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第13話 時が来れば、いつか…

 午前中の授業が終わり、腹ペコの戦士達が教室を去った後、松崎さんがゆっくりと俺の席までやって来た。

 後ろ手に何か持っているから何となく想像は出来たが、こんな時はリアクションが大切だ。


「あのね、仁藤君。もし良かったら、私のお弁当、食べてくれない?」

「え、松崎さんは、どうするの?」

「ノアとサッチーが来週、ショッピングに行くから私も一緒に行こうと思って、学食でその話しをしたいの。お弁当を放置したら、臭うかもしれないでしょ」

「まあ、そういうことなら…」


 松崎さんの表情がパッと明るくなり、後ろ手に持っているランチョンマットに包まれた弁当箱を渡してくれた。俺に気を使わせないための方便なんだろうけど、信じるか信じないかは俺次第だ。


「あっ、それから、レトロな家庭用のゲーム機を見付けたから、館長に修理してもらってるんだけど、モニターが見付からなくて」

「何て、ゲーム機?」

「何とかサーティーンだと思ったけど」

「ああ、ピーエス・サーティーンだな。HDMI端子だけど、館長は持ってたとしても人に譲る気はないだろうからな。俺も覚えておくから、見付けたら連絡するよ」

「うん、見付かったら一緒にゲームしようね」


 自分で言って恥ずかしかったのか、話しが終わるとキャッという感じで、その場を去って行った。教室の出入り口では、ノアとサッチーが待っていて、両側から肘で小突かれている。

 隣の席の六花は、最初から最後まで話しを聞いているから、冷ややかな目で俺のことを見ていた。


「その量で足りるんですか?」

「ああ、全然問題ないよ」

「だから、女の子みたいな体形なんですよ」

「せめて、女性みたいだって言ってくれないか?」

「女性みたいだって、言われたいんですか?」

「女の子みたいだって、言われるよりはマシだって話しだよ」


 詩音にも話したいことがあったのだが、他の女子から貰った弁当を見せつけるほど、俺はデリカシーのない男じゃない。

 さっさと食べ切って、空の弁当箱を後で返そうと思い、机の中に仕舞った。


「おーい、詩音」


 詩音は人の多い場所が苦手なので、ほぼ毎日弁当持参だ。母親が毎朝、作ってくれるらしい。

 彼女の母親には何度も会ったことがあるのだが、高校へ進学した時には、俺のお陰で詩音が有名校へ進学できたと、感謝された覚えがある。

 当時は、その時は意味がよく分からなかったが、最近ようやく分かってきた。


 詩音は食べ掛けの弁当に蓋をしてから、席を立って俺の席の前までやって来た。

 俺は内緒話をしたかったから、チョイチョイと手招きをする。詩音は体を少し傾けて顔を寄せるが、まだ距離が遠い。もう一度、手招きをすると更に近付く。そんなことをしていたら、彼女の顔がほんのりと赤くなっていた。

 六花も椅子だけ移動して、内緒話に加わる。


「俺の母親が、ワルハラ・ドットコムの社長だって知ってるのは、六花と詩音だけだからな。六花は知っていて当然だけど、話しのリアリティーとして、詩音のことをネタに使わせてもらいたいんだ。勿論、名前は出さないけど」

「よく分からないけど、また面倒なことに巻き込まれてるの?」

「悪いな。一応言っておかないと、何かあった時に対処できないかと思って」

「うん、分かった。進展があったら、ちゃんと私にも話してね」


 随分と、聞き分けが良くなったものだ。これも、七瀬のお姉さん的な役割を果たしていた効果だろうか。

 彼女としては気になって仕方がないと思うのだが、俺の負担になったり、足手まといになったりしたくないのだろう。

 中学生の頃は人見知りで友達も居なかった詩音が、こうやって少しずつ変わって行くのを見ているのも、俺にとっては楽しみの一つだ。


「それじゃ、行くか」


 俺が席を立つと、それに合わせて六花も一緒に席を立つ。そして、詩音に見送られながら、二人で教室を出て行った。


「どこへ行くんですか?職員室は、こっちですよ」

「六花も何か食べないと、腹が減るだろう」

「忘れられてるかと思いました」

「そこまで鈍くはないよ」


 反対方向へ行こうとしていた六花は、向きを変えて俺の方へやって来た。振り向きもせずに進んで行く俺の横に並んで、彼女はニッコリと微笑んでいた。



 六花が学食で昼食を取った後に、今度は二人で職員室へやって来た。用があるのは俺だけで、六花は例の如く廊下で待っている。

 担任の白石先生は、昼食を食べ終わったばかりなのか、デスクの上にカップ麺の抜け殻が置いてある。そこそこ年齢の行った教師なのに、奥さんが弁当くらい作ってくれないのだろうか。


