眠らせ姫
狭くもないはずの踊り場だが、精霊王たちとジュジュ達は少し詰めて座らなければならなかった。ミノリが皆に山ほどの果物、木の実、蜜まで出したので、ちょっとした宴会が始まってしまったのだ。
ハクトはふっーと小さく火を噴くと木の実を煎って、アオイやジュジュ、ノリカに渡してくれる。カリカリして美味しい。体中が魔力で満たされていく。
「異界に行くのが子どもらだけでは心配だ」
「まぁ心配だなんて。アオイをすぐにでも次の火竜王にしようと言ってらしたのに」
「火竜、お前がさっさと魔力を回復して行ってこい」
「お父様! 無茶言わないでくださいませ」
ミウが呆れる。アオイはえっとびっくりしている。ミナトがハクトを睨み付けた。どうもハクトはミナトに嫌われているようだ。またミウが無理をしないか心配で仕方がないのに、今度はアオイの心配まで始めた。
「私はいいと思う。風精霊はどこへでも行きますよ」
ノリカにウインクするのはチカゼ様。髪が短いのは、前回の大蛇を消し去る時に、業火に近づきすぎて焦がしてしまったからだそうだ。でもとてもお似合いだとジュジュは思う。
「石はどうする? わしは行けないぞ。もう眠くてたまらん」
腹が膨れたとソウセキは横になっている。
「石の箱で閉じ込めなくても、燃え移るものはないから心配はないでしょう」
大蛇の記憶を見た限り、異界には草木1本ない。大樹も枝を揺らし、そうだと頷く。
「ジュジュはどうする?」
「もちろん行くよね」
「アオイやノリカと一緒に行きたい。一番上まで上るのが夢だったし、魔物達を浄化してあげたい」
大樹がグラッと揺れた気がするが、ジュジュの近くで花が咲いた。
「ただ魔物にじっとしていてもらわないと、近寄れないな」
浄化の魔力を付与しても置いただけの木の実や蜜を食べてくれそうにない。魔力だって無限に出せるわけじゃないから無駄にはできない。
ノリカがジュジュにしっーとする。
「見て、ソウセキお爺ちゃんが寝ちゃったよ」
その寝顔をみたアオイが手を叩く。
「そうだ! 魔物を寝かしてしまえばいい!」
しっーーーー!! 大声出さないでとジュジュとノリカがアオイの口を塞ぐ。
「んんん…! …に頼もう」
話し合いが終わると精霊王たちは、魔力回復の為にしばしの間、眠りについた。
海に浮かぶ廃船の上で、セイレーンは1人で歌っていた。弔いの歌はもう飽きたと船乗りだった魂達が騒ぎ出す。海賊でさえ昔はすぐに眠りについたのに、最近の船乗り達はつまらない歌は嫌だ、あれにしろとか好き勝手なことを言い出す。それなら、これはどうか。
「タラッターーラ―ラー――」
坊やの好きだった楽しげな歌にやっと満足したのか静かになった。安らかな眠りにつけば、またいつかどこかで生れる。次は寿命まで精一杯生きて欲しい。そんな祈りを込めて歌った。
『最近の若いもんは言うことを聞かん。眠らせ姫も苦労しとるな』
「お前もいい加減寝てくれないかしら。いつからここにいるのよ」
『そんな遠い昔のことは忘れたな~』
たまにセイレーンの話相手となるこの海賊船の船長だった魂は、船首像をセイレーンで飾った変わり者だった。どうしてそんなものにしたのかは覚えていない。船はとうに海中深く沈んでいた。ただどうしてだか、いくら歌っても眠りにつかない。数え切れないほどの魂がここに辿り着くのだ。ひとつくらい眠らない者もいるのだろう。
『…ウタ…詩音お姉さま…』
「あら。坊やが呼んでいるわ。どこからかしら」
高い波間にも、壊れた甲板の上にも坊やの姿は見えない。
名を知らないのでウタネには坊やが呼べない。
「上を見て。こっちだよ」
「あらあら。あの時の魂ちゃんと一緒ね」
アオイとジュジュはノリカの風にのってふわふわと浮いていた。いきなり火竜の姿で現われたら驚かせてしまうと心配して、扉からのんびりと風に乗ってやってきた。墓場まで案内してくれた潮風で3人の髪は乱れている。
「坊やじゃなくなった坊や。無事で何よりだわ」
甲板に降り立ったアオイはもうあの時のような少年ではなかった。
「よく僕とわかったね」
「姿がどんなに変わろうが魂の形や色は同じなのよ」
わたしの魂は何色かしら? ノリカが聞く前に当ててみせると頭をひねっていると、それは魂になってからのお楽しみと言われてしまった。
「そこのお嬢さんは風の精霊かしら。空を飛ぶって気持ちよさそう」
「風精霊の緑夏です。あとで風に乗ってみますか?」
素敵! と手を叩く。セイレーンにも羽はあるが飛べない。
「魂ちゃんは魔力がずいぶんと高く濃くなった。魂じゃなくても来れるようになったのね」
「今は名があります。木の精霊で樹樹と言います。ウタネ様、傷は大丈夫でしたか?」
「傷はすぐに治った。心配してくれてありがとう。可愛らしい名前だね。ところで坊やの名前は?」
「火の精霊、火竜の青生です。今日はお姉様にお願いがあってやってきました」
アオイが青い火を噴いてみせると、ウタネが立派になったと祝いの歌を食べさせてくれた。
ウタネは話を聞くために皆を船長室に案内する。最近嵐で遭難して、乗組員全員が魂となった船だそうだ。ところどころ生地は破れてはいるがソファもベッドもある。湿っていたが、ノリカがブワッと乾かしてくれ、それぞれが好きな場所に腰掛けた。
アオイが魂たちのおかげで巨人の島に着いたこと。風妖精の村、水の国、風精霊の国、石の国を訪れた話をした。途中立ち寄った場所はまた今度ねと約束した。
「坊やは色々な国をまわったのね。楽しそう」
魂たちから話は聞くが、この海の墓場以外は想像しかできないと笑う。世界が浮島のように離れてしまってから、ほとんどの者はひとつの場所で過ごしていた。
「僕たちは魔物を人に戻してあげたい。そして異界を戻してまた世界をひとつにしたいのです。お姉様に力を貸して欲しい」
「それはなぜ?」
ミウから聞いた話をすると、ウタネもミウの考えに同意だと頷く。
「魂を鎮めるのがわたしの役目。一緒に行きたいけど、ここを離れるわけにはいかない。まだ眠らない魂達が大勢いるの」
「それなら魂達に聞いてみたらどうだろう」
甲板へ出たウタネはひょいっと海へ飛び込み、海面に手をかざす。魔力を流しているのだろう。あたり一面、白い波が立つ。どうも行くなと騒いでいるようだ。
『おい、野郎ども! 墓守りが少しの間いなくても大丈夫だ! 眠らせ姫が戻るまで俺が歌ってやるぞ』
あの海賊船長の魂がまだ眠らない魂達を大人しくさせた。大丈夫かしら。あの調子では眠れないと思うけど。
「ありがとう。船長、留守をお願いね」
階段へ行くためにノリカの風に乗ったウタネは、歓びを歌にした。




