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第12話 無くした物を探して

 シャングリラの宇宙港で、俺と詩音が待っていると、七瀬のアバターが空中を漂って来た。

 六花の時とは違ってスピードがあり、俺が七瀬を受け止めると、その勢いで俺も一緒に空中に放り出されてしまった。


「きゃははははっ、何これ何これ!ちょー楽しいんだけど」

「こらっ、暴れるな!」

「だってぇ、リアルじゃ海里クン、こんなことしてくれないし」

「じゃあ、リアルで抱っこしてやるから、落ち着けよ!」

「え!マジで?」


 七瀬が大人しくなると、詩音があのネイルガンのような道具からワイヤーを発射した。こうなることは予想できたので、予めグランドスタッフから、この道具を借りていたのだ。

 俺がワイヤーを掴み、手首を九十度捻って固定すると詩音がそれを巻き取って、ようやくデッキに降り立った。


「七瀬ちゃん、気安く海里君に抱き付かないでくれる?」

「あれぇ、詩音ちゃん、狐みたいだね。モフモフしてる」


 そう言って七瀬は、詩音の尻尾を掴んで引っ張った。現実でも仲良くしろと言ったから、もうすっかりお友達モードだ。

 詩音はいいように弄ばれて、どっちが歳上なのか分からない。


「痛いから、やめて!」

「なんで痛いの?アバターでしょ」


 俺は指先で、パチンと七瀬の額を(はじ)いた。


「いだっ!」

「そういう機能があるんだよ」

「へえ、凄いね」


 七瀬のアバターはデータの流用だが、既存のアバターと共通するデータが八割を越えてしまうと、システムが同一のアバターだと判断して他人が使用できなくなる。

 また、既存のアバターでも二割以上の変更を加えると、別のアバターだと判断されて、本人でも使用できなくなる。

 これも、似たようなアバターを作って人を騙す行為を防ぐためだから仕方がない。

 二割と言うと、服装や髪型に変更を加えても支障がないという程度だ。ユーザーはその範囲内で、お洒落を楽しむことになる。

 六花のアバターも、本人があまりにも恥ずかしがるので、希望を聞きながら少しずつ変更を加えている。でも、あまり代わり映えがしないのは案外、本人は気に入っているのかもしれない。

 だから、データの流用は八割以内に抑えていた。顔は当然、七瀬のものだが左右非対称は詩音の時と同じだ。ツインテールもメイクも、そのまま流用している。

 その分、衣装は変更した。現実でも七瀬はショートパンツを履いていることがあるので、デザインを大きく変えることはなく、中学生らしい可愛らしいスタイルに変更してみた。


 ネイルガンをグランドスタッフに返してから高速エレベーターに乗ると、もうずっと七瀬ははしゃぎっぱなしだ。


「きゃはっ、だんだん体が重くなるぅ」

「加速の影響だな」

「へーえ、重力加速度って、進行方向へ掛かるんだね」

「な、七瀬ちゃん。重力加速度って…」


 別にそんなことはどうでも良いのだが、詩音が質問した。


「よく、Gが掛かるって言うでしょ。無重力状態からスタートすると、進行方向にGが掛かるらしいよ」

「へえ、そうなんだ。七瀬ちゃんは、シャングリラがスペースコロニーだって聞いて、勉強したんだ」

「まぁねぇ」


 七瀬はメタバースを体験してみたいなどと、一言も俺には言ったことはないのだが、やはり興味はあったようだ。

 エレベーターが外周部の地表に到着すると、セントラルパークからは徒歩で移動する。

 イベントスペースを通れば時間的には早いのだが、他の地域で別のイベントをやっていて、この日は閉鎖されていた。

 地上を歩きながら、先程の続きなのか、詩音が七瀬と手を繋いでいる。


「どこ行くのぉ?」

「昼間に、ユキさんに会っただろう。こっちでは、メイドカフェで働いてるんだ。見た目が全然、違うから失礼なこと言うなよ」

「はーい」


 ユキさんが働くメイドカフェは、全てのメイドがAIではなく、人間のアバターだということが売りになっている。

 現実にも存在するメイドカフェを何故、仮想空間で営業する必要があるのか。一般的に敷居が高いとされている業種は、メイドカフェに限らず、あらゆるジャンルの店がシャングリラに出店している。

 金銭を要求されるようなことはないし、気軽に体験できることが、仮想空間の良さだ。


「いらっしゃいませ、ご主人様」


 俺達がテーブル席に着いてオムライスを注文すると、一人のメイドがそれを運んで来た。

 触感フィードバックには味覚も備わっているので、アバターが飲食をすることは可能だ。ただし、そちらの方はかなり大雑把で、極端に甘いとか極端に辛いとかばかりだ。

 実際に腹が膨れる訳でもないし、俺はあまりシャングリラで飲食をしたいとは思わない。


「ユキさんだよ。昼間、会っただろう」

「えぇ~ぇ!ちょー可愛いんだけど」


 七瀬が驚くのも当然だ。メイド服を着ているのは当然として、ユキさんのアバターは完全に女性だし、身長も小さくなっている。丸顔でアイドルっぽい雰囲気なのは、本人からのリクエストだ。

