第16話 家族ゲーム
俺の実家には、引っ越し業者のトラックが先に到着して、路肩にトラックを停めていた。それほど大きな荷物もないから、トラック一台に全部収まっている。
アパートから実家へは、伯父さんが運転する車に乗せてもらって来た。見た目の紳士的な雰囲気とは違って、大きな四輪駆動車に乗っている。
「伯父さん、すみません。せっかく、アパートまで借りてもらったのに」
「気にすることはないよ。お母さんとの関係も、良くなってるってことだろうからね」
俺と六花、そして七瀬も車から降りると伯父さんは、それじゃと片手を上げてから、車を走らせ去って行った。
「宜しいんでしょうか。こんな立派な、お宅に住まわせてもらって」
「普通だって、言ってなかったか?」
「それは、近所の家と比較しての話しです。私の自宅とは、比べ物にならないですよ」
門扉からのストロークを経て、俺は誰も居ない自宅のドアのロックを網膜認証で解除した。そして、ドアを開放状態にしてから、引っ越し業者の人に声を掛ける。
「二階の一番奥の部屋に、全部運び込んでください。あとは、こっちでやりますから」
七瀬はもう、嬉しくて仕方がない様子で、ピョンピョン跳ねながら、俺の周りを右に行ったり左に行ったりしている。
まずは業者の人達が、壁や床などに傷をつけないよう養生をしてから、バケツリレーのようにして荷物を運び込む。その多くは俺の荷物で、六花と七瀬の分は大した量ではない。
六花が初めてアパートに来た時は、鞄とスーツケースしか持っていなかった。その後、増えた荷物と言えば寝具と時々、実家から持って来る洋服くらいだ。
引っ越しの途中で二人の実家へ寄ったが、七瀬の荷物も本当に少なかった。中学生なんだから、せめて机とベッドくらいあってほしいものだが、それすら無い。思わず母親に電話を掛けて、机とベッドを買っても良いかと了承を得たほどだ。
俺が病院で目を覚ました時に、母親は週休二日制だとか言っていたが、実際には経営者に、そんなことは関係ない。あの時は、仕事をいくつかすっ飛ばして、病院へ駆けつけてくれたのだ。
そのシワ寄せが来ているのか、母親が帰って来るのは夜になってからで、引っ越しは全部俺が仕切らなければならなかった。
「私の部屋もあるの?」
引っ越し業者の邪魔にならないよう玄関の外で見ていると、七瀬が俺の腕を左右に揺らしながら聞いて来た。
「ああ、二人だけの家族だったからな。部屋なら余ってるぞ」
「きゃはっ、夢みたい。本当に、こんなことあるんだね」
「こっちの家は、セキュリティ会社と契約してるからな。夜中に侵入者があれば警報が鳴るから、七瀬はゆっくり寝られるぞ」
「え?私の仕事が、無くなっちゃうじゃない」
「あのな。もう、七瀬はボディーガードの仕事をしなくてもいいんだよ。今日から普通の中学生だから、勘違いするなよ」
「へぇ、そうなんだ。なんか、想像できないけど」
「中学は転校することになるけど、伯父さんが色々やってくれるから、心配しなくていいからな」
「そっかぁ、私のこと知らない人ばっかりなんだ。ちょっと、嬉しいかも」
子供相手に、お金の話しをしたくないから触れなかったが、既に六ヶ月の契約を延長していたために、七瀬の分は解約金として全額を支払っている。また、六花も夜間は護衛の必要がなくなったために、時間外ということで契約を変更したのだが、六ヶ月間は二十四時間体制と同額の支払いを保証している。
六花の両親だから、あまり言いたくはないのだが、七瀬のことは厄介払いが出来ると言わんばかりに、二つ返事で了承してくれたそうだ。ただし、養子縁組ともなると法律の問題になるので、もう少し時間が掛かるだろう。
孤児を引き取るくらいだから、初めは俺の父親のように、高い志を持っていたのかもしれない。でも、どこで心変わりをしてしまったのだろうか。
「ああ、そうだ。名前は、どうする?戸籍を変更する時に、元に戻すか?」
「別にいいよ。その名前を付けてくれた人はもう、この世には居ないんだから」
「そうか…」
「やだぁ、そんな顔しないでよ。私は海里クンに、七瀬って呼ばれたいんだから」
今迄、無理矢理明るく振る舞っていたことが、染み付いているのだろうか。逆に気を使わせてしまった。
ふと見ると、こちらへ向かってくる詩音の姿が目に入った。自宅がそれほど遠くないから、手伝いに来てくれたのだろうか。
