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ジュジュと不思議な日記帳 ひたすら階段のぼります  作者: ななこ


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ミウの願い

 大蛇は業火の中ですべてを呪った。火は嫌いだ。また蘇っても焼かれるのだろうか。幾度焼かれたならば終わるのだろう。体は消えかかっているのに、記憶が昨日のことのように鮮やかに蘇る。


 ***


「あなた、隣の奥さんとずいぶんと親しげに話していたわね」

「ベラ、やきもちかい? 近くにご主人もいただろう。君も話に入ればよかったのに」

「私が人見知りと知っているくせに」

「そうだったね」


 幼い頃にあった火事で体に火傷を負った。足にも後遺症が残り少し不自由していた。それ以来人と話すのが苦手。主人は幼馴染ですべてを承知して一緒になってくれた。望んでも子はできなかったが優しい夫と2人で平穏に暮らしていたのに、隣の空き家に若い夫婦が越してきてからおかしくなった。ご主人は働き者。奥さんは愛想がよく、きれいな顔をしていた。


「お隣の麦は随分と育っていたわね。自慢されてしまったわ」

「肥料が違うのかな。明日にでも聞きに行ってみよう」


 別に今のままでも2人なら食うには困らないが、とのんびりと答える夫が歯がゆい。翌日、夫は手土産までもって話を聞きに行った。そこまでする必要はないはず。しばらくして帰宅するとご主人は留守だったという。あのきれいな奥さんとずっと2人だけで話をしていたの? 胸がチクリと痛む。どす黒いものを飲み込んだように口の中が苦くなった。


 隣家はどんどん豊かになり、夫婦円満。うちだってそうだったのに。また夫が隣家へ出かけていく。浮気しているに違いない。嫉妬で気が狂いそうだった。疑い出すときりがない。つい夫にあたってしまう。隣家にゴミを投げ入れ、畑を踏み荒らしてやった。夜中抜け出したところをつけられ見つかってしまう。『なぜだ』と言って悲しそうな顔をした夫は家を出て行ってしまった。


 1人で夫の帰りを待っていた。きっとすぐに戻ってくる。望みを叶えてくれるという者にもお願いしたから大丈夫。何か大事なものを渡した気がしたけど覚えていない。それでも夫は帰らない。知らせたいことがあるのに。


 すべては隣家の妻のせいだ。きれいな顔を自分と同じ目に合わせてやる。隣家に放火した。火を見るのは怖かったが、一方で心が躍る。すべて燃えてしまえ。


 消火に出てきた村人が、「魔物が出た!」と叫んでいる。火を放ったのはあいつだ!


 石ころが投げられた。魔物なんてどこにいるの? また石ころが投げられた。痛い。皆が私を見ている。違うわ! 割れたガラスを拾い、自分の顔をみた。そこには醜い恐ろしい魔物がいた。


 村人の中に夫の姿を見つけた。残した妻を心配して様子を見に来たら家には誰もいない。


「お前がベラを喰ったのか!」

「(私はここよ! 助けて! やっと子ができたの! あなたの子よ!)」


 夫にナイフを向けられた。勝手に体が動く。嫌だ! 逃げて! 気づくと夫は足元に血まみれで倒れていた。


「(ごめんなさい! なぜあなたを疑ったのかしら。心が黒く染まったのはなぜ? 私はどうなってもいい。お願い! 彼を助けて!)」


 それが人としての最後の記憶。その後どうなったかは、わからない。


 ***


 白い炎を雨が鎮火していく。崩れた箱の床に広がる黒い燃えカスの中から、精霊王たちは大蛇だったモノを見つけた。人型の黒いモヤが瓦礫をひとつ拾い、抱きしめていた。


『ここにいたのね…帰ってきてくれて嬉しい…』


 そのモヤも次第に薄れ消えていく。ゴロンと瓦礫だけが残った。


「哀れだな」

「もう2度と魔物に戻らないだろう」



 階段への扉が開かれた。


 ハクトにジュジュは琥珀を渡す。小さな琥珀は浄化され、濁りのない青く透明な琥珀に戻ったが、何も反応がなかった。ミナトが琥珀を渡せと手を出す。掌には魔力をためていた。


