【三話】三界連携活動(貳)
◇◆◇◆◇◆◇
─────時は少し遡る。
大会議室に牡丹たち三課の面々が到着した頃。
その隣にある小さな会議室では指揮官たちによるブリーフィングが始まっていた。
活動前に行われるソレはあっという間に終わるはずのものなのだが─────。
見事にこじれた。睨み合いになった。
天界警察からの出席者の一人が世迷言をぶち込んでくれたせいだ。
鳳仙は頭が痛くなってきた。
なんでこうなる?─────いつもそうだ。
すっと終わるべきものがこじれて面倒くさくなる。
そういう席に居合わせることが多い。
《獄界》からは我ら公安三課第二中隊と、そしてもう一部隊、警邏局広域警邏部特殊警邏第二連隊が出場することになっている。
連隊長である一鏡は「三課長が出るなら十分ですな」と言って、大部屋に行ってしまった。
隣には一鏡連隊長ではなく、公安三課長の珠莉が座っている。
この御仁、大の天界嫌いである。
いろいろ天界でやらかした翠蓮を引き取ると言い出した張本人でもある。
ここに戻ってくる直前まで地獄の《獄界警察庁本庁》において開かれていた全ての部課長が参加するマラソン会議に出ていたのだ。
お疲れのはずなんだが、そんな素振りを一切見せずに、このブリーフィングに参加すると言いだしたのである。
「─────面倒なことになっている。心してかかれ」との訓示をいただくことになった。
まだ静かにしているが、油断できない。機嫌を損ねたら面倒なこと、この上ないのだ。
「獄界の夜叉姫」という二つ名をもつ伝説級の職員である。
《幽界》から来ているのも伝説級の重鎮が二人。
こちらは現場でよく顔を合わせる馴染みでよく知っている。
これを取り仕切っているのは三界連携調整官の李花。この李花とも顔見知りだったりする。
職員養成所に入る前からの気の置けない友人の一人である。
これで〈天界警察〉の担当者が顔見知りであれば言うことはなかったのだが─────。
もし、そうであったなら、こんなことにはなっていない。
通常ではこの活動に参加することがない部隊が来ている。
「特殊機甲大隊」などという大仰な名称の部隊。
少なくとも《現世》で展開している部隊ではない。
一体どんな凄い装備があるのだろうか、と、そのあたりは少し興味がある。
翠蓮がやらかした事件というか………、事故というか………。
まあ、とにかく翠蓮に対する当てつけのために送り込んできた、としか思えない。
《天界》からやってきている二人のうち、一人は現場に出るつもりは無さそうな感じである。
この席は現場指揮官の顔合わせを行うところである。
最上位のポストだからといって来られても、現場に出るつもりがないなら来ないでほしい。
【三界連携活動】は調整官の下で行われる。
今回の活動の担当調整官が李花だった、というわけだ。
彼女はいつも通りの手順で進めている、はずである。
調整官は実施要項に則って、各界に活動を行うことを通達する。
各界の公処はそれを受けて出場させる部隊を選ぶ。または特別な選抜部隊を編成することすらある。
いずれにしても各界が派遣する部隊を決定し、派遣隊が確定すると調整官はそれを確認し、承認する。
活動方針を立てて、正式に招集令状を発出する。
令状が出る前に事前に通知しておかなければならないことは伝えられている。
だから、このブリーフィングで揉めるなんてことはない。
今回は準備期間がなかった。
こんなジャストアイディアみたいな活動は初めてだ。
無茶な設定で用意周到に準備するのは、容易なことではない。
やればできる子。それが李花である。
鳳仙自身もいろんな調整官の下で連携活動に参加してきたが、正直に言えば李花と組むのが一番やりやすい、と思っている。本人に言ったことはない。言ったらつけ上がるに決まっている。
李花は上席三界連携調整官。
三界連携調整官の中でも上から二番目のポストだ。
二番目のポストの中では真ん中よりちょっと下らしい。
調整庁の高官であることは間違いない。
決して軽んじてはならない相手である。
素の彼女を知る身としたら、少しくらい軽んじても大丈夫だと思いがちだが、公私の区別ははっきりとつけている。だから、ちゃんとしとかないとあとで痛い目に遭うことになる。
活動方針と目的の説明を終えたところで、〈天界警察〉の一人が口を挟んだ。
もちろん口を挟んでいいところではない。
「天界警察自治機構警備部長の玉鷹だ。はっきりさせておかないといけないことが三つほどある。一つ目だが、【獄界職員による天界行政府制式採用官服の不適正使用に関する特別監査】について。監査は天界治安警察機構公安部特別捜査課が担う。それでいいな?─────二つ目、活動方針についてだが、【指定範囲内における帰幽忌避者、不法滞在者の捜索活動】が最も適した活動である、と確信している。変更願いたい。三つ目、総指揮は私が取る。以上だ」