彼女の父親が俺を病院へ運んでくれたらしいので、後でお礼にでも伺おうと思っていた。すれ違いにならなくて、丁度良かった。
お互いの表情が確認できる距離まで来ると、詩音は小走りで俺の目の前までやって来た。
「海里君、本当にお母さんとの約束、守ってるんだね」
「今回ばっかりは、母さんに負担を掛けてるからな。それから、詩音のお父さんに、お礼に伺いたいんだけど、今日は居るか?」
「何だか今朝、呑気に家を出て行ったけど、午後には戻って来ると思うよ」
「そうか。じゃあ、それまで詩音も一緒に、昼食でも食べて行くか?出前になるけど」
「え、いいの?それじゃ、遠慮なく」
詩音が遠慮しないのは、これが初めてではないからだ。俺も彼女の家で、昼食をご馳走になったことがある。
詩音には、もう脅迫状の件はバレてしまったが、六花と七瀬が俺のボディーガードだということは、まだ知られていない。だから、七瀬のことも未だに、同じアパートに住んでいた女の子だと思っている。飲んだくれた母親から不遇な扱いを受けていたとか何とか、そんな説明をしたような覚えがある。
これ以上、詩音には心配を掛けたくないから、その点については六花と七瀬に、しっかりと釘を刺してあった。
荷物の搬入が終わったので、タブレットに表示された契約書に、タッチペンで完了のサインをする。丁寧な挨拶をして、引っ越し業者の人達はトラックに乗って去って行った。
開放していた自宅のドアを俺が閉めていたので、位置関係が逆になってしまったが、詩音の後に六花と七瀬が付いて行く。
「詩音、二階の一番奥の部屋へ行ってくれるか?」
「うん、分かった」
勝手知ったる他人の家で、詩音が先頭に立ち二階への階段を上って行く。俺はしっかりと戸締まりをしてから二階へ行くと、三人は奥の部屋のドアを開けて、荷物の確認をしていた。
「その部屋と、隣りのこの部屋だけど、夕方には七瀬の机とベッドが届くから、どっちがどっちを使うか決めてくれよ」
「六花タンは、どっちがいい?」
そんな言葉に、六花は七瀬の頭を撫でながら、腰を屈めて顔を近付ける。
「ここはもう七瀬のお家なんだから、自分が好きな方を選んでいいのよ」
「うん…じゃあ、こっち」
そう言って七瀬が指差したのは、荷物を運び込んだ方の部屋だ。角部屋で日当たりが良いから、まあ妥当な選択だと思う。
「見られちゃ不味いような物もあるだろうから、俺は下に居るよ。詩音はどうする?」
「私は手伝うから」
「そうか。昼を超えるようなら、一旦、下りて来てくれよ。それじゃ、よろしく」
「あ、海里クン…」
下の階へ下りるために、体の向きを変えようとしていた俺は、七瀬に呼び止められて、もう一度元の体勢に戻った。
「海里クンのママに…」
「海里クンの、は要らないだろう?」
「マ、ママに…気持ちを伝えたいんだけど、どうすればいいかな…」
「そうだな。夜には帰って来るから、ママって叫びながら、思いっ切り抱き付いてみたらどうだ?」
「え、そんなことして、大丈夫?」
「母さんも本当は、女の子も欲しかったんだよ。色々と事情があって、その夢は叶わなかったから、そんなことされたら泣き崩れるかもしれないぞ」
「うん、分かった。やってみる」
「それじゃ、よろしく」
今度こそ俺は体の向きを変えて、下の階へ行くために、階段を下りて行った。
大きな荷物がなかったせいか、案外早く六花と七瀬の部屋は片付いた。
リビングで俺は、ソファーには座らずに直接、絨毯の上に座っていた。他の三人もそれに習って、低い位置からローテーブルを囲んでいる。
昼食はスマホで出前業者に頼んだのだが、ピザやカレーライス、ハンバーガーなど、みんなバラバラの物を注文するから、配達員が入れ替わり立ち替わりやって来て、何度もリビングと玄関の間を往復する羽目になってしまった。
実はあれ以来、俺は学校へは登校していない。あの後、検査入院で二日間は病院から出られなかったし、その後も何となく胃の調子が悪かった。そして何よりも、白石先生が警察から任意同行を求められて、変な噂が立っているということだ。
実行犯による証言で任意同行を求められ、事情聴取を受けた所までは、こちらも把握している。ただ、逃亡の恐れがないということで、その後は解放されたらしい。
脅迫状の件に関しては、動機すら分かっていないので、罪を問えない可能性の方が高い。
