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第15話 ピンチはチャンス

 雄大君が入院している病院から、安西さんには車で送ってもらった。俺と六花が降ろしてもらったのは、自宅のアパートではなく実家の近くの駅前だ。

 安西さんが俺のアパートの場所を知らないということもあるのだが、今日は詩音が頑張ってくれたので、途中でケーキを買って彼女の家まで届けるつもりだった。


 俺と詩音の自宅は、同じ地域の学区内なので、それほど距離は離れていない。

 詩音は四人家族だから、一人当たり三個として、合計十二個のプチケーキを、安西さんがお薦めのケーキ屋で箱に詰めてもらった。それを持って、駅前から、詩音の自宅へと向かっていた。

 そういう気配りを六花は誉めてくれるのだが、機嫌はちょっと微妙だ。その原因がよく分からない俺は、今日の服装でも誉めてみようかと、彼女が着ている服を観察してみる。

 六花の服装は、以前よりも少し幼くなっているような気がする。それは少女趣味とかではなく、現在の方が歳相応なのだ。

 初めて六花がアパートへ来た時は、清楚な服装で似合ってはいたが、どこか無理をして大人びているような感じだった。

 詩音が六花のアバターにロリータのリクエストをしたのも、決して自分の趣味を押し付けようとしたのではない。心底、彼女に似合うと思ったから、そう言ったのだ。

 普通に女子高生もやってみたいと言っていた六花の、そんな気持ちが服装に現れているのだろうか。


「その服、可愛いよ」


 六花は立ち止まり、キョトンとした表情で俺の顔を見ている。


「誰かに入れ知恵でも、されたんですか?」

「違うよ。今迄も思ってたけど、言えなかっただけだ。さすがに六花の性格とか好みも分かって来たからな。逆に言わない方が、失礼なのかなと思ったんだよ」


 六花がニッコリと微笑んだので、俺はほっとした。


「海里が作ったアバターには、みんな喜んでますからね。美的なセンスは、きっと間違いないんでしょうね」

「ああ、生身の人間はどうか分からないけど、アバターなら得意分野だからな」

「美的なセンスのある人に、普通に誉めてもらえるだけで嬉しいですよ」

「なんだ、そんなことでいいのか。もっと早く気付くべきだったな」


 六花は少し照れながら、俺から視線を逸らす。美少女のそんな表情は、可愛いと言うよりも可憐だ。

 何となく六花の機嫌が悪い理由が分かってきた俺は、彼女に似合いそうな服装を想像していた。しかし、不意に六花の表情が変わった。


「海里、警戒してください。前方から二人、後方から一人来ます」

「くそっ!芸がないな」

「監視カメラの、死角ですからね」


 芸がないと俺が言ったのは、ワゴン車がギリギリを通り抜けて行った、前回の建設現場と全く同じ場所だからだ。

 そして、立花が言った監視カメラの死角とは、前方と後方にそれぞれコンビニがあり、その中間地点で、どちらの監視カメラにも映らない場所ということだ。

 立ち止まるには丁度良い場所だから、うっかりしていた。


「六花、俺が一発殴られるまで待ってくれないか?」

「はぁ?」

「一発くらい貰っとかないと、六花が過剰防衛で事情聴取を受けるかもしれないからな」

「何を言ってるんですか!」


 ムキになって反論しようとする六花を、俺は手で静止した。


「頼む、俺に考えがあるんだ。一発だけでいいから、我慢してくれ」

「し、仕方ありませんね…一発だけですよ」


 穏やかな口調とは裏腹に、六花の表情は奥歯を噛み締めているようだ。

 前方から二人、後方から一人の男達が、挟み撃ちにするように近寄って来た。六花は怖がるフリをして、俺に体を寄せて来る。


「へへへっ、見せ付けてくれるじゃねえか。このネーちゃん、スゲー美人だぜ」


 もう、絵に書いたようなチンピラだ。三人とも体格が良いから、何かスポーツでもやっているのだろうか。普段はこんな格好なんてしないのに、闇バイトに応募して、通りすがりの悪党を演じさせられていると言ったところか。

 一応、俺も怖がって見せる。


「な、何ですか、あなた達は…退いてくださいよ」

「こっちの兄ちゃんは金目の物、持ってるんじゃねえのか?ある物、全部出してみろよ」


 もう少し、説得力のあるセリフを思い付かなかったのだろうか。チンピラの演技だとすれば、似合っているのかもしれない。


「さ、サイフなら渡しますから、他の物は勘弁してください」

「じゃあ、全部出してもらおうか」


 一番体格の良い男が、俺の襟首を掴んで六花から引き離した。意図的に怪我をさせないよう、引き離したようにも思える。この分だと、一発貰うのは難しいかもしれない。


「クズが…」


 次の瞬間、男の膝蹴りが俺の腹部を直撃した。俺はてっきり、顔を殴られると思っていたが、それには抵抗があるらしい。格闘技の中には、顔面への攻撃を禁止されているものがある。その(たぐい)だろうか。


