青生
石の精霊王によって造られた、とてつもなく大きな箱のような部屋で、アオイは琥珀を飲み込んだ。
話に聞いていたとおり、体の中から業火に焼かれているような痛みに床を転げまわる。痛みとかそんな生易しいものではなかった。体中を地中深くにあると聞いた熱いドロドロがすごい勢いで駆け巡っているようだ。吐く息も熱い。吹き出た汗が蒸気に代わる。苦しいはずなのに体は魔力を欲しがっている。視界が真っ赤になる。…まだ耐えられる。耐えてみせる。
蛇の形をした黒いモヤが現れるとフーと火を吹く。黒い魔力を青い炎が焼いていく。
肌はひび割れうろこが浮き出て、爪が鋭く伸びる。力を試すように床に尾を打ち付けた。肩甲骨のあたりに重みを感じたが次第に違和感はなくなる。大空を羽ばたく夢を見る。君をのせてどこまで行こうか。ふと柔らかな魔力を感じて口元が緩む。
必ずやり遂げて、君のもとへ帰る。待っていて。
ジュジュが石の国へ着くと、アオイの姿はなく洞窟内は蒸し暑かった。精霊王様しか知らない部屋から熱が届いていた。どれほどの魔力なのだろう。高温となった部屋に近づくことは許されなかった。
それでも何かできないかとアオイのいる部屋に向かって無事を祈る。そして壁に手を置いて魔力を流してみる。待ってるから。ジュジュも自分の琥珀からだいぶ魔力を取り込んでいた。
ノリカは風をおこし、洞窟内の熱を和らげた。ノリカもまた自在に風を操れるようになってきた。
「そろそろ終わりが近づいたな」
洞窟内はいつものひんやりした空気に戻ってきた。ずっと暑かったから寒く感じる。その時洞窟のどこからか、ゴゴゴと地響きがした。
「迎えに行って来なさい」
精霊王様が壁に大きな鍵を突き立てた。複雑な文様が消えると、ノリカと顔を見合わせ扉をくぐる。
空気はまだ熱く、石の壁は崩れて瓦礫と砂になっていた。口元を抑えて砂塵の中を進もうとすると、ザバーーーー。目の前に水のカーテンが現れる。
「ミウ様! アオイに何かあったの?」
『服をもらってきてあげて。それから会わせてあげます』
ミウ様が笑ってるみたいだった。服が焦げたのかな。…ってことは。それは見てはいけない。大急ぎでドワーフ母さんに服を用意してもらい、再びアオイのもとへ戻った。目をつぶって水のカーテン越しに服を投げ入れる。
「ありがとう。少し待って。あれ?」
「大丈夫?」
「どうしたんだろうね」
水のカーテンが消えると、姿が見えた。一瞬誰かわからなかった。
「アオイだよね」
「そうだよ。背が急に伸びた気はするけど、何か変わった?」
「鏡をどうぞ」
わかりづらいかもと言いながらノリカが手鏡を差し出す。
そこには青年となったアオイがいた。前よりも背が高く、精悍な顔つきになり、金の髪も長く伸びて、声も低くなっていた。頬に青いうろこが見えたがすぐに消えた。瞳は変わらず青空のような青。王子様みたいなんだけど、服の丈があっていなかった。
精霊王様やドワーフ父さん母さんのいる部屋へ戻ると、お母さんが泣き出した。こんなに立派になって! 急いで服をこしらえなきゃと巻き尺をポケットから出した。父さんもお祝いだとダイヤモンドを採掘に行ってしまった。
アオイが石の精霊王様の前に立ち、お辞儀をした。
「火の精霊王火竜の子、青生です。石の精霊王創石様、ありがとうございました。これで魔女に立ち向かえます」
「もう少し魔力がなじむまで待て。今行ったところで、お前さんは魔女だけでなく、自分も含めて周りも焼き尽くしそうだ」
石の精霊王はアオイをじっと見つめた。なるほど。青い炎か。歴代の火竜王の中でも別格だな。まだ本人には伝えないでおこう。己の力を過信して無理をするかもしれない。そうだろう? ブラックを見ると同意見だと頷いていた。
ジュジュが日記帳を出した。淡い光とともに小さなミウ様が現れた。
「アオイ。最後まで耐え抜きましたね。あなたから魔女の魔力が完全に消え去っているわ」
ミウ様の伸ばした手にアオイがそっと触れる。ブラックもアオイの足元によりそいきゅいんとひと鳴きした。火竜王様もよくやったと褒めているのだろう。
「お父さん、お母さん。もう少しだけ待っていて。必ず名を取り返して、魔女をやっつけるよ」
「ありがとう。そのためにも少し休みなさい。それに服も着替えないとね」
まだ魔女に存在を知られるわけにはいかないと言われたアオイは、石の精霊王によって結界の張られた部屋へ連れていかれた。
「もしかしてアオイに聞かせたくない話でもあるのですか?」
ノリカがミウ様に尋ねた。さすが風の精霊女王の子ねとミウ様は話してくれた。
「今のアオイが全力で立ち向かえば魔女は消え去るでしょう。それでは2度と火竜王様の名は取り戻せない。先に私が魔女の体に入り込み封印された名を探して取り戻します」
アオイの名は封印まではされていなかったので、取り戻すことができた。
「それはどうやって? ミウ様に危険はないのですか?」
「危険はもちろんあるわ。でもずっとこの機会を待っていた。そこで2人にお願いがあるの…」
話を聞いたジュジュは階段へ戻った。
「ブラックもそれでいいの?」
「きゅいん…」
「ミウ様は心配ないと言うけれど、大事な琥珀を魔女の口に放り込めだなんて」
階段に座り込んだジュジュとブラックはため息をついた。
ジュジュの手にはドワーフ父さんにナイフにしてもらったユニコーンの角。魔女が大蛇に戻ったらどこでもいいから刺しなさいと言われた。名を取り戻しさえすれば火竜王様が後はやっつけてくれるから大丈夫とミウ様は笑っていた。うまくいくのかな。
「お父さん…大樹様。火竜王様の眠る部屋の扉を開けてください」
ジュジュは上に続く階段を見つめた。次が最後の階かな。行くしかない。私に勇気をください。母の花を一輪とり髪にさした。
太古の森の外では、魔女が今か今かと待っていた。森の外へ出た森人を次々に操り人形にして、斧を持たせ、森に張り巡らす結界をつくる魔樹を切り倒させていた。大樹にばれないよう、1日に数本ずつ。場所も変えて。
ようやく森の中へ入れる。大樹の中に火竜が眠っていることも、階段を使ってどこへでも行けることも城にあった古文書で突き止めた。異界にだって行けるようだ。先に偵察に行かせた蛇は毒でも飲んだのか操れなくなった。飲み込ませた己の尻尾の先の魔力も感じなくなったので死んだのだろう。あと数本で結界は消える。最初に大樹から魔力を吸い取ってやろう。枯れ木にしてやる。
大樹が大きく揺れる。階段から落ちそうになるが蔓が伸びてきて腕をつかんでくれた。外側からドシンドシンと何かがぶつかっているようだ。花が一斉に閉じ、とげの生えた蔓が伸びてくる。何か来る!
ジュジュはブラックと駆け上がった。




