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孤独な走者

「驚いた。まさか、この錆びれた酒場で、私の記憶で最も輝いている英雄にお会いできるなんてね」


 新たな世界に到着した私は、近くにあった酒場に入った。


 カウンターに腰を降ろすと、何か注文する前に、マスターが驚いた様子で目を丸くして話し掛けて来たのだ。


 背が高く、体格の良い女性だ。頬には大きな傷跡、右腕の義手が体を動かす度にかちかちと音を立てている。


「私のこと、知ってるの?」


「知ってるよ。私は君の同業者で、一緒に仕事をしていた。とはいっても、私とは比べ物にならないほど、君は凄かったけどね」


 そういって、頼んでもいないのに高そうなワインがグラスに注がれた。


「あ、幽霊ってお酒飲める?」


「幽霊ってことは、この世界の私は死んじゃったの?」


「うん、もう十年も前にね。……あれ、君は世界に復讐するために蘇った幽霊じゃないの?」


「違うわよ。一度死ねば、私でも蘇れない」


「何だ、別人か」


 恐らく別人ではないのだが、それを否定すると面倒なのでやめておこう。


「まぁあの人に似てるからそれはサービスだよ」


「その彼女は、英雄だったの?」


「彼女は何度も世界を救った、そういった意味では間違いなく大英雄さ。でも人々にとってはそうじゃない。彼女は仲間だった人たちに裏切られて、命を落とした。その名前も顔も、功績すらも、今では闇のなかってわけ。悲しい話だよね、彼女は世界を愛していたのに、世界に愛される事はなかった」


 初めて口にしたワインはとても苦く感じた。


 座標144.82

「あれ、まさか君は赤羽美雪か、そうなのか!?む、人違いか。そうだな、言われて見れば彼女は数年前に命を落としていた。だが、彼女は未だに私たちの中で生きている!!!彼女の武勇、雄姿は今後数百年に渡って語り継がれるだろう。なに、赤羽美雪に彼氏がいたか?いなかったにきまってる、それが『怪獣狩り』としての、彼女の生き様だ」



 座標199.13

「彼女は一人で頑張り過ぎた。まさか最強の彼女を殺すのが彼女自身とは誰も思わなんだ」



 座標92.176

「お姉さん、アイリス王女に似てるねー。え、知らないの!?えーっと、アイリス王女は前の王女様で、凄く美人で強かったんだよ。でも、アイリス王女は病気で、誰かを愛そうとすると体が『火事』になっちゃうの」

「じゃあ、アイリス王女は誰も愛せなかったの?」

「それがね、アイリス王女はルークっていう男の子を好きになっちゃったの。だから結局、二人とも火事に巻き込まれて死んじゃってママが言ってた」


 座標111.09

「なるほど、君は彼女と似て非なる存在という訳か。なに、彼女が幸せだったと思うかだと?それは、彼女が決める事だ。だが少なくとも、私からすれば不幸な結末を迎えたというしかない。どちらにしても、もう彼女はいない。それが全てだろう」

 

「どの世界にも私が居たわ」


 数十の世界を見た後、私は元居た世界に戻ってきた。


「生まれ育って来た環境が異なる以上、異世界に自分と同一的な存在がいる可能性は少ない。その主張は正しい筈です。予想外だったのはやはり、貴方が『白翼尊』だから、ですかね」


「私が私だからこそ、他の世界に居る訳がないと思うのだけれど」


「通常であればそう考えるのが普通ですが、普通が通じないのがみこっちです。世界というものは、様々な要因――いわば運命が絡み合って出来ています。無限に絡み合う運命の糸が少し解れるだけで、世界は簡単に崩壊するでしょう。これは仮定の話ですが、それぞれの世界には『アンカー』と呼ばれるあらゆる運命の中心に位置する存在がいる。その存在がみこっちと同じ顔、強さを持っている存在なのではないかと」


「なに、それじゃあ世界に『私』が居る訳じゃなくて、『私』がいるからこそ、そこに世界があるってこと?」


「馬鹿馬鹿しい話ですが、恐らく」


 そこに世界があるのであれば、『私』も又、存在する。


 通常、人は世界に生まれるものだが、因果関係が逆だったのだ。だがこの際、それぞれの世界に『私』という存在がいるのは大した問題ではない。


「問題なのは、それぞれの世界で私が最悪の結末――バッドエンドを迎えてるってこと」


 過程は違っても、常に『私』は孤独だった。ある世界では魔王として勇者に討たれ、ある世界では世界を滅ぼす原因となっていたのだ。


「それが、アンカーに定められた運命なのでしょう」


「アンカー、最後の走者ってわけね」


 アンカーは次に何も繋ぐことが出来ない。そう言った意味では、孤独と言っても過言ではないだろう。


「敢えて理由を付けるとするのであれば、悪戯な運命の中心に位置する存在は常に後ろ向きな結末になる、といった所ですかね」


 それが、アンカーに定められた運命。


 そして自覚はないが、アンカーと呼ばれる者達は皆、私と同じ容姿、そして力を持っていた。


「そう」


 話は大体理解出来た。それを踏まえた上で、


「私って凄いのね」


「えぇ……ちゃんと聞いていましたか?この世界の貴方が辿り着く結末も……」


「他所は他所、うちはうち。運命如き、上等よ。私は私、百の『私』が出来なくても関係ない」


「改めて、みこっちに恐れ入ります」


「それに、そんな意味不明な理屈を理解出来てる陽彩なら、仮にその運命に私が負けたとしても、どうにかできそうだし」


「買い被り過ぎですよ。勿論、出来ないとは言わないですけどね」


「頼りにしてるわ。でも、異世界で彼氏を作れなくなったのは痛手ね……」


 既に『私』の運命が確定してしまっている異世界では、彼氏を作るのは難しいだろう。


 そう肩を落とそうとした瞬間だった。


「うわぁあああああ、大変だぁああああ!?」


 上の階、平凡な民家に繋がるエレベーターから現れたのは陽彩が造ったアンドロイドの一体であるオクタだ。


 元々臆病でせわしない設定の彼だが、今はいつも以上に慌てている。


「どったの、オクタ。外で女の子にでも話し掛けられたー?」


「それもそれで大変過ぎますけど、もっとド大変なのです!!!外で、その……怪獣が暴れてます!!!!!」


「……はい?」


 何を言っているのかと首を傾げるのと、地下まで突き抜ける衝撃が伝わってくるのは、殆ど同時だった。

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