李花は想定していたのか、眉一つ動かさなかった。
はっきり言って世迷言である。
鳳仙は何を言っているのかわからなかった。
一つ目はそういうことになったのね、あら、めんどくさいわね、って思った程度。
勝手にやってもらって構わない。
二つ目については、あり得ない。
まあ、私たちには関係ないが、おそらく李花がブチぎれるので放っておいていい。
三つ目は感情的にはノーだ。
こんな奴の指揮下に入るのはごめんなのだが、どうしてもやりたいっていうなら、やってみたら、といってしまいそう、と思ったくらい。
こんな世迷言を吐いたはこの御仁はきっと何もわかっちゃいない。
袖章の金線は四本、星はついていなさそうだ。
階級はおそらく警視長か警視正。天界警察の階級なんて興味がないので間違ってるかも知れない。
警備部長だと言ってたような気がする。
ということなら、もう一人が特殊機甲大隊の大隊長ってことになる。
コイツは【三界連携活動】がどういうものなのか、知らないのか。
知らぬとは言わせない。知らぬならこの席に着く資格はない。非常識も甚だしい。
大隊長がこの部長とやらを諌めるのが筋ってもんだろう。
まさか連携活動に出たことがないとは言わさない。
頭が沸いてる上司に仕えるというのは同情に禁じ得ないが、この場で諌めることが出来ないなら同罪だ。事もあろうに涼しい顔をしてダンマリを決め込んでやがる。
李花の部下であろう調整官たちは口をあんぐりとさせているし、可哀想に目眩を起こしてよろめく者まで出ている。
そもそも三界連携活動は《現世》の状態を安定させ、維持するために行われるものだ。
それは《幽世》側の都合で行われるものではない。
三界連携調整庁の専門官が《現世》の常時観測している。
その報告に受けて、調整官が最も適した活動を方針や実施計画の策定を経て、更に上位の調整官によって承認されて、ようやく決定するという流れになっている。
だから活動方針について変更を要望するなどあり得ない。
聞いたことがない。このあたりは─────、三界連携調整官の専管事項だ。
《天界警察》が活動方針を考えて、それを実施したいなど烏滸がましいにも程がある。
《天界警察》が《獄界警察》の職員を監査する、なんてことはあり得ない話である。
「特別監査」やら「業務監査」やらを《三界連携活動》に当てこんできたのは、それしか《獄界警察》と絡む手段がないからだ。
ならば、そのようにすれば、出来るのかといえば、そうでもない。
もちろん参加する部隊は各界が決めることなので、やろうと思えば出来ないことではないが、何が障害になるかというと、《現世》の環境である。
肉体を持たぬ霊となった人にとっては苛酷な環境である。
高い山に登るのと一緒で、訓練を受けていない人を6000m級の山に放り出すことと同じくらい危険な行為とされている。
一般の霊であり、特別なことをしなければ、そこまで影響は出ないと言われている。
《現世》に駐在している職員は「環境順応訓練」を欠かさない。
実際、鳳仙の部隊も「訓練」「勤務」「休暇」の三交代で任務に当たっているのだ。
もしも《天界》の公安部特別捜査課の職員たちを《現世》に出場を許可するならば、環境順応訓練をしていることが絶対条件になる。
調整庁が提示した活動方針は【守護霊による出場要請に対する対応強化及び特別警戒】である。
説明では希死念慮から来る計画性自死行為より突発性の自死行為が増加していることを踏まえて決定したと告げられた。
天界が求めている翠蓮の監査にだって十二分に対応できる内容だ。
翠蓮の監査って一体なんなん?って思わなくはないが、決定したことに文句を言ったら、この天界の御仁と同類にされてしまう。
活動方針、内容は実にオーソドックス。鉄板の方針である。
何か特殊な要素があるようには思えない。
この方針に基づき、出場する部隊の特性なども最大限考慮されている。
《幽界》から派遣されている部隊を見たら、これが最適解、ドンピシャだとわかるはずだ。
自殺阻止のエキスパートである《幽界警邏庁警備救難部特別救難隊》が来ている。
何が確信している、だ。
そりゃ現世慣れしていない部隊を送り込むんだから、追っかけっこくらいが丁度いいのかもしれないけど、これは《三界連携活動》だ。バカにするにも程がある。
