5階 ② 白い光
ジュジュは夢の中で白い光の中にいた。
「誰かいませんか?」
アオイもブラックも巨人もいない。私は魂なのに夢を見るんだ。それともこれは、どこかにある体が見てるのかな。
「名を呼んでくれてありがとう」
いつの間にか綺麗な女の人が目の前に立っている。顔は…そう顔はあの王妃にそっくり。
でも雰囲気がまるで違う。優しく包み込むような眼差しで、口元も笑っている。きっとこの人がアオイの本当のお母さんだ。
「あまり時間がないの。またあの異界から来た魔女に悟られてしまう。よく聞いて。あの魔女の目を見てはだめよ。あなたの大事なものが奪われる。私からアオイを奪ったように」
「あなたは誰?」
答えはなかった。手を伸ばせば届きそうなのに、白い光が消えていく。
「アオイ! 起きて! 今ね、私アオイのお母さんに会ったの!」
「ジュジュ…夢でも見たの?」
まだ寝ぼけて目をこするアオイに、聞いてと夢の中の出来事を話した。
「そうか、ジュジュが僕の姿を忘れてしまったのも、もしかしたら魔女の目を見てしまったせいかな」
「そうかもしれない。次は見ないように気をつける」
「それに赤ん坊の頃の僕は避けようがない。何度も魔女の目を見ているはず。その度に名前や声を奪われていたのかもしれない」
名前がなくてはうまく魔力は使えない。魔力を操ることの出来る者にとって、名前はとても大事なもの。本当の名は容易く他人に明かさない。魔女はアオイが魔力を使えないようにしたかったのか。何かを恐れているんだろうか。
「日記帳に何を書いたか覚えている? 先が読めないんだけど、もしかしたら手がかりを書いてないかな?」
「僕は日記帳を書いた覚えがないんだ。それも奪われたのかな」
難しい顔をしたアオイは、必死に思い出そうとする。どうやら階段を上ってみるしかなさそうだ。それには1度、ジュジュはこの巨人の島から出ないといけない。
それはどうやって?
扉を開くとここにたどり着くので、出入り口はわからない。巨人に聞いてみても、そんな扉は見たことがないと言う。ブラックも案内はしてくれなかった。
早朝、ジュジュはアオイを誘って森に入った。巨人の島には人がいないので獣道しかない。アオイはドワーフの魔力を使い、ジュジュが歩きやすいように大きな木や石をどけてくれる。自分の名前を知って、少し魔力が使えるようになった。
ジュジュは朝露を大きな葉にすくいとると、アオイに飲んでと渡した。
「大樹様に差し上げるときは樽に入れると魔力に変わるの。樽はないけど、どうかな?」
どんな魔力があるのかわからないけど、大樹様に差し上げている朝露なら、きっと良いものに違いない。
「とても美味しいよ! 飲んだ覚えがある。どこかな」
「ドワーフのお母さんがお乳の代わりにくれたのかもしれないね」
ブラックもちょうだいとおねだりする。少ししかないけどどうぞ。ジュジュがブラックの口に含ませる。
「ブラック、あなたまた少し大きくなったね。大きくなって竜にでもなっちゃうのかしら」
ブラックはぴょんぴょんと飛び跳ね、羽があったら今にも飛んでいきそうだ。
ドシンドシンと地響きを鳴らし、巨人が2人を迎えにきた。
「何か嫌な気配がする。急いで洞に隠れよう」
先ほどまでは青空が広がっていたのに、今は灰色の雲で太陽が隠れている。2人は顔を見合わせ、アオイがブラックを抱き、巨人の肩に乗せてもらった。
洞に入る前にそれは、突然姿を現した。冷たい目をした魔女。
「不用意に魔力を使ったね。わざわざ居場所を教えてくれて、手間が省けたわ」
魔女がバチンと指を鳴らすと、火の玉が巨人を狙う。一瞬コケの焦げる匂いがしたが、すぐに再生する。
「ふん、それが巨人の魔力か。それも欲しくなったわ」
魔女の目が大きく見開かれる。蛇のように縦に細長く入った瞳孔が真っ赤に光る。
ブラックはジュジュの頭に飛びついて、魔女の目から遮った。巨人は魔女の目を見てしまったが、アオイが魔力を込めた両手で、思い切り巨人の肩を叩く。奪われかけた巨人の魔力が戻って来た。
「お兄様、魔女の目を見てはいけない!」
「誰がお前の名を呼んだ? また全てを奪ってやる」
魔女の目がまた赤く光始めた。
「友よ。さよならだ」
巨人はアオイをつかむと、思い切り投げ飛ばし、はるか彼方へアオイは消えて行った。
「次はお前だ。魔女め」
巨人は次々と大きな岩を魔女めがけて落とす。再生されず、辺りは大きな穴が空いたまま。
石が地面にぶつかる大きな音の合間に、魔女の悲鳴が聞こえたが、やがて静かになる。いつの間にか魔女の姿は消えていた。
不思議とジュジュの体も徐々に消えていく。
「ジュジュはこれで階段が戻れるね。ブラック、2人を頼むよ」
「ありがとう。また会いに来るね」
「僕の名は…トム! 巨人の叶夢だ! アオイに何かあったら、地面に手をついて知らせて欲しいと伝えておくれ」
「叶夢だね! 必ずアオイに伝えるよ」
消えゆく瞬間、ジュジュは巨人の大きな指先と小さな手を重ねた。
ジュジュは5階の踊り場に戻っていた。
「トムは指切り、わかったかな?」
いつかアオイとブラックと一緒に会いに行く。
ひとつ目標ができた。さあ階段を上ろう。