暴力事件に関わったことだけ認めてしまえば、書類送検だけで終わってしまうかもしれない。
すぐには教師に復帰できないと思うから、その間に嫌がらせをして来るようなことはないと思う。
俺が学校を休んでいる間、六花も一緒に居たから当然、登校はしていない。でも、詩音はきちんと学校へ通っていた。
彼女の話しだと、そろそろ噂も収まってきて、次の担任は誰かということに興味が移っているらしい。週明けになったら俺も、登校しようかと思っている。
「こんな、呑気なことをやっていても良いのでしょうか」
「仕方ないだろう。俺達だけじゃ、どうにもならないことだってあるんだから。エージェントに任せるしかないよな」
「エージェントって?」
六花も七瀬も母親の会社にエージェントが潜入していることは知っているのだが、詩音だけはそのことを知らない。二人がボディーガードだということ自体、知らないのだから当然と言えば当然のことだ。
「叔母様が、社内のことを調べてくれてるんです。そのお仕事をされている人のことを、エージェントと言っているそうです」
慎重に言葉を選びながら、六花がそう説明した。そんな二人を尻目に、七瀬が俺にベッタリとくっ付いて離れないので、詩音も六花も、たまにイラッとしたような表情を見せる。
それを知ってか知らずか、七瀬は自分のピザを俺の口元へ持って来て、
「はい、ア~ンして」
などと言ったりする。
「いいよ。俺は、これで足りてるから」
「それって、蕎麦でしょう?なんで、美容食なんか食べてるの?」
「美容食じゃなくて、引っ越し蕎麦って言うらしいぞ。大昔の習慣だけどな」
「そんなんだから、太らないんだよ。私は今の海里クンが、一番好きだけどね」
今日は朝から有頂天だったのに、少しずつテンションが下がっている。本来の七瀬は言うほど、お調子者ではないのかもしれない。
六花は気付いていないから、敢えて言わなかったのだが、社内に潜入しているエージェントのアクセス権限を、社長である母親が上位に引き上げている。これでエージェントは、顧客データを自由に閲覧できるようになった。だが、これは同時に大きな危険を孕んでいる。
万が一にでも顧客データが外部に流出するようなことがあれば、社長が記者会見を開いて頭を下げるような大惨事だ。そのために万全の体制を整えてはいるのだが、万に一つの事態も起きないように、母親は予防線を張っている。
事態が収まったら、そのエージェントを正式に社員として、高待遇で受け入れると約束することだ。この業界ではトップの企業に就職が決まっているのに、それを棒に振ってまでデータを持ち出そうとするのは、よほどの悪意がなければ出来ないことだ。
母親としても、キッチリ約束を守って正式に入社してくれれば、信用できる人物ということになる。
六花の両親の所へ、エージェントから事態が収まったら、そちらの会社を退職したいという連絡があり、六花は喜んでくれたと聞いている。
俺の胸が痛まない訳ではないが、会社の経営者としては、正しい判断だと思う。
「ああ、そうだ。七瀬の洋服の数が心許ないから、買い足さないとな。ファストファッションとかなら俺が一緒に行ってまとめ買いするけど、下着とかはさすがに…」
「それは、私が一緒に行きます」
「助かるよ。それから、詩音」
「え、何?」
「コイツ、何だか微妙に世間の常識からズレてるんだよな。世間の一般常識を教えてやってくれないか?」
「え…私の常識が一般的かどうか、あんまり自信がないんだけど…」
「大丈夫だよ。普通に七瀬と接してくれればいいから」
「もう、すっかりお兄さんですね」
六花はもう、自分の手からは離れてしまった話しだと思ったかもしれないが、七瀬は俺に対する甘えが増している。感謝の気持ちがあることは分かるのだが、その表現方法が間違っている。
「私ねぇ、まだ凹凸は少ないかもしれないけど、子供は産めるんだよぉ」
「下ネタ、やめろ」
「だってぇ、六花タンには負けるけどぉ、私と海里クンの子供って…うぐっ」
俺は以前、六花がやっていたように七瀬をヘッドロックすると、彼女はジタバタしながら俺の腕をタップした。
「ギブッ!ギ〜ブ〜!」
そんな七瀬を六花と詩音は、優しく見守っている。ただ、時折見せる勝ち誇ったような目が、ちょっと怖かった。