「おい火竜、このままミウを水の国へ連れて帰るがいいな」

「ミナト様、お待ちください。ジュジュ、すぐにアオイを呼んでくれないか」


 ソウセキが鍵を出すと、これに魔力を込めなさいと言われる。言われたとおりに鍵を握りアオイの名を呼んだ。


「ジュジュ! あれっ精霊王様方がそろっている」


 扉の中をのぞき、もうすべてが終わったことを理解した。


 初めて会う火竜王様に嬉しそうな顔をしたかと思えば、自分も一緒に倒したかったのにと悔しそうだった。


「お母さんはどこ? 姿は戻ったの?」


 火竜王様に琥珀を差し出されたアオイは、掌にのる琥珀をじっと見つめていた。


「守れなくてごめんなさい」


 アオイの涙が琥珀にポツンと落ちた。すると淡く淡く、よく見ないとわからない程の小さな光がともる。


「貸しなさい!」


 ミナトが琥珀をアオイから奪い、残ったありったけの魔力を注ぐ。次に火竜が注ぐ。そうしてチカゼ、ソウセキ、最後にアオイが琥珀に魔力が注ぎ込んだ。まだ足らないか。


 大樹が細い枝を伸ばし琥珀に触れる。琥珀を生み出した遠い太古の魔力が注がれた。


 琥珀に輝きが戻ってきた。光は強くなり、輪のように広がると優しく微笑んだミウが立っていた。


「お母さん!」


 ミウは自分よりも背の高くなった息子を抱きしめた。そして精霊王たちに、ミノリにジュジュにノリカに「ありがとう」と一言。あとは涙で声にならなかった。


「ミウ、お帰り。アオイもよく頑張った」


 ハクトが2人を抱きしめた。


 最大限の力を出すために琥珀に入ったミウだったが、一滴だけをアオイの中に残していた。もしアオイが倒れたならその一滴も消える。魔女から隠したがそれでも賭けだった。空っぽになった琥珀に入るなど誰もしたことがない。父であるミナトの魔力、琥珀を生み出した大樹から引き継がれた魔力、ミウの魔力を受け継いだアオイがいなければ、まずできなかっただろう。ミウの母である水の精霊はとうに琥珀が割れて消えていた。琥珀も魔力と同様に使う精霊たちでさえもよくわからないものだった。


「ジュジュ。私はあなたに『いいものがある』と階段を上る前に伝えました。あなたはまだそれを見たいと思っていますか?」

「それは異界のことでしょうか」

「今は異界と呼ばれています。でも私は大蛇の記憶から、魔物たちが苦しんでいることを知りました。もう許しを与えていいと思うのです」


 その言葉は精霊王たちに向けてのものだった。


「互いに喰らい合い、消えることなく残った黒い思念がまた魔物として蘇る。その繰り返し。先ほどの大蛇は人に還ることができた。もし今残る魔物が人に還ることができたなら。異界はまたこの世界に戻ることができる」

「もう魔物が生まれることはないのですか?」

「そうね。また魔が差すことはあるでしょう。魔物は生まれるかもしれない」

「それでも異界に行けと?」


 皆がミウを見る。


「それでも終わりのない苦しみからは、救ってあげたい」


 終わらない孤独と絶望。ミウが大蛇を通して見た記憶は壮絶なものだった。どれほどの罪であろうと死だけはみな平等に訪れる。安らかに眠りにつくかどうかは本人次第だが。それすらないのが異界。


「誰が行くのじゃ? 我らは今魔力が枯渇しておるぞ」


 石の精霊王も永くこの世に存在し続けていた。そうだな、終わりは必要じゃとミウに同意した。

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