03 飛行魔術
リリリリ。
「ふぁああ」
柔らかな目覚まし時計の音で目を覚ます、爽やかな朝。
ヨーロッパの皇室の如き豪華絢爛な部屋は、朝からティナの心にゆとりを与えた。
「朝ごはん、バイキング形式だって!」
爽やかな朝に似つかわしくないコッテリとした料理の一覧表が、ティナの視界いっぱいに広がった。
こちらに向けて一覧表を広げるサキは爛々とした瞳で肉料理の数々を順に指差していく。
「......裏見せて」
絞り出したようなティナの声は寝起き特有の掠れを有していた。
「え〜、こっちの面美味しそうじゃないけどー?」
「いいから」
やれやれ、というようなそぶりでサキが一覧表を裏返す。
ティナの視界に広がったのは、サラダにフルーツ、パンの数々。ティナは胸を撫で下ろした。
「よかった、普通の朝ごはんあって。わたしはパン系で攻めるよ」
サキが目を丸くする。
「えぇー!? いいの!? バイキングだよ!? 食べ放題だよ!?」
そういえば。中学校の修学旅行で、サキは朝ごはんに肉がないことに不満を溢していた気がする。
朝から肉を食べる変わり者用の料理が用意されていることには感心するが、残念ながらティナは肉を好んでいなかった。
「わたしはサキと違って、朝からお肉なんて食べたら胃が逝っちゃうの」
ゲーム内であっても、体の特徴は忠実に再現されている。
「もったいないんだからぁ」
呟いたサキはベッドを降りて伸びをする。ティナもまた体を起こした。
時刻は8時。朝食のバイキングはすでに始まっている時間だ。ある程度の身支度を済ませて二人は朝食に向かった。
席を確保し、サキは早速朝食の調達名乗り出す。ティナも少しばかりふかふかの椅子を満喫してから席を立った。
5分程度で二人は元の席に戻った。
ティナのプレートの上に並ぶのは、軽く焦がされたクロワッサンと小分けのジャム、ミックスサラダに卵焼き、そしてフルーツポンチである。豪華な朝食だ。
他方、サキのプレートに重なるのは、ハンバーグ、ステーキ、米、ポテトサラダを挟んでまたもやステーキ。これもまた、方向性は違えど豪華なことに変わりはなかった。
ふと思う。現実でも肉ばかり食べているのに、ティナと変わらず痩せているのがサキの不思議なところだ。体質だろうか。
と、パチンと高い音を立て、サキが胸の前で手を合わせた。
「いっただきま〜す!」
「じゃあ、わたしも。いただきます」
チラリ、とサキのプレートを見る。
「それ食べ切れるの? 朝から」
「当たり前じぁ〜ん。初めから食べれる量しかとってないのだよ」
美しいナイフ捌きで肉を切ったサキは、早速肉を口に運んだ。
「うまぁ」
30分後。
サキは見事にプレートになったものを平らげていた。むしろティナの方がギリギリ詰め込んだ、というような状況である。
「今日は買い出ししとこっか」
満足気なサキが言う。
「そうだね......」
己の食い意地を後悔しているティナは答えた。
部屋に戻った2人は普段着に着替えてホテルを出た。連泊だから、荷物は部屋に置いたままだ。
「どのお店行く?」
サキが問うた。
2人は1番通りを歩きつつ、周囲の店に目を通していた。
ティナは手元のままに目を落としつつ口を開く。
「そうだね......。わたしたちが必要なのは、消耗した装備類の買い足しと、保存できる食料の買い足し。あとこれから行く方は今寒季だから、防寒具も買わないと」
「防寒具か......ちょうど、あたし服とか全部一新したいし、とりあえずあそこの服屋寄らない?」
「そうしよっか」
ティナの同意により、2人はサキの示した店に踏み入れた。
更衣室からでたサキは、黒のショートキュロットに伸縮性を持つ白いシャツ、そして腰ほどまである水色の縁取りがされた黒いローブを纏っていた。
「そのローブ、もしかして」
ティナが言い切るより早くサキの口が開かれる。
「そ! ティナのローブ意識したの! やばくな〜い? 超かわいい」
何故だか少し照れてしまった。
顔を赤くしたティナを他所にサキのレポートが始まる。
「全体的に動きやすくていいね。短剣メインのあたしにぴったりって感じ」
「サキさんサキさん」
「なんだね」
「動きやすさ重視ならローブない方がいいんじゃない?」
「いや」
言ってサキがローブを捲る。
「見て」
言われるままティナがローブの裏地に視線を走らせると、10に近い数の武器ホルダーが付属しているのが目に入った。
なるほど、と思う。
サキは裏地を見せた状態のローブをひらひらとしてみせた。
「予備の武器、腰にジャラジャラ付けるよりここに整理して収納した方がいいんだよね」
「実用的だ......!」
新しい服を纏ったサキは更衣室を抜けカウンターに寄った。
笑顔の店員が問う。
「このままお帰りになりますか?」
「もちろん!」
右手に携えた服から財布を探すサキ。ティナは彼女の肩を掴んで制止した。