「ゲホッ」


 その勢いで俺の体は吹っ飛び、地面に尻餅をついた。持っていたケーキの箱が壊れ、バラバラとプチケーキが散乱した。


「海里!」


 立花が俺に駆け寄って来て、傍らに(うずくま)った。


「まだだ…ゲホッ」

「お、おい!手荒なことはするなって言われてただろう。こいつ、かなり弱っちいけど、大丈夫か?」

「こ、ここまで来たら、やるしかないだろう。退けよ!」


 一番、体格の良い男が止めようとした男を振り払い、六花を押し退けると、俺のポケットの中を探った。帆布のショルダーバッグを持っているのだが、そちらには目もくれない。

 そして、スマホを探り出すと、それを手に取って操作している。


「お、おい、音声ファイルなんか入ってないぞ」

「Musicってフォルダーに入ってるんじゃないのか。よく探してみろよ」

「クラウドに全部、アップロードしたのかもしれないな。そっちのデータを消去すれば…」


 希望のキーワードを聞けたので、これでもう演技は終了だ。


「ははっ、コイツら、バカか…」

「なんだと!」

「会話を録音してるって言ったのは、俺が白石先生に言ったハッタリだよ。そのスマホも、中古で買ったダミーだ。そのことを知ってるってことは、依頼人が白石先生だって言ってるようなもんだな。でも、今度は本当に録音してるよ。ICレコーダーだから、見付けられないかもね」


 スマホはどんなに技術が発達しても、画面が見づらくなるので、小さくするには限度がある。しかし、ICレコーダーには録音の機能しかないため、いくらでも小さく出来る。俺は自分が着ている服に複数、仕込んでいた。


「くそっ!金持ちはそうやって、俺達のことをバカにしやがって!」


 そう言って、スマホを地面に叩きつけた。地面で一度バウンドしたが、スマホは壊れていない。自分で叩きつけようとは思わないから、意外に丈夫だということを確認できた。


「六花、もういいぞ。やってくれ」


 六花はメラメラと殺気を帯びながら、ゆっくりと立ち上がった。


「クライアントの許可が出ました…」


 六花は、いつも背中に担いでいるバッグの中から、特殊警棒を取り出した。そして、さらにもう一本同じ物を取り出し、両手にそれを持っている。

 手を広げるようにして両手を振ると、左右の特殊警棒がシャキンと長くなった。

 最初に強盗に襲われた時、六花は本気を出し過ぎたと言ったが、あれは謙遜だったのだろううか。


「小泉六花!全身全霊を賭けて、海里をお守りします!」


 六花は巧みに特殊警棒を持ち替えながら、三人の大柄な男達と格闘をする。特殊警棒を指先で半回転させ、逆手に持つと防御で順手で持つと攻撃のようだ。それを左右、どちらでもやっている。

 六花の靴には金属が入っているから、特殊警棒と合わせて、聞こえてくる音が異様だ。ガチンとかキーンとか、とても人間を相手にしているような音とは思えない。

 俺は最後まで見ていたかったが、次第に意識が遠退いて地面の上に仰向けで寝そべっていた。


「海里、大丈夫ですか!」


 気が付くと、六花が俺の上半身を抱き起こしている。


「終わったか?」

「すぐに助けを呼びますから、しっかりしてください」

「本当に情けない…ゲホ、ゲホ、ゲホ…」


 俺が咳き込むと、吐血して着ている服が部分的に赤く染まった。


「海里!」

「六花…スパッツくらい、履いとけよ…見えてたぞ…」

「もう、賊は来ないかと思ってましたから。それで、スパッツを履いてると可愛げがないのかと思って…」

「誰がだよ…ゴボッ…」


 ああ、そうか。六花も不器用な女の子なんだな。そう思いながら、俺の意識は遠退いて行った。



 俺が目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。雄大君の病室と構造的にはよく似ているが、壁の色が真新しい。多分、実家の近くの病院だろう。最近、病棟を建て替えたばかりだ。

 こういう時には、六花がベッドにもたれ掛かって寝ていそうなものだが、その場所に居たのは七瀬だ。しかも、あわよくばベッドの中へ潜り込もうとしている。


「海里君、心配したよぉ。私が添い寝してあげるからネ」

「ああ、もう、何やってるんだよ」


 七瀬が侵入して来た分だけ、俺は移動させられて、上半身を起こした。すると、俺の母親と六花の姿が見えて、その向こう側には詩音も居る。


「あ、ヤバ…」


 もう一度俺が布団に潜ると、もう七瀬と添い寝状態だ。明るく振る舞っていた七瀬だが、無理矢理、潜り込んで来た理由が分かった。俺の胸に顔を押し付けて小刻みに震えている。

