第17話 ネバー・エンディング・ストーリー
俺が近所の洋菓子チェーン店で買ったショートケーキを手土産に、四人でゾロゾロと詩音の自宅へ押しか掛けた。夕方には七瀬のベッドが届くので、それまでには帰らないといけない。
詩音の母親は、せっかくだから食べて行ってと、そのまま紅茶と一緒に出してくれる筈だ。だから、その分を見越して、俺たち四人と詩音の家族の四人分を買っていた。詩音の分が重複してしまうが、甘い物は別腹と言うから、それくらいは食べられるだろう。
特にチャイムを押すでもなく、詩音が自宅のドアを開けて、俺達は中へ入る。
「お父さーん、海里君、来たよー」
第一の目的は詩音の父親にお礼を言うことだから、彼女が声を掛けてくれた。その隙に俺はリビングを指差して、六花と七瀬に中で座っているよう合図を送った。
奥の方の部屋から、ゆっくりと父親が歩いて来ると、俺は深々と頭を下げた。
「この間は、病院まで運んでもらって、ありがとうございました」
「ああ、ガラの悪い連中に絡まれたらしいね。海里君も災難だったね」
そういうことになっているのかと思いつつ、俺は顔を上げてショートケーキの箱を差し出した。
「良かったらこれ、食べてください」
「逆に気を使わせて悪いね」
特に遠慮することもなくショートケーキの箱を受け取った父親は、チラっとリビングを覗いて人数を確認している。
「ゆっくりして行きなよ。我が家では海里君は、特別待遇だからね」
「え、どうしてですか?」
「海里君と同じ高校へ進学するんだって、そりゃあもう必死に詩音は勉強してたからね。お陰で、有名校に入学できたよ」
「お、お父さん!」
「お母さーん、良さげな物、頂いたよっ」
にこやかな笑顔で父親が去って行くと、恥ずかしそうにして目を合わせない詩音と共に、俺はリビングの中へと入った。
そのままソファーへ座ろうと思ったが、見慣れない物が置いてあることに気が付いて、俺は引き寄せられるように、そっちの方へと進んで行く。
暫くしてから、詩音の母親がリビングに入って来ると案の定、紅茶と共に俺が買ってきたショートケーキが、小皿の上に乗っている。
「あら、相変わらず海里君は、機械が好きね」
一人だけ立っている、俺に向かってそう言った。
「こんなレトロなモニター、前からありましたっけ?」
「ああ、それね。介護施設に入ってるお婆ちゃんを小さい頃に撮影したブルーレイが偶然、見付かってね。せっかくだから見たいって、お父さんが再生品を探して来てくれたの」
「へえ、ブルーレイを見たいから、機材を探して来るって、さすが大学の教授はやることが違うな」
全員からツッコミを入れられそうだが、取り敢えず六花から、
「詩音ちゃんのお父様って、大学の教授なんですか?」
という声が飛んで来た。
「そうだよ。言わなかったか?」
「聞いていませんよ。海里も人が悪いですね」
「別に知ってたからって、六花の態度が変わる訳じゃないだろう?」
「それもそうですね」
俺がモニターの背面を覗き込むと、ちゃんとプレーヤーも接続してあった。
「あ〜ヤバいな〜HDMI端子に繋がってるよ〜」
「どうして、嫌そうな声、出してるんですか。探してたんじゃなかったですか?」
「この大きさだからな。ここへ松崎さんを連れて来るしかないだろう。血の雨が降るぞ」
話しが見えない詩音は、俺と六花の顔を交互に見ている。それを察した六花が詩音の方へ向き直って、さも重大なことのように話しをする。
「松崎さんがですね。海里の興味を引くために、レトロな家庭用のゲーム機を探し出して来たとかで、あとはモニターさえあれば至近距離で一緒に遊べると」
「違うだろっ!レトロなゲーム機をたまたま見付けたけど、モニターがないから遊べないって言ってたんだよ」
「ああ、そうでした」
「別に、いいけど」
「え!」
「松崎さんをここへ連れて来て、ゲームをやりたいんでしょ?別にいいけど」
「本当にいいのか?」
「だって、負ける気がしないから」
六花だけが一瞬、凍りついた。人型兵器による、松崎さんと詩音のバトルを実際に見ているだけに、本当に血の雨が降るかもしれないと思っただろう。でも、俺は詩音の性格をよく知っているから、今更驚くようなことではなかった。
にこやかに紅茶とケーキをローテーブルに並べる詩音の母親に、七瀬は愛想を振り撒きながら、真っ先にケーキに手を付けている。
「海里君って、本当にいい子ね。見た目は女の子みたいだけど」
「私のお兄ちゃんになってくれるって約束、ちゃんと守ってくれたんだもん。見た目なんて、どうでもいいよ」
「ふふっ、海里君らしいわね」
そんな声が、俺にも聞こえていた。
俺が六花や七瀬と共に自宅へ戻った後、夕方には七瀬のベッドが届き、部屋へ運び込んでもらった。
