腐り果てた果実
「本当にありがとうございました」
美雪が何度も激しく頭を下げる。
ショコラミントは慌てて頭を上がらせると、美雪をソファに座らせて自身も隣に腰かけた。
「そんなに頭を下げられることはしてないですよ。それよりも、この町には魔法少女は後任がいないんですね」
「・・・私が反対しているんです」
美雪が消え入りそうな声で言う。
「え」
「県所属の魔法少女はひとりだけいますが、彼女は多忙なのであまり要請が通らなくて。・・・そして何よりあの手紙を読んでから、あなたたち魔法少女は誰しもどこかのおうちで愛されて育ったお嬢さんだと思うと・・・うっ・・・」
美雪はそこから先を口に出すことなく静かに泣き始めてしまった。ショコラミントは聞くべきではなかったと心の中で反省しながらハンカチを差し出し、静かに横で泣き声を聞き続けた。
「どこかのおうちで愛されて育ったお嬢さん・・・かぁ」
葉月はベッドの上で思いを巡らせる。
楽しい記憶だけじゃない、沢山のつらい記憶。
葉月の父親は他人とのコミュニケーションが苦手で、場にあった言葉よりも正しい言葉といった融通の利かない性格をしていた。
和製英語や間違った意味で定着した「テンション」などのカタカナ語の語源や元の英語の意味を声高に主張して、「日本語を使え」と主張するような頭の固い男である。
葉月ももちろん例にもれず被害を被ってきたのだ。理由を聞かれて答えれば言い訳と決めつけられ、求められていないのに勝手にやったことを「やってあげたのに」と評価・感謝されないことに憤慨する。癇癪を起して葉月が涙を我慢できなくなるまで圧をかけ叱責・・・
母親は「昔はましだった。治ると思った」など甘えたことを言いながらも葉月を守らず父親が落ち着くまで時間稼ぎをするだけだった。
決して仲が悪いわけじゃないのだが、あまりにも嫌な記憶が多すぎてここ数か月、葉月は父親を可能な限り避けていたのだ。
「帰りたくないな」
しかし母親は葉月が心配らしく、こまめに連絡を送ってくる。謎のサプリメントや本から学んだ仏教や神道の教えを説きながら「私はあなたが心配なの」と言う。その言葉は葉月の耳にタコができるほどに定着し、反響した。
「私もお母さん・・・葉月のおばあちゃんに過保護な対応をされた。いわゆる重箱娘だよ」
まるで自分がされたことが正しいから娘にもしているといわんばかりに心配の言葉を並べられた。
葉月は重い足取りで荷物をエルエルにあずけると、再度変身してから宿泊施設の管理人に挨拶をして家に帰った。
「葉月!おかえり!!ちゃんと勉強できた?」
「ぼちぼちかな。ただいま」
公園のトイレで変身を解いてから自宅の扉を開けると葉月は母親に抱きしめられ頭をなでられた。
「いい?これからは赤点を免れた程度で喜んだりパパみたいにほめてほしがっちゃだめだよ?私は少なくとも平均以上はとってたんだから」
母親は変わらない様子でいつも通りの発言をしてくるが、葉月は慣れているのかハイハイと雑に話を流して部屋にこもった。
今更学校に行ったところでクラスメイトに怪しまれるうえ、コミュニケーションが苦手な葉月が質問攻めにされることは目に見えていたので、登校する振りして町はずれにある駅のトイレに入る。
朝は登校、出勤する人が多いため普段使用している公園のトイレはリスクが高いのだ。
葉月はサクッと変身すると、まほリンクで援軍承認を送った隣県に急いだ。
隣県は資金がかなり多く、そのため魔法少女がたくさん所属しているのだが、最近は精神的な理由というていで人数が減っていた。
詳細な理由は発表されていないが最近SNSでも話題になっている謎の魔法少女の写真売買サイトのことを思い出して、ショコラミントは胸糞悪くなった。
何故ならその県には「サナギ町」という、いわゆる夜の店が立ち並ぶ治安の悪いアーケード街が存在するからだ。
「最近は魔法少女もののR18ナマモノ同人誌が出回ってるらしいしもう何も驚かないけど、魔法少女の規約的にほとんどの魔法少女は未成年なんだよな・・・警察が動かないのもほんと腐ってる」
ショコラミントは舌打ちしながら屋根の上を走っていった。
「イヤァァァァァァァ!!!」
「なんで!?こんなの聞いてない!!!」
ショコラミントが現場に到着すると、そこには何とも悲惨な風景が広がっていた。
植物型のガーゴイルが複数と、馬の姿のガーゴイルが二体、二人の魔法少女を追い詰めている。
ショコラミントは目の前のガーゴイルの数を冷静に確認すると、すぐに魔法の糸を張り巡らせた。
ショコラミントの糸はいとも簡単に魔法少女を拘束していた粘液をまとった触手をばらばらに切り刻む。
「・・・アレか」
ショコラミントはついでと言わんばかりに上空に浮かんでいた一つ目のレンズが付いた飛行物体も一緒に真っ二つにした。
「ホント気色悪い」
ガーゴイルをせん滅したショコラミントから差し出された手を取った二人の魔法少女は衣装が破け、粘液にまみれていてあまりにも悲惨な姿だった。
