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第10話 過去との遭遇

 放課後、担任の白石先生に呼び出されて、俺は授業が終わってから職員室へ向かった。

 一年生の教室は三階にあり、学年が上がるほど、教室は下の階になる。また戻って来るのも大変だから、用が済んだらそのまま帰るつもりで鞄を持っていた。

 当然のように六花も一緒だが、さすがに職員室の中まで付いて来るつもりはないらしい。そんな六花に鞄を預けて、俺は職員室のスライドドアを開けると、中へ入って行った。

 特に成績は下がっていないし、悪事も働いていない。どうして担任に呼び出されるのか分からないまま、白石先生のデスクまで進んで行く。


「ああ、仁藤。松崎と何かあったのか?」


 それが、白石先生の第一声だった。


「無くはないですけど、どうして俺に、そんなこと聞くんですか?」

「何年、教師をやってると思ってるんだ。松崎がもう三日も学校を休んでるから、仁藤にフラれたのかと思ってな」

「別に告白もされてないし、フッてもいませんよ」

「そうか。仁藤が気まずくないなら、ちょっと様子を見て来てもらえると有り難いんだがな。松崎は母子家庭で、母親は水商売をしてるから、夜は一人で心配なんだよ」

「そう言われても、自宅を知りませんから」

「住所は教えるから、頼まれてくれるか?」

「分かりました。俺も気になっていたので、行って来ます」


 白石先生はデスクの上に置いてあるパソコンから、名簿のような物を開いた。俺がその画面を覗き込んでも、特に咎められる気配はない。

 そこから先生は、メモ用紙に住所を写し取って俺に渡してくれる。詩音が使っていたメモ用紙とは違って、無地で真っ白な紙切れだ。

 俺は六花を見習って丁寧なお辞儀をすると、職員室を出て行った。それほど時間は経過していないから、廊下で待っていた六花は、特に待ちくたびれた様子はない。

 彼女から俺の鞄を受け取ると、廊下を歩きながら話しをする。


「松崎さんの自宅の場所を聞いたから、これから様子を見に行こうか」

「それは構いませんけど、不満が表情に出ていますよ。松崎さんのことが、嫌いなんですか?」

「いや、そうじゃなくて、教師が簡単に生徒の個人情報を教えるのかと思ってね。俺の個人情報も誰かに教えてるんじゃないかと思って、不安になったから」

「教師が生徒の個人情報を他人に教えることは、違法な行為ですよ。教師じゃなくても、個人情報保護法というのがありますから、処罰の対象になります。校長にでも、相談した方が宜しいんじゃないんですか?」


 さすがにボディーガードだけあって、その手の法律には詳しいようだ。六花が俺のことで声を荒げているのは、ちょっと嬉しいけど、何となく複雑な心境でもある。


「これ以上、敵を増やしたくないんだけどな。脅迫状と同一人物なら、話しは別なんだけど」

「気持ちは分かりますけど、動機が見当たりませんね。金銭を要求するとかならともかく、犯人の要求は経営者の交代ですから」

「そうだな。ちょっと、疑心暗鬼になってるのかもしれないな」

「七瀬に添い寝でもしてもらいますか?土日は空いてますよ」

「六花も冗談が言えるようになったのか。感慨深いな」

「少しは照れるかと思ったんですけど、平気みたいですね」

「そういう目で見てないからな」


 そんな話しをしながら校門まで来ると、俺は白石先生に貰ったメモを見ながら、スマホの地図アプリに住所を入力して経路を検索した。


「あ、近くにミスドがあるな。七瀬の夜食に買って帰るか」


 そんな俺を見て、六花はクスッと笑う。


「何か、おかしなこと言ったか?」

「いえ、七瀬も喜ぶと思います」


 そして俺は、スマホに保存してある別の場所も含めて、経路を検索する。順調に回れば、七瀬が来るまでには帰宅できそうだ。

 まずは松崎さんの自宅へ行くために、駅へ向かって歩き始めた。



 松崎さんの自宅は分譲マンションで、それなりに高級な住まいだ。ただし、管理組合が機能していないのか、外壁のヒビ割れが放置されている。

 母親は水商売だと白石先生が言っていたから、これから出勤するのだろうか。一階のオートロックを開けてもらう時に、もしも、母親が居たらと思って、インターホンは六花に押してもらった。モニターには俺も映っているだろうけど、その方が印象が良いだろうと思っていた。

