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第22話 新天地へ

 午前中の授業が終わり、昼休みになると例の如く松崎さんが、後ろ手に何かを持って俺の所までやって来た。

 彼女が何だかんだと理由を付けて、弁当を持って来るのは、一週間ぶりだろうか。俺と六花が学校をサボって、白石先生の奥さんや卓也君に会っていた日と重なって、タイミングを逃してしまったのかもしれない。


「仁藤君に、お弁当作って来たんだけど食べてくれる?」


 差し出された弁当を見て、今日はストレートだなと思った。以前に自分の分と二つ用意していたから、もう適当なことを言うのはやめたのだろうか。

 素直に俺のために持って来たと言えば、受け取る方も気が楽だ。断ってしまえば、弁当の行き先が無くなる。


「俺のために、作ってくれたんだ」

「恩に着せようとか、気を引こうとか、そんなつもりじゃないからね。仁藤君には、いくつも借りが出来たから、少しずつ返して行きたいなと思って」

「まあ、そういうことなら」


 俺が弁当を受け取ると、松崎さんの表情がパッと明るくなる。


「俺も松崎さんに、渡しておきたい物があるんだ」

「え、何?」


 またクッキーでも貰えると思ったのか、松崎さんは笑顔で手を出す準備をしている。でも、俺は自分の鞄からタブレットを取り出していた。


「今週末から『エデン』の営業が始まるから、オープニングの記念式典があるんだ」

「エデンって、あのシャングリラと対になってる、スペースコロニーだよね」

「そう。シャングリラにはないスタジアムやアリーナも建設されてて、記念式典には有名なバンドもライブをやるんだよ」

「でも、私はログイン出来ないから…」

「VRインターフェースを持っていない人のために、式典の生中継をやるんだ。DNAチップほどセキュリティが厳重ではないけど、本人確認は求められるからな。俺のIDが入ってるタブレットなら、中継を見られるから」

「えっ!私が使ってもいいの?」


 松崎さんが驚くのも無理はない。IDの入ったタブレットを渡すということは、自分の家の鍵を他人に渡すようなものだ。

 家の鍵を渡されて盗みに入るほど、松崎さんが悪意のある人だとは思っていなかった。


「余計なお世話かもしれないけど、俺と六花と詩音と、他にも何人かで式典には参加するつもりだから、共通の話題があってもいいかなと思って」

「余計なお世話じゃないよ。凄く嬉しい」

「ただし、中継が終わったら返してくれよ。大事なソフトが入ってるからな」


 俺がタブレットを差し出すと、松崎さんはそれを両手で受け取り、胸の前で大事そうに抱えている。


「ありがとう…また、仁藤君に借りが出来ちゃったね」

「弁当の、お礼だよ」

「うん…じゃ…」


 やはり自分の弁当が別にあるのか、松崎さんはタブレットを両手で持ったまま、自分の席へと戻って行く。

 俺はランチョンマットを開いて、二段に別れた弁当箱を開けていた。すると、隣りの席から一部始終を見ていた六花の、少し呆れたような声が聞こえて来る。


「白石先生に対する対応との違いは、何なんでしょうか」


 母親と言うか、会社としての対応なのだが、白石先生は既に暴力事件で書類送検されていることもあり、脅迫状については警備を強化するなどの対策に掛かった費用を民事訴訟で請求するにとどまっている。

 迷惑行為に対する訴訟と同じで、模倣する者が現れないよう、見せしめのためにやっていることだ。いずれは会社側が、訴訟を取り下げるだろう。

 その白石先生だが、自主的に退職してしまった。その理由については知る由もないが、まだ教育者としての道が絶たれた訳ではないだろう。


「責任の取り方も平等にするべきだとは、俺は思わないよ。平和も平等も、タダじゃないってことかな」

「私には、よく分からない話しですね」


 六花の方を見ると、それほど機嫌は悪くないようだった。変に口出しをしないのが、彼女の賢いところだろうか。


「私は学食へ行って来ますから、ごゆっくりどうぞ」


 まだ、ボディーガードとしての役割りは継続中だが、もう俺が襲われることもないだろう。

 六花は席を立つと、ゆっくりと教室を出て行った。



 学校が終わってから、真っ直ぐに自宅へと帰った。俺と六花がドアを開けて中へ入ると、物音を聞き付けたのか、リビングの方からパタパタとスリッパの音を響かせて、七瀬がやって来た。

 まだセーラー服を着たままで、少し興奮気味の七瀬と廊下の真ん中で鉢合わせをしていた。


「来たよ!来たよ!」


 そう言って見せられたのは、家庭裁判所からの封書だ。母親と一緒に養子縁組の件で家庭裁判所へ行って依頼、七瀬は郵便受けを毎日、覗いている。待ち侘びていた割には、まだ封が切られていない。


