2人の旅
大空高く舞い上がったアオイの背中からジュジュは海のように広がる雲をみた。
「ほら。今日が生れたよ」
「きれい…」
日が昇るにつれ、雲の上に山のてっぺんが見える。島みたいだ。
「もっと上まで行っでみよう」
アオイはさらに高く飛んだ。
「異界はもっと高い所にあったんだよね。お父さん…大樹様はすごいな」
「イブキ様の次はジュジュが大樹になったのかな?」
「そうかもしれない。もうお役目がなくなって良かった。階段を上って本当に良かった」
「やっぱりお母さんの言ったとおり、『上にはいいもの』があったね」
「うん!」
しばらく遠くの景色を眺めながら飛んでいると、くしゅん。ジュジュが寒くないようにアオイが体の周りを火で囲っても寒かった。風が強くて火は後ろに流されて消えていく。ブラックが体を寄せてくれた。
「ありがとう。ちょっと暖まってきた」
どこかにノリカのお父さんいないかな。ハヤテはいつも上空を吹き抜けているそうだ。
「そろそろ街にでも降りてみようか」
「そうだね。賑やかな所に行ってみたい」
港町に降り立つと、ジュジュは櫛で髪をとかし人の姿になる。アオイも魔力を使って姿が見えるようした。
潮の香りとあちこちから漂ういい匂い。ブラックが鼻をクンクンさせている。市場では獲れたて新鮮な魚介が並び、注文するとその場で焼いたり蒸したり調理してくれる。
「川を泳いでいる魚とぜんぜん違うよ! 色とりどりで、あれ本当に食べられの?」
青い魚、赤い魚、縞々の魚。大きな蟹にジュジュは驚いている。アオイも背中にトゲがある魚を見つけた。
「僕は匂いだけでいいかな。食べたら変なもの取り込みそうだよ」
「そうだね。あの蟹みたいにアオイにハサミが生えたら笑っちゃうよ」
「ガオーー」
蟹は吠えません! 蟹の真似をして指をチョキチョキするアオイがおかしくてジュジュは笑いっぱなしだ。
「広場に行ってみようよ」
「なんか音楽が聞こえるね」
広場では楽器をもった人が一曲終わると拍手と置かれた籠にお金を入れてもらっていた。2人で演奏を聞いていると、アオイがキョロキョロとしだした。
「あれ? この声は」
人だかりができている所から聞こえてくる。ブラックが駆け出した。
「ラララーー」
「ウタネお姉様?」
歌っているのは人なのだが、セイレーンの声だ。
「あら。坊やにジュジュちゃん。こんにちは」
「やっぱりウタネお姉様だ!」
「ウタネ様、こんにちは。そのお姿は?」
「ふふ。太古の大樹様とお約束したでしょう? 人に楽しい歌を届けたくて、海の底に棲む精霊に力を借りたの」
どう? ワンピースの裾を持ち上げて、人の足を見せてくれた。背中に翼もない。
「前もべっぴんさんだったが、人の姿も悪くないだろ?」
ウタネの隣には魂だったあの船長もいた。樽みたいに大きなコップから酒を飲んでいる。顔が真っ赤だ。こんな顔していたんだ。ひげはないが髪はもしゃもしゃ。歌を聞きながら飲むのが一番旨いんだ。
魂達の手で廃船を運んでもらい、こうして港を巡って歌っているそうだ。悲しいことや辛いことがあってもここで元気になれば、黒いドロドロは溜まらない。海へ飛び込む者はいなくなる。海が荒れて船が沈んだら墓場に歌いに行くわ。そのときはセイレーンの姿に戻るそうだ。
アオイとジュジュはしばらくウタネの歌を聞いて、またねと別れた。
「次はどこに行こうか」
太古の森とは違う、うっそうと木が生い茂る森。ゴーゴーと流れ落ちる大滝。間欠泉も見に行った。
人の住む場所も沢山見て回った。精霊の存在を忘れている人。おとぎ話と思ってる人。櫛や魔力で人の姿にならなければ、信じない人に2人は見えない。
それを寂しくは思うけど、また精霊と同じ魔力を欲しがる人がいたら困るから、私たちのことは見えなくてもいいよね。ジュジュは笑っていたが少し寂しそうだ。
「ジュジュを連れていきたい所があるんだ」
アオイはジュジュを抱き上げてふわっと風に乗せた。
着いたのはアオイが妖精村を出てたどり着いた誰もいない砂漠。
「本当だ。風妖精が砂と追いかけっこしてる。こんな太っちょの木がいるんだね」
見上げるほど大きな木の樹皮にジュジュが触れると、『木の精霊様こんにちは』と聞こえた。変な形の木も挨拶してくれる。木の精霊にとっては賑やかな場所だったが、火の精霊アオイにとっては寂しい場所だっただろう。
ここを1人でアオイが歩いていたかと思うとジュジュの胸は痛む。もう離れたくない。そう思うのはアオイが好き。恋をしていたからだ。やっと気づいた。
「もうすぐ日が沈むよ」
砂が赤く染まっていく。アオイの顔も赤く染まっていた。
「前は君から逃げるようにここにたどり着いた。誰も巻き込みたくなくて1人になったのに、僕は君のことばかり考えていた」
「アオイも寂しかった?」
「泣きたくなるくらいにね」
「そっか」
アオイも同じ気持ちでいてくれんだ。ジュジュの胸に温かい火が灯る。
「魔女への恐怖も、自分の弱さも、ジュジュとの未来があるのなら立ち向かえるって思ったんだ。君を守れるように強くなりたい。琥珀から魔力を取り込む試練もジュジュがいたから乗り越えられた」
こうして一緒に来られて本当に良かった。
アオイが火竜に姿を変え、うろこを1枚剥ぎ取るとまた人の姿に戻った。
「僕のうろこをジュジュに。どうかずっと側にいて欲しい。これを僕らの日記帳にしよう。2人で楽しいことを沢山残そうよ」
「それって…」
「結婚してください」
「……」
「まさかユニコーンと約束をしてた?」
「それはないよ。トオマは友達。そうじゃなくて、この旅が終わったらアオイはハクト様達と竜の山に行くのかと思ってた」
「太古の森に住みたいって、もう火竜とドワーフのお父さんにもお母さんにも言ってある。このまま2人で旅を続けてもいいよ」
ジュジュはアオイから青いうろこを受け取った。抱きしめ魔力を流すと日記帳に変わる。
「最初のページには何を記憶しよう」
「ジュジュの返事を僕にください」
ジュジュが心の中でつぶやくと、抱きしめた日記帳が淡く光った。
『アオイが大好き。ずっと一緒にいたいです』
ジュジュも恥ずかしいと頬を夕日色に染めた。アオイがまた竜に姿を変え、空高く舞い上がり、青い炎を噴き出す。嬉しくて仕方がない。ブラックも追いかけるように飛んで行った。
『ジュジュ! 愛してる。君に出会えてよかった。名前を呼んでくれてありがとう!』
日記帳からアオイの声がした。
アオイが地上に舞い戻ると、2人は満天の星を見ながらたくさんの話をした。精霊は人と違い永い時を過ごす。ずっとずっと一緒にいよう。
アオイにもうひとつ話したいことがあるの。もしアオイがいいと言ってくれたら嬉しい。
それはね…。




