最強の女子高生
現日本国総裁、田島昭人は仕事熱心な男である。
自国への発展を第一としている彼は、めったに休日をとらない。
たが、彼にも、足を止めてティータイムに興じることがある。
その時は、どれだけ予定があってもすべて突っぱねて、米国大統領との約束すらドタキャンすることを、心の中で決めているのだ。
それは、ある少女からお茶に誘われたときである。
彼女の名を、皇・ヘラクレス・尊。
唯一にして、最強の女子高生である。
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先に言っておこう。
私は女の子である。もっと厳密にはぴちぴちの女子高生だ。
しかし、最強である。
その最強とは誇張ではないし、学生だからこそ感じる根拠のない無敵感から出た言葉ではない。
この地球においては、自他共に認める最強なのだ。
皇尊、武将みたいな名前をしているが本名だ。ヘラクレスの名称は『名誉』として授かったもので、私は純日本人である。
生後の体重は平均と比べて少し重い程度で、手足は二本で、頭も一つだけ。
助産師さんも最初は「健康な赤ちゃんですよ!」といったらしい。
ただ少し経って、直ぐに最強の頭角を表した。
曰く、一歳を経たずして、飛び回るハエを正確に指で掴むことができたらしい。
動物園に行けば、獰猛な筈の虎やライオンが一言も泣かずに、ただ私に向かって首を垂れたと。
神童エピソードを話せばキリがないので、私が最強と呼ばれるに至ったエピソードを語ろう。
そうあれは、私が十歳の時だ。
NASAの衛星が、地球の軌道上に小惑星を見付け、このままだと衝突するとの見立てをした。
ただ現代の技術ではどうにもならず、人類滅亡のカウントダウンが始まったのだ。
日本はともかく、欧米では犯罪が増加し、小惑星と衝突する前に世界は世紀末と化した。
それを見て、私は言ったのだ。
『さっさと小惑星を壊せば良くない?』
それができないから、人類は滅亡の危機に陥っている。
だが少なくとも、皇尊には不可能ではなかった。だからその日の内に、尊は宇宙に飛び立ったのだ。
どうやっていったかって?それは、乙女の秘密。まぁ空は飛ぶものだからね、ロケットは必要なかったよ。
しかしまぁ、大きな小惑星だった。直径で東京スカイツリーくらいはあったかな。いや、ドバイかどこかにある世界一高い建造物くらいか。
とにかく、誰が見ても地球に当たれば、滅亡するくらい巨大だった。
だから、壊してやった。ただ星の力を秘める小惑星は、思っていた以上に硬かったため苦労したものである。
勿論、粉々になった小惑星が、無数の隕石となって地球に激突するのも防いだ。
そうして、地球は救われたわけである。
別に私としては、ただ愛する人たちとこの星で一緒にいたかっただけだ。
自分が世界を救ったぜ、イェイ!なんて吹聴する気はなかったのだが、衛星で生中継されていたため言い逃れはできなかった。
世界を救った英雄、その称号として受け取ったのが『ヘラクレス』の名だ。
ただ英雄の役割に掛かる責任は大きく、その日から、私は沢山の事件に巻き込まれた。
一国の軍隊を上回る力を有している私の所有権を求めて、争いが起きたのだ。まったく、私は誰かのものになる気はないのに。
ご飯がおいしい日本に居れればそれでいいので、丁重にお断りした次第だ。ただ、そうはいっても、『歩く国防』とまで言われている、私を無視してはくれなかった。
暗殺者が送られてくるのはいい運動になるのでいいとして、周囲に迷惑をかけるのは御免だ。
だから私は渋々、諸外国と『友好条約』を結び、事態を収めたのである。
勿論、今でも私を神と崇める団体の出現など、頭を悩ませることもあるが、それでも大抵のことは上手くいっている。
名声を含め、欲しいものは全部手に入れることができる。ぴかぴかの家には家政婦もいて、一日五食和牛を食べても、何も問題はない。
私が望めば、次の日にはハリウッドの俳優と写真を撮ることだってできるだろう。
でも全てが手に入るわけじゃない。
名実ともに『最強』だからこそ、私は孤独なのだ。
誰も、私の事を愛してはくれない。尊敬こそされている。実際、サインを求められる事も多い。
ただ常識の外に居る皇尊とは、皆どこか、距離を保っているのだ。人間は理解でないものを恐れる。
リンゴを握力で潰せるくらいならまだしも、ダイヤモンドを素手で砕ける私は、同じ感覚を共有する事が出来ない化け物だと思われている。
誰が化け物だ。私だって普通に笑うし、ジャンクフードだって食べる。
私が手に入らないもの、それは――『愛』だ。
親は私のことを幼い頃に捨てた。それから私は誰にも愛された事はないし、愛した事も無い。
私は、誰かを愛する事の意味を知りたい。
もっと簡単には、
「私だって彼氏が欲しい!」
そう、ありきたりな女子高生の願望である。
「最強だって恋がしたい!!!」
親愛、友愛、家族愛、情愛、恩愛など、愛には色々な種類がある。その中でも、高校生である私にとっては一番分かり易い愛こそ、『恋愛』なのだ。
