐いた。

「徽章も付けていませんし、部隊章もないな………。「白碧」で間違いないでしょう」

 

 光昭がぶつぶつと呟いている。

「三界連携活動は参加を承認された部隊の隊員しか《現世》に出ることはできないはずだしな、そんな御法度を破るようなことは……ない、ってことは……」

「………アレは天界警察のニセモノでしょうな」

 光佑はさらりと言い切った。

光昭とぴくりと眉を動かした。

 

………。

………………。

………………………。

………………………………。


いろいろとピースがとっちらかっている。


李花が振ってきた母親霊の件。

次から次へと沸き出てくる凶霊、悪霊……。

そして、《ネームド》の怨霊……。

挙句にニセモノの天界警察まで出てきた。


─────ん。何か引っかかる。


………………………。

………………。

………。


 たしか─────、天界警察の警備部長は【獄界職員による天界行政府制式採用官服の不適正使用に関する特別監査】だと言っていた。

 「獄界職員による」を取っ払うとよく見えてくる。

「天界行政府制式採用官服の不適正使用」ということであれば、ニセモノが出ていると把握しているということになる、という解釈になる。

 一般人がもしも《天界警察》だと言われても真偽を確かめる手段はない。

天界人ならば気づく人がいるかもしれないけれど、精巧に〈白翠の官服〉、〈白碧の官服〉に似せていたとしたら、見抜くことは不可能だ。


………………………。

………………。

………。


なにかが見えた。

なにかを掴んだ感じがする。

 

 鳳仙は思わず指示を出す。

「牡丹ッ!公安部特別捜査課の全員の所在を調べて!」


 既に事件は起きていた、ということなるのか。

官服自体は本物。公安部特別捜査課が《現世》に出張ってきたのは、《獄界》にも《幽界》にも知られることなく秘密裏に官服を回収すること、それに関わっている霊を秘密裏に処理するために遣わされたということか。天界警察が《現世》駐留の職員を派遣しなかったのは、《現世》の職員に対しても隠し通すためか?送り込んできた隊員たちは揃いも揃って《現世》の活動では使い物にならないポンコツなのは─────、敢えて《現世》での活動が不得手な部隊を派遣したことになる。

 そう思うと同時に天界警察の隊員が気の毒に思えてくる。

翠蓮の官服問題を殊更、強調してきたのは、これが背景にあったということだ。


 あくまでこの事件の黒幕は「翠蓮」である、という筋書きにしたいってことか。

 幕引きに翠蓮をスケープゴートにして……監査という名目にしておけば……。いや、それは無理筋だ。流石に通らないだろう。


 隣で画面に顔を寄せて顰めっ面になっている光佑の横顔が見えた。

何かを企み、裏から糸を引いているようには見えない。

さっきのやりとりで、彼はなんの躊躇いもなくニセモノだと言い切った。

足を引っ張りたいなら、少しでも時間稼ぎのためにはいくらでもやりようはあるはずなのに。


「隊長。……公安部特別捜査課、応答ありません」


「だったら……こちらから調べればいいことよ。それは私たちに任せて」

 今まで一切絡んでこなかった広域警邏部の王林が口を挟んだ。

「鳳仙隊長……、我が第二連隊で公安部特別捜査課の所在を突き止めます。よろしいでしょうか」

「お願いするわ……もし、ぐちゃぐちゃ言うようだったら、総指揮所まで来いって伝えて」

 「御意」と王林は短く答える。


 頭を巡らせる。

一つ一つ可能性を潰していくしかない。

 まずは例の母親霊の対処方針を決めることにした。


「牡丹、例の識別番号を全体に共有して。対象の人着はわかる?─────過去の対応記録などに残ってればいいんだけど、わかっている範囲で構わないから─────。管区内をしらみつぶしに探せとは言わないから」

 牡丹が自席に戻って、忙しなく動き始めた。


 続いて鳳仙は《幽界》の管制官に声をかける。

「この方の在留許可を出しているの、幽界よね?………〈出入管〉に掛け合ってほしいの。対象者の在留資格を一時停止してほしい。できる?」

 

 幽界の管制員の龍ヶ崎真凛と伊藤颯太は笑みを浮かべた。

颯太は「そんなの秒で取ったりますよ!」と胸をばんと叩いた。

真凛が間髪入れずに頭を小突く。

「なに調子のいいこといってんの!あんたじゃなくて、私がやるんでしょ?………それともあんたがやるの?」

颯太はバツ悪そうに「出来ないっす。すんません」と真凛に謝る。

 周りも釣られて笑いが起こる。


─────在留資格の停止が確認されたら総員に通達。本件は三界連携調整官の指定事案である。当該対象者を《緊急保護対象者》に指定します。さっきも言ったけど、最優先で探せなんて言わないから。発見できたら儲けもん、程度に考えて」


