一緒に上ろう
ジュジュは日記帳を胸に抱き、階段へ連れて行ってくれるように願った。
『……』
何も起きない。
「あれ、おかしいな。前は戻れたのに」
「先ほど記憶を見せてくれたのにも、魔力を使ったのだろう。少し休ませておあげ」
風の精霊女王に言われ、風精霊の国に少し留まることにした。ノリカが部屋に案内するねと、ジュジュたちをふわりと持ち上げる。
「このほうが楽で早いでしょ」
「ありがとう。ノリカもここで休むの?」
「そうだね。たまにはお母さんとも話したいし」
「お母さん?」
「ここ、わたしの実家」
「えっーーーー」
ノリカも好奇心旺盛な娘で、風妖精の村で暮らすのを好んでいた。緑は妖精村だけの名前。妖精村の長以外には本当の名を明かしていない。
日記帳を囲んで、3人はこれからの事を話していた。
ひとつ目にすることはアオイの琥珀探し。ふたつ目はジュジュの琥珀探し。
日記帳にお願いして3人とも階段に行けたらそれで良し。ダメだったら、ジュジュだけ戻って扉の前で2人を呼んでみる。それでもダメならジュジュが1人で階段を上がる。
「うまくいくかな」
「火のアオイと木のジュジュ、そして風のわたし。魔女がきても大丈夫な気がしてきた」
「ぜんぜん足りないよ。わたしの魔力まだまだほんのちょっぴりしかないんだから」
まだ魔女を見たことがないノリカは、その恐ろしさを知らない。
「現れたら、絶対に目を見たらダメだからね」
「飛べなくなったら困る! 絶対に見ない」
ノリカは明るくて、物知りで場を和ませてくれる。魔女の事を考えると暗くなってしまうけど、ノリカがいれば本当に大丈夫な気がしてくる。
「えっと、ブラック様って呼んだ方がいいですか?」
ブラックは首を横に振る。ダメらしい。
「初めて会った時よりも大きくなった気がするけど、もしかして羽が生えて竜に変わるんですか?」
またブラックは首を振るが、縦か横かよくわからない。竜になるには何か足りないのだろうか。
「魔力不足でやせ細っていたのが、元に戻ったんじゃないかな」
さすがノリカだ。ブラックが首を大きく縦に振っている。当たったみたい。
「まだあるから、食べていいよ」
ジュジュがポケットと鞄の中を探るが、赤い実は2つしかなかった。いつの間にかブラックが食べたのなか。足元に置くと、咥えた実を食べずに日記帳の上に置くと吸い込まれるように消えた。
日記帳が淡く光り、うっすらと人が見える。その姿は真っ白な髪に澄んだ青い瞳。
「……上っておいで。ジュ……ここま…れたのは君のおかげだ……」
たぶん火竜王だ。姿はすぐに消えてしまった。赤い実2つ分の魔力だったのかな。アオイは必ず行くから待っていて、もう姿の見えない父に話しかける。ブラックがアオイに頷いているので、伝わったみたいだ。
数日ジュジュたちも日記帳に魔力を注ぎ込み、そろそろいいかなと、ジュジュがお願いしてみる。
――気付くとジュジュだけが大樹の階段に戻っていた。3人いっぺんには無理だったか。
なら…。ジュジュは2人を呼ぶ前にしたいことがひとつあった。
階段中に響き渡るくらい大きな声で叫んだ。
「お父さん! お母さん! 樹樹だよ! 私はここにいるよ! 生んでくれてありがとうーー! 大好きだよ! 私も愛…して…るっ……」
涙声になってしまったけど、聞こえたかな。
応えるように大樹は枝を大きく揺らし、葉がざわざわと擦れる。花が一斉に開いた。届いたのかな。
大事な探し物がまたひとつ見つかった。魔女を倒したら、毎日来るよ。たくさん朝露を採ってくるね。「約束」とジュジュは大樹に寄り添うように花と実をつける蔦と指切りをした。
笑顔になったジュジュは扉の前に立ち、アオイとノリカを呼んだが扉は開かない。
もう1度! 2人の姿を思い浮かべ、日記帳をしっかりと胸に抱き、ありったけの魔力を込める。
「青生! 緑夏!」
扉が開き、暖かな風が吹きこんでくると、扉の前に2人が立っていた。
「大成功だね!」
ノリカがジュジュに良くできました! きちんと名を呼べたねと抱き着く。アオイがジュジュに伸ばした手は宙に浮き、自分の頭を掻いて誤魔化した。
「ここが大樹様の階段。ジュジュのご両親なんだね」
アオイはジュジュから赤い実を受けとると、いただきますと手を合わせて食べた。ジュジュが日記帳に実を置いてみるとすっと消えていく。
ノリカは太古の森を見てくると言って、隙間からすっ飛んで行ってしまった。そんなに慌てなくてもいいのに!
