第19話 どちらが折れるか
俺と六花は、駅まで松崎さんを迎えに行った。彼女は一旦、自宅へ戻ってから修理を終えたゲーム機を持って、俺達と合流する予定だった。
どうやら松崎さんは、詩音と対戦する覚悟が出来たらしい。わざわざ彼女の家まで行ってモニターを使わせてもらうのに、詩音を差し置いて俺と二人でゲームを楽しむなんて、そんな失礼なことは出来ないだろう。
松崎さんが見付けて来たという、レトロな家庭用のゲーム機を、俺は待ち切れない子供のように、自分でバッグを持って中を覗いていた。
本体だけあってもゲームは出来ないのだが、その辺はきちんと分かっているようだ。何種類かのゲームが、経年劣化したパッケージと一緒に入っている。
「凄いな、あの館長。こんなの修理できるのか」
「私には海里も大差ないように思えますけど、何が違うんですか?」
六花は俺が外部記憶装置にパーツを取り付けるところを見ていたから、そのことを言っているのだろう。
「修理をするには、壊れた部品を新しいのと交換しなきゃいけないだろう。でも、レトロな機械だと新品の部品は、もう手に入らないんだ。だから、同じ製品から使える部品を外して使ったりするんだよ」
「え、じゃあ館長は、同じゲーム機を探して修理してくれたってこと?」
レトロ・ミュージアムへ行った時と同じように、松崎さんは俺と六花の後ろを歩いている。彼女が驚いたように声を発したので、俺と六花は振り返った。
「あの人は古い物を、色々と修理してるからな。汎用性の高い部品なら、同じ商品じゃなくても使われてる可能性は高いし」
「また今度、会った時に改めてお礼を言わなきゃ」
「そうだな。菓子折りくらいは、持って行った方がいいかもな」
その後は暫く静かに歩いていたが、住宅街に差し掛かると、今度は松崎さんの溜め息が後ろから聞こえて来た。
「三崎さんの家まで、あとどれくらい…?」
「十分くらいかな」
「十分ね…ふぅ…」
イベントの時に、あれだけ詩音に罵られたのだから、緊張するのも無理はない。それでも彼女の自宅へ行くのは、自分の方が悪いという自覚があるからだろうか。
「詩音は遠慮し過ぎるから誤解されがちだけど、相手を拒んでる訳じゃないよ。昔ほど人見知りじゃなくなったから、まあ何とかなると思うよ」
「仁藤君は、どうなったらいいと思ってるの?」
「俺はどちらか一方の味方にはなりたくないから、当人同士で上手くやってくれると有り難いんだけどね」
「そうだよね…」
詩音の家に到着すると、俺がチャイムを鳴らした。玄関のドアを開けて出て来た詩音は、既に私服に着替えている。俺と六花、そして松崎さんは時間的に余裕がなかったので、制服のままだ。
詩音は俺の顔を見て、パッと表情が明るくななった。しかし、後ろに居る松崎さんの顔を見て、またすぐに表情が元に戻る。尻尾がなくても、充分に分かりやすい。
「七瀬ちゃんは?」
「ああ、養子縁組の手続きで、母さんと一緒に家庭裁判所へ行ってるんだ」
「そう。じゃあ、海里君の妹になるのも時間の問題だね」
「もう既に、お兄ちゃんって呼ばれてるけどな」
家の中へ入ると、脇目も振らずにリビングへと行く。家庭用ゲーム機は俺が持っていたので、そのままセッティングを始めた。
HDMI端子には、既にブルーレイのプレイヤーが接続してある。ただ、この時代のモニターは入力端子が二つあるのが一般的なので、空いている方の端子へゲーム機を接続した。
詩音だけがその作業を近くで見ていて、あとの二人は俺が作業をしているのに、ソファーに座って良いものか戸惑っている様子だ。
接続が終わると、いくつかあるゲームの中から、俺は3D対戦格闘ゲームを選んで、メモリチップをゲーム機にセットする。そして、電源を入れると、ゲームの初期画面がモニターに映し出された。
「凄いな、マジで動いてるよ」
「このゲーム機、そんなに古いの?」
「ゲーム自体は、資料映像で見たことあるんだけどな。実際に動いてるのを見るのは初めてだ」
「へえ、そうなんだ。海里君がレトロなゲームを好きなのを知って、よっぽど探し回ったんだね」
俺が松崎さんの方を見ると、照れ臭そうに視線を逸らす。たまたま見付けるようなゲーム機でないことは詩音ですら察しているのに、俺がそのことを知らないとでも思っていたのだろうか。
