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02 ステイン共和国

 ゲーム内時刻は19時。

 日曜丸一日をかけた移動により、月曜の放課後のログインで二人はステイン共和国の中央部、首都のブロットにたどり着いた。

 ステイン共和国ーー、NCOに存在する国家の中でも有数の大きさを誇る国であり、魔法国家マギアに向かう上で重要な中間地点である。観光面では、ザ・異世界というような中世風の街並みが人気で、貿易面では中継地点として重宝されている。

 また、魔法国家マギアの隣国リーサー共和国と条約を結んでいて、リーサー共和国までの寝台列車が開通していた。

 二人の目標はこの列車に乗りリーサー共和国に向かうことだった。

 

「三日後〜!?」

 ティナとサキの声が重なった。

 それはリーサー共和国への寝台列車が発車する日付であった。

 元々は一日に一本の頻度で運行されていたらしいが、両国の関係悪化に伴い、近年では一週間に一本まで減少したらしい。

 サキが持っていたのは、ずいぶん古い時刻表だった。

 ひどく計画が破綻してしまった二人は、トボトボと言わんばかりの足取りで寝台列車の駅舎をでた。この先の予定はおよそ皆無に等しかった。

 三日間ーー、つまり明々後日。現実にして7時間と少しだ。長時間というほどでもない。しかし現実と別に、ティナらは体感時間にして3日間という時間をこの国の中で過ごさなくてはならない。

