第18話 オープン・ザ・ドア
午前中は学校をサボって、雄大君と最期のお別れをした。そして、午後からは安西さんにファミレスで昼食をご馳走になった。
安西さんと別れた後は、午後から学校へ行く気にもなれずに、俺はコンピューター関連のパーツを扱うショップへ立ち寄った。
女の子の買い物と違って、見た目では何に使うのか分からない商品ばかりだ。でも、パーツと言うくらいだから六花にも、俺の部屋にあるコンピューターの部品だということくらいは分かっている。
目的の物は決まっていたから、さっさと買い物を済ませて、俺達は店を出て行った。
地元の駅へと戻り、俺の自宅の前までは詩音も一緒に歩いて来た。
「この時間に帰っても大丈夫か?俺も一緒に行って、お母さんに説明してやろうか?」
「ううん、大丈夫。ちゃんと理由があれば、頭ごなしに怒るような人じゃないから」
「そうか。何かあったら、すぐに電話しろよ」
「うん、それじゃ」
軽く手を振り、そこで詩音とは別れた。俺は自宅のドアにあるセンサーに顔を近付け、ロックを解除する。網膜認証で鍵を持ち歩かなくても良いのは便利だが、融通が利かないのはちょっと面倒だ。
「六花の網膜も登録しとかないとな。いつも一緒だから、すっかり忘れてたよ」
「海里が開けてくれれば、別に問題はないんじゃないですか?」
「自分の家へ帰るのに、鍵がないのは変だろう。今日中にやるから、俺が忘れてたら寝る前に言ってくれよ」
「海里はナチュラルに、そういうことが言える人なんですね」
「何の話しだ?」
「いえ、こっちの話しです」
家の中へ入ると、俺は階段で二階へと上って行く。その後に、六花も付いて来ていた。
「これから作業をするなら、見ていても宜しいですか?」
「ああ、別に構わないよ」
そのまま六花は、俺の部屋まで付いて来る。密室に男女が二人切りというのもどうかと思ったので、俺はドアを少しだけ開けたままにしていた。俺が六花を押し倒そうとしたところで、逆に捻じ伏せられるだけだと思うが、雰囲気の問題だ。
鞄を適当な所に置いてから、俺は今日買って来たパーツの箱を開けて、中身を取り出した。
制服の上着だけを脱いで椅子の背もたれに掛けると、タワー型の外部記憶装置を少し前に出した。その前に胡座をかいて、パーツの取り付けの作業を始める。六花はその傍らで、横座りをして見ていた。
「その部品には、どのような役割があるのですか?」
「単純な記憶装置だよ。アバターを作ってる部署から、プレミアムのテンプレートを俺にも作ってくれって頼まれたから、容量を増やしとこうと思ってね。あの会社は、高校生をこき使うよな」
「それは、この間の詩音ちゃんのために作った、パンクのアバターが噂になったからでしょうね」
「渾身の力作だったから、多分そうだろうな。もう、使えなくなったのは残念だけど」
「海里の目には詩音ちゃんが、あんな風に見えているんですね」
「自分の魅力に、気付いてほしかったんだよ。あいつは磨けば、もっと光るからな」
「そうですね。よく分かります」
パーツを取り付け終わると、外部記憶装置を元の位置に戻した。そして俺は立ち上がると、デスクの上に置いてある端末の電源を入れて、外部記憶装置が正常に動作していることを確認した。
「俺に話したいことが、あったんじゃないのか?」
大して興味はないだろうと思える作業を、じっと見ていた六花に対して俺は、そう言った。
「海里といつも一緒に居て、色々な経験をさせてもらいました。でも、工藤さんや安西さんが、私のことを社長の姪だと思って接してくれていることに、心苦しさを感じているんです。いずれ嘘だと分かった時に、きっと私は居たたまれない気持ちになるんでしょうね」
「だったら、本当の姪になればいいんじゃないのか?」
「え…もう少し具体的に言ってもらえれば、リアクションの取りようもあるんですけど…」
「ごめん。俺も今は、考えが上手く纏まらないんだ。もう少し、待ってくれないか。母さんだって見え透いた嘘で、その場を乗り切るような人じゃないよ。何か考えがあると思うから」
「お母様も海里も、本当に優しい人なんですね」
「死んだ父さんも、優しい人だったよ。叱られたっていう記憶がない。納得するまで、とことん説明してくれる人だったな。だから、会社の従業員も付いて来てくれたんだと思うよ」
「分かるような気がします」
