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第14話 ファイナル・カウント・ダウン

 安西さんがDNAチップを作っている間に、俺は端末やモニター、それに付随する装置を設置していた。

 大きな声を出すかもしれないので、雄大君のベッドから少し離れた場所で、部屋全体を眺められるような位置にした。

 俺がセッティングした端末はまだ小さい方で、安西さんが持って来た方の機材が、サーバー的な役割りを待っている。

 そして六花は、ずっと雄大君の手を握っていた。そんな彼女の邪魔をしないよう、安西さんはVRインターフェースを持って、雄大君の頭上側に回った。


「雄大君、ちょーっと、ごめんねぇ」


 そう言いながら、安西さんが彼の頭部に、VRインターフェースを装着する。下手に動かせないが、動かさないと装着できない。四苦八苦しながら、やっとのことで装着を終えた。


「海里君、いいよー」


 俺が端末の電源を入れると、システムが立ち上がり、自動的にシャングリラのデータのダウンロードが始まる。

 やがて、シャングリラの宇宙港が映し出された。俺たちが陣取り合戦のイベントをやった時に、工藤さんが使っていたシステムと機能的には同じだ。ただし、あの時はログアウトさせないために、システムを一時的に中断させたが、そのような機能はこちらには備わっていない。


「おーい、詩音。聞こえるか?」


 退屈そうに、デッキで尻尾の手入れをしていた詩音が、俺の声を聞いてパッと姿勢を正す。こちらから向こうは見えているのに、向こうからはこちらが見えていない。それが、唯一の欠点かもしれない。


「あっ、海里君。聞こえてるよ」

「そっちに雄大君が行くから、頼んだぞ」

「あ、はい。任せて」


 やがてシャトルが宇宙港に到着すると、車輪のない車椅子に乗った雄大君が、CAによってデッキの方へと運ばれて行く。

 雄大君のアバターは、開発室の誰かが作ったのだろう。俺は雄大君とは初対面だから、本人を知らなければ、アバターも作りようがない。

 見た目は現実の彼と全く同じで、写真か何かを見ながら作ったのだろうか。先程の安西さんの口上だと、会社の人は誰も雄大君とは会ったことがない筈だ。それでこの再現度だから、さすがプロフェッショナルだと感心してしまう。


 車椅子は工藤さんが作ったもので、あの人はこういう物の方が得意だ。車輪がないのに車椅子と呼べるのかどうかは置いておいて、現実の車椅子のように押したり引いたりしなくても、勝手に付いて来るようになっている。

 宇宙港は無重力だから浮いているのは当然だが、車輪がないのは重力のある場所でも、宙に浮くようになっているためだ。

 しかし、コロニーが遠心力で重力を模倣するような時代に、反重力の車椅子は明らかにオーバーテクノロジーだ。

 そんなことは、工藤さんだって充分に分かっている。ただ、代替案が見付からなかったので、今回だけは目を瞑るしかなかった。


「それじゃ、取り敢えず高速エレベーターに乗って、地表へ移動しようか。あっ、体に負担が掛かるかもしれないから、乗ってる間だけ触感フィードバックを切っといてくれるか」

「うん、分かった」


 実は、こちらからでも触感フィードバックをオフに出来る。むしろ、その方が簡単なのだが、あの詩音が雄大君の世話を焼いているのを見るのが楽しくて、つい彼女に頼んでしまった。


 二人が高速エレベーターに乗っている間、俺は手招きをして母親を呼び寄せた。母親はモニターを覗き込むと、うっ…と手のひらで口元を塞ぐ。息子の姿を見て、涙ぐんでいるようだ。

 安西さんが、元々病室にあった丸椅子を二つ持って来て、俺の背後から二人でモニターを覗き込んでいた。

 病室にあった丸椅子の数と、俺達の人数が一致しているので、予め用意した物だと分かる。


「海里君、到着したよ。雄大君がね、公園が見たいんだって」

「そもそも、出発地点が公園だからな。それじゃ、その辺を散歩してくれるか?リニアの駅の方へ向かって行けば、次の行動がしやすいから」

「うん、分かった」


 少しくらいなら持ち場を離れても良いと思ったのか、俺の背後から安西さんに声を掛けられた。


「海里君、何か飲み物、買って来ようか」

「あ、紅茶なら、何でもいいです」

「六花ちゃんは?」

「私は大丈夫です」

「そう?じゃあ、ちょっとそこの自販機で買って来るから海里君、頼むね」

「はい」


 そう言って、病室を出て行った。母親に聞かなかったのは、俺の背後に居る筈なのに、物音がしないからだ。多分、モニターに集中しているのだろう。


 安西さんが病室に戻って来たのは、ドアの開閉の音で分かっていた。でも、俺はモニターから目を離さないでいると、コツコツと彼女が指先で肩を叩く。俺は手のひらを上に向けて肩の上に持って行き、そこへ彼女がペットボトルを置いた。