 七瀬は再び立ち上がると、ユキさんの周りを一周回って、ムニュッとその胸を触った。


「Dカップくらい、あるよ」

「もうっ!、アバターだと、触られた感触もあるんだからね」

「うわっ、声まで違う…」

「みんなに、そのアバターは誰に作ってもらったのって聞かれるんだけど、絶対に教えないの。だって、その人が私のために作ってくれたアバターなんだから」

「そっかぁ…私のアバターは、データの流用だけどね」

「アバターってね、プロが作っても丸一日は掛かるのよ。それを、その人は一人で作ったんだから、どれだけ大変だったか分かってる?」

「ごめんなさい。そんなつもりで、言ったんじゃないの。詩音ちゃんがベースだから、私達って似てるのかなぁって…」

「ごめんね!私の方こそ、早とちりしちゃって。確かに、背格好は似てるわね」


 そう言って、ユキさんは七瀬と詩音を見比べた。立ち話を続ける二人に、俺が声を掛ける。


「座って話したらどうだ?」


 そう言われて七瀬は、席に着いた。しかし、現実のメイドカフェでは風営法の関係で、メイドが客の隣りに座ったり、体を接触させたりすることは出来ない。メタバースでもそれを踏襲しているので、ユキさんは立ったまま話しを続ける。


「このシャングリラはね。亡くなったワルハラ・ドッドコムの先代の社長が、誰もが平等な世界を夢見て考案したのよ。今はその奥さんが会社を引き継いで、その夢を実現させようと頑張ってるの」


 その先代の社長と現社長が、俺の両親だということを七瀬は知っているのだが、ボディーガードには守秘義務があるために、そのことは言わない。


「誰もが平等な世界…?」

「そうよ。だから私も、この世界へ来ると女の子になれるの」

「いいね、誰もが平等な世界。そんな世界があるなら、現実なんて要らないかも」

「それは、言い過ぎでしょう。今の現実がなかったら、海里君にも会えてなかったわよ」

「そっかぁ、海里クンは私との約束、守ってくれるもんね」

「言いたいことは言って、甘えられる時は甘えなさい。それが許される、年頃なんだから」


 そう言ってユキさんは、七瀬の額を小突くようなゼスチャーをする。


「また、シャングリラに来たいなぁ」

「それは、海里君に聞いてみて」

「えーと、今はVRインターフェースが二台しかないから、六花と交代になるかな…」


 ログインしている間は、現実の体の五感が失われる。その性質上、俺のボディーガードである六花と七瀬が、同時にログインすることはないだろう。もしも、現実の方で賊が侵入して来るなどの不測の事態が起きたら、対処出来なくなってしまうからだ。

 その時は、無理矢理にでもVRインターフェースを外してしまえば良い。多少の苦痛は伴うものの、そうすれば強制的にログアウトされる。

 六花と七瀬が俺のボディーガードであり続ける限り、二人が同時にログインすることはないんだろうなと俺は思っていた。



 シャングリラをログアウトしてから、七瀬は俺のベッドで爆睡している。夜間勤務の後に俺が連れ回したから、眠いのは仕方がない。

 七瀬は寝間着を持っていなかったが、買ってもらった洋服をシワにしたくなかったのか、寝る前に今朝まで着ていた服装に着替えている。

 時計を見ると、もう日付が変わって深夜の時間帯になっていた。


「もう、三時間になりますね。そろそろ、起こしますか?」

「いや、朝まで寝かせてやろう。明日は日曜日だから、俺は昼間に寝てればいいし」

「昨日も徹夜で、アバター作ってましたよね」


 ダイニングで俺と六花は、七瀬の夜食用に買い置きしていた、冷凍食品の今川焼きを温めて食べていた。

 六花は七瀬の代わりに朝まで起きているつもりなのか、コーヒーを淹れ始めた。


「そんなことよりも、話してくれないか?血が繋がってるようには見えないけど、六花に七瀬って出来過ぎだからな。どうせ、本名じゃないんだろう?」

「私の六花は本名ですが、七瀬は戸籍を変更する際に改名したんです」

「戸籍?」

「あの子は、孤児院の出身なんです。私生児で、母親はもう他界しています。私の両親が引き取って、戸籍上の名前も変更しました」

「思ったより、深刻な話しだな…」

「ガーディアン・レディースは私の両親が立ち上げた会社です。初めの頃は良かったんですが、従業員が一人、また一人と辞めて行って、今では仕事の依頼も引き受けられないほど閑散とした状況なんです。たまたま、海里のお母様から学生の、しかも二十四時間体制の依頼が来て、この仕事を完遂したら会社を立て直せると両親も喜んでいました。ワルハラに潜入しているのも、エージェントとは名ばかりで、お母様がきちんと給料を支払ってくださるから、それで食い繋いでいるようなものです」