「ん?」
不思議そうな顔でこちらを見るサキ。
呆れた顔で声を出すティナ。
「防寒着」
「あ」
本来の目的を逸れるとはこのことである。
結果2人は、マフラーとイヤーマフ、それから裏起毛のコートを追加で購入し店を出た。
次に二人が向かったのはウェストポット広場と呼ばれる円形に開けた広場である。西側の防壁に面していて、広場を囲うようにして多くの店や屋台が並んでいる、いわば買い出しスポットである。
広場は大人から子供まで多くの人々により賑わっており、子供が集まる中心には魔術を操る大道芸人の姿も見受けられた。
ティナの目もそちらに奪われる。
「あの大道芸人、よほど魔術の玄人なんだろうね」
「え? 全然そうは見えないけど」
サキが小首を傾げた。
ティナが見る先にいるのは、手のひらサイズの杖で小さな人形を操り物語を演出する大道芸人。時折炎や氷を使い臨場感を演出しているが、これは決して珍しい技法ではない。
「あの魔術を発動するまでのタイムラグ……わたしと同レベルだよ」
ティナのいう発動までのタイムラグとは、脳内で魔術式を構築し発動する際の組み立て時間を指していた。これは一朝一夕に短縮できるようなものでなく、魔術への慣れや構築までの回路の明確なイメージといったあらゆる要素の統合だ。
最終段階としては、魔術式の意味を一つ一つ考えずして構築できるようにならなくてはいけない。
大道芸を披露する男は、人形をタイムラグなしに操り、さらには炎や氷を素早く放っている。あれは相当な修練の証である。
「もしかしてティナ……」
ゴーーーーーン。言葉を遮り、低く轟くような鐘の音が広場に響いた。
何の合図だろう。
時計に目をやれば11時46分。時刻を知らせる鐘にしてはすいぶん中途半端な時間だ。
と、遅れて時計台の方角からよく通った男の声が響き渡った。
「魔物だ! 森から! 魔物の群れが門に迫ってる!」
広場が面した防壁には、人の丈の3倍はあろうかという大きな木製の門が設置されている。これは、日夜門番による監視があるため、昼目であれば開け放たれていることがほとんどだ。
そして今日もまた、その門は開いたままになっていた。
門番たちが急いで閉門を試みるが、時すでに遅く、魔物たちは閉まる門を押し除け、次々に壁内に侵入していった。
初めに食い殺されたのは門番。そして門番がいたその場所にも、次々に魔物が足跡をつけていく。
「逃げろぉぉぉぉおおお!」
時計台の方から聞こえた。
広場の人々が一斉に踵を返す。
「ティナは逃げてて。あたしここで応戦するから」
人の波に逆らうようにしてサキが魔物の方へ足を動かす。その腕をティナが握った。
「魔物って何?」
「冗談に付き合ってらんないよ!」
サキが振り向き見たティナの顔に冗談やおふざけの色はなかった。
ティナはゆっくり声を出す。
「真面目。わたしの時代にあんなのいなかった」
「何年も前に魔王が作り出した、魔力を持って変異した動物。魔王討伐作戦の時、苦し紛れに魔王が大量放出して、そのまま野生化したの。でもあんなに統率された動きは初めて見た……」
近年の情勢や生物に関しては、サキの持つ知識は圧倒的な量だ。ティナが敵う事はない。しかし、魔術に関してはティナの方が上だった。
だってそう、作ったのだから。
「魔物の額に、小さく術式が刻まれてる。あれ多分、魔物を操ってるんだね。で、その操ってる張本人が……」
ティナはすっかり人が履けてしまった広場の中央を指さした。
「あいつ」
指の先を辿ると、全身黒でコーディネートした赤髪の男が一人佇んでいた。男が魔物に動揺する素振りはない。
男の瞳がこちらを映した。
「逃げねぇのか?」
「何が目的?」
サキが返した。
チッ、と男の舌打ちが聞こえた。
「……もうバレてんのかよ。俺の目的は蹂躙だよこの国のな」
「それをする理由を聞いてんだけど。言ってること、理解できる?」
ティナは気づいた。サキがキレていることに。
ゲームといえど、ここは多くの人々が協力し、希望を持って築き上げてきた文明だ。それを壊すというのだから腹も立つというものだ。
赤髪の男ーーゾルドは、後頭部をボリボリと掻きむしった。
「んなこたぁしらねぇよ。上の奴らに聞いてくれ。俺ぁただ、楽しそうだから手伝ってんだ」
「じゃあ目的も?」
「しらね。まぁでも……」
とゾルド。続けて右手に持った杖の先端をこちらに向けた。
「お前らが死ぬことに変わりはねぇんだよ!」
瞬時、杖先に術式が展開。円形に展開された術式中央からは、赤黒い炎に巻かれた槍が放出された。
ーー轟。
音と共に大気を裂きいた槍は、弾丸の如き速度でサキの腹に迫った。サキも両腰の短剣に手を向かわせるが、槍の速度には勝らない。
次の瞬間、炎の尾を引いた高速の槍が、サキの腹部に風穴を開ける
ーーことはなかった。
間一髪のタイミングで、ティナがサキの体を引き、己の後ろに潜らせたのだ。さらにティナが軽く右足を踏む混むと、足を中心に魔術式が展開。