 俺がキャップを開けて中身を口に含んだ時、初めてミルクティーだと気付いた。精密機械だから零す訳には行かないので、そのまま一気に飲み干す。そのまま手探りでキャップを閉めると、空のペットボトルを肩の高さまで持ち上げた。すると、後ろから安西さんがスッとそれを持って行く。

 その後でパキンと、缶コーヒーのプルトップを開ける音が、背後で聞こえていた。


「ねえねえ、海里くーん」

「ん、どうした詩音」

「雄大君がねえ、海が見たいって」

「スペースコロニーで、海かぁ…宇宙の海なら、採光窓の外に広がってるけどな」

「面白くないよー」

「ちょっと待ってろよ」


 俺はモニターの右側に設置してある、タッチパネルで検索する。こちらはシャングリラのウィンドウと違ってプロ仕様なので、凄まじい勢いで情報が流れて行く。

 これも工藤さんに教わったことだが、必要な情報だけを見れば良い。


「第二区のBエリアに、バーチャルステージがあるな。海岸のデジタル資産も保有してる」

「仮想空間の中に、仮想空間ですか?」


 思わず六花が、ツッコミを入れたくなるのも分からないではない。まるで、マトリョーシカのような入れ子になっている。


「現実にある物は、シャングリラにも大概あるよ。企業案件だけどな」

「はぁ…なるほど…」


 企業案件という言葉に納得したのか、何事もなかったように六花は、雄大君のことを見詰める。要するに、利益を度外視して宣伝のためにやっているということだ。


「詩音、第二区のBエリアまで移動してくれ。そこにバーチャルステージがあるから、海岸を再現してもらうよう、こっちから連絡しとく」

「うん、分かった」


 内輪の事情を母親に聞かれるのもどうかと思ったので、片耳のレシーバーを俺は耳に掛けた。


「こちら、ワルハラの運営です。そちらに車椅子に乗った青年と、狐の尻尾が生えた少女が伺いますので、海岸のステージ、用意しておいてもらえますか…はい…はい…あっ、その話しは、また今度…そのことは、くれぐれも内密にお願いします。よろしく、お願いします」


 俺はレシーバーを外すと、天を仰いだ。


「安西さん、ヤバい…」

「何、何、何!どうかしたの?」

「俺のこと知ってた…」

「なんだ、脅かさないでよ。社長の息子なんだから、そりゃ知ってる人も居るわよ」

「そうじゃなくて、俺が使ってたパンクの女の子のアバターですよ」


 また安西さんが、プッと吹き出した。


「そりゃあ、あんだけ大暴れすれば、噂にもなるでしょうよ。魔法少女のイベントで優勝して、ミリタリー系のイベントでは肉弾戦で人型兵器を倒すんだもんね。詩音ちゃんのアバターがそのままだから、尻尾で気付いたんじゃない?」

「良かったぁ〜俺のアバターじゃなくて」

「海里くーん、聞こえてるよー」


 既に詩音がリニアモーターカーの駅を出て、バーチャルステージへと向かっている。もう、目と鼻の先だ。


「どうか、されたんですか?」


 母親がやっとモニターから視線を外して、安西さんの方を見たようだ。


「コイツら…じゃなくて、海里君と詩音ちゃんは、こんなことばっかりやってましてね。二人だけで敵を全滅させたり、軍の勢力図を塗り替えたり。最近は大人しくなったと思ったら、今度は三人に増えて、また大暴れですよ」


 今度は母親が、クスクスと笑った。


「詩音、ごめん。今、新しいアバターを作ってる最中だから、今日のところは、(しら)を切ってくれ」

「え、そうなの?じゃあ、許してあげる」

「いいのか?」

「だって、海里君が暴れる理由を私は知ってるから」


 その声を聞いて六花も、雄大君の方を向いたまま、コクコクと頷いた。


「助かるよ」


 場が和んだから別にいいかと思っていたら、安西さんが身を乗り出して、俺の耳元へ顔を寄せて来た。


「海里君、そろそろログアウトしないと、危ないから」

「了解」


 バーチャルシアターには事前に話しは通してあるから、そこからは展開が早い。

 映画館のようなステージに、バーチャルな砂浜を作り出す。何世代か古い技術なのだが、景色を眺めるような場合には、これで充分だろう。

 そこへ詩音が雄大君を連れて行き、水平線に沈む夕日を眺めている。この次は俺も行ってみようと思いながら、その景色を眺めていると、詩音が雄大君の顔を覗き込んでいる。


「ん、詩音、どうした?」

「ログアウトすれば、分かるよ」


 詩音は現場で接しているから、限界を感じたのかと思い、俺は彼女にメッセージを送る。詩音の前にウィンドウが開き、それを読んだ彼女が親指を立てた。


「よし、撤収だ!」


 雄大君の頭上に光の輪が発生して、それが徐々に下がって行く。光の輪が通過した部分から消えて行き、それが床に到達することで雄大君が居なくなる。これが、ログアウトする時のエフェクトだ。