ショコラミントは援軍要請がこの二人からではないことを確認すると、目の前の魔法少女に話しかけた。
「ねぇ、話せる?」
「・・はい・・ほんとスイマセン・・・ありがとうございます」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
身長が低い方のかわいい系の魔法少女はもはや「ごめんなさい」しか言えず、ガタガタと震えている。
「この子の分も私がお礼をします。なんでもするので・・・!」
身長が高く美人な魔法少女はそう言って真っすぐとショコラミントを見つめた。
「お礼とかいりません。そんなことよりこれなんですけど・・・」
まほリンクの画面を見た美人な魔法少女は首をかしげる。
「・・・?この県にはイニシャルがⅯの魔法少女はいないはずですけど・・・」
沈黙があたりを包み込む。
「え」
「え」
雨が降り始める。
風邪をひかないようにと美人な魔法少女に案内されるがまま、ボロボロな事務所に移動すると、二人のパートナー妖精がふわふわなタオルを渡しにやってきた。
「今この県にいるのは私とこの子だけなんです」
膝枕され眠る小さな魔法少女をなでながら美人な魔法少女が事情を説明した。
「初めは10人くらいいて、チーム!なんて楽しくやってたんです。この事務所の上の階が寮になってて、みんなで過ごしてたんですが・・・ある日メンバーの一人が急に自殺したんです」
「っ!!?」
「遺書はなかったんですが、彼女の部屋にあったクローゼットの中に、見たことない派手な下着が何枚も・・・」
ショコラミントは言葉を失い目を見開いた。美人な魔法少女はつづけた。
「私たちは遺書も証拠も無いからとそれを忘れることにしたんだです。でも、そのうち、データ管理や動画編集が得意なメンバーがあるサイトを見つけたんです」
そう言ってショコラミントが見せられたのはいつかクラスメイトが見つけた某写真閲覧サイトだった。
「みんな信じたくないといった様子でなかったことにしていたのに、一番古参のメンバーが真実知りたさに課金したら・・・そこには自殺したあの子の『動画』が買い切り式の商品としていくつも並んで・・・・うっ」
美人な魔法少女は吐きそうになったのか口元に手を当て黙り込んでしまった。
ショコラミントが背中をさすり、エルエルと二人の妖精に白湯を持ってくるようにたのんだ。
「・・・ありがとうございます。ご迷惑かけてすいません」
マグカップから伝わる温もりで手を温めながら、心を落ち着かせるように美人な魔法少女は息と深く吐いた。
「こんな自治体、救う価値無いですよ。他の自治体に移るか魔法少女やめた方が・・・」
「無理なんです」
ショコラミントの提案はすぐに却下された。
「この県の魔法少女はみんな、帰る家がここしかないんです」
小学生の魔法少女もいるのに完全寮生活だったことに違和感を覚えていたショコラミントはその言葉にハッとした。
「そういうことなんです。給与を与えて身分と衣食住の保証をする代わりに自治体の与える仕事をこなすという契約をしているんです。魔法少女をやめるには殉職するか、20歳になるしかないんです」
美人な魔法少女はおもむろに変身を解き、変身アイテムである宝石が埋め込まれたペンダントを取り出した。
「自爆装置が付いています。何もしなければ爆発することはありません。私たちが最後まで戦って人員が必要ないとアピールしている間は新入りが来ることもないんです」
ショコラミントは目の前で命を落としたあの日の魔法少女の姿を思い出した。
「・・・教えていただきありがとうございます。また何かあれば呼んでください」
ショコラミントは軽く頭を下げると、おやつにともってきていたチョコレートに包まれたグミを眠っている魔法少女の横に置いて事務所を出た。
「この世ははじめから腐ってるんだ」
翌月、とある県の魔法少女が二人、殉職したというニュースがまほリンクのトピックに表示された。
~エルエルの魔法少女解説~
こんにちはエル!ぼくは魔法少女の相棒をしているエルエルだエル!
今日は祝日「勇者の日」について解説するエル!!
簡単に言うと国の魔法少女の中でも最強の魔法少女、ストロベリースフレが亡くなった日エル!!
社会的には体は見つかっていないから、国を脅かすほどの災厄に匹敵する大きなガーゴイルと相打ちになって、その命と引き換えに国を救ったということになっているからだエル!
まあその死体は葉月が大切に保管してるエルが・・・でも、もし復活したら、それこそ奇跡が起きたって新しい祝日ができたりするかもしれないエルね~!
勇者の日は全部のお店がおやすみになるエル!それで、全部のテレビ局で過去に活躍した魔法少女の特番をやるのが決まりみたいになってるエル!
番組によっては初代魔法少女のチェリーも大臣として出演したりすることもあるエルね。




