表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/12

目を覚ませ

「怪獣だ」


「怪獣ですね」


 私は今まで、様々な修羅場を潜り抜けた。そのため、ちょっとやそっとの出来事では動じない。

 実際、異世界で怪物を見た時にも、一切臆する事すらなかった。


 だが珍しく、今は口を開けてポカンとしてしまっている。それほど、今見ている光景が非現実的だったのだ。


 衝撃の理由を確かめるため、外に飛び出した私が見たのは怪獣だった。ビルよりも大きい体は、動くだけで見慣れた街並みを破壊している。


「じとー……」


「ちょ、僕が創った訳じゃないですって。流石にあれだけ大きな生物を創る技術は、今の僕にはないです」


「じゃあ、あれは何よ」


「僕が聞きたいです。とにかく――ディーク、出番ですよ!!!」


 呼びかけに応じて飛び出して来たのは、これ又、陽彩が創ったアンドロイドだ。


 ただ、テトラやオクタと違って、ディークは人造人間ではない。体をフルアーマーで覆った、純粋なアンドロイドタイプである。


 背中には光沢のある体には似合わない二本の刀を携えていた。


 ディークの役目は、主である陽彩の護衛である。戦闘に特化していて、百人の武装した兵士が相手だとしても安々と対処するであろう。


 飛び立ったディークは、怪獣に向かっていった。あの速度なら直ぐに到達するだろうが、どうにも、太陽が眩しくて、戦況を見ることができない。

 手で太陽を遮って目を凝らす。


「あ」


 すると、向かった倍のスピードで、こっちに向かって戻ってくるディークの影が目に入った。私は尊式衝撃吸収姿勢で、その体を悠々と受け止める。


 持っていった刀は、あろうことか二本とも折れてしまっていた。


「――あかん、めっちゃ硬いわ。己じゃ、スペック不足やな」


「チタンの刀を破壊しますか。あの骨みたいな外殻……恐らく、未知の物質ですね」


「ちょっと貸して」


 陽彩から双眼鏡を借りて、怪獣を覆う外殻を観察する。一見骨でしかないが、良く見ると太陽の光を微かに反射していた。


 怪獣自体、空想の存在なのだ。纏っているのが未知の物質でも、何ら不思議はない。


「ウォオオオオオオオオオオ!!!!!」


「今度はなに?」


 普段は閑静な住宅街に、けたたましい咆哮が響いた。そしてそれは、怪獣によるものではない。


 次の瞬間、家々を体で粉砕しながら現れたのは牛の怪物だ。


 優に三mは凌駕する上背と、理不尽まで発達した肉体。あれだ、ミノタウロスである。


『主、主、大変だよぉ~~~』


 付けたままだった通信機から、テトラの焦った声が聞こえてくる。


『ゲートが拡張しちゃって、色々な世界と勝手に経路を開いちゃってるみたいなの』


「なるほど、やはりですか」


「なるほどって、つまり貴方が作った装置が異常をきたしてるってことでしょ?」


「実験に失敗は付き物ですからね」


「その失敗のおかげで今、多くの人が傷付こうとしているの。それでも、へらへらするなら、私は貴方の事が嫌いよ」


「……思考を再展開します。そうですね、その通りだ。僕は戻って、直ぐにゲートを閉じる準備をします。現場はみこっちに任せますので、どうかご武運を」


 陽彩はどこか倫理観に欠けている所があるが、悪い奴ではない。ただどうしても、時々探求心が過剰に働いてしまうだけなのだ。


 実際、彼の発明は今まで多くを救ってきた。その全てが、気まぐれな訳がない。


「ディーク、あの牛は貴方に頼める?」


「周りのことは己にまかしーや。あんたはあのでかぶつに集中しや」


 再び顔をあげ、怪獣を見る。


 進行速度はそれほど早くはない。住民たちが逃げる時間は十二分にあるだろう。

 ただこれ以上、街のインフラを破壊させるわけにはいかない。それに、進行方向の先には私の好きなお弁当屋――『チキチキ弁当』がある。


 あそこのチキン南蛮は格別なのだ。私がこの街に住む理由の八割を占めているといっても過言ではない。


 五分、恐らくそれが怪獣がチキチキ弁当まで到達するまでのタイムリミットだ。


 深く腰を落とした私は、華麗なクラウチングスタートを決める。あれだけの巨体を見失うことなどなく、気付けば怪獣の足元に私は到着していた。


