日常
朝は、太陽の光で目を覚ます。
東向きの窓から差し込む光が、怠惰な僕を無理やり起こしてくれる。
起きて着替え、軽い朝食を済ませたら、外に出て畑仕事に取りかかる。
最初は慣れず苦労したが、今では冬を越すための作物も十分に収穫できるようになった。
自分で育てて、自分で食べる――そんな暮らしが、これほどまでに満ち足りたものだとは思わなかった。
畑仕事がひと段落すると、釣りに出かけたり、家の掃除をしたり、やることは尽きない。
今日は家のまわりの草刈りをする日だ。雨季が終わり、草が一気に伸びた。このままでは、虫が家の中に大量に入り込んでくる。虫除けの薬でも撒いておいた方がよさそうだ。
そう考えていた、そのときだった。
侵入者を感知する警報が鳴った――結界が反応した音だ。
鳴るのは、一か月ぶりくらいか。
前回は穏便にお引き取り願ったが、今回はそううまくいくだろうか。
警戒を強めて接近していくと、そこに“彼女”がいた。
「……イフリータ」
なぜ、ここに……。
白い衣装を風にはためかせるその姿。
そして、ひとたび始まれば、青い髪は血に染まり、無数の人類を屠ってきた魔族の将。
だが今、その彼女が、自らの血で衣を赤く染め、意識を失っていた。
僕は迷わず駆け寄り、治療を始めた。
傷は深く、放っておけば命を落としかねない。
まずは止血を済ませ、呼吸を整える。
これでなんとか一命は取り留められるだろう。
その後、どうするべきか考えた。
結界の外に運び出すべきか、それとも家に連れ帰るか。
――いや、ダメだ。連れて帰ってはならない。
彼女は、物語を動かす鍵となる存在だ。
──
目を覚ますと、見慣れない木の天井が視界に入った。
どうやら、自分はベッドに寝かされているらしい。
柔らかなマットに軽やかな布団――一瞬、王族用の寝具かと錯覚しかけたが、室内を見渡してすぐにその考えは否定された。
木製の家具に、木のコップ。質素だが丁寧に整えられた室内。
確かに整ってはいるが、王族がこのような場所で暮らすとは思えなかった。
身体を起こすと、ふと我に返る。
「あの傷は……」
手を伸ばして確かめる。だが、そこには何の痕跡もない。痛みすら感じない。
信じられない。あれほどの深手だったのに。軽く動いてみたが、違和感もなかった。
ベッドを降り、靴を履く。
すぐ傍らに、武器が立てかけてあった。
私の剣――不用心な、と心の中で呟きながら、それを手に取り、静かに部屋を出る。
扉を開けると、隣は少し広めの部屋だった。
一人の男が椅子に腰かけ、何かを飲んでいる。
「ああ、起きたんだね。当分目を覚まさないかと思ってたよ」
人間――そう認識した瞬間、私は反射的に剣に手をかけた。
だがすぐに、その手を止める。
私が意識を失っていたあいだ、彼は私に何でもできたはずだ。
それでも、今――私は生きている。
……ならば、剣を抜く理由はない。