王女の部屋へ
その夜。僕は、あの金髪の少女――王女の部屋を訪ねた。
部屋の扉を開けた瞬間、銀色の刃が閃いた。
「っっっ!!」
咄嗟に手を挙げて名乗る。
「遅くに申し訳ありません。シュウジと申します。先ほど召喚された者の一人です」
その言葉に、彼女は手にしていたナイフをそっと胸元へ戻した。浅く息をつきながら、慎重に僕を見つめている。
ここは、さきほど謁見した王女――彼女の私室だ。当然ながら、許可なく入り込むのは重大な問題だ。扉の外には兵士が立ち、部屋には結界まで張られている。だが、僕にとっては何の障害にもならなかった。
彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、穏やかな仕草で椅子を指し示す。
「どうぞ、お掛けください。こんな時間に来られたということは、何か重要なご用件があるのでしょう」
僕は腰を下ろし、頭の中で言葉を探す。――どう伝えればいいのか。
今日は、五人の勇者が召喚され、人類に希望が生まれた特別な日。そんな希望に満ちた日に、「これから起きる事実」を語ることができるのだろうか。
来る途中までは、ただ事実を述べればいいと思っていた。信じるかどうかは、彼女の自由だと。
けれど今、目の前に確かに“生きている彼女”を見てしまうと、その考えは揺らいでいた。
信じてほしい。助かってほしい。――彼女に、生きていてほしい。
「あなたは、今から五時間以内に誘拐されます。……僕は、それを防ぐためにここへ来ました」
静かな部屋に、僕の声だけが落ちる。
彼女は何も言わず、じっと僕の目を見つめてくる。試すようでも、見透かすようでもなく、ただ真っ直ぐに。
「誘拐の後、勇者たちが行動を起こすまで……あなたは、動けない状態になります」
「……死ねもしない、ということですか」
彼女の声は低く、けれどよく通る。
「はい。あなたの心の武器――それが、魔族に漏れています」
彼女は少しだけ目を伏せ、静かに息を吐く。そして、卓上の水差しに手を伸ばし、コップに水を注ぐと、一息に飲み干した。
「それで、あなたは私を守るためにここまで来たと」
「……いえ、違います」
言いかけて、言葉に詰まる。だが、逃げるわけにはいかなかった。
「今日、あなたをお守りできたなら――僕は、自ら戦力にはならないと宣言したいのです」
「……それは?」
「すべてを、お話しします。僕が何者で、これから何が起こるのかを」
「……」
彼女は僕の言葉を、ただ待っていた。
その沈黙は、僕に「語れ」と促すようでありながら、不思議と話しにくい空気ではなかった。