地面を覆ったレンガが垂直に伸長しティナら守る壁と化した。
槍はレンガに阻まれ消滅した。
「テメェ今、杖なしで魔術を使いやがったか……? あの速度で……か?」
壁の向こうから声がした。
「は? 当たり前でしょ。ていうか、杖に甘えていいのはビギナーだけだよっ!」
壁から顔を出し、ゾルドに向けて手のひらをかざした。そこを中心に魔術式が展開。氷片が高速で射出された。
氷片を炎槍が相殺する。
「テメェ! 舐めてんのか!」
広場に声が響いた。
何を憤慨しているのか理解し難い。
どう調理してやろうかなどと考えていた時、背後のサキが肩を叩いた。
「何?」
「杖、使わないの?」
「杖? いらないでしょ」
どうやら近年ではほとんどの魔術師が長さ30センチ程度の杖を使って魔術を行使しているらしい。確かに杖は便利だ。初期の研究では、魔術の精度を上げるという結果が出た。しかし同時に魔術の威力を弱めるというデメリットを内包していた。
つまり、杖を使わず手元で正確な魔術を行使するのが最も良い魔術の使い方だ。
開発者たるわたしの見解何だから、間違いはない。
「なるほど……。ティナ、魔術式の保存方法って知ってる?」
「知ってるよ? 水晶ね」
水晶を使用することで一度構築した魔術式を複数個結晶内に保存できる。これは初期の段階からわかっていたことだ。
「あいつの杖、よく見てみな」
言われたまま、ティナは壁から顔を出し、ゾルドが持つ杖に目を向けた。
(特に何も……)
「あ」
「わかった?」
「持ち手側の端に水晶がついてた」
ゾルドの持つ杖には、直径5センチ程度の水晶が付随していた。
ここで全てに合点がいく。
大道芸人、ゾルド、二人とも魔術の発動速度はティナにも劣らないものであった。そして彼らの杖の持ち手側には水晶が付いていた。
これが意味するのは他でもないーー
「水晶に保存した魔術を使用してる……?」
「そゆこと」
研究当初、保存した魔術式は再利用が不可能と考えられていたが、どうやらあの研究室にいた誰かがそれを可能にしてしまったらしい。そうであるなら、一度じっくり時間をかけて構築した魔術式を保存し、あとは魔力を流し込むだけで、半永久的に、かつ高速で発動することができるようになったということだ。
それどころか、全く魔術知識のない人間が、他人に作ってもらった水晶を使って魔術を使う、なんてことも可能になる。
「でもそれ、魔術の根幹は何もわかってないってことになるよね」
「だね。てかむしろティナが変なの。ほとんどの魔術師は魔術式の仕組みなんて知らないし、一部の人が作った強力な水晶を使って魔術師になってるかんね」
「じゃあ」
ーー魔術の真髄、少し教えてあげようかな。とティナは続けた。
それから自らが築いた目の前の壁に両手を添え、
「e a a c」
呟いた刹那、両手を軸にして魔術式が展開され、周囲の大気が術式中央に吸引される。
「何してんの……!」
集まる大気の風音で、サキの声はかき消された。
「いくよ!」
ティナがいった次の瞬間。
ーー轟。
レンガの壁は軽く弾け、鼓膜を叩くような爆音が、広場周辺を埋め尽くした。
直後、ガリガリと地表のレンガを削り迫った空気の塊が、次の魔術を発動せんとするゾルドに正面から衝突した。
「ガアァッ!」
ゾルドの体は30メートル以上宙を舞い、やがて国を覆う防壁に背を打ち付けられた。
「何したの!?」
「空気砲」
正確には周囲の空気を集め収縮し、一方向に向けて放ったのである。
「クソ……」
壁から剥がれ地に落ちたゾルドは傷だらけのその体をゆっくりと持ち上げた。
正直、この状況で立ち上がれるのは奇跡と言っていい。背骨の5本くらい折ったつもりだったのだが。
「……まだ、これからだぁ……」
「魔物に関してはそうかもね。ま、統制を失えば全滅も時間の問題かな。でも少なくとも君はもう無理でしょ」
ティナが右手を向ける。
「いやぁ? まだだよまだだまだに決まってんだよ!」
その時。
ゾルドの体が宙に浮いた。それも先程と違い、自身でコントロールしているような様子で。
「空中戦と行こうじゃねぇかぁ!!!」
ゾルドの体が急上昇する。やがて地上600メートル近い地点まで高度を上げた。
「え」
「地上は任せて。ティナは上空をお願い」
サキが短剣を構える。
「いや」
「ん?」
「わたし、空飛べない……」
言ったティナの顔は青ざめていた。
「え」
読んでいただき感謝しかありません。もし、万が一にも面白いなんて思っていただけたら、ブックマーク・評価・感想・レビューの方をしていただけると、もれなく作者が喜びます。
どんどん文量が多くなる、
次回、戦闘シーンだけです。多分。
それと、誤字があったら報告お願いしますm(_ _)m 実は今書き終えてそのまま投稿したところなんです。