 大慌てで安西さんが、雄大君の枕元へ移動して、VRインターフェースを外した。特に異常はなさそうなので、俺はホッと溜め息をついてから、再びモニターに視線を移した。

 こういう、利益を生まないボランティア的な仕事には、高校生の俺も気安く駆り出されてしまう。まあ、それだけ安西さんに信頼されているんだとは思うが、こんな綱渡りのような仕事は初めてだ。

 詩音の的確な判断のお陰だと思い、もう一度メッセージを送った。彼女にはこちらが見えていないから、明後日の方向にピースサインを出している。


「詩音、ご苦労さん。何か、ご褒美は欲しくないか?」

「別にいいよ。海里君だって、ボランティアでやってるんでしょう?」

「ボランティアって言うか、無償で働かされてるんだけどな。じゃあ、また学校で」

「うん」


 詩音がバーチャルステージから出て行くと、表の通りに出てからリニアモーターカーの駅へと向かっている。適当な場所でログアウトしてしまうと、次にログインした時に、そこからスタートしてしまうからだ。

 初心者に有りがちな、あるあるだが、場数を踏んでいる詩音は、今更そんなことはしない。

 俺は機材を片付けようと思い立ち上がると、六花がまだ雄大君の手を握っている。


「ア…リ…ガ…ト」

「海里君にも、お礼を言ってあげて」


 六花がそう言うので、俺もベッドの所まで行くと、雄大君が大粒の涙を流していた。視線は動かせるようなので、目を見開いて俺の方を見ている。

 詩音がはっきり言わなかったのも、六花が俺を呼んだのも、多分これを見せたかったのだろう。


「ド…ウ…モ…ア…リ…ガ…ト」

「こちらこそ、ありかとう。お陰で、いい経験ささてもらったよ」


 俺も雄大君の手を握り、軽く握手をしてから、その場を離れた。

 六花が自分のハンカチで彼の涙を拭いているのを尻目に、急いで機材を片付ける。別に急いでいる訳ではないが、ササっと片付けて風邪のように去って行くと、企業に対するイメージが違うらしい。

 全ての機材を片付け終わると、六花が雄大君の目の前で小さく手を振ってから、自分が運んで来た機材を持ち上げた。

 そして、安西さんの最後の定型文が始まる。


「本日は誠に、ありがとうございました。VRインターフェースはプレゼントさせて頂きますので、ご自由にお使いください、またのご応募、お待ちしております」


 VRインターフェースだけプレゼントされても飾り物になるのがオチだ、でも、記念品としては、それはそれで良いのかもしれない。


「わざわざご足労いただいて…こちらこそ、ありがとう…」


 今迄、(ほが)らかだった母親が、言いながら次第に涙ぐんで、ついには手のひらで鼻から口を覆い、嗚咽しながら顔を背けてしまった。

 誰もが察して、俺たちは丁寧に頭を下げてから、そそくさと病室を出て行った。


 暫くは、そこそこ重量のある機材を持って、無言で病院の廊下を歩いて行く。そして、最初に口を開いたのは六花だ。


「貴重な体験をさせて頂きました。私が海里の従妹じゃなかったら、こんなことは体験できなかったんでしょうね」

「世の中には知らなくても生きて行けるってことは沢山あるけど、ああいう人に会えるってだけでも、いい経験になるだろう?」

「そうですね。今日の海里は、ちよっと格好良かったです」

「普段は、格好良くないみたいだな」

「ええ、格好良くないです」


 前を歩いている安西さんが、プッと吹き出した。


「君達って本当、面白いよね。マジで小説、書かせてくれない?身バレしないように、ちゃんと脚色するから」


 安西さんが前を向いたまま、そう言った。下手に振り向いて、高価な機材をどこかにぶつけたくないからだ。


「別に構わないですけど、投稿する前に俺に読ませてくださいよ。変なこと書いてないか、確認しますから」

「逆に、いいこと書き過ぎると、拒否されそうだけどね」

「そんなことないですよ。俺は個性を尊重しますから」

「ま、そうだろうね」


 駐車場に出ると、ステーションワゴンの所まで行って、一旦機材を地面に置く。そして、バックドアを開けて一つずつ、機材を慎重に積み込んだ。

 それらの作業が終わってから、来た時と同じように運転席には安西さん、後部座席には俺と六花が乗っていた。


「安西さん、帰りにケーキ屋にでも寄ってもらえますか?詩音に持って行きたいので」


 また、プッと安西さんが吹き出した。


「今のは、笑う所じゃないでしょう」

「海里君って今時、珍しいよね。隣りに美少女が居たら、普通は太ももとか、胸元とかに目が行くんじゃない?」

「は…?」

「海里は、機械にしか興味がないんですよ」

「え…?」


 六花が俺とは目を合わせないようにしながら、胸元とスカートの裾を整える。俺はどうして彼女の機嫌が悪いのか、イマイチ理解が出来ていなかった。



 






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