俺はモニターの前で胡座をかいて、動作確認だけをしたら、コントローラーを詩音へ渡した。詩音もレトロ・ミュージアムへ連れて行ったことがあるので、レトロなゲームはやったことがある筈だ。
その後、詩音がレトロ・ミュージアムへ行ったかどうか知らないが、俺が興味のあることには、とにかく対等に話しが出来るようにと頑張る子だ。その行き着く先が、あのアバターの本体を逆噴射させる必殺技だ。
二人で対戦が出来るゲームなので、俺は立ち上がって、ソファーの所でボーっと見ていた松崎さんに声を掛ける。
「松崎さんが、見付けて来たんだからな。最初に詩音と対戦させてあげるよ」
「え…マジで…」
松崎さんは恐る恐る、詩音の隣りまで行って絨毯の上に座ると、もう一つのコントローラーを手に取った。そんな様子を見ながら俺がソファーに腰を下ろすと、今迄立っていた六花もようやくその隣りへ座る。
「血の雨が見たいんですか?」
「それは、例え話だからな。実際にそんな物が降ったら、生臭いだろうしな」
「当たり前です!」
二人共、無言のままゲームをスタートさせて、対戦格闘が始まる。松崎さんもレトロ・ミュージアムで、この種のゲームはある程度やり込んでいると思う。でも、まるで詩音には歯が立たない。
勝負の決着がつくと、無言で詩音が再びスタートさせて、最初からゲームが始まる。そんなことを延々と繰り返していた。
そして、先に口を開いたのは、詩音の方だ。
「あの…松崎さん…ごめんね…」
「えっ?」
何を謝られているのか理解できない松崎さんは、手を止めて詩音の方を見る。しかし、詩音はモニターを見詰めたままだ。
「イベントの時、酷いこと言って、ごめんね…あの時、頭に血が上ってたから」
「そ、そんな。悪いのは私の方なのに」
「あの後、吐いてたでしょう…そこまでしなくても良かったのに…本当に、ごめんなさい…」
「あの…えーと、全然、大丈夫…でも、ないか。ちょっと…っていうか、まあまあ汚れたけど…」
「それじゃ、海里君と代わるね」
詩音はコントローラーを置いて、スッと立ち上がるとソファーの所までやって来た。代わりに俺が立ち上がって、先程まで詩音が居た場所に座る。
松崎さんはきっと、詩音から罵詈雑言を言われると思っていただろう。それでも自分が悪いと分かっているから、じっと絶えてあとは水に流してほしかったのかもしれない。それが、逆に謝られて、違う意味で落ち込んでいる様子だ。
「私って、嫌な人間だわ…」
「誰もが平等な世界を見たくて、俺も詩音もVRMMOからメタバースへ舞台を移したからな。松崎さんもあと三年、我慢すればまたシャングリラに復帰できるよ。その頃には、エデンも営業を開始してるから、賑わってるぞ」
「うん…それまで、レトロなゲームで三崎さんに勝てるよう、頑張るよ」
その詩音にゲームで勝とうなんて、十年早い。と言いたいたころだが、詩音だって初めからゲームが強かった訳ではない。
俺は何も期待していないのに、肩を並べようと自ら努力した結果だ。挙句の果てに、ゲームの実力では俺を追い越してしまった。
ゲームに強くなることが良いことか悪いことかはさて置き、松崎さんには出来ないとは言い切れないだろう。
「せっかく、ゲーム機を修理してもらったんだから頑張ってくれよ。毎回、ここへ来るのも何だから、もっとお手軽なモニターを俺も探しとくから」
「うん、ありがとう」
俺がゲームをスタートさせると、松崎さんとの対戦が始まった。散々、詩音に打ちのめされたせいか、いくらかは手応えがあるようになっていた。
俺と六花が自宅へ帰った後に、夕食は久し振りに二人だけで『あったか弁当』だった。
アパートに住んでいた頃はもっと適当で、冷凍食品や外食が殆どだった。食事にそれほど執着がないから、料理には興味を持てなかったという感じだ。
実家に戻ってからも母親は毎晩帰りが遅いので、自分達で夕食を手配することに変わりはない。ただ、人数が三人に増えたから、家事代行を頼んだり出前を取ったりと、いくらか贅沢はしている。
それが、養子縁組の件で母親が七瀬と共に家庭裁判所へ赴くことになり、せっかくだから一緒に食事をして来るから、俺達には適当に夕食を済ませろと言われてしまった。
「何だかんだ言っても、母さんが一番喜んでるんだよなぁ」