鳳仙はいつも通りの編成だったらいいのに、と思う。天界警察の現世派遣隊である第三、第六、第九、第十二、第十六の五つの巡回機動隊の隊長たちとは仲良くさせてもらっている。現場で軽口、冗談を言い合えるくらいには。機動隊総司令の明鈴さんや総隊長の洸悦さんも気の良い人たちで、翠蓮の悪態さえも優しく受け止めてくれる、そんな人たちである。
まあ、第九巡回機動隊、九機だけはちょっと………といいたい。
それは隊長がとっても素敵で仕事にならないから、だ。
ということにしておこう。
李花は目を瞑って微動だにしていない。
こういう時は決まって、上とやりとりをしている。
本当に調整官は大変だ。いろいろなところに根回し、ネゴシエーションの繰り返しだ。
思いつきで言っちゃいけない。言えば言うだけ、調整官の仕事を増やす。
李花には気の毒だが、なんとかしてくれないと先に進まない。
まったく。みんな沈黙は金という格言が活きる場であるとでも考えているのか、見事に誰も口を開かない。
ウチの課長はともかくとしても、《幽界》の重鎮二人を差し置いて自分が真っ先に口を開くわけにはいかない。李花待ちである。
たぶん、それが正解。
天界警察の不愉快な二人の名前なんか覚える価値もなければ必要もない。記号で十分だ。
李花待ちの暇つぶしにこの二人の記号を考えてみる。
────。
──────────。
───────────────。
警備部長は………「傲岸」、大隊長を………「怠惰」と呼ぶことにした。
いい記号が見つかった。
《幽界》の重鎮、伝説級の指揮官の二人の動きを見せた。
こちらがどう出るかを窺っているのだろう、時折、視線を感じていた。
お願いだ、矢面に立たせないでくれ。悪目立ちしたくないのだ。
(私に何ができるというのだ!買い被りにも程がある!)
「なあ、鳳よ。教えてやれよ。可哀想じゃねえか」
なんか言ってきたぞ、と思い、思わず身構える。
そんなことを言って来たのは村上権蔵一等警備監。
境界警備隊特殊武装警備隊第二連隊長だ。「鉄壁の権蔵」の二つ名を持つ。
「ど、どういうことでしょうか」
口にする言葉を選ばなくてはいけない。
「あのな、天界警察の警備部長様がな、なんか勘違いしてるみたいだからよ。教えてやれって。草臥れた襤褸雑巾みたいな俺らが言うよりもさ。若くて可愛げのある姉ちゃんからさ、懇切丁寧に説明して差し上げればさ、聞く耳を持つってもんじゃねーのかな」
「な、なっ、何がだ!」
傲岸がそんなやりとりに反応して怒鳴る。割り込むのが好きな人だ。
権蔵一監が胴間声を張り上げる。
「割り込んでくんじゃねえよッ!お前に話してんじゃねーんだッ!この小童がァァァ!!!」
警備部長を一喝した。しかも小童扱いするとは流石である。
「たかだかウン十年のキャリアだろが、そんなんでデカい顔するなッ」
なにが草臥れた襤褸雑巾だ。ビンシャキじゃないか。
間髪入れずにもう一人のレジェンドも口を開いた。
「なあ、警備部長さんよ。天界警察じゃ一廉の地位かも知れないがな。そんなもん、ここじゃなんの役にも立たんぜ。《幽世》で出来て当たり前のことが《現世》じゃ出来ねーことが山のようにある。《現世》っていうのはな、まるで勝手が違う。あんたの生きた時代はいつの頃だ?その頃は電波飛んでたか?─────その頃とはな、何もかもが違うんだ。まるで違うんだよ。─────おたくの兵隊はちゃーんと動けるんだろうなあ?」
「そ、それは………」と言い、傲岸は不遜に眼を向けた。
ここまで来ても怠惰はダンマリを決め込んでいる。
現八の声色がガラリと変わった。
「オレは、お前さんに聞いているんだよ。お前さんが総指揮を取るんだろ。自分のところの兵隊の練度もわからない?………そんな奴が指揮を取る?………笑わせんじゃねえ」
これが幽界警邏庁警備救難部特別救難隊長、仲村現八警邏監。
心の中でパチパチ。思わず手を叩いてしまう。その通りである。
さすが現八のおとっつぁんである。
おとっつぁんの愛称で慕われている現さんは特殊救難基地の基地司令でもある。
このふたり、三界連携活動の出場回数はそれぞれに数百回と超えている。
勤続………長すぎてわからない。そしてアタシらは足元にも及ばない。
いつの時代からいるのかさえ、よくわからない二人である。
─────権現。
名前の頭文字をとって権現。このふたりの二つ名である。
傲岸は顔を真っ赤にしている。
一体何を考えているのかよくわからない。
これで少しおとなしくなってくれたらいいのに。
珠莉が目を見開いた。一瞬で装いを変えた。
キタ、来た、来たぞ。ついに出た。珠莉課長の早変わりである。
地味なスーツ姿でキャリアウーマンのような出立ちから、いきなり艶やかな着物姿になった。
思わずブルっと震えてしまった。
うーん。これは良くない。怒っている。見事に怒っていらっしゃる。怒気を孕んでいる。
