異界の魔物
禍々しい魔力を察知した火竜王は人から姿を変え、大きな翼を広げた。
大蛇が地上に落ちる前に、鋭い爪を持った前脚で掴みとると、そのまま遠くへ運び去ろうとしたが、のたうち回る大蛇と共に太古の森へ落ちそうになり、このままでは森に大きな被害が出てしまう。
「大樹!」
火竜王の呼ぶ声に応えるように、大樹は枝を大きく伸ばし、火竜王を受け止めた。
そして大蛇を森の外へ逃がさぬよう、木の上位精霊である魔樹達が枝を伸ばし、森を囲った。
「創石! 千風! 水音!」
次々に精霊王の名を呼ぶと、暴風が吹き荒れ、精霊王たちが森に現れた。
石の精霊王が巨大な壁を作り、火竜王ごと大蛇を閉じ込める。火の精霊火竜王が白い火を吐く。業火に包まれた大蛇がのたうち回り、大地震のように地は揺れた。風の精霊王は、火竜王を助け、さらに火を熾す。水の精霊王は、燃え広がらないよう石壁のまわりに水の壁を作った。
大蛇も焼き殺されまいと、火竜に毒を吐き、噛み砕こうとする。だが硬いうろこに牙は役に立たなかった。逃げ出すにも5精霊王が相手では魔力が足りない。尾を何度も火竜に打ち付け、どうにかわずかだけ火竜を後ろに下げさせた。最後の魔力を振り絞り、地面に小さな穴を空け、尾を差し入れる。そしてまた業火が襲い掛かる……。
激しい戦いは、灰さえも残らないほど焼き尽くすまで続いた。
数十年か数百年に一度、空の裂け目から禍々しい魔力をもったものが落ちてくる。それを『異界の魔物』と呼んでいた。獅子のようであったり、鳥の様であったり、姿かたちは定まっていない。火・木・風・水・石の精霊たちは共闘して、魔物をこの地にのさばらせないようにしていた。
強大な魔力を使い果たした精霊たちは、各々の国に戻り、しばしの眠りにつく。
「私が知るのはここまでだよ」
「水の精霊王様も眠りについていたのですか?」
「そうだ。だが目覚めたらミウも、楽しみにしていた子の姿も見えない。大変なことが起きたのがわかっただけだ」
「魔物は倒されたのに、あの魔女はどこからやって来たんだろう」
「裂け目から落ちて来たのは大蛇だけだった。この地で生まれたとしか思えない」
火竜王の国に確かめに行きたいが、ここを離れるわけにはいかないと悔しそうだ。そして水の精霊王はアオイを強く抱きしめた。
「ミウが守り抜いたんだね。会えて本当に嬉しい」
お母さんが僕を魔女からずっと守ってくれていた。アオイは精霊王の手の中にある石をじっと見つめる。
「その石には魔力を回復させる力があるのですか?」
「これは琥珀。太古の大樹から生み出されたものだ。王となれるほどの魔力の多いものは、皆、琥珀に魔力を込めて命をつなぐんだよ」
この世に最初に現れた精霊は水と木。それから風、火、石…他の精霊たちが現れた。水と木は命の源であった。
「ミウはこの琥珀から生まれた。ほんの少し、水の精霊なら水一滴分だけ魔力を残して生まれるんだよ」
琥珀に残された魔力までも使い果たせば消えてしまう。光の粒は残された一滴。それさえも母は使おうとしてくれた。
「アオイの中にもミウの魔力が感じられる。だが多くの魔力を他に使っているのだろう。こうして私が最後の一滴が消えぬように魔力を注いでいるが、どこかへ消えてしまう」
水の精霊王はそう話している間も、休むことなく母の琥珀に魔力を注ぎ入れていた。
「僕も琥珀から生まれたのかな。もしそうならどこにあるんだろう」
「火竜王の眠る大樹の元へ行ってみなさい。わかるかもしれない」
自分の琥珀は何よりも大切にしなさい。そう言われたが、アオイは見たこともない。
私も何か手がかりを探そう。もし手助けが必要なら呼ぶようにと名を教えてもらった。
ジュジュに会いたい。今聞いたことも伝えたい。アオイは太古の森に行くことに決めた。
***
『…ジュ…ジュジュ…』
上っては、扉の前で立ち尽くし、また上ってはため息をついていたジュジュが胸に抱きしめている日記帳から声がする。
「この声はアオイだ! どこにいるの!!」
次の階まであと少し。たどり着くと、扉は開いていて、ジュジュは迷わず飛び込んだ!