「不可能に近いと思います!」
その願いを、しかし彼は真正面から否定した。
佐藤陽彩、彼は私と壁を作らない稀有な存在だ。
私を友達として接してくれる人は何人かいるが、やはり皆、一定の距離を保っている。会話をしていても、どこか遠慮されている気がして、楽しくない。
その点、陽彩は一切遠慮をしてこない。ただ、それはいい意味でも、悪い意味でもだ。
「貴方に恋は分からないでしょ、この天災」
「そう、僕は世界一の天才です!だから不可能を口にしたくはないですが、残念ながらみこっちの願いは多元宇宙を説明する程難しい!」
きらきらと吸い込まれそうになる紫紺の瞳、そして頬に刻まれる星形の痣はどこか幼い印象を与える。
ただ、彼の精神はむしろ、成熟し過ぎていた。
類は友を呼ぶ。陽彩も又、私と同じ『常識の外れ』に生きる者だ。
彼は天才だ。天才以外の何物でもない。
数学オリンピックで優秀な成績を取ったとか、飛び級で東大に合格したとか。そういったレベルではないのだ。
特に、彼は新しいものを作る事に特化している。
本人曰く、本当の天才とは誰もできないことをやってのけると。
事実、彼は中学生の時に『スカーレット』と呼ばれる粒子を開発した。通常の物理法則を無視したその粒子は、物質を従来の原子レベルよりはるかにミクロで操作する事を可能にして、今世紀最大の発明品だと言われている。
中学生にして、ノーベル物理学賞の受賞を打診されたが、しかしその名誉を彼は断ったのだ。
とにかく変わり者で、自分の発明品以外に興味がない。それで誰かが救われたとしても、本人にとっては『偶然』でしかないのだ。
別に気が合うから、一緒にいるわけではない。
陽彩の技術を求めて差しだされた『刺客』を私がボコボコにすると、なぜか次の日から、彼は同じ学校にいた。
『貴方の強さに興味が湧きました。天才として、それを解き明かさないわけにはいかない!」
そう、彼にとって私はただの観察対象でしかないのだ。
正直、最初は鬱陶しくて仕方がなかったが、もう慣れた。それに天才である彼のおかげで、助かった節もある。
恐らく、今後もずっと陽彩は私にとって理解出来ない存在だ。でも理解出来るところもあるし、彼自身が私を理解しようとしてくれている。
親友、といっても過言ではないのかも知れない。
その彼が、私に彼氏ができることを不可能だと口にしたのだ。
「じゃあ可能にして」
「はい、ではやりましょうか」
私は知っている。陽彩にとって全ては可能であることを。
「簡単な話、頭をちょちょいと弄れば、人類を皆、みこっちだけを愛するマシンに改造する事も出来ます。あるいは、今僕の子会社で開発してある恋愛アンドロイドの開発を待って頂ければ、貴方は恋ができる」
「私がしたいのは、もっと胸が焦がれる自然な恋なの」
最初は他人で、暫くしたら友人になって。そして、肩を並べている内に、気付けば恋人になっている。
私が望むのは、あくまで自然な恋なのだ。
「自然の反対語として辞書に登録されているみこっちが、自然な恋と来ましたか」
「何度か世界を救ってる訳だし、それ位の強欲は許して欲しいものだけどね」
「勿論、願いは口にするのは人が有する当然の権利です。そして天才である僕が傍にいる以上それは、夢ではない!さて、どうしますか……みこっちが普通の女の子であることを知らしめる?いや、今更そのブランディングは無理がある。多くの人にとって、みこっちは『最強』だ。過去に戻って仮面でも被らせる?いやみこっちがみこっちである以上、『普通』を隠し通す事は出来ないか」
散々好き勝手な事を言われているが、自分にとっての普通が他人と異なる事は一番私が分かっている。その上で、私の普通を受け入れてくれる相手を渇望しているのだ。
「世界の認識でも改編しますか」
「やめて」
あながち、できないと否定できないのが目の前の天才である。私はこの不完全な世界を愛している。だから何度も世界を救っているし、それを勝手に弄るのは大勢を裏切る行為だ。
「ではいっそのこと、『異世界』に行くしかないですね。あーでも、存在すら証明されていない世界に行くなんて正におとぎ話ですね。残念だなぁ、どこかに魔法使いみたいな天才がいれば~~~」
そうわざとらしく言いながら、陽彩がちらちらとこちらを見てくる。
「そうね、何処かに居ればいいのだけれど」
「分かっていながら、シカとしますか!口を開けば、往年の天才科学者たちでも是非に耳を傾ける僕に対する、ぞんざいな扱い……くぅ、痺れますね!」
「できるの、できないの?」
「できる、できないでいうならば、僕は殆どの事象をできると口にするでしょう。ただ一般的な意味合いとしては、今できるかできないかを問いただされていると存じます。それを踏まえた上で、ンー……できるぅ!」
できると一言口にすればいいだけなのに、その舞台役者染みた振舞には思わず手が出そうになるが、もう慣れた。
それに彼の場合、できると言った事は絶対に成し遂げる。彼以上に頼れる科学者はいないが、それを差し引いてなお、『平和の使者』と名高い私が殴りたくなるのはもはや才能でしかなかった。