凄みを利かせて、権現の二人を一瞥し、すぐに《天界》の二人に目を向ける。
「皆様方、もうおやめになったら?ここはそのような所ではありませんよ。三界連携は調整官に取り計らっていただかないことには進みません。─────それから、ウチの鳳仙を巻き込まないでくださいな」
権蔵と現八は少しバツが悪そうな顔をした。
今度は李花の方に向けて痛烈な一撃を放つ。
「その様子だと─────《天界》さんと調整庁の間でなんらかの密約があったのかもしれませんねえ、この場で、ここまでのことを言えるのですから」
珠莉は《天界》の二人から目を離さなさい。睨め付けている。
李花は思い切り不満の表情を浮かべた。
そして、口にはしないけれど、邪魔するなと言いたいのだろう。不愉快そうだ。
なんだかんだいって、課長の圧に屈しないとところは凄い。
やがて「心外です。ありえません」と一蹴した。
珠莉は涼し気な顔で受け流す。
「ならかまいません。では時間の無駄遣いはやめましょうや。隊員たちの士気が下がる。各界とも仕込みの時間がなくなる。いいことはありません、もう定刻を回っています。どのようにいたしましょうか、李花調整官殿」
課長だって彼女に何の落ち度はないのはわかっている。
それでも、しばらくの沈黙が続く。
やがて李花の部下たちが居住まいを正し始めた。それが合図になった。
「お待たせいたしました。これより三界連携調整庁として回答いたします」
李花は抑揚をつけずに、ゆっくりとはっきりとした声で告げた。
「天界治安警察機構の申し出についてですが、まず一つ目、【獄界職員による天界行政府制式採用官服の不適正使用に関する特別監査】の実施について。この実施は認めておりません。私どもが承認したことは【獄界職員による天界職員用官服着用について考察を行うための調査】であったはずです。そもそも、この度の活動における主目的ではありません。これは私の上席である「統括三界連携調整官・楪」が通達しているはずです。従いまして本活動における公安部特別捜査課が《現世》に出場すること自体、お認め出来ません」
「話が違うじゃないか!」
傲岸がまた割り込んだ。
「なにか前提のお話があるとでも言うのですか?」
「お前こそ、何を言ってる! ─────天界の職員でない者が官服を悪用し、126名の尊き方が騙され穢らわしい《獄界》に不当に連れていかれる事件が現に起きているんだぞ!」
「それは我々が関知すべきことではありません」
傲岸は立ち上がって叫ぶ。
「なんのためにわざわざ《現世》に下りて来ていると思っているんだっ!其奴は今も身分を詐称し、職務に就いているんだぞッ!一刻も早く断罪せねばならないッ!」
李花は淡々と答える。
「それは翠蓮上席特別執行官のことですね。官服の着用については正式に許可されていることが確認されております。その上での有用性に疑問があるとしての…、」
「四の五の言ってんじゃないッ!─────天界入界管理庁、天界警察だけの問題じゃないんだ!!我ら《天界》が迷惑を被っているんだッ!許可があるだと!そんなバカな話があるかっ!誰がそんな許可を出したというのだッ!答えろ!答えんかッ」
李花が訝しんだ顔を傲岸に向ける。
「本当にご存知ないのですか?」
「お前こそ何を言ってる!そんなことあるわけ無かろうッ!!!」
李花のコメカミあたりがピクリと動いた。
堪忍袋の緒が切れたのだろう、蓮っ葉な言葉遣いに様変わりした。
「ほんとさ、お前、いい加減にしろよな?─────そんなこと言ってるとほんとクビ飛ぶよ?」
傲岸も負けずと噛みつく。
「なんだとッ、この小娘がァァァ!!」
李花はそれを受け止める。
「小娘でもなんでも、いいんだけどさ。あんたホントに天界治安警察機構警備部の部長なのよねえ?」
「なんだと!貴様!失礼じゃないか!」
「………私情で認めたくないって言ってんじゃないの?」
「私を愚弄するつもりか!」
李花はこほん、と咳払いをして言葉遣いを戻した。
「愚弄するつもりは毛頭ございません。いちいち話の腰を折らないでください。困ります。話は最後まで聞いてくださいませんか。私は先ほど公安部特別捜査課に対して活動の参加につきましてお認めできないと申しましたが─────、気が変わりました。私の権限と責任において三界連携活動に参加することを承認します。どのような配置、役割にするかは、この活動の総指揮を執られる方に一任します。せっかくお出でいただいたのですから、参加していただこうと思ったまでです。これを最終決定とします。よろしいですか。二つ目、活動方針についてですが、できかねます。三つ目の総指揮の件ですが、私どもがとやかく言うべきことではありません。後ほど皆様で互選の上、決めていただきます。以上です。よろしいですか」