「そんな状態で、七瀬のことが疎ましくなってきたか…」

「夜中に七瀬を働かせているということは、そうなんでしょうね。自分の食い縁は自分で稼げとでも言いたいんでしょうか。七瀬もそれは分かっているみたいで、そこに自分の居場所はないと思っているようです」

「そうか、俺の妹になってあげるとか言ってたのも、本気だったんだな…」

「気にしないでください。私も七瀬も海里のボディーガードですから、心配させるのは本末転倒です」


 暫くの間、沈黙が続いていた。いくら考えても、答えなど出る筈がない。戸籍のような法律が絡むとなると、俺のような高校生にはどうすることも出来ない。


「七瀬は、私の部屋で寝かせます。代わりに私が、朝まで起きてますから」

「そうだな、七瀬は俺が運ぶよ」


 今川焼きを食べ終わると、耐熱皿をシンクに置いて、二人で俺の部屋へと行く。そこには、俺のベッドで寝息を立てる七瀬の姿があった。あまり寝相は良くなくて、掛け布団から手足がはみ出ている。

 抱っこしてやると言ったから、これで約束が果たせると思い、掛け布団を引き剥がしてお姫さま抱っこをしようとした。


「うっ…」


 ベッドから持ち上げようとすると、前屈みの姿勢になる。体重移動が上手く出来なくて、七瀬のような小柄な女の子でも、俺には持ち上げられなかった。


「情けないですね。イベントの時は、あんなに格好良かったのに」

「これが、理想と現実の違いだな」

「私がやります。退いてください」


 六花と場所を入れ替わると、彼女は高齢者の介護をするように七瀬の上半身を起して、抱き合うようにして持ち上げようとした。


「やだ…海里クンがいい…」

「起こしちゃった?ごめんね」

「抱っこしてくれるって、海里クンと約束したもん…」

「俺がやるよ」


 まだ、寝ぼけているのか七瀬は薄目を開けて、どこを見ているのか分からない。再び俺は六花と入れ替わり、見様見真似で何とか七瀬を持ち上げた。お尻の下で手を組んで、抱き締めるような感じだ。


「むむっ…」


 カニ歩きのように横へ移動しながら、六花の部屋へ向かっている時だった。


「私…海里クンの妹になりたい…」

「ごめん、俺にはどうすることも出来ない」

「お願い…いい子にしてるから、海里クンの妹にして…」


 寝ぼけて、幼児退行しているのだろうか。俺が七瀬を落とさないか心配して、ずっと六花も至近距離に居る。だから、彼女にも聞こえていた筈だ。

 それ以上は何も答えることが出来ずに、六花の寝床で七瀬を寝かしつけると、俺は肩で息をしながらダイニングへ戻った。


「俺が何かを実行する前に、相談しろって六花は言ったよな」

「ええ、確かに言いましたけど」

「会社の中に犯人は居ないと思うから、俺達で犯人を見付けたい」

「白石先生を疑ってるんですか?でも、動機がありませんよ」

「会社の業務と、何か関係があると思うんだ。経営者の退陣を求めてるんだから、新規のプロジェクトから遡って調べて行くしかないな」

「分かりました。そちらの方は、エージェントに調べてもらいましょう。それで海里は、どうしたいんですか?」

「ちょこちょこ脅されてるだけじゃ、(らち)が明かないからな。もっと、思い切った行動に出てくれないと」

「どうして、そこまでするんですか?」

「母さんに七瀬を引き取ってくれなんて言っても、犬や猫じゃないんだから、わがままにしか聞こえないだろう。目先の脅威がなくなれば、ボディーガードを雇う必要もなくなる。そうなると母さんが、俺を実家へ戻す口実もなくなる。俺は最初、脅迫状は母さんの狂言じゃないかと思ってたくらいだからな。俺が七瀬を深夜勤務から解放するために早期解決を試みたと知れば、七瀬が俺を実家へ戻す口実になるじゃないか」

「海里は会社の跡継ぎですから、お母様が実家へ戻したいのも分かります。でも、そんな理由で七瀬を引き取るでしょうか。二十四時間体制で雇ってもらっただけでも助かってますから、何かを犠牲にするようなことは、やめてください」

「俺が七瀬と一緒に居たいんだよ」

「えっ?」

「俺が七瀬の家族になりたいんだ。父さんが亡くなって色々と思うところはあったけど、もう一度新しい家族を作って、あの頃の気持ちを取り戻したいんだ。俺を信じろよ」


 六花は俺に背中を向けて、ラックに置いてあるティッシュを一枚取ると、ズビッと鼻をかんだ。それを小さく畳んでからゴミ箱に放り込んで、もう一度俺の方に向き直った。


「分かりました。海里のことは必ず私が守りますから、好きにしてください」


 六花は何かに耐えているのか、表情筋がヒクヒクと動いている。そんな六花の顔を見ながら、俺は少し微笑んでいた。




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