 案の定、聞こえて来たのは女性の声だ。少し、しゃがれた感じで大人の女性と言うか、中年の女性の声だった。

 エレベーターに乗って五階まで上がり、改めてドアの横にあるチャイムを押す。玄関から出て来たのは明るい印象の、人当たりの良さそうな女性だった。


「あら、男の子だったの?」


 そう言って母親らしき女性は、娘の松崎さんを呼びに行く。


「真美、ごめーん。女の子二人って言ったけど、一人は男の子だった」


 そんな声が聞こえて来た。


「海里、気をしっかり持ってください」

「いや、大丈夫だ…」


 多分、松崎さんは女の子二人と言われて、ノアとサッチーだと思ったのだろう。初めから俺だと分かっていたら、オートロックの段階で拒否されていたかもしれない。ある意味、運が良かったとも言える。

 バタバタと凄い勢いで、床を踏み鳴らす音が聞こえたかと思うと、玄関先ではゆっくりと松崎さんが歩いて来た。


「に、仁藤君…どうして…」

「ちょっと、出られないか?」


 母子家庭なら、三日も休んでいることを母親に言っていない可能性もある。この場で会話をすることは、極力避けたかった。


「うん…支度するから、ちょっと待ってて…」


 一旦、松崎さんは奥の部屋へと戻るためにドアを閉める。その間、俺と六花は外で待っていた。


「松崎さんって、下の名前は真美っていうのか」

「知らなかったんですか?」

「マツザキ・マミって、なんか語呂が悪いなと思ってね。多分、母方の名字なんだろうな。子供の名前を考える時に、将来は離婚するとか考えないだろう」

「そうですね。そのことには、触れないようにします」


 五分ほど待つと、再びドアを開けて松崎さんが出て来た。


「お母さーん、ちょっと友達と出掛けて来るから、家を出る時は鍵を掛けてね」

「はーい」


 そんな短い会話を交わしてから、彼女はドアを閉めた。


「ちょっと、ミスドに寄ってもいいかな」

「あ、どうぞ…」


 まず、最初に寄る場所は、松崎さんのマンションから、それほど遠くはない。

 俺がちょっとと言ったから、松崎さんはそこで話しをすると思ったようだ。でも、俺が六花と共にテイクアウトでドーナツを選んでいるから、呆然とその様子を眺めている。


「俺と六花の分は、ちょっと控えめにするか」

「私も選んで、いいんですか?」

「七瀬の方が一つでも多かったら、喧嘩にならないだろう」

「喧嘩なんかしませんよ」


 ドーナツを箱に詰めてもらい、それを持って店を出る。そして、俺は駅の方へ向かって歩道を歩き出した。

 ドーナツの箱は六花が持って俺と並び、その後からトボトボと松崎さんが付いて来る。


「あの…」


 立ち止まらずに、俺と六花が首だけ動かして振り返った。でも、体は前を向いているから、視界の中に松崎さんは入らない。


「七瀬って、女の子の名前だよね」


 そっちかと思いつつも、咄嗟に六花が


「あ、同じアパートに住んでる、女の子なんです。海里に懐いてて」


 そう答えた。


「仁藤君、誰にでも優しいもんね…」


 何となく皮肉を言われてるような気がしないではないが、そのまま歩いて行き、数分で駅に到着した。


「どこへ行くの?」

「松崎さんを連れて行きたい場所があるんだ。サプライズだと思って、付き合ってよ」

「サプライズなら、夕べ届いたよ。イベントの優勝の盾。仁藤君が旗を一本も取らなかったから、Dチームが優勝したことになってるけど」

「あぁ…あの半透明で、金文字のやつね…」

「そっか。あの動きだから、優勝経験くらいあるよね」


 優勝の盾を送るのは運営の仕事だから、俺は全く把握していなかった。工藤さんも多分、知らないだろう。

 魔法少女の盾なら俺の所にも届いているのだが、それを見た六花が爆笑してくれたから、それはそれで良かったかもしれない。


「今回はその話しじゃなくて、俺の好きな場所に松崎さんを連れて行きたいんだ。迷惑なら、その辺の喫茶店に入ってもいいんだけど」

「迷惑だなんて、とんでもない。仁藤君の好きな場所なら、どこへでも連れて行って」

 言った後で顔が赤くなるのは、以前の松崎さんに戻りつつあるのだろうか。

 交通系のICカードを松崎さんが持っていることを確認してから、俺の後に続いて六花と松崎さんも改札口を通って行った。



 距離はそこそこあるのだが、乗り換えなしだったので、意外に早く駅には到着した。ただし、そこからは徒歩で移動したので、電車と同じくらい時間が掛かっている。


「レトロ・ミュージアム?」

「古い家電とか、道具とかが展示してあるんだ。個人の趣味で集めたらしくて、映画やドラマの小道具として貸し出すのが本業なんだけどね。いつか、六花も連れて来たいと思ってたから、丁度良かった」