傲岸は少し不貞腐れている様子だが、首を縦に振った。
どうやら傲岸が死守しなければならなかったのは、公安部特別捜査課の参加を認めさせることだったようだ。
「………玉鷹部長。翠蓮上席特別執行官の官服は正式に許可されていることをご存知ないみたいですので、念の為、お伝えしておきます。これは調整庁管理機密情報に相当しますので他言無用でお願いします。─────そのお許しは三界の全総督によるものです」
傲岸の顔から表情が抜け落ちた。
もしや理解できないのか、と思ったが、そうではないらしい。体を小刻みに震わせ、声も震えが止まらない。
「そ、それ、それは………ど、いうこと、だ?………な、なんでそんなことに………なってるんだ………」
絞り出された声は震えていた。
「だから、言ったじゃないですかー。なんで知らないんですか?そっちの方がびっくり、ですよ」
傲岸はこの場にいる全員の顔を見る。
「み、みなさんは知っていたの………か」
珠莉、権蔵、現八だけじゃない。
壁際に立っていた李花の部下たちも首をコクコク振る。
傲岸は呆然自失となって崩れ落ちるように座り込んだ。
ただ一人、無反応。
ダンマリを決め込んでいた怠惰が立ち上がった。
間髪入れずに深々と一礼する。
「大変申し訳ありません。皆さまにお詫びを申し上げます」
呆気に取られたのはこっちの方だ。
コイツめ、タイミングを見計らっていやがったな。
収束するところまで見切った上でのダンマリである。
傲岸は項垂れたまま微動だにしなくなった。
許しを与えているのが三界の全総督だと知って、相当ショックだったようだ。
─────三界の全総督。
「三界連携調整庁」が創設される前から、この三界を守ってきた各界の主のことである。
《天界》の「聖人・観世林檎」、《幽界》の「賢人・普賢睦月」、《獄界》の「貴人・千蔵燈護」の三人は各界の《総督》としていまもなお健在である。
李花は話を続ける。
「大変長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。ご存知の通り、私の一存で決定できることは少なく、上席に確認せねばならないことが山のようにありました。それではみなさま、本活動の総指揮官を互選にて決定してください」
すんなり《幽界》のレジェンドのどちらかが総指揮を受けてくれると思ったら、甘かった。
譲り合いというか、なすりつけあいの様相になる。
その挙句、ウチの課長がサクッと一言差し込んできた。
「鳳、お前しかいないのではないのかえ?」
妓女言葉だ。珠莉がそんな装いで、そんな言い回しをするときには碌なことがない。
「─────天の国の火付盗賊改の取り扱いなんてこの殿方ふたりが出来ると思って?………最初から白旗をあげてらっしゃるでしょう。察してあげなさいな」
確かに公安系統で《現世》に公処があるのはウチくらいだ。
権現のふたりでは公安の兵隊を扱い切れないってのはわかるが─────。
「鳳がやれないというのなら、私がやらなくてはいけなくなるけど、私でいいのかえ?」
「え?」
権蔵と源八は揃って顔を青くする。
超高速でブンブンと首を横に振っている。こんな二人を見るのは初めてだ。
「冗談は勘弁してくださいよ、姐さん」と権蔵。
「さすがに姐さんの総指揮っつーのは、もうしんどいですな」と現八。
珠莉は蛇を思わせるような舌をペロっと出して、唇を舐める。
「襤褸雑巾じゃないのかえ?雑巾っていうのはね、擦り切れるまで使い込んでナンボじゃないのかえ?」
そんなやりとりで横目で見つつ、天界警察の大隊長に水を向けた。
「そちらはどうかえ?」
「………遠慮させていただけませんか」
「あんさんは現場をよう知ってる、って顔をしてますなあ。─────お任せしてもええやろか」
大隊長の怠惰は首を横に振った。
「………正直申しますとね、異動してきたばかりでして。現場におりましたのは遥か昔の話でございますので」
「あら、いつの頃のお話かしら」
不遜は「そんな昔の話は………」と言いかけて、圧を強めた珠莉に屈した。
「私は第9期です。警邏第6連隊に配属されました。その後はいろいろと転々としております」
権蔵と源八の目の色が変わったのがわかった。
「とはいえ、とてもじゃありませんが総指揮なんて務まりません。今と昔ではあまりにも違いすぎる。私では荷が勝ちすぎている。誰かの元で鍛え直しというわけにいきませんでしょうか?─────もしよろしければ副官にご指名いただければ」
大隊長は頭を下げた後、チラリと鳳仙を見た。
(なんでこっちを見るんだ!)
