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第05話 危ないイベント

 シャングリラの宇宙港まで、俺は六花を迎えに来ていた。現実のアパートでは俺と六花は隣りの部屋に居るのだが、初めてシャングリラにログインすると、必ずシャトルで宇宙港に到着するところから始まる。

 シャトルに接続されたジェットブリッジから、フワフワと宙を漂って六花がこっちにやって来た。宇宙港には重力がないから、自分では方向が定まらない様子だ。


「か、海里、どうすればいいんですか?」


 俺を見付けた六花は、助けを求めるようにそう言った。今迄に見たことのないような、不安な様子だ。


「手を伸ばして」


 言われた通りに差し出された六花の手を、俺はキャッチしてデッキに着地させた。床に足が付いても重力がある訳ではないから、六花は俺の手を握ったままだ。

 俺と詩音はフルダイブ型のゲームに慣れていたから、それがメタバースに変わっても特に違和感はなかった。でも、初めて仮想空間を体験すると、こんな感じになるのだろう。


「強盗を蹴飛ばしてた人とは思えないな」

「あれは蹴飛ばしたんじゃなくて、踵落としです。そんなことよりも、何ですかこの衣装は?可愛いのを通り越して、恥ずかしいです」


 六花のアバターも俺が作ったものだが、その衣装は詩音からデータで送られて来た資料を元にしている。

 水色を基調としたゴリゴリのロリータファッションで、シフォンブラウスにコルセットスカートといった感じだ。


「詩音のリクエストなんだよ」

「三崎さんの?」

「あいつ人見知りだから、その格好なら話しが出来るって言うんだ」

「中学からの知り合いでしたね。海里とは仲が良さそうですけど」

「あの頃は男女の違いなんて、意識してなかったからな。同じ高校へ進学したのも、普通に友達だと思ってたからだよ。でも、最近は妙に照れたりするし、あいつの方が意識してるのかな」

「そうなんでしょうか」

「え?」

「同じ中学ということは、自宅もそれほど遠くはないですよね。友達だという理由だけで、同じ高校へ進学したりはしませんよ。初めから、海里のことが気になってたんじゃないですか?」


 そう言われてみると、思い当たる節がないではない。詩音がVRインターフェースのカタログを持っていたのも、俺がゲーム好きだと知っていたからだろうか。

 俺の父親が、その会社の経営者だと知った時の彼女のリアクションが印象深いものだったから、全く想像もしていなかった。


「確かに…」

「本当に、残念な人ですね」


 俺は六花の手を引きながら、空中を泳ぐようにして、高速エレベーターの方へと進んで行った。

 無重力状態の回転軸からコロニーの外周部へと移動する時は、進行方向に加速度が働くために、エレベーターの乗客は床に押し付けられるような感覚がある。初めてそれを体験した六花は、うっと声を出して俺の腕にしがみついていた。