「おう、仁藤。どうした?」

「ちょっと、先生に相談があって」

「仁藤の成績なら、大学の推薦も特に問題はないだろう」

「いえ、その話しじゃなくて」

「ん?」


 俺の声がだんだん小さくなるので、先生はキャスター付きの椅子の向きを変えて、近寄って来た。


「俺の母親が、ワルハラ・ドットコムの代表取締役だってことを知ってる奴が居たんですよ。誰にも話してないのに」


『奴』と強調したのは、男だと思わせるための印象操作だ。俺が相談したことで詩音に何かしらの影響が出ることを、出来る限り避けたかった。


「それで何か、問題でもあるのか?」

「大ありですよ。詳しくは言えないんですけど、会社の方で大変なことになってるみたいなんです。俺もちょっと身の危険を感じてるから、顧問弁護士には何が証拠になるか分からないから、つまらない物でも捨てるなって言われてるんです。だから、先生に書いてもらった松崎さんの住所のメモも、きちんとファイルしてあるし」

「あんな百均のメモを、後生大事に持ってるのか?」

「メモだけじゃないですよ。誰かが情報を漏らしてるから、重要な会話はスマホのレコーダーで録音してあるんです。一々、そんなことやってたら、すぐにストレージが一杯になっちゃって、クラウドの保存容量を増量しなきゃなって」

「そのことは、誰かに話したのか?」

「いえ、六花は知ってますけど、それ以外は誰にも。だから、校長に相談しようと思ったんですけど、今日は出張に行ってるみたいで、二、三日は帰って来ないそうなので」

「そうか、よく話してくれたな。俺の方でも調べてみるから、安心しろ」

「お願いします」


 その場で俺は頭を下げると、そそくさと職員室を出て行った。

 廊下の先で六花が待っていたので、そこまで行って俺は彼女の背中に腕を回し、その肩に顔を伏せた。従妹なんだから、誰かに見られてもこれくらいなら許されるだろう。


「海里…?」

「あ〜緊張した…口から心臓が飛び出るかと思った…」


 実はメモをファイルしているという話しだけが本当で、顧問弁護士も会話を録音しているというのもハッタリだ。校長のことも、わざわざ留守の日を選んでのことだ。


「もう後戻りは、出来ませんよ。大袈裟かもしれませんが、先生が懲戒免職にでもなったら、再び教師になることは困難です。生活にも関わりますから、下手をすると山奥に埋められるかもしれません」

「川に浮いてる方がいいな」

「冗談は、やめてください!怒りますよ!」


 俺は顔を上げて六花から離れると、大きく深呼吸をした。


「俺は本気だって、言っただろう。それくらいの覚悟がないと、母さんと渡り合えないからな」

「親子で何をやってるんですか。土下座とかで、何とかならないんですか?」

「父さんが生きてた頃なら、何とかなったのかもしれないけどな。今はもう、ワルハラ・ドットコムの代表取締役だからな」

「すみません。私も人のことは言えませんね。両親とは、折り合いが良くないので」


 それは言われなくても、何となく分かる。まともな親なら自分の娘に、命を狙われている男のボディーガードなんかさせないだろう。


 六花は美少女だけに、注目を集めがちだ。他の生徒に聞き耳を立てられないよう、俺は歩きながら小声で話しを続ける。もしも、後に付いて来るような奴が居たら、すぐに六花が気付く筈だ。


「俺の勝手な想像だけど、簡単に編入を認めたら、有名校を卒業したっていうブランド欲しさに、希望者が殺到するだろう。それに、取って付けたように六花が俺の隣りの席になるなんて、一体どんな組織に所属してるんだと思ってたよ」