「往生際が悪いな、鳳は」
珠莉の口ぶりがキツイ。これ以上の固辞は逆効果にしかならない。
もし私がやる、なんて言われたら抗えなくなるし。権現の二人にも恨まれることにもなるだろう。
鳳仙は仕方なく、オズオズと手を挙げた。
「私、やります」
珠莉はわざとらしく李花に向かって言う。
「調整官殿。総指揮が決まりましたよ。私どもの鳳仙が務めさせていただきますゆえ」
李花も笑みを浮かべている。なにかを含むような笑みである。
「承認いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
珠莉は悪い顔をしながら呟く。
「いやあ、実に残念。惜しいことをしたのかもしれないねえ」
「何がです?」
「いやあね、久々に《完全受諾》をやってもいいかな、と思っていたの」
それを聞いた権現の二人が頭を抱えた。
(な、なんですか、《完全受諾》ってのは!)
「鳳よ。完全受諾っていうのは、緊急通報無審査全件出場っていう鬼な仕打ちだ。しかも一件あたり分刻みの制限時間までつけるんだよ。そんなことやらせんの。この姐さんくらいしかおらん」
権蔵が自分で言っておきながら、苦々しい表情になった。
現八のおとっつぁんは何かを思い出しているのだろう、とても辛そうな顔をしている。
「アタシの跡継ぎなんだから《完全受諾》をやるくらいの気概を見せて欲しいわね。どうかしら?今日はそれにしてみたら?」
「それは、調整官と詰めます」
即答して切り返す。
「あら、そうなの?残念だわ。─────《完全受諾》っていうのは意外に捨てたもんじゃないわよ。時々とんでもない獲物がかかることがあるし、何よりね、隊員の底上げにもってこいよ。どうかしら」
珠莉は《完全受諾》推し全開で攻め込んで来た。
「へえ、そうなんですね。一考の価値はありますね」
《幽界》の二人がゲーッとした表情になった。
傲岸はビクッと体を震わせた。
さすがにもう大隊長のことは怠惰なんて呼べない。
警備部長よりも大隊長の方が上役に見えてしまうのは気のせいか。
なにせ中身がないんじゃ、剥いでも仕方がない。
いずれにしても権現の二人の目の色が変わったということは、きっとそれなりのキャリアだということだ。─────剥ぐならこっちが面白そうだ。
◇◆◇◆◇◆◇
調整官と三界連携活動の総指揮者で交わされる最終確認。
いま、この部屋にいるのは鳳仙と李花だけだ。
まずは形式通りのやりとりが淡々と進められる。
「─────活動上における制限事項は?」
「二点のみよ。こちらからの能動的干渉は禁止。それから幽体、霊体に危害を与える恐れのある行為は禁止」
「了解。………いつもどおりってことね」
李花はいきなり、にへらっと笑い、お仕事モードを解く。途端に口調は幼くなる。
「………よかったよ〜。鳳ちゃんが受けてくれてよかった。どーなるんだろうと思って、ドキドキしてたんだー」
「なんで?」
「だって、鳳ちゃんじゃないと意味なくなっちゃうからさー」
「はぃぃぃ?なんかあんの?」
「あるに決まってんじゃん。〈天界警察〉があれだけ暴れんたんだよ。まさかあんな馬鹿げたことを言い出すとは思わなかったけどさ」
「それって翠蓮絡み?」
「もち。じゃなきゃ、頼まないって。それに【出場要請】が今回の肝なんだから」
【出場要請】とは守護霊が通報することによって、発生するものだ。
─────守護霊。
《現世》に生きる誰かの守護霊になることは《幽世》に住むすべての者に与えられている権利だ。
必ず誰かの守護霊をしないといけない、などの義務などではない。愛する者や健やかに生きていて欲しいと思う人を見守りたいという気持ちによって生じるものだ。だから何人まで、などの制限もない。
《現世》に生きる人に対して、《幽世》は原則として干渉してはならないことになっている。
いくつかある特例の一つ。それが守護霊による干渉である。
生命の危機が迫っているとき………。
《現世》において凶霊や悪霊から不当に干渉を受けている時など………。
守護霊は自らの判断で《現世》に行き、直接干渉することができる。そうは言っても出来ることは限られる。
《幽世》にいる者が《現世》にやって来ても、これといった物理現象を起こすことはできない。
出来ることはといえば、警告を発するくらいである。とはいえ、生きている人間がその警告に気がつくとは限らない。厳しい制約がある中で許される範囲の中で見守りを続ける。
生者と死者。
《現世》と《幽世》という隔たりを越えて繋がる絆がある。
その絆を守るための最後の手段。
それが【緊急通報】だ。
《現世》にも110番、119番があるように、《幽世》にもそのような仕組みがある。
この【緊急通報】を受けているのは《三界連携調整庁》だ。
調整庁では、その通報の取り扱いについて審査される。
通報時の諸要件を満たしているか、その人間に対して起きていることが《幽世》側に責任があるのかどうか、などの確認が行われる。
受理されると《現世》に駐在している法執行機関に対して【出場要請】が発出されることになる。
─────それが【出場要請】である。
《現世》に駐在している天界警察、幽界警邏庁、幽界境界警備隊、獄界警察庁、それぞれの当番隊が持ち回りで担当することになっている。
