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第06話 三者三様

 朝、起きると七瀬がキッチンに立っていた。相変わらず、お下げ髪にオーバーサイズのパーカーだが、いつもより少しだけ丈が短くて、紺色のプリーツスカートが裾から見えている。

 別に変な意味ではなく、やっぱり中学生なんだなと思ったりする。

 エプロンをしていないので、パーカーが汚れないのか心配だ。でも、どうせ学校へ行けば脱いでしまうから、特に問題はないのだろうか。


「おっはよー、海里クン」


 俺は料理なんて出来ないから、一人暮らしを始めた頃は、朝食は食パン、昼食は学食、夕食は外食か冷凍食品というパターンだった。

 アパートを借りる時に協力してくれた親戚が、調理道具だけは一式揃えてくれた。オーブントースターと電子レンジは、リサイクルショップで買った中古品だが、実際それ以外は使ったことがない。

 六花と同居するようになってからも、どちらか先に起きた方が、トーストを焼くといった程度のことしかしていなかった。

 七瀬が作っているのも、食パンであることに変わりはない。ただ、フライパンを使っているから、フレンチトーストだろうか。料理に関しては、その程度の知識しかなかった。


「何か、嬉しいことでもあったか?」

「海里クンのママが、契約を更新してくれたからねぇ。これくらいは、サービスしないと」

「え、聞いてないけど…」

「脅迫状の犯人が捕まっても、捕まらなくても、二十四時間体制のボディーガードは、最低でも三ヶ月は継続するって話しだよ」

「また、勝手に…」


 いや、勝手でもないか。六花を連れて母親の会社へ行った時に、そんな話しをしていたような気がしないでもない。


「いいのか?軟弱な男のボディーガードなんて、鬱陶しいだけだろ」

「そんなことないよぉ。海里クン可愛いから、見てるだけで楽しいモン」

「ああ…そういう理由か」


 この子もグレムリンだなと思いつつ、俺はテーブルの席に着いた。

 俺は朝食を食べてから着替えるタイプなので、寝間着として使っているスウェットスーツのままだ。でも、六花は七瀬を学校へ送り出すために、顔を洗ってから真っ先に着替えている。六花が護衛を出来る状態で、引き継ぎが完了となるからだ。

 七瀬が二人分のフレンチトーストをテーブルに並べた頃に、ビシッと制服に着替えた六花が部屋から出て来た。


「ありがとう、七瀬」

「それじゃ私、もう学校行くね。六花タン後片付け、おねがーい」


 二人分のフレンチトーストは、俺と六花のために作ったらしい。自分は何も食べずに、ダイニングの片隅に置いていた鞄を取ると、その場で背中に担いだ。


「じゃあね、海里クン。また今晩、来るからねぇ」


 それだけ言い残して、バタバタとアパートを出て行った。代わりに六花が席に着く。


「昨日は、申し訳ありませんでした。メタバースの中では案外、男らしいんですね」

「ゲームをやってた頃は、あんなこと日常茶飯事だったからな。だから、ちょっと違和感があるんだけど」

「どんな違和感ですか?」

「三メートルの人型兵器が、銃撃して来たんだ。ターゲットが伏せたら、後方に着弾する筈なんだけど、手前に着弾したんだよな。足元を狙ったってことだろう。初めから当てるつもりは、なかったんじゃないのかな」

「単なる脅しで、殺すつもりはなかったということでしょう。もっとも、当ったところで死にはしませんけど」

「脅しなら、当てた方がいいだろう。MAXで痛いし、仮に触感フィードバックを切ってたとしても、巨人サイズの弾丸が飛んで来るんだ。恐怖心を煽ると思うけどな」

「申し訳ありません。私はメタバースにもミリタリーにも詳しくないので、海里に任せます。必要なことは言ってください」

「うーん…」


 俺が考え込んだので、少しの間があった後に六花は声を発した。


「せっかく七瀬が作ってくれたんですから、冷めない内に食べてください」

「ああ、ごめん。七瀬の心がこもってるんだよな」


 ナイフとフォークを使って食べる料理は久し振りだ。元は食パンだから手掴みでも構わないのだが、同居人が居ると一応、マナーは守りたくなる。母親が俺に一人暮らしをさせたくないのも、そんな意図があるのだろうか。