部屋のドアを少しだけ、開けていたせいだろうか。玄関のドアを開ける、ガチャっという音が小さく聞こえて来た。
俺達の他に、この時間に帰って来るのは七瀬しか居ない。もう一人で学校から、迷わず帰って来られるのだろうか。
その後は階段を上がって来て、ドアが少し開いていたことで、俺が居ると気付いたのだろう。タタっと駆け寄って、バンとドアが開くと、七瀬が俺に飛び付いて来た。
「お兄ちゃぁーん!」
七瀬はもう、椅子に座っていた俺の膝の上に跨がって、抱っこされているような状態だ。この状態をとやかく言うよりも、まずはお兄ちゃんと叫びながら帰って来たことを誉めなければいけないと思った。
「学校は、楽しかったみたいだな。偉いぞ」
そう言って俺は、右手で七瀬の頭を撫でながら、左手では彼女の捲れたスカートを直していた。
そこだけ見ると変な誤解をされそうだが、その体勢の方がインパクトがあり過ぎて、六花は特に気にしていない様子だ。
「あれ、六花タン。なんで、そんな所に座ってるの?」
「七瀬こそ、どこに座ってるんですか」
「妹の特権だもーん」
法律的には、まだ正式に妹になった訳ではないのだが、途中で苗字が変わるのもイジメの原因になるかもしれない。だから、もう七瀬には仁藤の姓を名乗らせている。見切り発車とは言え、向こうの両親が七瀬を引き止めるつもりはないのだから、時間の問題だろう。
両腕を俺の首に回し、顔を寄せて来る七瀬に対して、六花は特に何も言わない。
「あれ、何かあったの?」
「いや…VRインターフェースが、もう一台手に入ったからな。今度は三人で、シャングリラにログインできるなって…」
「え、じゃあ、ユキさんに会いに行きたいなぁ」
「ユキさんなら、リアルでも会えるだろう」
「だってぇ、あっちのユキさんの方が、可愛くて好きだもん」
「そうだな。本業が非番の時にやってるから、またシフトを見て会いに行こうか」
「うん、楽しみぃ」
小柄な七瀬でも、その体重が俺の膝の上に乗っているのは、ちょっとつらい。彼女を床へ落とさないように、ゆっくりと立ち上がった。
* * *
火曜日に俺と六花は一週間振りに登校すると、クラスには何となく白けた雰囲気が漂っていた。
担任の教師が警察に任意同行を求められて、そのまま暫く休業しているという話しは、何となく伝わっているようだ。しかし、その理由については噂だけで、真相は誰も知らない。有名校だけあって、その辺の情報管理は徹底しているようだ。
俺と六花が一週間も休んでいたことは、全く別の事情だと思われているらしい。俺達が同居していることは周知の事実だから、美少女に付きっきりで看病されて、羨ましいとか言われてしまった。
一週間ぶりということもあり、昼休みになると松崎さんが後ろ手に何かを持って、そそくさと俺の所までやって来た。
今日はどんな理由なんだろうと思っていると案の定、松崎さんはランチョンマットに包まれた弁当箱を差し出した。
「あ、あのね、仁藤君。ついうっかり、お弁当のおかずを買い過ぎちゃってね。せっかくだから二人分、作っちゃおうかなぁって…」
そう来たかと思いつつ、そのまま俺は弁当を受け取った。この理由を成立させるためには、もう一つ弁当がなければならない。そう思って見ると、弁当箱の形状が若干、違っているようにも思える。
「実は松崎さんに、言っておかなければならないことがあるんだ…」
「え?どうしたの、真剣な顔して」
「HDMI端子があるモニターが見付かったんだけど…」
「やった。一緒にゲーム、出来るね」
「それが、詩音の家にあったんだよ…」
「うっ…」
松崎さんが、ゆっくりと首を動かして振り返ると、詩音もこっちをチラ見していた。二人の目が合うと、サッと詩音は顔の向きを変えている。
「三崎さんは、何て?」
「負ける気がしないって」
「でしょうね…あの後、部屋の掃除するの大変だった…」
「あいつは人見知りだけど、拒んでる訳じゃないよ。ただ、遠慮し過ぎて人間関係が上手く行かないだけなんだ」
「ちよっと、考えさせてくれる?」
「好きなだけ、どうぞ」
その時、教室の出入り口から学年主任の先生の、俺達を呼ぶ声が聞こえて来た。
「仁藤と小泉は居るか?」
俺が『はい』と返事をすると、先生は教室の中に入って来ようとはせずに、その場で声を張り上げて話しをする。
「悪いけど二人で、校長室まで行ってくれるか?大至急だ」