 エレベーターが外周部の地表に到着すると、六花は特に照れることもなく手を離した。


「詩音の方から、積極的に話し掛けるとは思えないからな。最初は普通に話してくれればいいよ」

「お人好しが過ぎますね。私がライバル意識を燃やして、三崎さんを罵るとは思わないんですか?」

「そんなことは、微塵も思ってない」

「でしょうね」


 セントラルパークから歩いて、採光窓に架かる橋を渡ると、噴水広場が見えて来る。そこに詩音の、アバターの姿があった。

 俺に気付いて小さく手を振ったが、尻尾の方は振っていない。六花が一緒だから、緊張しているのかもしれない。


「狐ですか?」

「ああ、詩音のアバターはゲームの時のキャラを、そのまま使ってるんだ」


 目の前まで来ても言葉を発しない詩音の頭を六花が撫でると、ケモミミがピクピクと動く。随分、身長差があるから、丁度良い所に頭がある感じだ。

 礼儀正しい彼女が、いきなりそんなことをするのも、これまでのネタ振りが効いているからだろう。くどくど説明しなくても、ちゃんと俺の意図を理解してくれている。

 わざわざ、VRインターフェースを借りてまでシャングリラに連れて来たのも、六花が俺の従妹である以上、詩音とも仲良くなってほしいからだ。


「可愛いですね」

「あ、あの…小泉さんも、凄く可愛いです…」

「六花って、下の名前で呼んでくれていいですよ。私も詩音ちゃんって呼びますから」

「り、六花さんって、どうしていつも敬語なんですか?」

「普段から敬語を使っていないと、本性が出てしまいますからね。両親とあまり折り合いが良くないので、他人行儀になったせいでしょうか」

「ご、ごめんなさい…余計なこと聞いちゃって…」

「構いませんよ。今は海里と、楽しくやってますから」


 六花の両親は、彼女を置いて外国へ行ってしまったという設定だった。でも、何となく自分のことを話しているような気がしてしまう。

 一応、会話は出来ているようなので、俺は次の目的のために、ウィンドウを開いていた。


「それじゃ、そろそろ行こうか」

「行くって、どこへですか?」

「知り合いに、メイドカフェで働いてる人が居てね。今日はシフトが入ってる筈だから、紹介するよ」

「メタバースで労働する意味って、何なんですか?」

「それは追々、説明するよ。地下街でイベントをやってるから、通り抜けられるな。ついでに見て行くか」

「コロニーに地下街があるんですか?」

「イベント専用のスペースだよ。店舗は全部、ダミーなんだ。外周部が二重構造になってるから、デッドスペースの有効活用だな」

「イベントスペースが丸ごと、地下街ですか。さすがにメタバースは、制限がありませんね」


 俺が手を差し出すと、ようやく詩音は尻尾を振って、その手を握った。そのまま三人で、地下街への階段を下りて行く。

 俺が先頭に立ち、詩音を誘導する。その後に、六花が続いていた。


「海里君、ありがとう」

「何が?」

「本当は六花さんと、話しがしてみたかったの。凄く嬉しい」

「グダグダ悩んでるよりも、意外と簡単だろ」


 地下街は母親の会社がある街の地下をモデルにしているから、何となく勝手は分かっている。そんな地下街の入口には、胸に画面があるレトロなデザインのロボットが注意を促していた。


「流れ弾が飛んでくるかもしれませんので、注意してくださいネ」


 流れ弾に当たったところで死んだりはしないが、触感フィードバックがオンになっていると、それなりに苦痛は感じる。イベントを見に行く野次馬には、それをオフにするよう警告しているのだ。しかし、あくまでも自己判断で、強制はしていない。

 現場の雰囲気をリアルに感じたい人も居るだろうし、五感の一つが失われてしまう方が苦痛の場合もある。どちらかと言えば、俺は後者の方だ。


「流れ弾って、どんなイベントなんですか」

「半獣の人外がうろついてるから、陸上自衛隊の人型兵器を操縦して、捕獲するんだってさ」

「海里の好きそうな、イベントですね。初めから、知ってたんじゃないですか?」

「さあ、どうかな。触感フィードバック、切っとけよ。当たったら痛いぞ」

「何ですか、それ?」


 俺は立ち止まって詩音の手を離すと、六花の背後に回った。ログインした状態でオフにするには、ウィンドウを開かなければならない。表示される位置は決まっているから、必然的にこの位置関係になる。

 二人羽織のように背後から六花のウィンドウを開くと、触感フィードバックをオフにした。ついでにイベントの進行状況を表示する。


「第二小隊が、まだ出撃してないな。第三区の方向だから、丁度いいか」

「詩音ちゃんが見ていますよ」

「ああ、ごめん。詩音は切ったか?」

「海里君は切るの嫌なんでしょう?私もVRインターフェース変えたばっかりだから、このままでいいよ」

「そうか、流れ弾に気をつけろよ」


 六花から離れて詩音に手を差し出すと、先程よりも激しく尻尾を振って、俺の手を握る。

 人見知りで口下手な詩音のために追加しておいた機能だが、本人の名誉のためにも、そろそろ狐のキャラクターは変えた方が良いかもしれない。



 第二小隊が出撃の準備をしているエリアへ近付くと、野次馬がちらほらと立っていた。その先には陸上自衛隊の人型兵器が四機ほど見える。

 中に人が入って動かす、いわゆるパワードスーツで、全高は三メートルほどある。現実でも地下街の天井高は三メートル以上という規定があるので、どこかに引っ掛かって動けなくなるようなことはない筈だ。

 それぞれが違う火器を持っていて、ライアットガンや対戦車ライフルなど、ミリタリー好きにはたまらないだろう。こんな物が地下街を動き回るのだから、現実では味わえないイベントだ。


「おっ、四五式人型兵器だ」

「自衛隊の型式って、西暦の下二桁ですよね。最近の兵器という設定なんですか?」

「いや、シャングリラの運用開始が2200年代だったかな。それよりは古いと思うけど」

「なるほど、二百年後なんですね」

「ちょっとは興味が湧いたか?」

「そうですね」

「来週は魔法少女が、悪の組織と戦うイベントがあるけど、参加してみるか?」

「結構です」


 野次馬に混ざってそんな会話をしていると、人型兵器の一機がスナイパーライフルを構えて、銃口をこっちへ向けた。明らかに俺を狙っている。

 咄嗟に俺は、詩音を押し倒して床に伏せた。と同時に人型兵器が発砲して爆音が鳴り響き、床に着弾して破片が飛び散る。

 野次馬が蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、どこか楽しそうだ。そういう演出だと思っているのだろう。