「アオイーー!!」
「ジュジュ! 危ないよ!! うわっーーーー」
ジュジュを受け止めたアオイが倒れ込んだのは雪の上。
アオイは太古の森にはたどり着けなかった。でもジュジュの名を呼び続けた。
日記帳が導いてくれたのかな。会えて嬉しい。そのまましばらくジュジュはアオイに抱き着いていたが、ブラックに裾を引っ張られ起き上がる。アオイも立ち上がり、頭の雪を払い落とす。
ここはどこかなと見渡すと、一面の銀世界。空から白いものが降ってくる。
「冷たい! これ何?」
「雪だよ。とても寒くなると、雨ではなく雪になるんだって」
そうなんだ。ジュジュの知らないことばかりだ。初めて見る雪は冷たいけれど、とても綺麗だ。空から降る雪が掌で溶けていく。顔を上にあげて口の中に入れてみると、味はしなかった。お砂糖みたいに甘いのかと思った。どこから話していいかわからないジュジュは、とりあえず雪を楽しんでいた。
「ジュジュ! 僕の後ろに隠れて」
アオイが何かを察知して、ジュジュを背に前へ出る。いつの間にか2人を囲むように雪が盛り上がったかと思うと、幾頭もの雪狼が現れ、うなり声をあげている。
真白く輝く大きな体。牙は氷のように透明で鋭い。今にも飛び掛かりそうだ。アオイが魔力を高めようとした時、ブラックが雪狼に近づくと、キャンとひと声鳴いて逃げて行ってしまった。丸めた尻尾が少し溶けていたように見えたのは気のせい?
「危なかったね」
「ありがとう。でも、もう1人で立ち向かおうとしないで」
私にはまだ戦えるような魔力はないけど、とシュンとする。
「村を出てから、あてもなく彷徨った。でも考えるのは君の事ばかり。どんなに会いたくても危険な目には合わせたくなくて…。でも僕は君を守ると決めたんだ。そして魔女をやっつけたい」
「一緒に考えよう。私もアオイを守りたい。きっと2人ならできるよ」
ジュジュはアオイにもう一度抱き着く。ぎゅっと。もう逃がさないよと言わんばかりに。
「ブラックもいるし、巨人のトムも風精霊のノリカも味方だよ」
「そうだね。きっとウタネお姉さまも力を貸してくれる」
「歌の上手なお姉さまにぴったりなステキなお名前ね。どこかにいるドワーフのお父さんお母さんも探そうよ」
雪を避けて、大きな木の下に座った。冷たくなった手をつなぐと、不思議と魔力まで暖かくなる。
2人は離れていた時に聞いた話、夢の中で見たことを話した。
「そうか。ジュジュも琥珀から生まれた木の精霊だったんだね」
「でもおかしいよ。魔力なんてこれっぽっちもないのに」
「琥珀の中に全部、置いてきちゃったんじゃないかな」
「そうなのかな。もし魔力もちだったら森人のお父さんお母さんがびっくりしちゃうものね」
「ジュジュの琥珀はまだ庭に埋まっているのかな」
「探すものがまた増えたね」
ジュジュは約束通り、風精霊の名を呼んだ。暖かい風が吹いてきて、2人のまわりにある雪が解けていく。
「さぶっ!!」
ノリカはここにいては凍えると、2人を風に乗せて、風の精霊が住む国へ運んでくれた。