 料理は出来なくても、後片付けくらいは出来るのに、食べ終わると六花がサッサと片付けてしまった。

 彼女が食器とフライパンを洗っている間に、俺は歯を磨いて顔を洗い制服に着替える。その過程のどこかで六花も歯を磨いて、廊下の先で待っていた。


 そのまま二人で一緒に玄関を出ると、俺が鍵を掛けてアパートを出て行く。

 俺がこのアパートを選んだ理由の一つは、すぐ目の前の道路にバス停があることだ。地域のコミュニティーバスで、十人も乗れば座席が埋まってしまう。朝と夕方のラッシュ時には当然、立ったままということになる。

 電車に乗っても学校までは一駅だが、駅までがそこそこ距離があるので、そこまで歩いて行くよりはずっと楽だった。


 バスに乗り学校に到着すると、俺と六花が肩を並べて登校することは、もうクラスでは周知の事実となっている。

 早朝の教室で、その場面に居合わせた男子生徒からは、美少女を連れた頼りない男子に対して、失望とも思える溜め息が漏れていた。

 そんな中、六花は詩音を見付けて声を掛ける。


「詩音ちゃん。昨日は、ありがとうございました。まだ分からないことが多いので、色々教えてくださいね」


 バカ丁寧な六花の挨拶に対して、詩音は戸惑いながら周囲を見回して、自分が声を掛けられていることを確認している。


「あ、はい。私に出来ることなら、何でも」


 六花はシャングリラでやっていたのと同じように、詩音の頭を撫でている。でも、尻尾が無いから彼女の気持ちは、今一つ分からなかった。



 午前中の授業が終わり、昼休みの時間になる。すると、六花の席へ転校初日に話していた女子がやって来た。しかし、そこに居るのは二人だけで、アパートへ遊びに来たいと言っていた松崎さんの姿がない。


「小泉さん、一緒に学食へ行かない?」

「いえ、私は海里と一緒に行きますから」

「いいじゃない。仁藤君にくっついてばかりだと、関係を疑われるよ」


 どうやら、俺と六花を引き離しに来たようだ。無理に断ると、違う意味で疑われるかもしれない。

 学校内で危険な目に遭うことも考えづらいから、同じ校舎に居ることが分かっていれば、それで良いと俺は思っていた。


「俺はやりたいことがあるから、行って来いよ」

「海里が、そう言うなら…」


 六花も同じことを考えていたのか、素直に俺の言うことに従う。渋々、二人の女子に連れられて、教室を出て行った。


 やりたいことがあると言った手前、俺は鞄の中からタブレットを取り出して、アバターの編集ソフトを立ち上げた。

 昨夜、シャングリラをログアウトしてから、詩音の新しいアバターを作り初めている。

 彼女にはもっと自分に自信を持ってほしいから、茶髪のツインテールにメッシュを入れて、革のショートパンツという、パンクなキャラクターを作っていた。

 ただ、今朝も六花と話していたが、色々と思うところがあって、実際に詩音が使うかどうかはまだ分からない。

 顔の部分を空白にしておいたのは、誰かに見られても構わないようにということ。そして、タブレットではパワー不足なので、負荷を減らすためという事情もある。

 人間一人分のアバターのデータを作るには、CPUパワーとメモリー、そして外部記憶装置が必要となる。そのため、タブレットで編集する時はアニメのような簡易表示になる。このデータをパソコンに落とし込んで、細部を細かく修正して行くのが、俺なりのアバターの作り方だ。

 それが出来ない人のために、テンプレートを組み合わせて作る方法もある。外部記憶装置が不要で、タブレットさえあればお手軽に出来てしまう。ただ、俺は唯一無二のキャラクターを作りたいから全部、自前でやっている。


 昼食のために人数が減った教室で、俺の所へ松崎さんがやって来て声を掛けられた。詩音と似たタイプで、ちょっと俯き加減だが、自分から声を掛けられるだけまだマシか。


「仁藤君、お昼はどうするの?」

「あ、考えてなかった」

「仁藤君らしいね。もし良かったら…わ、私の…」

「私の?」

「お弁当、食べてもいいよ!」


 そう言って、後ろ手に持っているランチョンマットに包まれた弁当箱を差し出した。そのつもりで持ってただろうというツッコミは置いといて、友達と食べるつもりだったとか、別の教室で食べるつもりだったとか、いくらでも言い訳は考えられそうだ。


「仁藤君って集中すると、食べなくても平気そうにしてるから、ちょっと心配かなぁって」


 こんな時、どうすれば良いのだろうか。受け取っても、受け取らなくても、誤解を招く可能性がある。でも、ほんのりと顔を赤くして弁当を差し出す彼女を見ていると、断わる気にはなれなかった。


