記憶の間
ジュジュは花の蜜を集めて扉の前に立った。瓶はないけれど、母が壺のような花を咲かせてくれた。いつも朝露を入れていた瓶4本分くらいが入る。アオイとノリカとドワーフのお2人にも飲んでもらいたい。日記帳には欠かさず蜜をあげている。
「準備よし。行くよ」
ブラックはもうお腹いっぱい蜜を吸って眠そうだったが、扉の前に立つと嬉しそうに飛び跳ねる。火竜王様は明るくて楽しい方なのかも。会ったらどんな話をしようかな。あれ、もしかしてブラックが見聞きしたことは知ってるのかな。変な事言ってないかな。
ジュジュが1人で慌てていると、久しぶりに日記帳から声がした。
『…石の精霊王を訪ねて』
ミウ様も休めたみたい。お母さんの花の蜜はすごい。
「ありがとうございます。アオイ達と探してみます」
返事はなかったが、抱きしめた日記帳の表紙が淡く光ったような気がする。
「青生! 緑夏! 開けてー」
扉が開くと、そこは途方もなく大きな峡谷。アオイたちは谷底に立っていた。
深い谷には青みがかかった緑色の川が流れている。急な流れにもし落ちたら大変だ。両岸には切り立った岩壁がそびえ立つ。
アオイとノリカに蜜の入った花を渡し、ゴーゴーと流れる水音にかき消されないよう大きな声で話しかける。
「ここはどこ?」
「星の谷!」
「アオイたちはどうやってここに来たの?」
「ドワーフ父さんが連れてきてくれたんだ」
「夜になったら上まで連れていってあげる! 星がよく見えるよ」
「すごく見たい。でも先に石の精霊王様を探さないと!」
「ジュジュを待ってたんだ! すぐに会える!」
アオイがトントンと足を地面に打ち付けるとジュジュの足元の土が盛り上がり、ドワーフ母さんが地中からひょこっと顔を出す。
「うわっ! びっくりした!」
「ジュジュちゃんもここへ来れたんだね。良かった。さぁ案内するよ」
急に出てこられると驚くけど、地中を移動できるのも便利そうだな。
「ドワーフ父さんがいないけど、いいのかしら?」
「あの人なら先に行ってるさ」
ドワーフ母さんはポケットから小さな鍵を出すと、岩壁にトンと突き立てた。鍵穴なんてどこにもないよ? ジュジュも驚くかなとアオイが笑う。
鍵と壁の接したところから見たこともない複雑な文様が現れると、人が通れるくらいの大きさだけ岩壁が消えた。
「ここが石の精霊王の住む洞窟の入口さ」
「壁が消えた…。どうなってるの?」
「石の精霊王が許した者しか入れないんだよ。でもこの鍵はうちの人が作ったからね。あたしらは自由に入れるのさ」
「最初見た時は僕も驚いたよ」
「すごいです!」
中へ足を踏み入れると、いつの間にか壁は塞がっていてもう水音もしない。さっきまで大声で話していたから静かすぎて、今度はひそひそ声になる。
洞窟の中はいくつも分岐した箇所があって迷路だったが、ドワーフ母さんは迷わずに進む。壁には光る石が無数にあって暗くはないけど、同じような壁に目印になるものはない。
1人じゃ進むことも戻ることもできそうになくて、はぐれないようにアオイに手をつないでもらった。ノリカは歩くより楽と天井にぶつからないように上手に飛んでいる。羽を動かすのも疲れると思うけどな。
どれくらい歩いただろう。開けた場所に着いた。大きな石のテーブルと椅子に誰か座っている。
「あんたたちはずっと飲んでいたのかい? 呆れるね」
ドワーフ母さんが酒瓶を取り上げ、もう果実水にしなさいと渡している。随分と親し気というか、何というか。顔を真っ赤にして酔っぱらっている石の精霊王とドワーフ父さんは酒瓶を取り上げられて残念そうだが、大人しく言うことを聞いていた。ドワーフ母さん強い!