 母親がちょっとキレ気味に、布団を掴んで引き剥がしたのだが、そんな七瀬を見て静かに元へ戻した。


「母さん、会社は?」

「ワルハラは、週休二日制なんだよ」

「あ、まだ日曜日なんだ」


 母親は、説教の一つでもしたかった筈だ。でも、もうそんなことは、どうでも良くなってしまったのかもしれない。


「六花ちゃんから、話しは全部聞いたよ。それで、進行状況は?」


 俺は六花の方を見るために姿勢を変えたが、それでも七瀬は俺から離れようとはしない。


「取り敢えず、闇バイトの人達は警察へ引き渡しました。海里が仕込んでいたICレコーダーも、全部渡していますから証拠は揃っていると思います」

「あいつら、殺されなくて良かったよな」

「失礼ですね。人を殺したことは、ありませんよ」

「怪我をさせたことは?」

「私は去年まで中学生でしたから、ボディガードの仕事をするのは、海里が初めてなんです」


 あ、マジで同じ歳なんだと思ったが、また失礼なことを言いそうなので、そのことについては触れなかった。


「ICレコーダー、よく見付けたな」

「海里は初めから殴られるつもりでしたから、正面にはないだろうと思っていました。襟の裏側とベルトの裏側にありました」


 俺は入院ガウンを着せられているから、ICレコーダーを探したのは病院へ来てからだろう。俺が着ていた服をゴソゴソ探って、変に思われなかっただろうか。


 これでもう詩音にも、俺が危機的な状況にあることを知られてしまった。あの状況では詩音の自宅が近いのだから、救護を求めたとしても六花のことは責められない。

 いくら俺の体重が軽いからと言っても、六花と詩音で病院へ運ぶことは無理だ。詩音の父親が車で運んでくれたのだろうか。今度は一回り大きな、ケーキでも持って行かなければいけない。

 そのプチケーキだが、壊れた箱を詩音が大事そうに抱えている。あのまま地面に散乱させておく訳には行かないから、拾い集めてくれたのだろう。と言うことは、それほど時間は経過していないということか。


「暴力行為については、実行犯の録音があるから少なくとも先生が、事情聴取のために警察へ任意同行を求められるのは間違いないと思うよ。でも、脅迫状については否定されれば証拠がないから、解放される可能性が高いかな。暴力は指示役も同罪だから、すぐには教師に復帰は出来ないと思う。時間稼ぎにはなったから、何とか証拠を見付けないと」


 母親は体育教師のように、腕を組んだまま仁王立ちで、俺のことを見下ろしている。


「海里にそれくらいの覚悟があるなら、顧問弁護士に依頼して、七瀬ちゃんを引き取る手配をしてもいいんだよ」

「え、マジで?」


 その時、ずっと俺の胸に顔を押し付けていた七瀬の体が、ビクッと動いた。


「ただし、条件があるよ。アパートを引き払って、六花ちゃんと一緒に実家へ戻ること。その条件が飲めないなら、この話しはなかったことにするからね」


 さすがは、代表取締役だけのことはある。一筋縄では行かないようだ。でも、当初の目的は事件を早期に解決して、代わりに七瀬を俺が実家へ戻る口実にさせることだった。

 七瀬の深夜勤務は、母親がボディーガードを依頼する前から分かっていたことだから、何かしらの考えがあることは想像ができた。

 犯人を徴発するような俺の行為も全部、七瀬のためにやっていると分かれば、手持ちのカードを出して来るだろうと思っていた。

 まだ事件を解決するまでの過程は残っているが、痛い思いをしただけの成果はあったということだ。

 俺は七瀬の耳元に顔を寄せて、小声で囁く。


「俺の妹になるか?」


 そのままの状態で、七瀬はコクコクと頷いた。


「交渉成立だ」


 そんな様子を上から見下ろすような目線で眺めていた母親は、スッと体の力が抜けていた。


「取り敢えず、緊急避難として七瀬ちゃんが家へ来られるよう手配するけど、養子縁組ともなると法律が絡んで来るから、一朝一夕には行かないよ。伯父さんに頼んどいてあげるから、上手く行けば、一緒に引っ越して来られるかもしれないね」


 伯父さんというのは母親の実の兄で、ワルハラ・ドットコムとは全く関係のない仕事をしている。俺のアパートも、伯父さんの名義で借りた物だ。


「どうしたんだ、母さん。そんなこと、言う人じゃなかっただろう」

「私だってね、家族が欲しいんだよ。お父さんが死んで、海里もどこかへ行ってしまったら、何のために会社を引き継いだのか分からないじゃないか」

「なんだ…もっと、早く言ってくれよ…」


 七瀬が俺の胸に顔を伏せたまま、嗚咽し始めた。次第に声を出して泣き始める七瀬を、俺はギュッと抱き締めながら、その頭を優しく撫でていた。




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