「とりあえず宿でも探そっか」

 サキがいうのも無理はない。ゲーム内時刻は20時だ。

 本来の予定であれば今頃寝台列車に乗り込み、個室でゆったり腰を下ろしている筈だった。故に宿の一つも予約していない。

「あそこどう?」

 ティナが指差すその先には「宿!素泊まりOK!」の文字。店構えからして民泊に近いものだろう。

「いいね〜。行ってみよう」

 二人は宿屋に足を進めた。


「今日はいっぱいだよ」

 受付に行くや否や、眉間に皺を寄せた中年の女からその言葉が出た。

「ですよねー……」

 踵を返そうとするティナの手をサキの左手が掴む。それから「ねぇ」と言って受付に右肘を下ろしたサキは卑しい目つきで女を見つめた。

「二倍払うよ」

「無理だね」

「三倍」

「…だめだ!」

「四」

 女は両腕を腹の前で軽く組み、サキに相対した。

「何倍でもだめだ。あたしは金儲けのためにやってるんじゃない。一度入れた客は追い出さないよ」

「ダメかぁ。じゃあさ、泊まれそうな宿教えてよ〜。あたしら、けっっこう本気で困ってんだよね……」

 本音である。

 女は少し考えるように宙を仰ぎ、やがてはっとこちらを向いた。

「ステインローヤルホテル。国営のお高いホテルだけど、あそこは部屋数多い上高いからねぇ。当日でも少し会いてることがあるよ」

 サキはそのホテル名に聞き覚えがあった。NCOのホテル批評誌、ナンバーホテルにて、星1を獲得している一流ホテルだ。

 多少高くても資金には余裕がある。ならば良いホテルに泊まるのもいいかもしれない。

「ありがと」

 言って店を出た。ティナもそれに続き店を出る。

 二人は、サキの持つ地図に従い、早速ステインローヤルホテルに向かい足を動かし始めた。

「高そうだけど大丈夫……?」

 歩きながら、ティナが問う。

 40年以上ログインをしてこなかったティナは、現代の通貨を有していない。故に旅の資金面はサキに頼りきりである。

「え? 大丈夫大丈夫。任せてよ」

 数年前、大討伐とやらに参加したことで大量の資金を得たらしいが……。

「ごめんねぇ」

「気にしないでよ!」


***


 ホテル前、二人はその建物を前に呆気に取られていた。

 一言で言うならば「城」である。ステインらしい、中世風の古城のようなホテルである。例えるならイギリスにある魔法学校。

 無駄に大きな入り口を潜りカウンターまで行くと、サキがホテルマンに話しかける。

「今日、いや、できれば明々後日までここで泊めて欲しいんだけど、空いてたりしない?」

「確認します」

 言うとホテルマンの男は手元の紙をパラパラとめくり、それらに目を通し始めた。

 1分ほどそれを続けた後で、男は顔を上げた。

「本日からですと……」

 ゴクリ。ティナとサキは生唾を飲んだ。

「ダブルベットの一部屋であれば、連続してお取りいただけます」

「しっ!」

 サキは大袈裟にガッツポーズを作ってみせた。

 それからふと気がついてようにティナの方を見る。

「一部屋で大丈夫……?」

 断る理由がない。

「もちろんだよ」

「よかったぁ〜」

 サキはホテルマンを見て続けた。

「じゃあその部屋で」

「かしこまりました」

 ホテルマンが手元で何かを書くのが見えた。デジタル管理でないのも大変だ。

「3食込みで、合計、金貨2枚と銀貨1枚になります」

 「ひえ」と思わず声が出るティナを無視し、サキは軽く会計を済ませてしまった。

 ちなみに、NCOで使われる金貨は一枚あたり10万円ほどの価値と考えて良い。つまりティナは、20万円と言う大金をサクッと支払っているのだ。

 会計が終わるとホテルマンが口を開く。

「お部屋の準備に10分程いただいてもよろしいでしょうか?」

「おけ〜」

 サキは右手で丸を作ってみせた。もはや友達感覚である。

「では10分後以降、フロントにお越しください」

 彼の言葉で二人はカウンターを離れた。

 少し離れたあたりで、ティナは自身の腹部を摩ってみせた。

「お夕飯行かない?」

「あり。あたしさっき美味しそうなお店見つけたんだけど行かない?」

 サキは目ざとい。中学校の修学旅行でも彼女のおかげでどれだけ美味しいものにありつけたことか。

「行くしかないね」


 サキが見つけた店というのは、ホテルから徒歩5分ほどの二階建てのオープンデッキがある店であった。

「やばくない? めちゃ美味しそうでしょ」

 誇らしげにいうサキ。

 ティナとて同意見だ。

「うん。これはやばいね。店構えが美味しいって言ってる」

 店に入り、運よく空いていた2階のデッキ席に腰を下ろした。人の少ない大通りの明かりや夜空の星々がよく見えた。

 注文を済ませると、ティナは前々から気になっていた疑問を投げた。

「大討伐って、何の討伐だったの?」

「んー? 魔王だよ」

 魔王、という言葉は、ここまでの旅路でサキの口から聞いたことがあった。確か世界の5分の1を支配した天才魔術師と言っていた筈だ。その時こうも言っていた。2年前に討伐された、と。

 つまりーー、

「サキが討伐したの!?」

 あはは、とサキは楽しそうに、しかしどこか悲しげに笑った。

「まさか。あたしは討伐作戦に参加して、魔王の部下たちの相手をしただけ」

 ティナには、口を動かす彼女の顔がどこか悲壮を孕むように見えてならなかった。

「……どうしたの?」

「んーん! なーんでもない!」

 返答したのは、いつも通りの、あっけらかんとした様子のサキであった。

(勘違いかな……?)

 と同時。

 料理を持った店員が二人の席に姿を現した。

「まず、カレーです」

「美味しそ〜!」

 ティナの前にカレーが置かれる。

「そして」

 と店員が言葉を継ぐ。

「1677万種のブレンドチーズインハンバーグです」

「さいっこう!」

 ジューと音を立て、鉄板に乗せられたハンバーグがサキの前に下ろされた。

 「ごゆっくり」と言い店員が去る。

「1677万種って……そんなゲーミングPCみたいな……」

 呆れるティナをよそに、サキはすでに料理を咀嚼していた。

「どう?」

「もう混ざりすぎててよくわかんない。でも、うまし〜」

 プラスかマイナスかよくわからない評価だ。

 思いつつ、ティナもスプーンに手を伸ばした。

「いただきます」


***


 ステイン共和国、首都ブロットの一番通りから少し入った辺りの路地裏。

 28歳の男は軽い千鳥足で一人自宅に向かっていた。

 男の名はカイル。ステイン共和国において耳にした事のない者はもぐりと言われるほどの、名の通った剣士である。現実ではたったの一度も剣を振るった事がないにも関わらず、5年前に騎士団に入団すると、その剣の才は凄まじく、たった1年で団長にまで上り詰めてしまった。

 普段は人当たりもよく後輩の指導にも力を入れる彼だが、酒癖が悪いという欠点が、騎士団の中では常識として知られていた。

 この日もまた、少ないツマミと大量の酒で腹を満たしたカイルは、店で多少の問題を起こし、帰路についていた。

 カイルは、幅3メートル程のこの暗い路地の向こうから、縦に並んで歩く二人の男がこちらに向かってきている事に気がついた。

(肩でも当ててやろう)