当番隊が【出場要請】に応じて対応することになっている。
それが【守護霊の通報に基づく出場要請】だ。
李花が一枚の紙を差し出す。画用紙のようだ。少し大きい。
その紙に書かれていたのは明らかに小さな子どもが描いたと思われるモノ。
「李花の子どもが描いたの?─────大きくなったわねー」
もちろんわざとである。
「違うわっ!アタシに子どもはなんかいないの知ってるでしょッ!」
ノリが良くてよろしい。
「いやいや、保護するとかってあるじゃん」
「そっから離れろ」
はい。ごめんなさい。
「じゃ気を取り直して─────。ナニ、コレ?」
正直何が描いてあるか、判別は難しい。
「それはさー、救護園の園長から私たちに提出されたモノなんだけどね。その子がね、せんせいが死んじゃう、たすけてあげて、って言ってるんだって。これを描いてさ、園長先生にお巡りさんに渡してって言うんだってさ」
黒く塗りつぶされた人型。そしてそのそばに黄色の人型が描かれている。
「ま、まさか、そのせんせいを探せって話じゃないでしょうね」
「もちろん、そうよ」
鳳仙は顔を顰める。
「その子への聞き取りは?」
「死亡時四歳の男の子で救護園で養育中の園児。できると思うの?」
「無理ね、それは」
救護園とは《幽世》にやって来て、順応できない子どもたちを救護するための施設だ。
誰のことを言っているかなんて確かめようがない。
「といっても………もう手がかりは見つけてあるから、そんなにはしんどくないと思うよ─────はい、これ」
李花はもう一枚の紙を差し出した。
それに書かれている数字の羅列を見て理解する。
《幽世》における共通基礎番号だ。同時にこれは守護霊としての認識IDとしても扱われる。
「これって………」
「そう。対象の生者の守護霊さんの基礎番号」
「………どーいうこと?」
李花が事の経緯を説明してくれた。
《幽界》の救護園の園児が「せんせい」を助けてって、絵を描いた。
それを見た園長が《幽界》の公処に相談して、事が動いたということらしい。
幼児であっても守護霊としての権利はある。正規の手続きが踏まれて公処が動いたということだ。
いろいろ調べて浮上してきたのがさっきの共通基礎番号の守護霊ということ。
「………この守護霊なんだけどさ、しばらく《現世》に下りっぱなしだってことがわかったのよ」
「まさか不法滞在?」
「ううん。ちゃんと手続きして下りてるから、ツッコめないんだけどね………。問題なのは【通報】の頻度とその中身にかなり難アリってことなのよ」
この守護霊は《現世》に下りて、ここ数日だけで数十回、通報している。
多い、というかかなりの異常値だ。
「受理はされているの?」
「原則、条件を満たしていたら受理せざるを得ない。全部で129回に対して不受理になったのは3回。阻止要請。保護要請が多いんだけど。ときどき支援要請も入ってくる。要請の主訴は自傷及び自殺の阻止。通報事由としては受理できる。もちろん当番隊が出場してる」
「で、なにが問題なの?」
「【出動要請】がかかって臨場するじゃん。─────そしたらさ、自傷及び自殺他、生命の危機に類する事象は確認できませんって、報告があがってくんのよ。それにね、追い返されたこともあるの………」
「追い返される???」
なんか凄まじく面倒な匂いがしてきた。
「どーゆうこと?」
「《天界警察》の人じゃないとイヤなんだってさ」
あー。お察しである。
確かにそういう人はいる。
「《幽世》じゃないんだし、《現世》なんだから仕方ないって納得してもらうしかないんじゃない?」
「それができなかったから、面倒なの」
「え?」
「この守護霊のところに調整庁の職員が話を聞きに行ったの。そしたら、要請しても要請しても要請しても、いくら要請しても《天界》の人が来ないってブチギレてるってわけよ。《天界》の人じゃないと被守護者の履歴に傷がつくって、頑なに信じちゃってんの。《天界》に入れなくなったらどーしてくれんだって喚くらしいの。そんなこと関係ないのに」
「追い返されたってそういうことなのか………。それなら調整庁から《天界警察》に対応要請だせばいいんじゃないの?」
「あーそれ無理。もうやった。にべもなく撃沈よ。個別の要請を受ける訳にはいかないって」
《天界警察》が動かないということなら、その守護霊は天界籍ではないということだ。
「なぜか天界警察が当番隊のときは決まって通報してこないの。タイミング悪過ぎ」
李花は腕を組んで宙を見上げる。
「えっと………その守護霊と対象者は血縁関係?」
「もち。─────お母さんよ」
鳳仙は聞くんじゃなかったと後悔する。この手の守護霊はあまり得意ではない。
「ちなみにこの「せんせい」はお医者様ね。そのお医者様のお母様」
なんとなく背景が見えてきた。
救護園の園児はこの医師と関わりがあったってことだ。
そして、この医師がなんらかの危機に瀕していて、母親霊が息子を心配して要請を出している、という構図、と見えてくる。
パチっとパズルがハマるように気づいてしまった。
「白翠の官服」を着る翠蓮が行けば、きっと、このお母さんは受け入れてくれる。
天界警察はそれを嫌がったってこと?