どこで食べても同じだと思って、俺はリビングで弁当を食べていた。テーブルが低いので、ソファーではなく床に座るのが俺の定位置だ。六花も同じように向かい側に座っているので、思いのほか距離が近い。
「いいじゃないですか。私の両親の話しで恐縮ですけど、会社の経営が傾くと七瀬に対する態度が百八十度変わって、胸が痛みましたよ」
「その点は、母さんなら大丈夫だろうなぁ。初めから、甘やかしてないし」
その時、ガチャッと玄関のドアを開ける音がした。リビングは比較的、玄関から近いので七瀬が俺達に気付いて、中へ入って来た。
「お兄ちゅわぁ〜ん」
「おわっ!」
七瀬が抱き付いて来たので、俺は箸を持ったまま、床に押し倒されてしまった。床に寝そべった俺の上に七瀬が伸し掛かったような状態で、彼女の襟元からブラジャーが見えている。
妹の裸を見ても興奮しないという話しを聞いたことがあるが、その気持ちが分かったような気がする。
「養子縁組、上手く行ってるみたいだな」
「あとは審査待ちだよ。本当に、本当に、本当に、海里君の妹になれるんだね。夢みたい…」
そんな七瀬の言葉を聞いて涙腺が緩んだのか、廊下から見ていた母親は、さっさと家の奥の方へ行ってしまった。
まだ食事中だが、六花のスマホがピコっと鳴ったので彼女は一旦、箸を置いて両手で操作している。メールなのか表示を上下に動かして、何回かその内容を確認していた。
「海里、エージェントからです」
すこし興奮気味にスマホを差し出すので、俺は七瀬に押し倒されたまま片手に箸を持ち、もう片方の手を差し出してそれを受け取った。
正直言って七瀬が邪魔なのだが、片手で操作をしながら、何度もメールを読み返した。
その内容は、シャングリラにある『未来子供支援センター』というNPO法人が運営する、登校拒否児童を受け入れる施設に、白石という名前の児童が居るということだ。住所も俺達と同じ市内ということで、白石先生の子供ではないかという推測だ。
「未来子供支援センター?俺が知らないってことは、母さんが社長になってから立ち上げたプロジェクトだな」
「白石先生は、ワルハラの経営者が誰であろうと、興味はなかったんじゃないですか?単に、そのプロジェクトを中止させたかっただけでしょう」
「だから、あんなチマチマした嫌がらせしかして来なかったのか。本人は抗議活動のつもりかもしれないけど、受け取る側は身の危険を感じてるんだからな。手段を誤ると、取り返しのつかないことになるな」
「どうしますか?シャングリラへ行って、その子に会いますか?」
「ああ、そうだな。NPO法人が運営してるってことは、リアルでも事務所とかはあるんだろうけど、いきなり行って拒否られたら、心を開いてくれるまで待ってる余裕はないからな」
「私も行くっ!」
七瀬は話しを全部聞いていたし、VRインターフェースが三台になったと先日話したばかりだ。当然、そうなるだろう。
「登校拒否児童だからな。平日の昼間に行くことになるから、七瀬はちゃんと学校へ行ってくれよ」
「えー、いいじゃん、一日くらい」
「俺は七瀬が、ちゃんと学校へ行ってくれた方が嬉しいし、学校で楽しいことがあったら報告してくれると、俺も楽しめるんだけどな」
「私の話しなんか、別に面白くもないし」
「そんなことはないよ。七瀬が今日は学校で、こんなことがあったって話してくれたら、その時の七瀬の姿を想像できるだろう。だから、これから色んな経験をして、俺にその話しをしてくれよ」
「そうかぁ、お兄ちゃんは私の話しが聞きたいんだね。じゃあ、もっともっと色んな経験をして、話してあげるよ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「きゃはっ」
七瀬が退いてくれないので、俺は食事を諦めて箸をローテーブルの上に置いた。そして、スマホを差し出すと、六花が身を乗り出してそれを受け取る。
「海里のお父様には会ったことはありませんが、何となく想像は出来ますよ」
「俺と違って、もうちょっと男らしい人だったけどな」
「きっと、性格はお父様に似て、見た目はお母様に似たんですよ」
「母さんに似てるか?」
「ええ、似ていると思いますよ」
母親が社長に就任してから、従業員の間では美人社長だと言われてたとか、言われてないとか。まあ、そんなことはどうても良いか。