 彼は思う。

 先ほどの店で暴れきれなかった鬱憤をここで晴らそうという魂胆だった。

 近づく男のうちの後ろを歩く男に寄り、すれ違いざまに肩をぶつけた。

「ああ。すみません」

 相手が言う。

 妙に落ち着いた声が癪に触った。

「あぁ?」

 ドスの効いた声で返した。

 しかし返事はなく、遠ざかっていく足音だけが彼の鼓膜を揺らしていた。

「おい! テメェ!」

 振り返り、思い切り叫んだ。これには流石の男も足を止め、体ごとこちらを振り返った。

「何のご用件ですか?」

 二人の間には7メートルほどの距離があり、街灯もない故、互いの顔は視認できない。

 唯一わかるのは相手の男の身長は180ほど。167のカイルよりはるかに高い。

「この! ステイン共和国騎士団団長、カイルに喧嘩を売って、逃げられると思ってんのかぁ!?」

「ほう」

 相手が興味を示したらしかった。

 カイルは体術もできる。剣を使わずとも軽くひねって発散してやる。

 カイルはポキポキと首を鳴らした。

「団長というのは、本当で?」

 落ち着いた声色で男は問うた。

「あたりめぇだ。何ならやるか?」

「いいですね」

 ニヤリ。拳を握ったカイルが笑う。

 同時、男は突如現出した直径50センチ程度の漆黒の空間に右手を突っ込むと、通常の数倍の体躯を誇る巨大なオオカミを引き摺り出した。

 黒いモヤを纏ったオオカミの額には赤い魔法陣が刻まれている。

(魔物か……? 何をしやがった)

 その異様な光景に、カイルは己の体から酔いが引くのを感じ取った。

「やれ」

 男が言う。

 すると先ほどまでこちらを睨み待ちの姿勢にあったオオカミが、牙を剥き出して走り来た。

 軽く遊ぶつもりが面倒ごとに巻き込まれてしまった、とカイルは思う。気だるげにため息を吐くと彼もまたオオカミに向けて駆け出した。

 その短い距離は瞬時に詰まった。オオカミは腕一本分はあろうかと言う牙を見せ、剣のように鋭い爪を立ててカイルに飛び掛かる。

 しかしカイルはその足を止めようとしない。

 刹那。カイルは消えた。

 否、腰・膝の柔軟性を利用して瞬時に姿勢を低くしたカイルは、走った勢いでオオカミの股下に潜り込んでいた。続いて腰に携えた長剣が閃く。

 音速の域で鞘を抜けた刃は刹那の間に大気を裂き、そして、オオカミの喉元を捉えた。

 吠える間も無く、オオカミの首がずり落ちた。

 そのままスライディングの容量で股下を抜けると、男の方に距離を詰めて行く。

「こいつぁ功績が増えそうだ!」

 男を間合いに捉えると同時刃を振り上げた。

 男が動く様子はない。

(もらった)

 抜剣時と同様、カイルは音速にも近いその刃を鋭く男の首付近に向け振り下ろした。

「……は?」

 と思っていた。

 しかしカイルの手中にはすでに剣が存在しなかった。いや、正確には、彼の手首ごと今地面に落ちたところだった。

 赤黒い血液が吹き出し、遅れてカイルを痛みが襲った。

「ぐああああ!」

 絶叫する彼の右横腹に蹴りが入った。思いの外強い蹴りに、左の壁に叩きつけられ尻から崩れた。

「これが天才騎士……反吐が出ますね。モルガナ様ならば、視界に入れただけであなたなど消し飛ばせる」

「うううあああ」

 己を見下す男の言葉が、カイルの耳に入ることはなかった。

「では」

 カイルの首が、胴と離れた。

 何が起きたか理解することすら叶わぬまま。

 男はもう一人の男に視線を移した。

「これなら、警戒するほどでもありませんでしたね」

「だな。俺一人でもどうにでもなっただろ」

 短い赤髪に吊り目を有した、黒い服装の男が返した。こちらはカイルと同じくらいの身長だ。

「ええ。あとは任せますよ」

 カイルを殺した男は再び現出した黒い空間に姿を消し、赤髪のみがその場に残った。

 読んでいただき感謝しかありません。もし、万が一にも面白いなんて思っていただけたら、ブックマーク・評価・感想・レビューの方をしていただけると、もれなく作者が喜びます。


 戦わせるの楽しいね

 次回から少しずつティナの実力が明らかになるかと。

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