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04 解く

「飛行魔術って、ほとんどの魔術師が使ってると思うんだけど……」

「わたしはそんなの発明してないけどね」

「じゃあここから撃ち落とすのは?」

 焦った様子のサキがこちらを見る。

「多分無理かな……」

 ティナが頭上に魔術を放つ。空高く上がった炎柱は、ゾルドに届く数十メートルほど手前で霧散した。

 魔術と重力の関係はわからないことが多い。しかしこの様に重力に逆らえば逆らうほど威力が落ちることは明白であった。

「どうしようかな……」

 呟くサキと、ティナの周りはすでに数匹の魔物が囲んでいた。

 2人は互いに背を預ける形となり、周囲の魔物に警戒する。

「10分。待てる?」

 ティナが言う。

「え?」

「10分以内に、わたしがあの術式をコピーする。でもその間は基本無防備になるから……」

「コピー? そんなことできるの!?」

「正直複雑すぎてどうなるか……。でも、やれる可能性はあるよ」

 ダメ元の提案であった。こんな不確定な提案で、ゲームとはいえ10分間も命を張らなければいけないと言われたら、断るのが当然だ。

 わたしがサキなら、わたしを引きずってでもこの場を離れる。

 しかし、サキは迷う仕草すら見せることなく、短剣を握る親指を立ててみせた。

「いいね。乗ったよそのアイディア」

 ティナは驚愕のあまり静止した。

 それから数秒あけて喉を震わせた。

「いいの……?」

 サキの表情が綻んだ。

「何それ自分から言ったんじゃ〜ん」

「いやだって……」

「とにかく、大丈夫だから。あたしに任せて。でも10分がほんとに限界だかんね? しっかりお願い」

 背中越しでも、サキが表情を硬くしたのが感じ取れた。

 だからティナも力のある声で返答した。

「うん」


***


 上空、自身の体を魔術により浮遊させたゾルドは地表を見下し嘲ていた。飛行魔術も使えないのか、と。

 杖なく高速で魔術を扱えようと、これが使えなくては魔術師として生きていくのは難しい。何せ近年の魔術による戦いは5割以上が空中戦だ。

 ゾルドは思案した。

 杖を使わないことにメリットはある、と。直径5センチの水晶に記録できる術式は、およそ10個。つまりそれ以上の魔術を高速で行使するとなれば杖を使用しない他ない。

 だが。

 デメリットが大きい。飛行術式の様な高度で複雑化された術式を構築するのは圧倒的に非効率的だ。その上あの魔術師の女は、見たところ、構築に手こずっているどころか、飛行魔術を知らない様ではないか。意地を張らず杖を使っていればこうはならなかっただろうに。

(これなら、「あれ」を使う間でもなさそうだな)

 思いつつ、ゾルドはステイン共和国中央にある城から飛来する10名余りの魔術師達を見据えた。

「国家魔術師か」

 遊んでやるか、とペン回しの容量で杖をくるくると回転させた。


***


 サキ。冒険者の界隈では有名なプレイヤーネームであった。

 1から5級までの資格がある冒険者協会の冒険者の中で、彼女は現在17人しか存在しない1級の資格を持ったプレーヤーの1人である。

 それも歴代最速で1級まで上り詰めたのだから、有名にならないはずがない。

 実力は折り紙付きで、協会長が当時準1級であった彼女に、魔王討伐作戦の人員の1人として異例の招集をかけたほどだ。

 そんなサキは今かつてない挑戦に挑もうとしていた。

 それが、ティナを守りながら強力な魔物たちを討伐するというものだ。

 魔物は一通り入り切ったのか、門から新たに入る様子はない。そしてほとんどの魔物が街に散らばり、今サキと睨み合っているのはたったの5体。皆サキと同等かそれ以上の体躯を有し、黒いモヤを纏ったオオカミである。

 5体といえど、この一体一体が強力だ。まして人を守りながら戦うとなれば難易度は増す。

 サキは、俯き瞳を閉ざすティナの周囲をゆっくりと回りつつ、囲む魔物達に睨みを聞かせる。

 

 その時だった。


 上空からの爆発音がサキの鼓膜を揺らす。

 見ればゾルドとステインの魔法兵の間で戦闘が勃発したらしかった。

(しまっーー)

