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日常と僕

彼女がこの家に来てから、生活は少しずつ変わり始めていた。


まず、誰かに気を遣うという感覚が日常に加わった。


それまでずっと一人きりだった僕の暮らしに、もう一人――

それも異性が加わったのだから、当然といえば当然の変化だった。


会話は多くはない。

それでも、必要なやりとりはきちんと交わしている。


お互いに歩み寄ろうとするわけではないが、不思議とぎこちなさはない。

互いに踏み込みすぎず、ちょうどいい距離感に落ち着いている。


むしろ、その距離が心地よくさえ思えることもあった。


一日の流れは決まっている。


朝は二人で簡単な朝食をとる。

質素な食事でも、誰かと食卓を囲むというだけで、空気がどこか柔らかくなる。


その後、僕は畑へ向かい、

彼女は森の方へ散歩に出かける。


最近では軽く走ったり、木の枝を剣に見立てて素振りをしている姿も見かけるようになった。

身体の回復は順調に進んでいるようだ。


昼には再び顔を合わせて軽い食事をとり、

午後になると彼女は釣りや狩りに出る。


獲物を持ち帰ることもあれば、

ただ川辺で静かに時を過ごすこともある。


日が傾き始めるころ、彼女は近くの川で体を洗い、

夜には再び二人で食卓を囲む。


やがて言葉少なに別れを告げ、彼女は自分の部屋へ戻っていく。


彼女がここに来て、もう二週間が経った。


そろそろ、「次のこと」を考え始めている頃だろう。


この家に地図はないが、北にそびえる霊峰を見れば、

おおよその位置は推測できる。


――ここは、かつて激戦が繰り広げられた場所。


今では人間と魔族、双方の軍が手を出さない「中立地帯」として定められている。


水源が近く、補給の要となるこの地は、

本来なら奪い合いの的となっていてもおかしくなかった。


だが、あまりに拮抗したまま争いが続き、

最終的には双方が戦闘を禁じた、ある種の「聖域」となった。


だからこそ、ここから彼女の本拠地までの距離は遠い。


それでも、戻ろうとすれば戻れる。

少なくとも、身体の方はそこまで回復しているように見える。――体力だけは。


けれど、魔法――彼女の本来の力は、まだ沈黙を続けていた。


今の彼女は、ただ少しだけ身体能力に秀でた魔族の女性に過ぎない。


あれほどの強さを誇っていた存在が、ただの一戦士として歩いている。

それを一番痛感しているのは、他ならぬ彼女自身だろう。


今日も、自分につけられた腕輪が淡く光っている。


何を伝えたいかはわかっている。

僕も、すでに手紙は出した。


アリス様も、今の状況では動かないだろう。


もし今、強引に引き戻そうとすれば、

僕が魔族側につく可能性すらある。


それを恐れて、手を出せずにいる。


「何をそんなに焦っているのか」


独りごちる声に、自分でも苦笑する。


戦況は人類側の勝利が続いている。

失われた土地を奪還し、いまや反攻に出ているという話だ。


あの五人の存在は大きい。


僕の知っているどの物語でも「勇者」は1人だけになる。

なぜなら、彼らは初戦で4人がいなくなるのだから。


1人勇者として、戦場をかける。

そんな話だ。


それにしても――イフリータを倒したという報せには、さすがに驚かされた。


彼女の強さは、僕が誰よりも知っているつもりだった。


人類側の侵攻が早かったにせよ、

まだ彼女の心の武器は目覚めていないせよ。


彼女がそんな状態で戦い、善戦したというのなら――

いや、それどころか5人に手傷を負わせたというのなら、


完全体になった姿は想像するのも恐ろしい。


腕輪が熱を帯びる。


どうやら、彼女も苛立ちを隠せなくなってきたようだ。


だが、今この家を空けることはできない。


彼女を一人には――したくなかった。


そう思った瞬間、アリス様の心配も、

案外的を射ているのかもしれないと、ふと笑みが漏れた。


作業に戻りながら、僕はいつも通りの日常へと気持ちを戻す。

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