踊り場に座り上を見上げる。どれくらい来たのかな。先は長そうだ。1番上には火竜王様がいるのかな。会えるといいね。ジュジュは壁に寄りかかっている。顔のすぐ横には母である蔦。光る実がぽっぽっと点滅する。名を呼んでくれているみたい。
ここで絶対に魔力を使わないと約束したアオイは、ジュジュを真似て赤い実をとり日記帳の上に置いている。おかしいな、吸い込まなくなったとぶつぶつ言っている。
「いっぺんにあげすぎだよ。人だって消化するのに時間がかかるでしょ」
「そうか。ごめんなさい。また後でね」
ただ注ぎ込めばいいわけじゃない。魔力は繊細で複雑。残された実はアオイが食べた。
「ジュジュのくれる実と、自分でとった実は味が違うんだ。ジュジュの魔力が入ると甘くなるみたい」
「そうなの? 自分じゃわからないよ。試しにアオイがとったものを食べてみたい」
ジュジュは実に触れないので、アオイに口へ入れてもらう。
「何してんのよ」
丁度戻ったノリカに見られた。食べ比べ! 顔を赤くしたジュジュは即答した。味はわからなかった。
ノリカは偵察してきた森が気に入ったらしい。他では見たことにない木や花。川も池も沢山の魚が泳いでいて、水面でダンスしたくなったけど今日は我慢したと残念そうだ。
「太古の森はとにかくすごーく広かった。端まで行ってみたら、やっぱり見えない魔力の壁があってね、人しか通れないようになってる」
人もあまり出入りしない。森人達は下草をかり、老いた木や枯れた木を切り森を守る。畑もあるし狩りもする。食べるものには困らない。木工細工を売ったお金で、たまに誰かが森では手に入らないものを街に出て買いに行くくらい。皆の分もまとめて購入してくれるので、森から出ずに一生を終える森人もいるくらいだ。
「私も森から出たことないよ。火竜王様のお城は見たいけど、魔女をやっつけないと行けないね」
「僕も行ってみたいけど、先にジュジュの森の家に行きたい」
「ふふん。森の家を見てきてあげました」
「本当? お父さんお母さんは元気にしていた?」
気になるのは両親だ。突然帰らなくなってすごく心配をかけてしまっている。本当は今すぐにでも帰りたい。
「元気だったよ。お母さんは庭の木に話しかけてた」
「何を話していたか聞いた?」
「水やりしながら、『ジュジュは魔女見習いになれたのね』って寂しそうだったけど、頑張ってって言ってた」
「そっか」
魔女見習いになって大樹様にいると思ってるんだ。大樹様にはいるけど。もう少しだけ待っていて。
ノリカはジュジュにお母さんが泣いていたことは言わなかった。魔女を倒したらすぐに会いに連れて行くから! 心の中で何度も謝った。
「じゃ、ノリカも帰って来たし、上ろうか」
ノリカは樹頭まで行けなかった。途中でどうしてか弾かれてしまい諦めて戻って来た。自分の足で上らないとダメみたいと苦笑いしている。
3人と1匹はせーので1段上った。