「私の両親に、そんな力なんてありませんよ」

「だよな。だとすると、それをやったのは?」

「お母様ですか…?」

「単に株を相続したからじゃない。なるべくして、社長になったんだ」

「上場企業の経営者って…ちょっと、怖いですね」

「でも、詩音が母さんに、何かをお願いしたってことはないんだ。ちゃんと、見てくれてるんだと思うよ」

「えっ…そっちもですか…」

「俺が詩音のことを気に掛けてたのは、知ってるからな」

「もう、いいです。これ以上聞くと、眠れなくなります」

「あれは、受験校を決めた頃だったかなぁ…夜中に雨が、シトシトと…」

「やめてください!」


 六花の意外な弱点を見付けて、勝ったような気になっている俺も情けない。急に早歩きになって、俺と距離を取ろうとする彼女を見ながら、そんなことを考えていた。


 * * *


 校長が出張に行っていたのが、水曜日から金曜日迄で、土曜日は特に何事もなかった。平和なのは良いことだが、今日、何も起きなければ別の方法を考えなければいけない。

 日曜日は朝から、開発室の女性が運転する車に乗せられて、俺と六花は、とある場所へと向かっていた。

 安西さんというアラサーの女性で、工藤さんがボロクソに言われたというのは、多分この人のことだと思う。

 俺は面識があるからよく知っているが、六花はまた印象と性格が違うのではないかと、慎重になって口数が減っている。


「やっぱり、血筋だね。海里君も美少女だけど、それに輪を掛けて美少女だわ」

「反論しないんですか?」


 六花がチラッと俺の方を見て、そう言った。安西さんは荷物をすぐに助手席に置いてしまう人なので、二人共、後部座席に乗っている。


「定番のギャグだからな。それよりも、これから行く病院、出るらしいぞ」

「やめてください。肋骨、折りますよ」


 六花に言われると本当に折られそうで、ちょっと怖い。その話しを聞いていた安西さんが、

運転しながらプッと吹き出した。


「君達、面白いね。私ね、趣味で小説を書いてるんだけど、君達をモデルにした話しを書いてもいい?」

「えっ、初めて聞いた。安西さんってエンジニアなのに、小説を書くなんて珍しいですね」

「そういう偏見は、良くないよ」

「あ、すみません。どこかに投稿とかしてるんですか?」

「小説家になろうって、知ってる?」

「勿論ですよ。有名なサイトだから」

「ペンネームは、道化師ピエロだから、暇だったら読んでみてよ。大して人気もないし、読者も少ないけどね」

「なんか安西さんらしくない、ペンネームですね」

「ネットで芸能人の名前を語って、勝手にポストする人が居るからね。逆に誰でも思い付きそうな単純なペンネームなら、別人だと思ってくれるかなって」

「ああ、なるほど」

「学生時代に、あまりいい思い出がなくて、どうしても教師を悪者にしちゃうけど、そこは気を悪くしないでくれるかな」

「なんか、分かるような気がする…」


 やがて大きな総合病院へ到着すると、駐車場へ車を停めた。機材を降ろすためにステーションワゴンのバックドアを開けて、俺と六花も手伝いながら、慎重に精密機器を運び出した。


 工藤さんに焼き肉を奢ってもらっ時に話していた、新型のVRインターフェースの初号機を

無償で提供するという話しだが、実は俺が借りていたのが初号機で、必然的に俺が持って行くことになる。

 工藤さんも、なかなかの策士だが、そんなことをしなくても俺が持って行くつもりだった。代わりに通常のVRインターフェースを貸してくれるということなので、俺としては願ったり叶ったりだ。


 入院病棟まで手分けして荷物を運んで、個室の前で安西さんは一旦荷物を置いた。ドアをノックすると、返事が聞こえたので、そのドアを開けて挨拶をする。


「ワルハラ・ドットコムの安西と申します。この度は、当社のVR体験にご応募頂き、有難うございます。機材を運び込みたいのですが、事前に病院側の許可も得ておりますし、電力等の費用は当社が全て負担いたしますので、どうかご心配なく」

「ありがとうございます。息子も心待ちにしておりました」


 三人で機材を持って病室の中へ入ると、ベッドに横たわる青年の姿が見えた。傍らに居る中年の女性が多分、母親だろう。


「あら、随分お若い、社員さんなのね」

「いえ、この二人は社長の息子と姪っ子なんですよ。それから、彼の友人にも協力してもらってます。高校生なんですけど、歳が近いから面白…気を使わなくて、いいんじゃないかと」

「安西さん。言葉遣いの、ギャップが…」

「さっきのは、定型文なのよ。エンジニアの私に、これ以上は無理」


 それを聞いた母親は、ニッコリと微笑みを返す。


「息子も、その方が気を使わなくて良いと思いますよ」

「助かります。それから、この二人に息子さんの病気のこと、説明してもいいですか?秘密は守りますので」

「どうぞどうぞ、遠慮なさらずに」

「海里君、六花ちゃん。雄大君はね、筋ジストロフィーと言って、筋肉が徐々に弱くなって消失して行く病気なのよ。彼は今、二十歳なんだけど、十代の半ばから寝た切りの状態なの」


 雄大君の方に目をやると、殆ど身動きせずにベッドの上に横たわっている。体が横を向いているのは、床ずれを防ぐためだろうか。

 表情にも殆ど変化はなく、半開きの口からは、(よだれ)が流れ出している。右手の指先だけが、僅かにピクピクと動いていた。


「あの…末期症状ですよね…VRインターフェースを使っても、問題ないんですか?」


 安西さんは俺の耳に口を寄せて、ゴニョゴニョと話しを続ける。


「もう、長くないから、問題があったとしても、強行するしかないのよ」

「了解です」


 その隙に六花は雄大君に寄り添い、顔を近付けている。


「雄大君、こんにちは。六花って言います」

「キ…レ…イ」

「ありがとう」


 そう言って六花は、僅かに動く雄大君の右手を、ぎゅっと握り締めていた。


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