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後悔

「嫌だよぉ、尊ちゃんが死んじゃったぁ……」


 科学部品を押し退け、台の上に乗せられた少女は息をしていなかった。


 小さな胸の隆起は分かりにくいが、手を当てれば明白である。人工呼吸とか、心臓マッサージとかそういった段階ではない。


 回収が間に合わなかったのだ。研究施設には、最新鋭の医療ロボットも存在する。

 だが既に、医療で解決できる問題ではなかった。心臓が傷付いてしまっていてはどうすることもできない。


「主ぃ、買って来ましたよ~~~」


 気の抜けた声と共に現れたのはオクタだ。その手に持っている袋の中にはチョコレートや菓子パンなどが詰め込まれている。


「準備が整ったみたいですし、それは始めますか。テトラ、火炎放射器を持ってきてください」


「ここで燃やしちゃうの!?」


 買って来た菓子類は、まさかお供え物のつもりなのか。


「まぁやれば分かりますから」


 釈然としない表情を浮かべながらも、主が言う事ならばと、テトラは火炎放射器をとってくる。


「それじゃあみこっちにぶちかましてください」


「うぅ……どうなっても知らないよ!!!」


 少女の遺体を、テトラは火炎放射器で燃やした。本来、炎に包まれた体は皮膚が焼け落ち、肉を貪るだろう。


 だが彼女の全身を覆った炎は、皮膚どころか髪の毛すら燃やす事はない。むしろ、切り裂かれた筈の胸が徐々に再生を始めたのだ。


「みこっちは、その体に途轍もないエネルギーを秘めています。その正体が火です。彼女の細胞は薄い炎の膜に覆われている。外部から炎で炙る事で、その細胞を爆発的に活性化させる。そうすることで――」


「私、復活!!!」


 遂数週前まで、完全に肉体的に死亡していた尊が、勢い良く起き上った。透明な瞳は炎を灯し、何時も以上の生命力に満ち溢れている。


「うわぁーん、尊ちゃんが生きてるよぉ……」


「脳を潰されない限り、私は死なないわよ」


【私がモテない理由三、再生能力がある】


「相変わらず、女の子がいう台詞じゃなくてぞくぞくしますね。まぁ今は、みこっちの大事なところが今にも見えてしまいそうでドキドキしている訳ですが」


 火は尊の細胞を活性化させる燃料だが、衣服は異なる。

 つまり、今彼女は生まれたままの姿で台の上に乗っているのだ。オクタは空気を呼んで目を逸らしているが、陽彩はふむふむとがっつり見ている。


「大丈夫よ、上手いこと炎が隠してくれてるから」


「テトラ、この部屋熱くないですか?そういうわけで空調を強めましょう!!!」


「いくら主でも、女の子の裸を見ちゃ駄目!そういうの、変態っていうんだよ!」


「ぐはぁ、正論が心に刺さる!?」


 そのあと、一度奥に行った陽彩は、なぜか尊の体にぴったり合う服を持って来たのだった。



「心配をかけてごめんなさい。不覚を取ったわ!」


 一度、死亡した細胞を活性化させるその技は相当のエネルギーを使用する。


 今、私はテーブルに並べられた高カロリーな菓子類を次々と喰らっていた。


「魔法という技術を相手に戦うのは初めてでしたからね、仕方のない事です」


 それもあるが、私は相手を殺す事に慣れている訳ではないのだ。ある程度実力が離れていれば、相手が本気でこちらを殺しにくる場合でも対処は出来る。


 だがあれだけの強者となると、同じく殺す気で行かなければ難しいだろう。


「私一人じゃ、リフィールに勝つことは難しいわ。ユーリの力を借りに行きましょう。とはいっても、どうするべきか……」


 魔族が本当は和平を望んでいる。そうはいっても、その被害を一番先頭で見て来た勇者が私に力を貸してくれる望みは薄いだろう。


「勇者君の話ですが、恐らく、心の底から魔王を憎んでいるわけではないと思います」


「その根拠は?」


「ここ数日、勝手に追跡カメラで彼を見ていたのですが」


 流石陽彩、他人のプライベートを侵害することを欠片も悪いと思っていない、

 

「毎日五分ほど、彼は祈りを捧げていました。ただ宗教に属している様子はなく、その最中彼はこういったのです。――すまない、魔王と」


●●


 後悔が、勇者を形作った。


 あの日、辺境の村で生まれたユーリ・クラウスは、炎に焼き払われたのだ。


 もう二度と悲しまないために。もう二度と失わないために。


 正しい選択だけをし続けるために、剣を研いだ。血の滲むような鍛錬に明け暮れることで、数年かけてユーリは折れない一振りの剣となった。

 その力が認められ、十五の頃には『勇者』として選定されたのだ。

 それからは多くを救った。悪を穿ち、民を守ったのだ。

 どれだけ感謝されたのかは覚えていない。自分から望まずとも、麗しい女性たちが嫌でも寄って来るようになった。

 あの日から、自分の選択は一度として間違っていない。


 この金の瞳に曇りはないと信じ、魔王を討つ時も躊躇わなかった。

 ユーリの村を焼き、父と母を殺し、多くを傷付けた巨悪を殺すのに躊躇などある筈がない。後悔など、生まれる筈がなかったのだ。

 それなのに、今でもユーリは魔王が散り際に浮かべた表情と言葉が脳裏に焼き付いている。


『何が、悪かったのだろう』


 とても、悲しそうな表情だった。

 勇者として、苦しみや怒りに嘆いている民を沢山見てきたからこそ、その表情がそれらと異なっていることは直ぐに分かった。


 魔王という地位に付きながら、今正に散っていこうとしている自らを嘆いているのか。

 違う、彼女が嘆いているのは全てだ。その悲しさの中には、他を思いやる感情――『慈愛』を感じた。

 自分を殺そうとしている勇者に対しても例外ではない。何故だ、あれだけ人間を殺しておきながら。


『ふざけるな……あれだけ人を殺しておいて、なぜ――』

『我は――全てを愛している』

 動揺に苛まれるユーリは隙だらけだった筈だ。その気になれば余力を以て、傷くらい付けれただろう。

 だが彼女は不器用に笑って、そのまま灰になった。

 その日から、ユーリの中にはずっとある疑問が残っている。もしかしたら、自分は選択を間違ってしまったのではないかと。

 だが後悔はできない。それは勇者として生きて来た自らを否定することと同義なのだ。

 それに後悔する方法がない。彼女は、他ならない勇者が殺してしまったのだから。

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