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彼女と僕と

部屋に戻ると、彼女は静かにベッドの縁に腰を下ろした。


窓の外には、深い森が広がっている。

木々の間を風が抜け、葉が囁くように揺れている。


――ここはどこなのだろう。


けがを負いながらも、私は戦い続けた。

気がつけば、この場所にいた。


何が起きて、どう運ばれたのか。

その記憶は、ぼんやりと霞んでいる。


ふと、あの五人の戦士の姿が脳裏をよぎる。


赤、青、黄、緑、紫――それぞれ異なる髪色を持つ人間たち。


私ほどではないが、確かに大きな傷を負わせた。

最後には、誰かが悲鳴を上げていた。


あれでは、しばらく戦場には戻れまい。

いや、戻ることを拒むだろう。


戦場で折れるのは、身体だけではない。

心もまた、戦いの中で砕けるのだ。


私はそっと、自分の右手を見つめた。


確かに、そこにある――あの一撃で本来なら失っていたはずの右手が。


感覚にも、違和感はない。

彼の治療技術は、本物だ。


私は空のコップを持ち上げ、念じるように宙に浮かせようとする。


けれど、その瞬間、力が抜けたように手が緩み、コップはぽとりと床に落ちた。


カラン……コロン……。


乾いた音が、静かな部屋に広がる。


やはり――あの人間の言った通りだ。


治ったのは、肉体だけ。


魔法を操る器官は、今も沈黙したままだ。


私はため息をつき、静かにベッドへと潜り込む。


先ほど飲んだ薬草茶の効果だろうか、まぶたがずしりと重くなっていく。


――だが、瞼の裏にはあの五色の光景が浮かび、

耳の奥には戦場の喧騒がまだ渦を巻いていた。


消えない。


きっと、簡単には……消えないのだろう。


「……ふぅ」


彼女が寝室へと姿を消したあと、ようやく緊張の糸がほどけ、僕は静かに息をついた。


あれほどの戦場を駆け抜けた彼女が、今、同じ屋根の下で眠っている。


美しかった。


けれど、その美しさ以上に、彼女は脆く見えた。


剣を携え、兵を率い、人間を殺してきた彼女の姿を思えば思うほど――

今の彼女は、あまりに小さく、傷ついた存在に見えた。


それだけ、深く心も身体も削られていたのだろう。


肉体は無事だ。

僕の施した治療は、一定の効果を発揮している。


……問題は、これからだ。


人類側に引き渡せば、彼女は生きたまま解体されるような拷問を受けるだろう。


彼女は魔王軍の上位指揮官。

持っている情報の価値は計り知れない。


だが、魔族側に戻したところで、そこに自由はない。


「強さ」だけが正義として支配する世界。


彼女はかつて、その価値観を誰よりも体現してきた。

部下を守るため、自分を律し、戦い続けてきた。


だが、それは同時に、彼女自身を削る生き方でもあった。


――そしてこれからは、「産むための器」として扱われるだろう。


次の世代を残すこと。

それが、彼女に課された次の役割。


それがどれほど彼女を蝕んできたのか、僕にはわからない。


彼女はその役目を、淡々と受け入れるかもしれない。


……だが、僕は。


彼女がそんな生き方を選ぶことに、どうしようもなく――嫌悪を抱いている。


そのとき、不意に腕輪が淡く光を放った。


呼び出しか。


あのとき人類側から渡された、通信機が反応している。


彼女の状態を、遠隔から感知したのだろう。


分かっている。彼らが何を確かめたいのかも。


――「人類を裏切るのか」と。


そんなことを僕がするはずがないと、分かっているはずだろうに。

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