そのリスクを排除するためには、着るのをやめさせたい、ということか。
三界連携調整庁からすれば、この流れを使って利用したいというわけだ。
手詰まりになっていた懸案、それを翠蓮が上手く立ち回ったら解決する目が出てくる。ということか。
この母親霊の件については調整庁で把握しているのだ。
もちろん天界警察もわかっているということになる。
天界警察は三界連携活動で【監査】で翠蓮を封じ込めたいということなのか。
《幽界》の重鎮たちには思惑はないだろう。そんなのがあったら、すぐに言ってくる人たちだ。
課長は課長でいろいろ握ってるかもしれないが、余計なことは決して口にしない。
あー頭が痛い。
これ以外にも何かが潜んでいるのかもしれないし、これが全てかもしれない。
そういえば、李花の上官である統括三界連携調整官の楪と珠莉課長は昵懇の間柄じゃなかったか。
今更思い出しても仕方ない。きっと密約をしていたのは珠莉課長の方だ。
下手したら権現の二人にも話が通っていたのかもしれない─────。
いや、話を通す必要もないか。あの二人はきっちり課長の意を汲んで合わせてくる。
この短時間でよくここまで仕込んだものだ。
鳳仙は李花を半眼で睨むことしかできない。
李花は怯えた表情で鳳仙を見返してくる。
「ああ、あああ─────。化剥様がニラんでるんですけどー。コワイコワイ」
「茶化すな。もう剥がすもんないだろ、李花は」
李花はてへっと笑って舌を出した。
「今回はごめん。本当にあなたたち、じゃないとダメなのよ」
「貸しひとつだからね」
「えーっ!それはないでしょ?あなたにはたくさんの美味しい獲物を提供しているんだから。剥ぎまくりで楽しくない?」
「そんなのいらない。却下」
李花は頬をぷーっと膨らませた。そして次第に顔を引き締めていく。
「なんにもないなら、ないでいいんだけどさ─────。どこがどんな思惑をもってようが、そんなのはどうでもいいんだよ。救護園の子どもが、せんせい死んじゃう、助けて、って言ってるんだよ………。ちゃんと受け止めてあげたいじゃん。人間、いつかは死んじゃうけどさ。でもさ、生きててほしいって願いは、大事にしてあげたいんだよ」
これはきっと李花が自ら志願したのだ。
それが《幽世》で働く私たちが護りたいものだ。
それは揺るがない。変わらない。変えちゃいけない。
「李花。最後に一つだけ許可して」
「なに?」
「天界警察、公安部特別捜査課に【特別監査】の許可を出したい。了承してほしい」
李花は目を白黒させた。
「─────それって、なにかの作戦?」
「思惑があろうがなかろうが、翠蓮に張り付くしかなくなるでしょ。ウロチョロされたら敵わないし、足を引っ張られたらたまんない。それで権現の爺様たちにどやされるのはごめんなのよ」
李花はうすら笑いを浮かべた。
「あ、そういうことね、でもさ、翠ちゃんについていけるかな?」
「そんなの知ったことじゃないわよ」
李花はくすりと笑う。そして「─────了承した」と言った。
「ありがと。………………でも、あの玉鷹とかいう警備部長、目を見開いてびっくりするでしょうね」
「よかったじゃない。メンツを保ててよかったわね、くらい言ってといてよ」
鳳仙は姿勢を正し、礼式に則り申告する。
「李花上席三界調整官殿。ただいまより三界連携活動を開始します」
「活動開始。承知しました。鳳仙総指揮官殿」
こういうことはちゃんとしておかないといけない。験担ぎは大切。