嬉しい再会
階段を上りながら、ジュジュは森の家での生活や好きなこと、苦手なことを大樹となった父と母に話していた。
「――パン生地を捏ねるのは得意だよ。焼くのは森のお母さん。火加減がまだ難しいの。好きな事はやっぱり朝露集め。本当は早起きがすごく苦手。でもね、瓶にたまるとすごく嬉しいの。樽に残った朝露は全部飲んでくれた?」
大樹の葉がさらさらと気持ちよく揺れる。笑っているようだ。
ミノリは実をつけない代わりに、小さな花を沢山咲かせた。ひとつひとつの魔力はものすごく少ない。森に住む妖精たちが困らないように夜だけ咲いて、人の来る昼間には閉じる。魔女に気付かれないように、葉の陰でひっそりと咲いていた。
壁に伝う蔓には甘い蜜を出す花が咲く。実と同じくらい魔力がこもっていた。コップがなくてもいいように、両手で持って口をつければ飲める。お母さんが考えてくれたんだ。嬉しい。
「ブラックも飲むの上手になったね」
実のような噛みごたえがなくて最初は戸惑っていたが、今はチューチュー吸っている。見ていると火竜王様だけど可愛いなんて思ってしまう。
日記帳の表紙は最初に見つけた時よりも色が薄くなってきた。今は真っ黒じゃなく、濃い灰色。ミウ様が中に閉じ込めた魔女の魔力の浄化をしているのだと風の精霊女王が言っていた。いくら火竜王の子でも、生まれたばかりのアオイに魔女の魔力は毒だった。浄化が終わり、表紙が真っ白になったらアオイが魔力を受け取れる。
その時がきたら、いよいよ魔女との対決だ。その前にジュジュも魔力を高めたい。でも私に何ができるのだろう。
「扉が見えて来たよ」
「きゅいん!」
日記帳を胸に抱き2人の名を呼ぶ。扉は開いたが、2人が出てこない。
「おかしいな。もう1度――きゃっ!」
扉の中から腕を思いきり引かれた。ブラックもジュジュのスカートを咥えて一緒に中へ入った。
「ジュジュ、早くおいでよ! 会ったらびっくりするから!」
アオイが興奮している。誰がいるの? もしかして!
扉の中には大草原が広がっていた。ノリカは思う存分飛び回ったらしく、草の上に寝ころんでいる。すごく気持ち良さそうだけど、今は!
「ジュジューー! 何か持ってない? お腹ペコペコだよ」
それより早く会わせて! 後で蜜をあげるよ!
アオイの隣にはモグラにされたドワーフのお父さんお母さんがいた。お日様が眩しくないように、目隠しをしている。
2人がアオイの魔力を辿って地中を彷徨っていたら、巨人の国に着いた。
トムが知らずに踏んでしまうところを、足裏から持ち上げられ、後ろにひっくり返った。見るとモグラが2匹。少し太っちょのモグラに悪かったと謝られ、エプロンをつけたモグラに怪我はないかと心配される。起き上がってこんな力持ち初めてだと話しているうちに、ふとアオイの話を思い出した。力持ちの父と世話好きな母。もしやと思い聞いてみたら両親だとわかったので、アオイに知らせようと呼び続けた。
「扉の中に1度戻って良かったよ。階段にいたら呼び声を聞き漏らすところだった」
「坊や、そこには誰がいるの?」
お母さんは鼻をぴくぴくとさせている。この匂いは覚えがあると言う。
「初めまして。ジュジュです。おかしな話だけど、お家に長い間お邪魔していました」
「お前さんが坊やの名を呼んでくれたんだって? ありがとう、ありがとう。どうしてだかうちでは名がつけられなくて困っていたんだよ。こうして無事に坊やに会えたのもジュジュのおかげだ」
「坊やが心配で心配で、あちこち探していたんだよ。ありがとう。ジュジュちゃん」
小さな体を曲げて、何度も礼を言ってくれるけど、魔女に名を盗られていたんだから気にしないで欲しい。でも名があっても、お父さんお母さんには小さな坊やのままみたい。
「これから坊や達はどうするんだい?」
アオイが今は失くした琥珀を探していると両親に教えた。魔女を倒しに行くとはまだ言えない。止められてしまうかもしれない。
「ジュジュちゃんの琥珀はその森の家の庭に埋まってるかもしれないんだね?」
「赤い実のなる木の下を掘ればあるかもしれないの」
「なら、わしらが掘ってこようか。母さんも行くだろう?」
「未来のお嫁さんのお宝ならあたしが行かなきゃね。任せておくれ」
今、お母さんがとんでもないこと言ったよ? ノリカがジュジュとアオイの顔を見ると、2人は真っ赤な顔をして、違う違うと否定している。
「でもどうやって? 階層が違えば誰かに呼ばれなくちゃ行けないんでしょう?」
「どこの国にも原石は眠っているものさ。ドワーフはそれを掘りに行くことができる。それに琥珀だって化石だから、似たようなものさね」
頼もしい助っ人が現れた! 大樹から森の家までの道順を教えると早速行ってくると地中に潜ってしまった。
「これでジュジュの琥珀が手に入ったら、また一歩近づくね」
「見て。日記帳の中にある魔力もずいぶんと浄化が進んでいるみたいなの」
座っている3人の真ん中に置く。浄化に集中しているのか、最近声が聞こえない。早くミウ様にも会いたいな。そんな話をしながら夫婦の帰りを待った。
森の家はすぐに見つかった。夜まで待って地中からでたモグラ夫婦は先に家の様子を見に行った。窓枠にのぼり家人の会話を聞く。
「あなた最近変よ。どうして何も話してくれないの? 食事もとらないし。昼間はどこに出かけているの? ジュジュが知ったら心配するわ」
返事はなかった。森のお母さんの前に座る森のお父さんはうつろな目で何も見ていない。妻は夫に自分の羽織るショールをかけて、飲み物をとりに台所へ行ってしまった。
「可哀そうに。魔女に何かされたんだろう。ジュジュに琥珀を渡してもここには戻らない方がいいな」
「うちに連れて行けばいいわ。にぎやかになるわね」
「なら急いで持ち帰ってやろう」
モグラ夫婦が庭に走って行くと、森のお父さんの胸ポケットから小さな蛇が顔を出した。
『あの小汚いモグラはドワーフだね。ジュジュとは一体何者だ? 大樹に通うくらいだ、木の精霊だろう。琥珀から生まれたのなら利用できるかもしれない。姿は見えなかったが水精霊の子の近くに妙な魂がいた。それがジュジュ?』
操り人形になっても父は魔女に大樹の事を何も話さなかった。家に行けば何かわかるかと見張りをつけていた。
魔女もまた己の尾の先をほんの少し切り落とし、分身を作った。大樹や魔樹の作った結界に拒まれないよう、捕まえた蛇の魂を奪い、分身を飲み込ませた。たいしたことはできないが、森へ侵入した蛇が見たものを共有できる。
城の暗い部屋から森の家をのぞき見していたら、いいものが現れた。追わせてみよう。小さな蛇がするりとポケットから這い出て動き出した。
つけられているとも知らずに、モグラ夫婦はあっという間に琥珀を掘り当てた。
「これは見事な琥珀だ。加工したらどんな風に輝くだろう」
「馬鹿な事考えないで大樹様へ急ぐわよ。ジュジュちゃんの喜ぶ顔がみたいわ」
輝く笑顔を見れると、妻は夫の尻尾を掴み、地中に潜って行った。




