第20話 同じ轍を踏まないように
俺と六花がシャングリラへやって来たのは、平日の午前中だった。詩音を誘うかどうか迷ったが、つい先日も俺に付き合って学校をサボったばかりだ。
せっかく、詩音の両親からは厚い信頼を得ているのに、また今日もサボらせたら、悪い友達と付き合っていると思われ兼ねない。だから、体調が悪いから学校を休むと、メッセージを送っておいた。
七瀬を学校へ送り出した後に、俺と六花はメタバースへログインした。前回に俺がログアウトした時は七瀬と一緒だったから、今回のスタート地点は六花とは別の場所になってしまった。
本体は同じ家の中に居るのに、シャングリラでは待ち合わせをしなくてはならないのが、ちょっと面倒だ。
セントラルパークで俺と六花が合流すると、リニアモーターカーに乗って、第十二区までやって来た。
この辺りは住宅街で、高い建物は殆どない。環境に配慮すべき場所として、風俗店やパチンコ店などが出店できないのは現実と同じだ。教育関連のNPO法人があるとすれば、こういう場所になるのは必然だろう。
家屋も居住権を得て実際に住むことは可能だし、家具や装飾品などのインテリアは、注文すれば無償で配達される。
自分の部屋を作って楽しみたい人には人気だが、シャングリラ自体がまだ営業を開始してから月日がそれほど経っていないので、まだまだ空き家が多いようだ。
「俺もこの辺りに、家を一軒買ってみようかな。シャングリラで一国一城の主ってのも、悪くはないかもな」
「私と七瀬の部屋も、用意してくれるんですか?」
「そう言われてみると、リアルとあんまり変わらないような気もするな。意味ないか」
「中学生の女の子に押し倒されて、胸の谷間を見ているようでは、一国一城の主になんてなれませんよ」
六花が辛辣なのは、今に始まったことではない。ただ、どうも以前とは論点が変わっているような気がする。
「谷間って言うほど、高低差はなかったけどな」
「海里には七瀬のブラも、私のミニスカートも、街中の風景と変わりないんでしょうね」
「人間の魅力って、そういことじゃないと思うんだけどな」
「それでは具体的に、海里は何を魅力だと感じるんでしょうか?」
「女性が男性に守ってもらいたいとか、頼りにしてるとかって、あんまり好きじゃないんだ。自分が軟弱なせいもあるんだろうけどな。だから、詩音とは馬が合ったんだよ。あいつは人見知りだけど、常に俺とは対等でいたいと頑張ってたからな」
「初めて聞きました…」
「俺がそんなことを言っても、軟弱な男の負け惜しみにしか聞こえないだろう。でも、六花なら分かってくれるって思ったんだよ」
「そうですね。私は男性に守ってもらいたいとは、思っていませんから」
「男に左右されない女性って、魅力的だと思うよ」
「面と向かって言われると、恥ずかしいものですね…」
路線バスが走る幹線道路から一本、路地へ入ると公民館のような建物が見えた。スマホを片手に歩かなくても、目的地をセットすればガイドに従うだけなのもメタバースのメリットだろう。
この建物が丸ごと、未来子供支援センターだということだ。ワルハラの経営方針については、俺はあまり詳しくはないのだが、NPO法人からは家賃を取っていないらしい。
仮想空間で家賃というのも、おかしな話しかもしれない。ただ、全国どこからでもログインさえすれば行くことが出来るシャングリラは、営利目的の企業にとっても旨味が大きいようだ。そういった企業からの収益も、シャングリラの運営に貢献しているということだ。
事前に話しを通していたこともあり、NPO法人の代表が時間を合わせてログインしてくれていた。本人を、そのままスキャンしたのだろうか。中年女性で、優しそうな感じのアバターだ。
「主に小学生の登校拒否児童を中心に、参加してもらっています。教員の資格を持った者も在籍しておりますので、勉強が遅れないような配慮もしているんですよ」
代表の女性は廊下を歩きながら、教室のような場所へ案内してくれる。
さすがに俺が社長の息子だとは言っていないが、ワルハラの運営からの紹介だということになっている。それを聞いて代表は、査察が来ると思ったかもしれない。無償でこの場所を提供してもらっているだけに、少しは焦っただろうか。
でも、実際に訪れたのは高校生のアバターだったから、いくらか安心はしたと思う。
「メタバースで、登校拒否児童の支援をする意味って何なんですか?」
歩きながら、俺が質問した。