「著莪、第六小隊の3人は今も変わらず?」

「もちろんです。………如何様にも」

「─────手出しは無用。動きがあったら報告させて」 

「牡丹、翠蓮に状況を伝えてあげて。出来れば、緊急保護対象の件とニセ天警の件詳しく」

「もちろんです!」


 鳳仙は耳許でチロリンチロリンと鳴っていることに気づく。

このタイミングでこれが鳴るってことは……。

 李花からの呼び出しだ。公用回線ではない。


 繋げると男の声が聞こえてきた。

(鳳仙様、三界連携調整庁の康湧です。あのー、李花調整官が大変なことになってしまって………)

 またか。言いにくいことを部下に言わせるのはいい加減やめた方がいいぞ、李花。

─────何があったの?………早く言って、忙しいんだから。

(はい、そっちに行っちゃったらごめん!だそうです)

─────え。

(いまも懸命に引き留めておられますが………、現在進行中でして、話が終わってしまったら、すぐにそちらに現れると思います………。なんとかお伝えしようと思いまして………、出過ぎた真似でしたかね?)

─────ま、まさか天柏じゃないでしょうね?

(はい。そのまさかです。天界警察現世方面第九巡回機動隊の天柏隊長にカチ込まれて往生しています)


 あー、アレが来るのか。来ちゃうのか。

アレが来る前にここから出るのが一つの手であるが、引き継がないといけないので無理。

時間がない。アレはすぐにやってくるだろう。

 

─────あ、人が足りてないことは李花はわかってるわよね。

(もちろんです!その手配の過程で天柏隊長に気取られたのだと思います)

─────ありがとう。康湧さん。恩に着るわ。


 康湧との会話を切り上げる。頭を巡らせる。

よし、決めた……迷ったら、動くべきだ。


 鳳仙は紅玉と目が合った。

「管制長!総員に通達。部隊章、階級章、個人識別章の着用を徹底。各隊長は部下について必ず確認せよ。非着用者については逮捕・拘束されることを覚悟しなさい」

 紅玉も「御意」と短く答える。


 真凛からも報告が上がってきた。

「───── 《出入管》の承認、出ました。在留資格の効力は停止されました。本人にも速やかに帰幽するよう通知が出されました。もしも自力で帰幽できない場合、保護を求めるよう通知しています」

「ありがとう」


 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 光佑は穏やかなそうな表情でまっすぐ鳳仙を見ていた。

「………出られるのですか?」

「わかりますか」

 にこやかに受け止めて、スクリーンの映像に目を向ける。

「あなたはやっぱり現場の指揮官ですね。ここにいるよりその方がいいと思ったまでです」

「光佑警視………ココをお預けしていいですか。総指揮者が動く、なんてありえないと言われてしまいそうですが」


 光佑は笑みを浮かべた。

「─────私に何か聞きたいことがあるのでは?」

 鳳仙は光佑がごく自然にそのことに触れたのが意外だった。

最初の打ち合わせの時からいまこの時まで、この人は自分のことを完全に隠し通していた。

その端緒すら掴ませなった人が自ら扉を開けてくれた。


「信用できるわけなんかありません。信頼できるわけもありません。………それはお互い様です。

いま、あなたは私にココを預けると仰った。それならば私も応えなければいけません」


 鳳仙はこの人は剥ぐ必要はない、と思った。直感がそう告げる。


「光佑警視………あなたは何を知っているのですか」

 ズバリ単刀直入に聞く。駆け引きはもういらない。


 光佑は耳を指差す。─────ここからは秘匿回線で話すという合図だ。


───さすがにここでは話しづらいものですから。

(そうですね)

───実は、特別機甲大隊に異動してきたのは、今回の三界連携活動の招集がかかった後、なのですよ。

(えっ!それってつまり、ついさっきってことですか!)

───はい。お恥ずかしながら、天界警察でちょっとした不祥事がございまして、その捜査を行うために異動してきた、と言えば、おわかりいただけるかと……。


 いや、わかんないよ。頭が追いつかない。

いきなりこんなことを言われて冷静を保てると思ってんのか、と言いたい。

 むしろもう少し早く言ってよ、と思ったが仕方がない。


 どういうこと?

いろいろと気になることが出てくるじゃないか!

 不祥事ってなに?特別機甲大隊第二中隊の隊員たちは大丈夫なの?

その不祥事とやらに関係してないでしょうね、と問い詰めたくなる。


───その不祥事っていうのも「特別機甲大隊」においてでしてね………。

(そんな大変な状況なのに、なぜ三界連携活動に参加してるんですか!)

───その方が都合がよかったのです。


 なぜ……そうなるのかわからない。

翠蓮と煌輝を組ませているのだ。問題があったでは困る。


(派遣されている隊員に問題はないと言えますか?)