「意外ですね。徹夜でアバターを作って、タワー型のコンピューターを三台も並べてるような人が」

「一台は、コンピューターじゃなくて、外部記憶装置だよ」

「どっちでも、いいですよ」


 六花に私生活を暴露されて、松崎さんがドン引きする前に、俺が三人分の入場料を払って、中へと入る。お菓子が買える程度の金額で、入場料もレトロだ。

 真の目的は、展示室の奥にある。真っ直ぐに進んで、突き当たりの扉を開けて中へと入った。


「何、これ」

「アーケードゲームって言うんだ。昔はこんなのが置いてある店があって、肉眼で画面を見ながらゲームをしてたんだよ。ここの館長が修復して今でも動くから、そっちに座ってみなよ」


 画面が背中合わせになっているような機械で、その前に座ってレバーで操作する。単独で遊ぶことも出来るし、二人が対戦することも出来る。それが何台も置いてあり、全てが違うゲームだ。

 暇を持て余して、少し離れた場所で様子を伺っていた館長は、あまりのジェネレーションギャップに、ショックを隠せない様子だ。


「これ、どうやって遊ぶの?」

「当時はコインを入れてたらしいんだけど、館長が改造して端にあるボタンを押せばスタートするよ。六花もやってみるか?」

「私は後で大丈夫です」

「それじゃ、その辺にあるのを適当に遊んで、慣れたら俺と対戦するか」

「対戦?」

「一つのゲームで、同時に…後で説明するよ」

「分かりました」


 六花がゲームを物色している間に、松崎さんがボタンを押してキャラクターの選択画面になった。よく分からないままポンポンと操作しても、勝手にゲームが始まる。そういう作りになっているらしい。

 3Dのキャラクターが向き合って格闘技をする、対戦格闘ゲームと言うそうだ。単純なゲームだから松崎さんはすぐに慣れて、画面の中で厳つい男と戦っている。


「何これ、ちょー楽しいんだけど」

「技術の進歩って、本当に人を幸せにしてるのかなって時々、考えることがあるんだ。そんな時に、このゲームで遊んでるんだよ」

「また、遊びに来てもいいかな?」

「俺の持ち物じゃないから、好きにすればいいさ。時間が合えば、俺も来たいし」

「ありがとう、仁藤君」

「何が?」

「私を励ましに来てくれたんでしょう?凄く嬉しかったよ」

「さあ、どうかな。こんなのは、父さんが望んだ未来でもないし」

「今、父さんって言った?」

「いや…言ってないよ」

「言ったでしょう」

「聞き間違いだろ」

「うそ」

「いや、ほんと」


 その時、六花の方からキュンキュンと、ゲームの音が聞こえて来た。機械から音が出ることを知って、咄嗟にゲームをやり始めたのだろう。二台動いているだけで、この音量だ。会話もままならない。

 俺は六花と対戦をする(てい)で、その場を離れると、彼女は何か言いたそうな表情をしていた。俺は立ったまま腰を屈めて顔を寄せる。息が掛かりそうな距離だが、六花はあまり気にならないらしい。


「わざと言い間違えましたね。何を考えてるんですか」

「別にいいだろう。もう、メタバースにはログイン出来ないんだし、脅迫状の犯人じゃないことも、ほぼ確定だし」


 俺は六花の反対側の席に座ると、ボタンを押した。


「あれっ、急に敵の動きが早くなりましたけど」

「俺が動かしてるんだよ」

「やめてください、あぁ、だ、駄目です!」

「変な声、出すなよ。誤解されるだろう」


 一瞬で勝負が決まると、機械の音がやんで一台の音だけになった。再び会話が出来るようになったので、もう一度俺は松崎さんの方へ行く。


「来週からは学校へ来てくれよ。何回も担任に、呼び出されたくないからな」

「うん、ありがとう」


 背中に妙な視線を感じながら、俺は六花と目を合わせないようにしていた。




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