ジュジュの願い
ジュジュはずっと人が幸せになる方法を考えていた。でもそれはもう知っていることだった。それをアオイと一緒にできたらいいなと話し始めた。
「美味しいものを食べるとき。作る人も食べる人も笑顔になれるの」
幼い頃に森で遊んでいたら道に迷って途方に暮れた。お父さんがお迎えに来てくれないかな。叱られてもいい。お母さんのところに早く戻りたい。家に帰りたい。
不安でいっぱいになった時、どこからかいい匂いがした。お母さんの作る夕飯のシチューの匂い。匂いをたどって空を見上げると煙突の煙が見えた。煙を目印に家に帰ることができたときは安堵して泣き出した。
お母さんがシチューのお椀を置いてくれたとき、泣き顔は笑顔になった。湯気のむこうで父母は笑っていた。
階段を上っていた時も、お腹は減らないのに実を食べると元気が出た。魔力を取り込んでいたと今ならわかるけど、あの時はたったひとつの実でもどれだけ癒やされたことか。
森の家にアオイたちを招待した時。焼きたてのパンを食べさせたい。あの時のわたしは精霊のお父さんお母さん、アオイの顔を思い浮かべながら、ウキウキした気分で作っていた。美味しいと笑顔で返してくれたね。嬉しかった。
街のパン屋さんも、市場のお店も、道行く人はいい匂いに誘われて、お店を出てきたときは幸せそうな顔をしていた。誰と食べるのかな。誰と食べたのかな。
異界の魔物だって、水を夢中で飲んでいた。あの水場だけは争いがなかった。
「アオイ。わたしね。パン屋さんになりたいの。世界中にパンは配れないけど、匂いだけは風にのせてもらえる。まだ火は上手に扱えないから手伝ってくれると嬉しい」
「それは素敵だな。僕もジュジュと一緒に世界中に笑顔を届けたい」
アオイとジュジュが太古の森に戻ると、すぐに結婚の報告をした。イブキはまだ早いと反対したが、ミノリとミウに押し切られた。
イブキを慰めたのはミナト。火竜に大事な娘をとられたと2人は意気投合。竜の山には絶対木は生やさない、水場を作らせないと言って、またまたミノリとミウにたしなめられた。
森人の両親に木の精霊であることを話した。薄々はわかっていたようで、森に住んでいつでも会えるならと安心だと言ってくれた。精霊だろうが大事な1人娘には変わらないと言ってくれた。
大変だったのはやはりユニコーンのトオマ。わざわざジュジュに会いに森を訪れてくれたのに、アオイを紹介したら後ろ脚で蹴り飛ばそうとした。だが、魔物に穢された湖の水を入れ替え、きれいにしてくれたミウの子と知り、友達になってやると帰って行った。
「ほらね。ユニコーンは気に入った娘を誰にも渡したくないの。アオイはミウ様に感謝しなくちゃね」
ノリカもずっと応援していたのに、ジュジュが全然アオイの気持ちに気づかなくてやきもきしていたという。
「なら早く教えてよ!」
「言えません。それは自分で気づかなくちゃね」
親友の幸せを誰よりも喜んでくれた。
ドワーフの両親もすごく喜んで大騒ぎして、早速琥珀を探しに行ってしまった。
「沢山探すって。いくつ持ち帰るつもりだろう。魔力が足りるかな」
アオイも呆れている。
「アオイ。その魔力のことなんだが」
ハクトが言うには、アオイの青い炎は歴代の火竜の中でも特別なもの。安易に使ってはいけない。力加減を間違えれば、太古の森などあっという間に火の海になる。そうだな。魔力を琥珀に半分戻してはどうだろうか。
また石の箱に入って戻さなくてはならないが、その後は琥珀を身につけておけばいい。必要なときに適量の魔力を引き出し、また戻す。いつか火竜王になる者ならそのくらいこなせと言われた。
いつかは火竜王に。それまではこの太古の森でパン屋さんのカマド番をする。風にパンを届けさせて欲しいと言って火竜王夫婦は竜の山へ帰って行った。
太古の森の外側。異界だった場所にパン屋はできた。今では人も大勢住むようになっていた。
土はフカフカで水はけも良い。色々な野菜の他に小麦畑が広がっていた。その中に元巨人達の畑もある。人影は見えないのに秋には実る不思議な畑。夜明け前に耕し世話しているのだろうと、誰も気にしない。
汗をかけば気持ちの良い風が吹き抜ける。喉が渇けば井戸から清水のような水を汲む。人の畑を妬む者などいなくなった。
パン焼き用のカマドはドワーフ父さんに火山地帯のゴツゴツ岩、溶岩で作ってもらった。ソウセキお爺ちゃんにこれで焼くといいとおすすめされた。さすが石の精霊王様だ。
「トム。今年も豊作だったね。ノリカもお疲れ様」
トムとノリカ。2人は今一緒に住んでいる。家の壁にはツバメが巣を作り毎年賑やかだ。
「元異界の地にはね。ミミズがものすごく沢山いるんだよ。おかげで土はいつもフカフカさ」
もしかして、それって。いつかまた人にも生まれ変わるだろうか。
「ジュジュ、この籠いっぱいにまたパンが欲しいそうだよ。火竜王様は食いしん坊だね」
ノリカは竜の山にパンを届けて戻ってきたばかり。畑の世話もあるのに風、石、水、ドワーフの国にも定期的にお届けしてくれる。
「ノリカありがとう。トムがきっと待っているよ。早く帰ってあげて」
焼けたら私達が届けに行くから大丈夫。アオイと遊びに行くとミウ様とお話しできるので、ジュジュは楽しみにしている。
「ジュジュ。火加減はこれくらいでいいかな」
「さすが! 焼き上がりが楽しみ!」
アオイも最初は焦がしていたが、今ではお手の物。ジュジュはほんのちょっぴり浄化の魔力を込めたパンを作っているので、火加減がとても難しいらしい。
「いい匂い~」
煙突から煙が上がると、精霊や妖精達が匂いに誘われのぞきにくる。焼き上がる頃には人も大勢やって来た。どんなに辛い悲しいことがあっても、ここのパンを食べれば明日にはきっと元気になれる。お祝いの日だってここのパンは欠かせない。
「いらっしゃいませ!」
ジュジュは森の子。魔女見習いになりたかった女の子。今はパン屋の女将さん。優しい旦那様と毎日パンを焼く。
***
長い年月がたち、森人はいなくなった。最後の1人を見送ると、太古の森を囲っていた魔樹達によって結界が張られた。人から忘れられた精霊と妖精だけが住む。人はなぜか入れない。入ろうとしない。そこにあるのに見えない。
近くを通ると不思議にパンの焼けるいい匂いがする。どこから匂うのだろう。
お腹が空いた。家に帰ろう。人はみな幸せな顔をして通り過ぎる。
青空には時々、大きな尻尾の長い竜のような雲が見えた。おとぎ話の竜? 子ども達は竜と木の精霊の出てくる話が大好きだ。
昔々、大昔。火竜の治める国があった。そこには天にも届く真っ黒な大きな樹が立っていて、魔樹と呼ばれる木の精霊達が住んでいたーー。
『さぁ、勇気のある子は森にお入り。いいものがあるかもしれないよ』