「お兄ちゃんと一緒に見たくて」


 そう言って差し出された封書を、俺は手に取った。外側に送り主が印刷されているのが、お役所関連の封筒の特徴だ。


「俺が開けても、いいのか?」


 コクコクと七瀬は、何度も頷く。

 中の書類を傷付けないように片側に寄せてから、指先で切り取るようにして封を開けた。そして、書類を取り出して内容を確認してから、七瀬の方へ向けて見せる。


「今日から正式に、仁藤七瀬だな」

「お兄ちゃぁぁん!」


 俺達が帰るまで待っていた分だけ、余計に感激が増したのか、七瀬は俺の体に抱きついた。


「約束だったよね。妹にしてくれたら、私の初めてをあげるって…」


 すっかり忘れていたが、それが七瀬にとっての等価交換なんだろう。そこから、教育し直さないといけない。


「約束した覚えはないぞ。七瀬が勝手に、そう言っただけだろう。俺にとって何が一番幸せなのか、よく考えてみろよ」

「私が居るだけで、お兄ちゃんは幸せなの?」

「父さんが死んでから、母さんとも上手く意思疎通が出来なくて、俺が一人暮らしをしてたのも、母さんのためにやってるっていう自己満足だったんだ。だから、母さんの方も勝手にボディーガードを雇ったんだろうな。でも、やっぱり母さんの方が正しかったよ。俺が一番欲しかったものを、ちゃんと分かってくれてたんだ」

「うん…」


 さすがに、もう俺の胸に顔を押し付けて泣いたりはしていない。それでも、俺の体にギュッとしがみついている。そんな七瀬の頭を六花が後ろから、そっと撫でていた。



 その日の夜、母親は顧問弁護士を連れて自宅へ帰って来た。顧問弁護士の存在は知っていたが、俺が実際に会うのは初めてだ。

 黒いスーツを着て眼鏡を掛けた女性で、母親の隣りでソファーに座っている。リビングに集められた俺達には、妙に緊張感が漂っていた。ただし、七瀬だけは養子縁組の件で会ったことがあるらしく、ダラダラとソファーで寛いでいる。


「それでは、新規の契約について説明します」


 そう言って弁護士の女性は、黒いビジネスバッグの中から、書類を取り出し手に待っている。


「ガーディアン・レディースとの契約は六ヶ月間であり、現在も継続中です。仁藤氏は小泉六花さんのことを高く評価しており、契約満了後は六花さんと個人的に、引き続き期限を設けないボディーガードの契約を結びたいとのことです」

「私と個人的にですか…?」


 思ってもいなかった申し出に、六花は目を見開いてソファーから身を乗り出している。


「学校へも引き続き、通って頂きます。海里君が大学へ進学した際には、同様に進学して頂くことを希望しますが、強制ではありません。本人の意思を尊重します。学費も当方で負担しますが、これは奨学金だと思ってください。ボディーガードとして支払われる給料や、将来的な収入の中から返済して頂きます。尚、どちらかが破棄しない限り、この契約は継続されるものとします」


 そして、弁護士が言ったことを補足するように、母親が口を開いた。


「海里は女の子と間違えられるくらい、華奢で軟弱なのに、やることは無謀だからね。正直に言って、将来は人の上に立てるような器じゃないと思ってたんだよ。でも、六花ちゃんが居てくれたお陰で、この子は自分の意思を貫くことが出来たんだ。これからも海里のことを、助けてやってほしいね。それに…」