その後は、夕食の準備になる。とは言っても、皆が顔を合わせる初日ということで、予め家事代行サービスを母親が頼んでおいてくれた。食材も全部、その女性が持って来てくれたので、俺達は何もすることがない。
俺と六花はテーブルの席に着いているが、七瀬はダイニングをうろうろしながら、落ち着かない様子だ。
「どうしよう、もうすぐママが帰って来るよ」
「教えた通りにやればいいよ。喜ぶことはあっても、怒るようなことは絶対にないから」
すると、家の前に車が停まる音がして、続いて車のドアを開閉する音がする。よほど注意していないと聞こえないような小さな音だが、七瀬は緊張しているから、ちゃんと聞こえているだろう。
ガチャッと玄関の鍵を開ける音がして、バタンと人が入ってる来ると、続いてトントンと足音が迫ってくる。七瀬は大きく深呼吸をした。
「ただ…」
「ママぁぁぁ!」
母親がダイニングへ入って来た途端に、ガシッと七瀬が抱きついた。一瞬、母親は驚いたような表情を見せたが、すぐにその顔は穏やかになり、そっと七瀬の体を抱き締めた。
「まったく…誰の入れ知恵だか知らないけど、こんなに嬉しいサプライズは、久し振りだよ」
「わ…わたし…ズビッ…マ、ママに、ヒック…」
「大丈夫。七瀬の気持ちは、ちゃんと分かってるからね」
「あ…あ…ありが…ズズッ…」
予想外だったのは、泣き崩れたのは七瀬の方だった。まあ、これで七瀬も少しは大人しくなるかなと思いつつ、抱き合う母親と七瀬の姿を俺は眺めていた。
* * *
月曜日に俺は、一週間振りに学校へ行くことになり、詩音とは時間を合わせて一緒に登校することになっていた。
入学当初はこんなこともやっていたが、すぐに俺が自宅を出てアパート暮らしを始めたために、久し振りの再開ということになる。今回から六花も一緒なのが、以前とは違うところだ。
その前に、七瀬は転校初日ということで、先に送り出すつもりだった。昨日の脳天気な様子とは打って変わって、不安な様子で目線が泳いでいる。
七瀬は普段、お下げ髪にしていることが多いのだが、今日は俺が作ったアバターのような、左右非対称のツインテールにしている。今朝、早くから六花が気合いを入れて仕上げたそうだ。
六花は七瀬のアバターを直接見ていないが、俺が使ったパンクの女の子のデータを流用していることを知って、あの時の見たままを再現したらしい。
真新しいセーラー服を着て、伯母さんが迎えに来てくれているのに、一向に七瀬のテンションが上がらない。この伯母さんと俺のアパートを借りてくれた伯父さんは夫婦なのだが、俺と血が繋がっているのは伯父さんの方だ。
別に伯父さんの、都合が悪かった訳ではない。転校初日に女の子が、オジさんに連れられて登校するのは絵面が悪いと言って、自発的に来てくれたのだ。
紳士的な伯父さんとはまた違ったタイプで、スポーツカーを門扉の前に横付けするような人だ。
そんな玄関先で俺と六花、そして詩音の三人は、七瀬が出掛けるのを待っていた。
「虐められたりしないかな…」
ボソボソと、七瀬が呟く。
「虐められたら、無理に学校へ行かなくてもいいよ。ママがまた、新しい学校を見付けてくれるから」
「うん…」
全然、七瀬のテンションが変わらないので、俺は腕を組みながら腰を少し屈めて、彼女の前に顔を出した。
「今日一日、学校でちゃんと勉強が出来たら、ご褒美は何がいい?」
「海里クンのこと、お兄ちゃんって呼びたい…」
物理的な、ご褒美を思い付かないのだろうか。そんな七瀬に、俺も話しを合わせるしかない。
「今日、学校が楽しかったら、お兄ちゃぁんって叫びながら、俺の部屋へ来ればいいよ」
「うん、分かった」
七瀬は伯母さんが乗って来た、スポーツカーの助手席に乗り込んだ。運転席には伯母さんが乗り、図太いエンジン音を響かせると、車はゆっくりと車道に出る。七瀬は特に手を振るでもなく、車は走り去って行った。
さて、俺たちも急がないと、学校に遅刻してしまう。中学の頃は学校との位置関係から、詩音と一緒に登校したことはない。何となく彼女は、嬉しそうだ。
「海里は一人っ子なのに、七瀬の扱いが上手でしたね」
六花と詩音が間に俺を挟んで、駅の方向へ向かって歩きながら、そう言ったのは六花の方だ。
「本当なら俺にも、妹が居た筈だからな」
「どういうことですか?」
「生まれる前に、死んだんだよ。もう、性別も分かるくらいに育ってたらしい。母さんは俺に、妹を作ってあげられなくてゴメンねって、何度も謝るんだ。本当は母さんだって、つらい筈なのにな」
「そうだったんですか。だから七瀬のことも、お母様の方が折れるという自信があったんですね」
そのまま三人で駅まで歩いて行き、改札を通ってホームに立った。この路線は鉄道会社の本線で、通勤客や学生の姿もそれなりに多い。
電車を待っていると俺のスマホの着信音が鳴ったので、人混みを避けながら、ポケットからスマホを取り出して電話に出た。
