異界の番人
記憶の間から戻ると、ドワーフ父さんはいびきをかいて寝ていた。その横でドワーフ母さんは服を縫っている。
「3人ともお腹は減っていないかい?」
「ありがとう。不思議とお腹は空かないの」
「わたしは外に出て花の香でも吸うわ」
「僕には何かちょうだい」
アオイは小さな宝石をお皿いっぱいにもらって、つまんでぼりぼり食べている。父さんが起きたらダイヤモンドを掘ってきてもらうからね。母さんは息子のお皿にまた宝石を足した。
「外に出てみようよ。星空を見に行こう」
「そうだね。驚くことばかりで、少し落ち着きたいな」
ドワーフ母さんから鍵を借りて3人は洞窟の外へ出た。えいっとノリカが2人を風にのせ岩壁の上まで一気に飛んだ。
「すごい。今まで見た星空の中で1番きれいかも」
「星が近い。石の国は他よりも高いところにあるのかな。ここからでも異界は見えないね」
ジュジュとアオイはやっぱり星には届かないと伸ばした両腕を下ろした。
「見えないくらいもっと上か。大樹様が落ちないように支えているんだよね」
「上まで行くのが怖い気もする……」
1番上には火竜王とアオイの琥珀が待っていると思っていたのに。そこまではたどり着きたいけど、その先は? 階段にも戻れなくなったら困る。
「上ろうよ。先のことはわからないけど、父さんたちの名を取り戻したい」
「そうだね。階段に戻って上るよ」
石の精霊王にお礼を言って、ジュジュは階段へ戻った。
「お父さんが異界を支えていたなんて知らなかった。辛くはない? 私にも手伝えることがあったら教えてね」
壁に耳を押し当てて見た。ポコポコと音がする。魔力を吸い上げている音かな。お父さんと話をしているみたい。葉の掠れる音が子守歌のように聞こえる。心が落ち着いてきた。
もし異界がなくなれば、お父さんもお母さんも元の姿に戻れるのかな。会いたい。魔女を倒して、それからまた先を考えよう。
異界では魔物たちが互いを喰らい合っていた。強者が生き残り、弱者は餌食となる。この繰り返し。強者でも油断すれば喰われる。もう感情などない。人であった事すら知らない。逃げ出そうにも、ある地点まで行くと枯れた木の枝が伸びてきて捕らえられてしまう。
大樹は異界を支え、逃げ出そうとすれば対処する番人。外から入ることも許さない。隔絶された世界。淀んだ魔力が溜まり、大樹にまで影響を及ぼすようになると、次の大樹に交代する。
まれに感情の少し残るモノがいた。生き延びるために地中へ身を潜め、長い年月を孤独に過ごした。空腹と絶望。辛い苦しいと死んだ躯から、黒い魔力が流れ出る。そこから歪が生れ大穴が空く。知らずに通りかかった魔物が落ちる先は大樹の側にある国。
大蛇もたまたま通りかかった。腹に抱えた卵を産み落としたいが地上ではすぐに喰われる。地中を這いずっていたら穴に落ちた。この大蛇も感情を少し残していて、初めて見る青い空、眼下に広がる緑の森に心が躍る。とても綺麗だと思った。懐かしいような不思議な感情がこみあげてくる。ここで魔物以外に生まれ変わりたいと願っていたら、鋭い爪で捕らえられた。
焼き殺される前に産み落とした卵から孵ったモノは、人だった時の感情と知性も持っていた。嫉妬深く強欲。他の精霊王よりも火の精霊王火竜への恨みは根深かった。だが、子を持ってみたいという母性もほんのわずかに残っていた。呑み込んだ琥珀に魔力を全て吸い上げられ、今は憎悪しかないが。
ミウは琥珀を守るために飛び込んだ魔女の腹の中で、膨大な記憶と感情をのぞいてしまった。黒い魔力の中に混ざる人だった頃の思い。もしかしたら大蛇は人に戻りたかったのか。異界の地にも救済は必要なのではなかろうか。もし異界の地を元の森に戻すことができれば……。
大樹と樹妃は琥珀から生まれた子が、人として扉をくぐった時はたいそう驚いた。なぜ魔力がない? 琥珀の中に置いて来てしまったらしい。あれでは人と同じような姿はあっても精霊としては魂だけだ。わずかに残る魔力の力なのだろう。集めてくる朝露のなんと濃く清らかなことか。人の言う魔女見習い、正しくは魔樹見習いの持ってくるものとは比較にならない。今は名を奪われた火竜王を回復させるために多くの魔力が必要だ。ジュジュの朝露があれば回復を早めることができる。
ところが火竜王の分身であるトカゲが大階段にジュジュを誘った。どうもミウ様からの願いらしい。火竜王の子の力を開放して共に異界の地に行って欲しいと言う。切り離したのは太古の精霊王が決めた事。今更何をと思うが、ミウ様も考えがあってのことだろう。
ジュジュに生れたばかりの火竜王の子を見せた。時間軸もずれてしまったので過去に起きたことも見せることができる。子を追ってジュジュは階段を上っていく。階段を自由に使えるのは樹王の子だけ。笑ったり泣いたりする娘に手を貸したいが、話しかけることもできない。ミノリもハラハラしている。どうか無事に階段に戻ってきてと。
『イブキ様。忍び込んだモノがいるようですね』
『あれくらいはすぐに消せるが、少し知らないふりをしようか』
『なら特別な蜜を吸わせておきましょう』
『ジュジュに危害をくわえようとすれば、すぐに消し去るよ』
ジュジュの通り過ぎた階段に毒々しい色の花が咲き乱れた。視覚の弱い蛇は気づかずに甘い濃厚な香りの蜜を吸う。幻覚効果のある蜜で蛇は階段を上ったように錯覚している。ジュジュの側までは行かせない。
「ブラックはどのあたりに火竜王様がいるかわかる? 案内よろしくね」
「きゅいん!」
アオイ達は次どこの国にいるのだろう。不安もあるけど、希望もある。ジュジュは階段を上る。