 サキは後悔した。

 音に気を取られ上空に目を向けたことを。

 正面にいたオオカミが彼女に向けて飛びかかった。

 牙を剥き出し、今にもサキを食わんとするオオカミを前にサキは冷静を保っていた。後悔あれど焦りはない。大きく開かれた口内に、平行にした左手の短剣を捩じ込んだ。

 オオカミが短剣を噛む。

 同時、サキは左手のグリップを緩める。

 魔物相手には多く使われる、片手の剣を囮にする手法だ。

 左手を完全に離したサキは、左半身を引きオオカミの左面側に踏み込んだ。そして素早く右手を動かすと、左眼球に勢いよく突き刺す。

「グルワッ!」

 痛みからオオカミの顎が緩んだそのチャンスを、サキが見逃すことはなかった。瞬時に口から短剣を引き抜くと開き切った口の上面に突き立てた。刃の先端は脳を捉え、オオカミは一鳴きしてから地面に伸びた。

 このオオカミを皮切りに次なる1匹が牙を剥く。それはティナを背後から襲う牙であった。

(間に合わない......!)

 ティナとて近づいてくれば音でわかる。しかしサキを信じ切っているのか、彼女が動く気配はない。

 それならば、と。

「『座標移動(テレポート)』」

 唱えた直後、サキの姿は消失した。しかし同時、彼女の身体はティナを襲わんとするオオカミの頭上に現出する。

 そのままオオカミの背に飛び乗ったサキは、それがティナに爪を振るうより早くオオカミの首元に両腕を回した。

 オオカミの動きが停止する。喉笛を短剣が貫通していた。

 さらに

 ソードスキル発動。これは剣内部に埋められた水晶に記録される魔術を発動することを意味する。

「『スラッシュ』」

 突き刺さった短剣の刃から魔力を帯びた半透明の斬撃が飛び出し、オオカミの首が跳ね飛んだ。

 ボトリ。

 頭部が転がり体が傾く。

 サキが飛び降りた衝撃で、オオカミの体は置物の如く地に落ちた。

 さらに襲い来る一匹の狼を、両腕から放つスラッシュを浴びせたことで撃退。

 残るは二匹だ。


 ーーこのまま、いける。


 その時だった。

 先ほどまで噛み付かんばかりにこちらを威嚇していたオオカミ二匹が、突如その牙をしまい込み踵を返した。

 単純に考えれば、仲間が殺される光景を見て怯えて逃げた、というのが妥当だ。

 しかしオオカミの魔物に限っていえばそれはないだろう。彼らは仲間同士の結束が強く、仲間が殺されればなんとしてでも仇を取ろうとする特性を持つ。つまり仲間が死んだ様子を見ればますますこちらへの敵意が増すはずだ。

(それが逃げるなんて……)

 まさか、とサキは周囲を見回した。

 オオカミの魔物が仲間を見捨てて逃げるのはいくつかの特殊な場面だけだ。

 1つ目は自然災害。仲間が巻き込まれた場合、真っ先に逃げ主の繁栄を優先する。

 2つ目は病。これも感染した仲間を見捨てることで流行を防ぎ種の繁栄を優先する。

 そして3つ目は

 ーー圧倒的強者の出現。


 今、サキの目の前にはレッサードラゴンが佇んでいた。赤い鱗に全身を包み、両翼を大きく広げて先を威嚇していた。


 ドラゴンーー、それは魔王が開発していない魔物一種。古代からこの世界に生息し、常に生態系の頂点に君臨し続ける王たる種。

 サキの前にいるレッサードラゴンもまた、そんなドラゴンの一種であった。

 と言っても、通常ドラゴンと呼ばれる魔物が数十メートルの体躯を有するのに対し、このレッサードラゴンは成体であってもたった5メートル程しかない。膂力や速度も通常のドラゴンとは比べ物にならず、本来であればレッサー同士で徒党を組み、一体のドラゴンに付き従っているような生態だ。

 おそらく狩りに出たところで運悪く操作の魔術を刻まれたのだろう。

 こうして彼らの生態を分析すると一見弱い生物に思うだろう。しかしレッサードラゴンの脅威は決して侮れない。

 1年ほど前、レッサードラゴンを駆除しようとしたとある国の騎士団は、奴らの巣に潜り懸命に戦った。しかし結果は惨敗。それどころか巣から出てきた3匹のレッサードラゴンの手によりその国は滅んだ。その国は2人の一級冒険者を有していたが彼らも軒並みレッサードラゴンに殺されている。

  

 ゴクリ。

 先は生唾を飲む。

 正直、勝敗は五分五分以上の確率でサキの側が敗北するだろう。

「でも、あたしはティナに賭けたんだよね」

 サキは半身の姿勢で腰を落とし、両手の短剣を構えた。


 ーー10分経過まで残り6分。

 読んでいただき感謝しかありません。もし、万が一にも面白いなんて思っていただけたら、ブックマーク・評価・感想・レビューの方をしていただけると、もれなく作者が喜びます。


 次回、サキが奮闘します。

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