───もちろん。不祥事に関与した、また関与の疑いのある隊員は全員外しています。そのような背景がありますので、まだ経験の浅い若手しか派遣できなかったのです。練度については大変な迷惑をおかけしてしまっていますが………。

(それは………煌輝隊長も同じなんですか?)

───彼はさっきまで分隊長だったのです。中隊長に任命したのは私です。

(な、なるほど………)


 特別機甲大隊における不祥事って………気になる。


(不祥事ってなんなんですか?)

─── 《アストラル・クリーヴァ》が34丁、所在不明なのです。

(それって……、アレ、ですよね?)

───お恥ずかしながら、その通りです。


  《アストラル・クリーヴァ》とは………、幽体を消滅させることができる装置のことである。

《現世》の感覚で言えば、人を殺傷できる武器である。

 天界警察が開発したものであり、形状は大型拳銃そのものである。

 これに撃たれた者は強制的に《霊界》に送られるとされているが、本当に《霊界》に渡っているのか、という確証はない。ただただ消滅しているのではないか、という疑念が残る。


 【幽世】にいる者に死という概念はない。あくまで自分自身の意思で《霊界》に渡る。

それが大前提であって、それ以外は全て例外である。

 その例外とは神と呼ばれる存在から与えられる制裁、つまり神罰。

これも本当に《霊界》に渡っているのか、確証はない。


 〈幽界〉は、これを忌むべきモノとして扱った。

権現の二人はこんなものは一切必要としない、こんなもの人が使ったらおしまいだと激怒した。

 〈獄界〉でも、そもそもの存在意義を否定するモノだとして採用しなかった。

いざとなれば神より託された「神器」があるので後顧の憂いもなく、人霊が手にしていいものではないとして拒絶している。例え公務であっても《獄界》への持ち込みを禁止している。


(所在不明ってことは………もうすでに制式採用されているってことですよね?)

───ええ。特殊機甲大隊に配備されています。

 制式採用して配備をしていたとは初耳だった。

つまり、特別機甲大隊が取り扱う特殊な装備が《アストラル・クリーヴァ》ということになるのか。


───なんとなく、お察しいただけたかと思うのですが。

(ほんと、嫌になりますね………)


 特別機甲大隊に配備された《アストラル・クリーヴァ》の所在が不明。

詳しいことなんて何一つわかってはいない。

 推測でモノは言いたくない。だが公安部特別捜査課の課員は約30名。凡その数は一致する。

初っ端から今に至るまでに天界警察の事情とやらに巻き込まれていると言っていいんじゃないか。

 翠蓮の特別監査になんて、中身なんてない。

公安部特別捜査課が《現世》に出るための口実、出汁にされたにすぎない。


(ひとつ確認したいです。《アストラル・クリーヴァ》は《天界》以外で使用することは可能なのでしょうか?)

─── 《天界警察》の管理システムに接続し、制御下でなければ使用できないことになっていますが、実際には抜け道が用意されていると考えるべきでしょう。デバイスがその能力を有しているのは間違いありませんから。

(……いろいろまずくないですか?)

───大変なことですよ。《天界警察》は威信を失うことになります。


 光佑の顔に怒りに似た感情が宿る。

───私はそもそもこれを制式採用したこと自体、問題があると思っています。天界は一度、更地になったほうがいい、そうは思いませんか。

 ああ、中の人が言ってしまった。これに対して同意を求められても困るのだが。


───私が知っていることはこれが全てです、と言いたいところですが……。


 光佑は満面に笑みを浮かべた。

なんでここで晴れやかに笑うんだ。

途端に居心地が悪くなる。

そして、その笑顔の下に何かがあることを察する。


───安心してください。私は鳳仙隊長の秘密は話すことはありませんから。


 一瞬、何を言われたのか、認識できなかった。

わ、私の秘密。もちろん心当たりはある………。どの話だろうか。

本当に秘密が多すぎるっていうのも問題だ。

 安心できるか!恐る恐る聞いてみることにする。


(え、えーと。何をご存知なのですか………)

─────いや、そんなに驚かれても困るんですけどね。私の名前でお気づきになりませんか?光を佑く、ですよ。あなたは「胸に秘めたる者」ですよね。私は《聖人・観世林檎》の特命で動いております。


 光佑はピッとした姿勢となって敬礼した。

それと同時に秘匿回線を切断した。


「─────委細承知いたしました。あとはお任せください」とさらりと言い放った。


 光佑は手元から一振りの刀を取り出した。

そして何も言わずにそれを鳳仙に差し出す。


「指揮をお預かりする代わりといいますか、お預けします。………私の代わりとして連れていってくださいませんか。いざという時には、きっとあなたの役に立ってくれるはずです」

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