 だが怪獣は私のことなど意に介さず、ただ前に進む。


 ならば都合がいい。


 まずはその進行をとめるために、一撃を脚に叩き込んでやった。しかし――、


「っ!?」


 通常攻撃でも、私の拳は会心攻撃を叩き出す。

 それなのに、その外殻を砕く事は叶わない。衝撃は完全に殺され、骨に不壊の代償が帰ってくる。


「いったぁあああああああああああ」


 何度も言っているが、最強だろうと痛いものは痛い。

 思わず涙を流しそうになるが、そこはぐっと我慢して。


「前の私だったら……」


 私は最強だ。

 だが現在においては、そう断言する事は出来ない。

 私は強過ぎたのだ。銃の力が人間を上回っているこの世界において、惑星を破壊できるほどの力は必要なかった。


 そのため長い時間を掛け『薬』を服用する事で、私の力は大幅に制限されている。実際、私としても、自分の力に呑み込まれそうになったことが何度もあったので、それは必要な措置だった。

 だが今、怪獣を相手にするとなると話は別だ。せめて全盛期の半分の力でも……と、言っても仕方はないか。

 時間がないのだ。ならば、やるべきことをやるしかない。


「チキン……南蛮……!!!」


 あの味を思い出し、軋む骨を無視して拳を握りしめる。

 一回でだめなら二回、二回で駄目なら三回。


「流星みたいな連撃よ!!!!!」


 咄嗟に技名が思い浮かばないが、何も言わずに殴るのもヒーローとして失格だ。


 殴る度に骨にひびが入って、拳が裂けていく。ヒーローとしてはカッコいいかも知れないが、年頃の女の子として見れば、それは狂気の沙汰だ。


 元々、この力は人間には過ぎた力だ。だから何時も、私の拳は血塗れになっている。


 気持ち悪いだの、恐ろしいだの。今まで、助けた相手にさえ何度も言われた。


 だが私は、頑張る私が好きだ。


 すまし顔で楽々と敵に立ち向かう英雄じゃなくて、血と汗を流しながら必死に抗う英雄の方がカッコイイに決まっている。


【私がモテない理由、その二、血と汗が最高のファッションである】


「ウゴォオオオオオオオオ……」


 一転集中の衝撃は、鉄壁とも思われた脚の外殻に罅を入れた。

 

 ぐらりと揺らいだ怪獣はくぐもった咆哮をあげ、その場に片膝を付く。


「お返しっ!!!」


 露になった肉の部分に拳を叩き込む。

 先ほどまでと違って、一撃でも十分突き抜ける感覚があった。ただ所詮は足止めにしかならない。


「やっと、こっちを見たわね」


 初めて、虚ろだった怪獣がこちらを見る。


「ォァ……お前ァ――オマエ、か」

 何かを思い出したように、唸っていただけの声が意味のある言葉となった。


 途端、サメの牙のような外殻に覆われている怪獣の口が大きく開く。人など簡単に入ってしまう深淵の奥で、赤が閃いた。


「くっ!?」


 肌が泡立つ。


 右に跳躍。


 数瞬後、怪獣が解き放った光線は、今まで私が居た直線状を焦土と化した。

 怪獣なのだ、当然ビームくらい放つだろう。だが折角行進を止めたのに、あの光線を無造作に解き放たれてしまっては意味がない。

 

 かといって、今の私ではあの光線を避けるだけで精一杯だ。

 

 腰を入れて踏ん張れば受け止める事も出来るだろうが、それでは怪獣を攻撃する者がいない。


 あと一人、誰か一緒に戦ってくれる人がいれば――。


「なーんて、悠長なことを考えてる場合じゃないわね!?」


 気付けば再び、私の青い瞳を赤が覆い尽くす直前だった。


 再び避けるべく地面を蹴ろうとしたが――。


 スタッ。

 軽快な靴音と共に、降り立った影が私を覆う。

 そして、一閃。掲げた剣で、光線を両断して見せたのである。


 一瞬、ディークが助けに来てくれたと思ったが、その太刀筋は刀ではない。剣だ、それも恐ろしいほど洗練されていて、気高い。

 正にこの世のものとは思えない一閃だったが――事実、私が知っているその剣の持ち主は、この世界の人間ではない。


「まさか、俺がお前を助ける日が来るとはな、魔王」


「貴方は……勇者――!!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