 母親は俺の方をチラッと見てから、話しを続ける。


「土下座なんかされたら、海里の小遣いを減らしてでも何とかしてあげないとね」

「土下座したんですか?」


 目を見開いたまま俺の方を見る六花に対して、俺は不敵な笑みを浮べた。


「ふふっ、六花に見せられなくて、残念だったな。俺の土下座」

「全然、格好良くないですよ。でも、凄く嬉しいです…」


 そう言ってから六花は立ち上がると、ソファーを避けて絨毯の上に正座した。そのまま両手をついて、深々と頭を下げる。いわゆる、土下座だ。


「六花?」

「お母様のお心遣い、感謝します。謹んで契約を、お受けします」


 俺だけに土下座をさせる訳には行かなかったのだろう。そんなところも、母親からの信頼を得た所以(ゆえん)だと思う。


「今の契約が満了すれば、ご両親の収入源はなくなるんだよ。それで、いいんだね」

「それは私が、この契約を断っても結果は同じです。私は私の道を行きたいと思います」

「それじゃあ、顔を上げて契約書にサインをしてもらおうかね」


 ようやく顔を上げた六花は、元の位置に戻ると弁護士に書類とペンを渡され、そこにサインをした。

 弁護士は書類とペンを受け取り、サインを確認してから黒いビジネスバッグの中へと仕舞った。


「契約を破棄したい場合には、いつでも申し出てください。当方は本人の意思を尊重しますので」

「はい、分かりました」

「それでは、私はこれで失礼させて頂きます」


 弁護士が立ち上がると、それに合わせて他の全員も立ち上がった。一礼の後に玄関で送り出すつもりなのか、母親も弁護士と一緒にリビングを出て行った。


「六花タン、良かったねぇ。また義理の姉妹になれるじゃ〜ん」


 ヘラヘラと笑いながら、そんなことを言う七瀬に対して六花は、


「海里は誰にでも、優しい人ですからね。心変わりをしなければの話しですけど」


 そう答えた。


「あれぇ、否定はしないんだぁ」


 それについては、六花は少し照れ臭そうにしただけで返事はしなかった。


 * * *


 前回、俺と六花がシャングリラをログアウトするのに、わざわざセントラルパークまで戻ったのは、七瀬のためでもある。

 次は三人一緒にシャングリラへと行くつもりだったから、七瀬だけが別の場所へログインすると、余計な心配が一つ増えてしまう。

 六花と七瀬が同時にログインするのは初めてのことだから、二人はお互いの姿を見て感心する。特に六花の普段の姿からは想像できないロリータファッションに、七瀬は大喜びだ。


「六花タン、ちょ〜可愛いんだけどぉ!リアルでも、着ればいいのにぃ」

「リアルでは、批判的な意見も聞こえて来ますからね。シャングリラが、誰もが平等な世界というのも分かるような気がします」

「何、真面目に答えてるのぉ…」


 そこへ、詩音も合流した。彼女は場数を踏んでいるから、前回にログアウトする時に場所を選んでいる。初めから噴水広場へログインしたのはさすがだ。

 ログインする時のエフェクトはログアウトとは逆で、光の輪が地面から現れ上昇して行く。上昇と共に、下からアバターの姿が現れて来るのだ。

 光の輪が頭上で消えると、そこに居る詩音のアバターは、もう狐ではなかった。

 ストリートファッションで、ダボッとしたトレーナーにダメージジーンズを履いている。髪にはメッシュを入れて、メイクもストリート系だ。こちらも普段の詩音からは、想像できない姿だ。

 俺達が居た場所の近くへログインしたので、すぐに詩音とは合流することが出来た。


「海里君が作ってくれた新しいアバターだけど、どうかな…?」


 ラフな出で立ちとは裏腹に、照れ臭そうに詩音が聞いて来る。

 本来は詩音のために作った、パンクの少女のアバターが懇親の力作だっただけに、別のイメージが沸かなくて、新しいアバターを作るのは大変だった。

 それでも、詩音が自分の魅力に気付いてほしいというコンセプトは少しも変わっていない。

決して現実では有り得ない姿だとは、俺は思っていない。


「詩音ちゃん、モフモフも可愛かったけど、こっちの方が絶対に可愛いよ」

「あ、ありがとう…」


 もう尻尾がないから、露骨に感情が表に出ることはない。でも、その表情で喜んでいることは伝わって来る。

 そしてもう一人、噴水広場に集まっている俺達を見付けて、軽く手を振りながら、こちらへやって来る女性の姿があった。


「誰ですか?」

「そう言えば、六花はユキさんのアバターとは会ったことなかったな」

「えっ、あのユキさんですか…」


 メイドの衣装とロリータは似通った部分がある。だから、カチューシャとエプロンを外しただけで、変更は二割以内に収まっている。そんな衣装で普通に街を歩けるのも、仮想空間ならではだろう。


「海里君、誘ってくれて、ありがとう。記念式典のライブって凄い競争率なのに、よく手に入ったね」

「ちょっとした、コネがあるからね。全員揃ったから、シャトルが混まない内にエデンへ行こうか」


 シャングリラとエデンの間には、直接繋がる通路がないために、シャトルでのピストン輸送となる。とは言え、新規加入のユーザーは、エデンの方からスタートすることも可能だ。

 記念式典のライブ見たさに、急激にユーザー登録が増えたと聞いているから、混み合うシャトルで既存のユーザーがパニックになるということもないだろう。ユーザー数とその位置関係をシステムが把握しているのも、仮想空間ならではだ。


 俺が手を差し出すと、六花がその手をギュッと握った。差し出された手が自分に対してでないことに、ちょっとだけ詩音は淋しそうな表情をしていた。

 エデンへと向かうシャトルに乗るために、俺達は高速エレベーターへと歩き出した。


「エデンって、どんな所なんですか?」

「さあ、実は俺もよく知らないんだ。新天地だからな」

「海里なら、どこでも上手くやって行けますよ。また、無謀なことをしなければの話しですけど」

「ああ、そうだな。六花が居れば、何とかなるよ」


 詩音と七瀬、そしてユキさんからの視線を浴びながら、俺と六花は手を取り合って新天地へと向かって行った。



(了)


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