再び俺が『はい』と返事をすると、先生は待つこともなく、さっさと行ってしまった。
「松崎さん、悪いね。弁当は後で食べるから、弁当箱は放課後に返すよ」
「それはいいんだけど、何なの校長室って?」
「さあ、何かご褒美でもくれるのかな」
俺は席を立つと、ずっと隣の席で話しを聞いていた六花に声を掛ける。
「六花、行くぞ」
彼女は黙って頷くと、席を立って俺の後に付いて来る。そのまま教室を出て、校長室の方へ廊下を歩いて行った。
校長室の前まで来ると、俺が扉をノックして中から返事が聞こえて来る。扉を開けて中へ入ると、校長が窓際に立って外の景色を眺めていた。そして、何故かローテーブルの上には、出前でも取ったのか寿司桶が置いてある。
「ついうっかり、寿司を注文し過ぎてね。もし良かったら、摘んでくれないかね」
考えることは、女子高生と同じだなと思いつつ、校長に促されて俺と六花はソファーに座った。
「いえ、胃の調子があまり良くないので。特に生モノは、気分が悪くなりますから」
「そうか、それは残念だね」
胃の調子が良くないのも、生モノで気分が悪くなるのも本当のことだが、食べられないことはない。ただ、減少している胃袋の容量を、松崎さんの弁当のために残しておきたかった。
「ところで、白石君のことだがね。もう、誰かに話しはしたのかな?」
「いえ、わざわざ話さなくても全部、録音してありますから。ICレコーダーは三つ仕込んでたんですけど、六花が一つ取り零しまして、まだ一つは俺が持ってるんですよ」
「その音声は、誰かに聞かせたのかね?」
「いえ、まだ誰にも」
「その音声については、君が厳重に保管してくれると助かるんだがね。小泉さんの編入に当たっては、色々と忖度をさせてもらったことだし、決して恩に着せるつもりはないんだよ。ただ、お互いに出せる情報は出して、言わなくても良いことは言わない方が、双方にメリットがあるとは思わないかね」
口止め料にしては寿司は安いなと思いつつ、別に言い触らすつもりはないし、情報がもらえるなら、それで良かった。
「一つ気になってたんですけど、白石先生って奥さんやお子さんは居るんですか?」
「ああ…それについては、個人情報だからね。これは、私の独り言なんだが…」
そう言って校長は、明後日の方向を向いて、窓から外の景色を眺めている。
「奥さんと、子供が一人居るそうだが、別居していて今は、離婚協議中らしいんだな」
「ああ、俺も何か待ってたような気がするけど、忘れちゃいました」
そんな白々しい会話をした後に、俺と六花は校長に挨拶をした。昼休みが終わる前に教室へ戻るために、さっさと校長室を出て行った。
「また、ハッタリですか。海里が身に着けていた物は隈なく探しましたが、ICレコーダーは二つしかありませんでしたよ」
教室へ向かう廊下を歩きながら、六花がそう言った。
「校長が案外、話しの分かる人で良かったよ。お陰で、新しい情報が入っただろう」
「そんなことばかりやっていると、いつか後ろから刺されますよ」
「その時は、六花が仇を取ってくれるんだろう?」
いきなり六花が、俺の制服のネクタイを掴んで、グイッと自分の方へ引き寄せた。六花は顔を寄せることに抵抗はないようだが、それは俺があまり男らしくないからだろうか。
「縁起でもないことを、言わないでください。七瀬が病院へ駆け付けた時のことを、覚えていますよね」
「あ、ああ…」
「海里が傷付けば、悲しむ人が居るということを忘れないでください」
「ごめん…これじゃ、いいお兄ちゃんには、なれないな」
近くに居る生徒が、こっちを見ているのに気が付いて、六花は少し恥ずかしそうに手を離した。どう考えても、痴話喧嘩にしか見えなかっただろう。
「私も目の前で、海里が苦しむ姿を見るのはもう嫌です。二度と、あのようなことにならないよう、お願いします」
「ああ、悪かったよ…」
俺が寿司を断ってしまったから、六花も手をつけていない。このまま教室へ戻ってしまうと、彼女は昼休みに何も食べないことになる。
「俺は松崎さんに貰った弁当があるから、六花は急いでパンでも買って来いよ。もう、危険度は低いから、離れても大丈夫だろう」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
六花は俺を置いて、早歩きで購買部の方へと向かって行った。




