1階 大樹の階段
ジュジュは森の子、魔女見習いになりたい女の子。
茶色い髪に茶色の瞳、肌はまあちょっと荒れているけど気にしない。お姉さんたちは毎日お手入れしているけど、この森から出ることもないし、誰もジュジュを気に掛けない。
自分より年上の魔女見習いを全員お姉さんと呼んでいる。15歳になるまでに魔力をためて、やっと見習いになれるのだ。
今朝も誰よりも早く起きて、森の中で朝露を集めて、小さな瓶に入れる。瓶の中で朝露は朝日を受けてキラキラ光る。それを見るのが楽しみ。曇りや雨の日は見れないからつまらない。
「今日も少しだけど、とれて良かった」
スカートの裾も汚れてしまったけど洗えば大丈夫。大樹様に朝露を差し上げよう。瓶は祖母が使っていた山葡萄の蔓で編んだ肩掛けのかごバックに入れる。ジュジュの大のお気に入りだ。
広い森の真ん中。真っ黒な大きな樹がそびえたつ。高く高く雲の上まで伸びていて、てっぺんがみえない。
「1番上まで上ってみたいな。空を飛んでいる鳥みたいに遠くがみえるかしら」
ジュジュは大樹様の根元にある扉を開ける。
中はお屋敷の玄関ホールのような造りで、なぜか日が差していて明るい。お屋敷なんて見たことがないけど、お姉さんたちが言っていたから、きっとこんな感じなのだろう。
広いホールにはいくつもの樽がおかれている。
自分専用の樽に集めた朝露を入れると、不思議なことに朝露は魔力となり、大樹様の栄養になる。
大樹様は全部ではなく少し残してくれるので、残った魔力が樽にいっぱいになれば見習いになれる。
「あと1日しかないのに、これじゃ見習いになれない」
あと1日。ジュジュの樽には半分しか溜まっていない。
「おはようジュジュ。今日も早いのね。朝露はとれたのかしら」
朝露を樽に入れに来たお姉さんが声をかけるが、ジュジュは下を向いてしまった。
見習いになると、朝露が魔力に替わった時に淡く光る。いつ見てもきれいで、いつか自分の樽も見習い用にしたいと頑張っていたのに。自分の樽をのぞき込んでいるうちに、悲しくなってポロポロと涙がこぼれる。
「大樹様、少ししか貯められなくてごめんなさい」
泣きつかれたジュジュは眠ってしまった。
「ジュジュの樽を見た? 半分しか溜まっていないの」
「それはそうでしょ。みんな毎日少し分けてねって黙ってすくっているんだもの。貯まるわけがないわ」
「ジュジュは最後まで気づかなかったわね。毎日朝1番に朝露をいれて、すぐ帰ってしまうからいけないのよ」
「でも明後日からどうしよう。もうジュジュはここには来ないわ」
「また新しい子のを少しわけてもらえばいいわ」
「そうね」
お姉さんたちはジュジュがそこにいるのも気づかずに行ってしまった。
「そうだったんだ。でもいいや、大樹様の朝露が減ったわけじゃないものね」
目を覚まして会話を聞いてしまったが、今から言ったところでどうにかなるわけでもない。あきらめて森の家に帰ろうとしたその時。ちょろちょろと何かが走り回っているのを見かけた。
「何だろう、迷子のリスかな。逃がしてあげなきゃ」
もうみんな帰ってしまって誰もいないホールを探して回った。樽と樽の間も見て回ったが見つからない。どこへ行ったんだろう。
「いないな」
またちょろちょろと走っていくのがみえた。
「そこはだめだよ」
ホールの端には大きな階段がある。
『絶対に上ってはいけないよ』
これは大樹様に入る前に大婆様から言われたこと。破ってはいいけない約束。誓わないと中には入れない。
今まで近づくこともなかった大階段。黒い小さな生き物は階段の下でちょこんと座って、まるでジュジュを待っているかのようだった。
「あらリスではなくトカゲの子ね。いたずらっ子さん、こんにちは。私はジュジュよ。ここにいてはだめ。一緒に外に出よう」
捕まえようとすると、トカゲはこっちだよと追いかけっこをしているみたいに逃げてしまう。
「お姉さんたちにみつかったら、キャーって騒がれるわよ。もしかしたら箒で追いかけられるかも」
トカゲは首を横にふって、イヤイヤと言っているようだった。おいでと言うと大人しくジュジュの膝の上に乗ってきた。
「私、明日でここに来れなくなるの。寂しいな」
トカゲはするっとジュジュの膝から降りると、こっちにおいでとスカートの裾を咥え引っ張る。
「何があるの? あれこれは?」
さっきまで階段の下にこんのものあったかしら?
古い本が置いてあった。手に取ると、本から声が聞こえた。
『1段上ってごらん』
「だめよ、約束したの。上ってはいけないわ」
『1番上にはいいものがあるよ』
「何があるの?」
『教えてあげない。でももうここには来れないよ。誰も見ていない、誰も気づかない』
明日が最後、どうせもう見習いにはなれない、誰も見ていない。1番上になにがあるのだろう。どうして上ってはいけないのだろう。
『勇気あるお嬢さん、おいで』
ジュジュは魔法がかかったのように足が勝手に動き出し、階段をひとつ上ってしまった。
1段上ると不思議なことに、ホールがみえなくなっていた。
もう戻れそうにない。あきらめて上るしかなさそうだ。上までどれくらいあるのかな。途方にくれた。階段しか見えないが、壁には蔦が這い、つかまれば落ちることはなさそうだ。蔦に生っている光る実が足元を照らしてくれる。
「あら、あなたもついてきたのね。一緒に来てくれるの?」
黒いトカゲがジュジュの足元をチョロチョロと駆け回る。
「トカゲさんに呼び名が必要ね。そうだわ。ブラックはどう?」
不思議そうにトカゲはジュジュを見ている。
「小さい頃に本で読んだ竜の名前がブラックなの。本当の名前はわからないけど、竜のでてくる本はすべて名前の所だけ黒く塗りつぶされていて、ブラックってみんなは読んでいたわ」
「きゅいん」トカゲは返事をしたようだ。
「じゃブラックよろしくね」
ジュジュは階段を上り始めた。
上り始めて随分たつが、お腹はへらない。
「朝ごはんまだだったのに不思議ね」
へらなくても口に何か入れたい。壁の隙間から大樹様の外へ手を伸ばし赤い実をつかんだ。
「大樹様、少し分けてくださいね」
樹皮は分厚いはずなのになぜか届いた。
「ブラックも食べる?」
ひとつ足元に置いてみると、赤い舌をだしてぺろりと食べた。
ジュジュは一休みして、また上り始めた。