「はい、海里です………ちょっと待ってください」
俺はスマホを耳に付けたまま、首を動かして詩音の方を見た。
「急用が出来た。俺は学校をサボるけど、詩音はどうする?」
「ちょっと、海里。何を考えてるんですか?」
六花には答えずに、俺は詩音の答えを待っていた。六花には答えなくても、俺に付いて来ることは分かっている。それくらい、時間が惜しかった。
詩音はいつも俺に付き合わされているから、何が起きているのか想像が出来たと思う。
「私も行く!」
「安西さん、三人で行くから、迎えをお願いします」
「安西さん…?」
電話の相手が安西さんだと分かって、六花は何かを察したのだろう。電話を切った後は何も指示しないまま、俺は反対側のホームへ回るために地下道へと下りて行く。その後に六花と詩音は黙って付いて来た。
もうホームに電車が入って来ているので、急いで俺は階段を上って行った。
最寄りの駅で降りて、俺達は安西さんの車に乗せてもらい、病院に到着した。
安西さんを先頭に正面玄関から入って、ロビーや受付カウンターを通り抜けて行く。プライバシーを保つためなのか、他のエリアからは離れた場所にある、静かで落ち着いた雰囲気の通路を進んで行った。
建物の端にあるその部屋には、『霊安室』の文字があった。
重厚な木製の、両開きの扉を片側だけ開けて中へ入ると、暖色系の少し暗めの間接照明の中で、無地の布を掛けられたご遺体がストレッチャーの上に横たわっていた。
そして、その傍らには雄大君の母親が椅子に座って寄り添っていた。まだ他の親族が来ていないところを見ると、俺達が最初にお別れに訪れたのかもしれない。
「お別れに来ました」
そう言って安西さんが頭を下げると、母親も立ち上がり、それ以上に深々と頭を下げた。
「わざわざ、ご足労頂いて本当にありがとうございます。そちらは、狐の姿をしておられた方ですよね」
「あ、はい、そうです」
「直接お会いして、お礼を申し上げたかったんですが、まだ学生さんということで控えておりました。その節は本当に、ありがとうございました」
「いえ…とんでもないです…」
別れの挨拶をするために、ご遺体の顔に掛けられた白い布を母親がそっと取り除くと、六花は涙が零れ落ちそうになったのか、天井を見上げた。
「幸せそうな、顔をしているでしょう?」
まだ息を引き取ってから、それほど時間が経っていないのか、雄大君の顔には深い満足感が宿っている。瞼は閉じられているものの、仮想空間で見たあの海岸に居るかのようだった。
六花は堪えきれなくなったのか、後ろを向いてしまい、ハンカチで涙を拭いている。
俺と詩音は、訃報が届いたという経験は過去にもある。だが、霊安室で再会するといったことは、これが初めてだった。
「それから…」
母親は床に置いてあった、風呂敷に包まれた箱を一旦椅子の上に置いて、その結び目を解いた。それは、雄大君がプレゼントされたVRインターフェースを、もう一度箱に納めた物だ。
「一度、頂いた物をお返しするのは大変失礼なこととは思いますが、私にはこれを使える知識がありません。どうか、雄大の形見だと思って、受け取ってください」
安西さんが、俺の方を見た。このまま会社に持って帰っても、廃棄処分になるだけだ。俺が要らないといえば、安西さんが処分するということだろう。
「じゃあ、俺が個人的に使わせてもらいます」
母親が、もう一度風呂敷を結び直して、そのまま俺が受け取った。
俺の自宅ではもう、七瀬は夜中に起きている必要はなくなった。六花も夜間は時間外になった。やっと三人で同時に、シャングリラへ行くことが出来るようになったのだから、VRインターフェースをもう一台、調達しなければならないと思っていた矢先の出来事だ。何とも言えない、複雑な心境だった。
病院のロビーでは、重苦しい雰囲気が漂っていた。俺と六花、そして詩音の三人はロビーチェアに座り、安西さんが自動販売機で買って来たミルクティーを一人ずつ受け取っていた。その安西さんは、立ったまま缶コーヒーのプルトップを開けている。
「海里君には、つらかったかな。先代の社長が亡くなってから、まだ半年も経ってないからね」
「安西さんに、お願いがあるんだけど」
「言ってみたまえ」
「今日は学食で食べるつもりだったから、昼食を奢ってくれませんか?エンジニア特有の、ワンパターン飯で構わないので」
「あん?私をディスってるのか?」
「いや、俺も腹の中に入れば、何でもいい方なので。詩音はどうする?弁当、持ってるだろう?」
「みんなが行くなら、私も行くよ」
「よし、分かった。少年達よ、私に付いて来なさい」
まだ、飲み掛けのペットボトルを持ったまま、三人が立ち上がると、安西さんの後に続いて病院を出て行った。