「私どもは、現実にも同じような施設を運営しております。ですが、人と接することが苦手な児童にとって、公共の交通機関を使って毎日同じ場所へ通うというのは、ハードルが高いんですよ。ですから、まずはこういった環境に慣れてもらうということで、当方で購入したVRインターフェースを貸し出しているんです」
「それで、効果はあるんですか?」
「人それぞれ、としか言えませんね。確実に現実の世界へと、ステップアップした子は居ますよ。ただし、メタバースから抜け出せない児童が居ることも確かです。それでも、自宅へ引きこもっているよりは良いと私どもは考えているのですが、それらの児童の父兄からは、批判的な意見も頂いているのが現状なんです」
「なるほどね…」
学校の教室のように廊下との間に窓があり、そのいくつかが開いていた。そこでは一人の教員を取り囲むようにして机が配置され、五人程度の児童が教科書を開いて勉強をしている。
「一番、奥の席の子が白石卓也君ですよ」
どの児童も本人をスキャンして、そのまま使っているアバターだろう。VRインターフェースを貸し出しているくらいだから、それくらいの技術はあるようだ。
「今、何の授業をしてるんですか?」
「今は国語のお勉強ですね」
「ああ…俺は理系だからな…」
そう言って俺は、六花の方へ視線を送る。俺が授業に加わると専門用語を使いがちで、子供には嫌厭されそうなことは自分でも分かっていた。
「分かりました。私が行って来ますから、頃合いを見計らって海里にも声を掛けます」
「代表。彼女も一緒に勉強させてもらってもいいですか?」
「ええ、勿論ですよ。教員に声を掛けて来ますから、ちょっと待っててくださいね」
そう言って代表は教室の中へ入ると、教員に耳打ちをした。その教員は、こちらを確認してから児童達に声を掛ける。
「みんな、今日は一緒に勉強をしたいって言うお姉さんが来てるから、呼んでもいいかな」
「はーい」
満場一致で同意を得ると、教員に手招きをされて、六花が児童達の輪の中へ入って行く。
「六花って言います。よろしくね」
「すげー、ちょーきれーじゃん」
「オリジナルのアバターだよ」
「あそこに居る、お兄さんが作ってくれたんですよ」
「すげー、コンピューターに詳しい人だ」
とても毎日、同じ場所へ通うことが苦手な子供達とは思えないようなリアクションだ。やはり、登校拒否児童に対してメタバースは、ある程度の効果はあるのだろうか。
机と椅子はいくらでも余っているようなので、六花もそれを運んで来て、皆と一緒に机を並べた。
そして、俺も教室の中へ入ると、代表と共に授業参観のように、片隅でそんな様子を眺めていた。
二十分ほどで授業が終わると、すぐには解散せずに教員が気を利かせてくれた。
「それじゃあ、お姉さんから質問があるから、みんな答えてくれるかな」
「はーい」
教員が俺達の目的を知っている訳ではない。ただ、名指しで話しを聞きたい児童が居ると言って訪れているのだから、何らかの事情があることは察してくれているだろう。
「じゃあ、みんなの、お父さんのお仕事を教えてもらってもいいですか?」
「銀行員です」
「うちは普通のサラリーマン」
「うちもそう」
そして、一番最後に答えたのが、白石卓也君だ。
「うちは、高校の先生だよ」
やはり、間違いなさそうだ。担任の白石先生が、メタバースで登校拒否児童の支援をすることに、批判的な父兄ということか。
「卓也君のお父さんって、学校の先生なんだ。それなら、勉強を教えてもらえるね」
「うーん、でも今は一緒に住んでないから」
「今は、お母さんと一緒に住んでるの?」
「うん、でも、たまにお父さんはうちへ来るよ。お母さんと喧嘩ばっかりしてるから、本当は嫌なんだけど」
登校拒否の原因は、それなんじゃないかという気がする。自分のことを棚に上げて、メタバースを批判したり、脅迫状を送ったりするのは筋違いではないだろうか。
「お兄さんも、何か聞きたいことはある?」
六花が俺の方を見ながら、そう言った。
「お父さんが家に来た時に、パソコンとか弄ってなかったかな。あと、プリンターで何かをプリントしてたとか」
「うん、うちにあるノートパソコンで、ずっと何かやってる日があった。プリンターはうちにはないから、近くのコンビニで出すとか言ってたけど」
コンビニのプリントサービスで出力したのなら、そちらで証拠を探すのは絶望的だ。あるとすれば、パソコンの方だろう。
白石先生は警察から事情聴取を受けて、暴力行為の指示については、雇った者が勝手にやったことだと主張したらしい。