「ありがとう。でも、松崎さんは、どうするの?」

「ノアとサッチーが学食へ行ったから、私もそっちで食べるよ」

「ああ、六花も一緒だから、俺の昼食は間に合ってるって言っといてくれよ。パンとか買って来そうだからな」

「うん、分かった」


 俺が弁当を受け取ったから安心したのか、顔の赤みが引いた松崎さんは、タブレットに視線を落とした。


「アバター、作ってるの?メタバースのアバターって性別、変えられないんじゃなかったっけ」


 母親が経営する会社だけでなく、VRMMOやメタバースを運営する会社には、共通のルールがある。

 不適切な行為を防ぐためと、性別を偽って他のユーザーを騙すことを防ぐために、特別な事情がない限りは、ユーザーとアバターの性別は一致していなければならないという安全対策だ。

 その機能は『性別一致プログラム』としてVRインターフェースに組み込まれているので、それを無視してアバターを動かすことは出来ない。


「これは、俺のアバターじゃないよ。中学の頃からの、VR仲間が居るからね」

「中学?へえ、そうなんだ」


 せっかく明るくなった表情が、少し沈んだと思うのは気のせいだろうか。俺にVR仲間が居ると、どうして松崎さんが沈むのか。何となく想像は出来るが、今一つ実感が湧かない。だから、残念な人なんだろうか。

 松崎さんは、じゃあねと軽く手を振って教室を出て行った。



 学校が終わったら、俺と六花が一緒に帰るのはいつものことだ。それに加えて、俺は行きたい場所があったので、詩音も一緒に連れて行くことにした。

 現実では俺と詩音がどこかへ行く時は、現地集合、現地解散が普通だったから、道中も一緒というのは、なかなか新鮮な気分だ。もっと早く、やっておけば良かった。


「手は繋がないんですか?」


 繁華街を歩きながら、六花が俺にそんなことを聞いて来る。シャングリラで俺が、詩音と手を繋いでいたことを言っているのだ。


「あれは、シャングリラだからだよ。リアルで手を繋ぐなんて、恥ずかしいだろ」

「そうなんですか?それでは、私が繋ぎます」


 そう言って、六花は詩音に手を差し出した。詩音は一瞬キョトンとしたものの、次の瞬間には嬉しそうに、その手を握る。

 そんな状態で俺が前を歩き、六花と詩音はその後に続いていた。


「どこへ行くんですか?」

「昨日、メイドカフェで働いてる、知り合いを紹介するって言っただろう。順番が逆になったけど、リアルの方の知り合いを紹介するよ」

「火に油を注ぐつもりですか?」

「だから、何だよ。火に油って」


 そんな知り合いと待ち合わせをしている、公共施設のカフェに到着すると、セルフサービスの飲み物をそれぞれが手に持って、まばらに設置されている円卓の席に着いた。

 俺が紅茶で六花がコーヒーなのは、いつもと同じで、詩音はコーラを持っていた。


「ここへ、メイドさんが来るんですか?」

「メイドは、シャングリラでの仕事だよ。リアルではゲームショップの店員なんだ」

「何だか、ややこしいですね」


 数年前に、いくつかの公共施設が統合されて出来た場所で、スーパーが隣接しているし、テナントがいくつか入っている。

 この場所を選んだのは、知り合いの職場が近いからだ。仕事終わりに、ここで会うことになっている。


 暫く雑談をしていると、その知り合いがやって来た。俺に気付いて、円卓の所までやって来る。


「海里君、言ってくれれば私の方から行ったのに」

「紹介するよ。ゲームショップの店員をやってる、佐竹ユキさんだ」


 詩音だけでなく、六花も戸惑いながら挨拶をする。


「小泉六花です」

「あ…三崎詩音です」

「ちょっと待っててね、コーヒー買って来るから」


 そう言ってユキさんが円卓を離れると、六花は前屈みになり、小声で俺に話し掛けて来る。


「男性ですか?メイドって言うから、私はてっきり女性だと思ってました」

「彼女はトランスジェンダーだよ。性別適合手術も受けて、戸籍上は女性ってことになってる」

「そうなんですか。危うく本人に、失礼なことを言ってしまうところでした」


 コーヒーを買ったユキさんは、それを持って戻って来ると、円卓の空いている席に座った。


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