「久しぶりに友と飲んでいるんだ。大目にみてくれ」
「そうだぞ。久々に訪ねて来たと思ったら、ケンセキがモグラになっていたのには驚いた。ほら、カナエちゃんもここに座れ」
「名を呼ぶな。子に聞かれる!」
3人は古くからの友達。ドワーフ母さんは手を腰に当て怖い顔をする。可愛い名が恥ずかしいらしい。
「ソウセキ。そろそろ紹介させておくれ。この子があたしらの息子でアオイだよ。火竜王の子でもあるが、うちの自慢の子さね」
「お前さんら夫婦にも、火竜王にも子がいるとは知らなかった。坊主こっちへ来い」
石の精霊王に呼ばれ前に進んだアオイにビュンと拳が突き付けられた。アオイが両腕を前に出しその拳を受け止めたが、あまりの力に足が数歩下がった。
「避けないか。勇気も力もある。まっすぐにわしの目を見るとは、さすが火竜王の子だけはある」
「わしらが育てた子だからな。ダイヤモンドを食うて、強く大きくなったのさ」
「力自慢に遊びで石は砕くなよ。火は使えるのか?」
「まだです。でも必ず使えるようになってみせます」
「そうか。後ろに隠れている娘っ子は誰だ?」
ドワーフ母さんの後ろに隠れていたノリカとジュジュが顔を出す。
「こんにちは。風の精霊の子ノリカです」
「お前さんの名は知っとるぞ。精霊女王の子だろう? 風のハヤテは昔から嫁が怖いと逃げ回っていたが、子ができた時は飛んで知らせにきたぞ」
「父さんたら! 恥ずかしいよ」
「ははは。よほど嬉しかったんだろう」
「あの。初めまして。私は木の精霊の子ジュジュです」
森の子ではなく、木の精霊と言えた。声に出してみると、どこか誇らしい気持ちになる。
「その魔力。お前さんは、イブキとミノリの子か?」
「そうです。ずっと森人の子として育てられたのですが、本当の両親は最近知ったんです」
生まれる前に両親が森人の庭に琥珀を埋めた話をした。
「魔界が不安定になってくると、古い大樹では支えきれんからな。代替わりが早まったんだろう」
「支える?」
3人が顔を見合わす。
「何も知らないのか? ふむ。お前さん達になら教えても問題なかろう。ついてきなさい。部屋に案内しよう」
ドワーフ夫婦には残るように言ってから、石の精霊王が壁に鍵を突き立てた。洞窟に入った時よりも複雑な文様が現れる。
精霊王について3人が壁を抜けると、終わりがどこまで続くかわからない部屋というより廊下にいた。壁には絵が描いてある。消えないように魔法がかけられているそうだ。
「ここはこの世ができた頃からの絵が描いてある<記録の間だ>」
1番手前にある絵を指さして教えてくれた。
「最初は天の星と星がぶつかり、いくつかの小さな島ができた。記憶の間がここにあるのは星の谷がひとつ目の島だからだ。ここで水の精霊と木の精霊が生れ、そこから石や他の精霊たちが生れたーー」
ーー精霊たちの中から魔力の強いものが精霊王となり国を作った。島は互いの強大な魔力に引き寄せられ、ひとつの広大な地となる。精霊たちはお互いの国を自由に行き来して、豊かな土地を作った。次に精霊よりもずっとずっと魔力少ないが人が生れた。土地を耕し、作物や家畜を育て、沢山の子が生れた。
「知らなかった。最初は人も魔力があったんだね」
「なぜ今は魔力がないの?」
「急ぐでない」
人の中に魔力を貪欲に欲する者が出て来た。王となりたいのか、ただ魔力が欲しいのかわからない。次々と他人から魔力を奪い続け、だんだんに人の姿ではなく、魔物と呼ばれるような得体のしれないものになり果てていく。ついには精霊王に挑むモノが出て来た。
それから精霊と魔物の長い長い戦いが始まった。