実行犯がそんなことを口走ったのを俺も聞いているから多分、本当のことだろう。しかし、実際に暴力を振るってしまったのだから、雇った側も同罪だ。そんなことで、言い逃れは出来ない。
脅迫状については証拠が見付かっていないので、罪を問われているのは暴力行為の指示だけだ。現在は書類送検をされて自由の身だが、学校側としては謹慎処分中らしい。
恐らく、別居中の奥さんの自宅にあるパソコンで、脅迫状を作ったのだろう。警察にはそれが分かっていたとしても、家宅捜索をするほど材料は揃っていない。
俺はウィンドウを開いて、六花にメッセージを送った。六花の目の前にもウィンドウが開いて、俺が送ったメッセージが流れる。
シャングリラのウィンドウは他人からでも見えるのだが、薄っぺらい板のような物なので、見える範囲は限られている。
『卓也君から、住所か連絡先を聞き出してくれないか』
『そんなことをしなくても、エージェントは個人情報を見られるので、問い合わせれば良いだけじゃないですか?』
『お宅へお邪魔するには、きちんと段取りを踏まないと、勝手に個人情報を見てやって来られても、怖いだけだろう。そうやって手段を誤ると、取り返しのつかないことになるからな』
『分かりました。多少は時間が掛かると思うので、その辺で休んでてください』
『よろしく頼むよ』
ウィンドウを閉じると、六花は児童達に明るい口調で声を掛ける。
「私ね、小さい頃から極真空手をやってるんだけど、見たくない?」
「えー!得意技は?」
「踵落とし」
「やって!やって!」
一瞬で六花は児童の心を掴んだようなので、俺は安心して代表に声を掛ける。
「長くなりそうなので、その辺で休んでてもいいですか?」
「勿論ですよ。休憩室もありますから、こちらへどうぞ」
現実にあるものは大概、シャングリラにもあると言った覚えはあるのだが、仮想空間にも休憩室があるんだなと思った。
子供達に囲まれている六花を尻目に、俺は代表と共に教室を出て行った。
俺と六花はシャングリラからログアウトするために、セントラルパークへと向かっていた。
ログアウト自体はどこでも出来るのだが、次回にログインした時に、その場所からのスタートになってしまう。セントラルパークからスタートするのが一番、交通の便が良いからだ。
「子供から自宅と連絡先を聞き出すのは、大変でしたよ」
「そうか?楽しそうに見えたけどな」
「楽しくないとは言っていません。ただ、大変だっただけです」
「踵落としで脚を振り上げた時に、思い切り覗かれてたからな」
「そうですよ。このヒモパンも、海里の趣味なんですか?」
「いや、六花の衣装は全部、詩音から送られて来た資料が元になってるんだ。ロリータには、ヒモパンがお決まりだとか言ってな。せっかく苦労して作ったんだから、見てくれる人が居て良かったよ」
「全然、嬉しくないですけど…」
数分、待っただけでリニアモーターカーが駅に到着し、俺達は先頭車両に乗り込んだ。
現実で歩きスマホがマナー違反なように、シャングリラでも歩きながらウィンドウを開くのは、マナーが悪いとされている。だから、座席に座ってから俺はウィンドウを開いた。
「リアルではもう、昼を過ぎてるな。卓也君の自宅へ行く前に、どこかで昼食を取らないとな」
「私には、ご褒美は何がいいか聞かないんですか?」
「え?」
「卓也君の自宅へ行く約束まで取り付けたんですよ。ご褒美は何がいいか、聞かれても良さそうなものじゃないですか」
「それもそうだな。ご褒美は何がいい?」
「お母様の、本当の姪になりたいです」
「分かった。母さんに相談してみるよ」
「真に受けたんですか?七瀬の真似をして、言ってみただけなんですけど」
「六花が居なかったら今頃、俺は大変なことになってたと思うよ。それは母さんも分かってる筈だけど、脅迫状の件を解決しないことには、次のステップへ進めないからな。いざとなったら、母さんの前で土下座して、額を床に擦り付けてでも何とかするから」
「全然、格好良くないですね。でも、嬉しいです」
すぐにセントラルパークの駅に到着して、先に六花が車両を降りた。ホームに立った六花は、ニコッと微笑んで俺に片手を差し出した。
俺がパンクの少女のアバターを使った時にも六花とは手を繋いでいたが、今度は俺自身のアバターだ。
俺は六花の手を握ると、その手の温もりを感じながら、二人で並んでセントラルパークへ向かって歩いて行った。