 しかし、エンブレムの付いた隊長機が、立ち塞がって防御に入った。隊長機は運営側の人物だから、参加者が危険な行為に及べば、身を呈して安全を確保するのも重要な仕事だ。


「六花!無事か?」

「大丈夫です。どうすればいいんですか?」

「姿勢を低くして、障害物を盾にしろ」

「分かりました」


 構わずに人型兵器は発砲を続けて、全弾が隊長機に当たっている。一発ごとに爆音が響き、装甲が破壊されて、パラパラと破片が降って来る。


「当たったら、痛いじゃ済まないな」

「海里君、これって変だよ。ハプニングじゃないよ」

「詩音、緊急通報を頼む」


 シャングリラで起きていることは、会社でモニターされている。異常事態が起きた時に、それを知らせるためのシステムだ。

 詩音の上に俺が覆い被さっているので、彼女のウィンドウは俺の頭の後ろに開く。ハグを横に倒したような姿勢で詩音がウィンドウを操作すると、すぐに全ての人型兵器が停止した。

 俺は立ち上がって、発砲して来た人型兵器に駆け寄り、緊急開放装置のレバーを引いた。パイロットが気を失った時に、外部からハッチを開けるための装置だ。

 プシュッと圧縮空気の音がして、人型兵器のハッチが開いた。しかし、そこには誰も乗っていない。


「くそっ、ログアウトしたか」


 ユーザーがログアウトする時は、エフェクトが掛かって、それなりの演出がある。

 デフォルトでは光の輪が上から下へ動いてアバターが消えて行くのだが、そんな効果も人型兵器の中では、誰も見てくれなかっただろう。

 六花と詩音も人型兵器が動かなくなったことを確認して、周囲を見ながら俺の所までやって来た。


「どう考えても、イレギュラーなことが起きてましたよね」

「これに乗ってた奴が、俺を狙って撃って来たんだ」

「例の犯人でしょうか。海里が、ここへ来ることを予測できるんですか?」

「ユーザーIDを知っていれば、どこに居るかは検索できるよ。プロフィールも公開してるから、こういうイベントが好きなのも分かってるんだろ」

「逆にイベントの記録から、犯人を追跡できないんでしょうか?」

「計画的な犯行なら、もうアカウントは削除してるだろう。また別のアカウントを作れば、宇宙港からスタートだな」

「では、犯人は海里のユーザーIDを知っている人ということで、そちらの方から探してみますか?」

「詩音が知ってるけど、撃たれた時に俺の横に居たから、除外してもいいだろう。他にも何人か居るけど、一人ずつ当たってみるか?」

「ちょ、ちょっと待って」


 事情が分からずに黙って聞いていた詩音が、悲痛な声を上げた。


「海里君が狙われてたの?危ないことに巻き込まれてるの?」


 もう、泣きそうな勢いで聞いて来る。ゲームをやっていた頃は、危ない目に遭うのも日常茶飯事だった。でも、それとは大きく事情が異なっている。

 誰もが平等な世界を目指して作られたシャングリラで、他人を攻撃するような行為は望ましくないことだ。


「まだ、運用が始まったばかりだからな。システムがアップデートされて行けば、今よりもっと平等な世界になるよ」

「やだよ…海里君は恨まれるような人じゃないのに、どうして危ないことに巻き込まれなきゃいけないの…」


 アバターは食事や排泄、病気以外の人間の生理現象は、ほぼ網羅している。それどころか、詩音のケモミミや尻尾のように、人間にはない部分まで表現できてしまうほどだ。

 詩音は両手で自分の顔を覆い、小刻みに肩を震わせている。そんな彼女の頭を俺は、先程の六花のように撫でていた。


「今日はもう、メイドカフェはやめとくか。そんな気分じゃないしな」

「そうですね。火に油を注ぐようなものですから」

「え…?」

「後で、ゆっくり説明します」


 半壊して床に倒れていた隊長機が、自力でハッチを開けて、中からパイロットが出て来た。


「大丈夫でしたか?」

「はい、大丈夫です」


 それから残り三機の内、まだパイロットが脱出していない二機のハッチを、順番に開けて行った。


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