ユイちゃんとパパの世界フワフワ革命
5歳のユイちゃんの目の前で交通事故が起こった。
衝撃的な出来事だった。
トラックがおばあちゃんをはねて電信柱に突っ込んだのだ。
幸いおばあちゃんも運転手も命は助かったが大怪我だった。
ユイちゃんは思った。
「トラックがフワフワだったらケガをしないのにな」
ユイちゃんのパパはそれを聞いて言った。
「ユイは天才だな。すぐ開発を進めよう」
パパは世界一の大金持ちで、なおかつノーベル賞を何度も取るほどのすごい科学者だった。
それからどうでもいいことだけど総理大臣と大統領のお友達でもあった。
1年後日本のほとんどの街を走る自動車はフワフワになった。
そうだな。マシュマロのでかいのに窓がついて走ってると思ってくれ。
6歳になったユイちゃんはパパに言った。
「パパ、大好き!」
パパはご満悦だ。
「これで交通事故が起こっても大丈夫だな」
でもユイちゃんは言った。
「でもね、パパ。うんてんしゅさんはでんちゅうにぶつかって、どうろで頭を打ったんだよ」
「ふうむ。ユイは優しくて大天才だな」
パパはすぐ手をうった。
何しろ天才科学者で大金持ちだ。おまけにロックフェラー家とかロスチャイルド家とかにも親戚がいるらしい。あっという間に世界は変わる。
4年後、日本のほとんどの街は電柱も道路もビルもマンションもフワフワになった。
イベントとか行くとエアで膨らんでいるテントとか人形とかあるじゃん。街がだいたいアレで出来てるということだ。
街の全部がフワフワしているのでちょっと歩きにくかったけれど、みんな笑顔だ。
なにしろフワフワモコモコはみんな大好きで幸せの感触だからね。
ユイちゃんとパパがそんな街を散歩する。
そこに車がブンと走ってきてカーブを曲がりきれず、角のパン屋さんに突っ込んだ。
車がパン屋の入り口にぶつかってポヨンと弾み、ひっくり返った。
パン屋のドアはビョヨヨーンと震えたけれど、すぐ元の形に戻る。
ひっくり返った車もフワフワの道路にパヨーンと弾んで一回転しただけだ。
車の中からちょっと青い顔をしたオバさんが出てきて倒れたけど、フワフワの道路に幸せそうに転がった。眼を回しただけで済んだみたいだ。本当によかったヨカッタ。
「どうだ、ユイ。フワフワだぞ」
パパが鼻の穴を膨らませてユイちゃんを見た。
「スゴイネー、さすがはユイのパパ。エライエライ」
10歳のユイちゃんはスマホを見ながら、顔を上げないでパパを褒め称えた。
何だかパパはユイちゃんとの距離が前より開いたような気もしたけれど、それでも『さすがはパパ』と言われていい気分だ。
その夜、TVで外国の戦争のニュースを報じ始めた。
ユイちゃんが呟く。
「みんなフワフワだったら平和なのかな」
パパが眼を瞬かせた。
「うちのユイはどれだけ心優しいんだ。遠く離れた国の心配までするとは」
大天才で世界の大天災とまでいわれるユイちゃんのパパは早速取りかかった。
世界をフワフワにするのだ。あちこちの大統領とイルミナティとフリーメーソンとローマ教皇と大工の源さんに連絡を取って全力で世界をフワフワにするための計画を推し進めた。
しばらくして日本の京都御所とイギリスのグリニッジ天文台から発射された『フワフワ電磁波』は世界をゆっくりとフワフワ化するという恐ろしいような気もする怪電波だった。
8年後、世界の人々がその実態をよく把握できない間にすべてがフワフワになった。
独裁国の大統領が敵国に発射したミサイルは上空でフワフワになり、迎撃した側のミサイルもフワフワだった。両方とも地面に落ちてボヨヨンと数回バウンドした。
戦闘機も戦車もフワフワで、潜水艦もフワフワでどうしても戦いにならない。
そもそも国境も何だかフワフワして、どこからどこまでがどっちの国かよくわからなくなった。
世界はフワフワで武力衝突はほぼ無くなったが、やっぱり仲の悪い国は仲が悪かった。
「こんにゃろ!あの島はうちのもんだ!」
「何を!我が国のものだ!」
「こらっ。フワッと俺の肩を抱くな」
「お前こそ俺の首に両手を回して眼を潤ませるのをやめろ!」
どつき合いさえ何だかフワッとしたものとなった。
国と国に関わらずいろんな決め事がフワッとしているので揉め事が絶え間なく起きたが、その解決も最終的にはフワッと曖昧な結論となったため、色々みんな諦めた。
「どうだい、ユイ。パパが頑張って世界中がフワフワだ。今度またノーベル賞をもらえるらしい。科学賞なのか平和賞なのかはフワッとしてるけれど」
ユイちゃんのパパは鼻の穴を目一杯膨らませてお出かけの準備をしているユイちゃんに言った。
「ふーん、そう。でもね、パパ。やっぱり男は硬派でないと。フワフワしたのはもう沢山だわ」
18歳になっているユイちゃんは派手な化粧とミニスカートでフフンと笑う。
「ウッソーーッ!」
パパは大ショックだ。
「そんなぁ。パパはユイのために世の中をフワフワにしたのに」
ユイちゃんはコチ・コーチというブランドもののバッグを肩にかける。
「頼んでないわよ。恩着せがましい。フワフワゆるめのこと言ってんじゃないわよ」
パパは頭の中で『カチコチ電磁波』の設計を始めたが、ユイちゃんが玄関から出て行こうとするのでそれを咎める。
「こんな遅い時間にどこへ行くんだ。若い娘が危ないだろう」
ユイちゃんはもう一度鼻でせせら笑った。
「ハードロックのライブに行くのよ。そういうハンパなことが嫌いな硬派が集まるの」
それから手の平をパパに差し出した。
「それよりクレジットカード貸してよ。私のは限度額一杯になっちゃったからさ」
「そ、そういう娘に育てた覚えは…」
パパはユイちゃんを涙目で、それでもキリッと叱ろうとした。
だがすでに遅かった。ユイちゃんがギロリとハードコアに睨み返す。
「うっせえ、フワフワ親父。こういう時だけ固いこと言うなよな」
ハードに不良化するユイちゃんにパパは『ガツンと言わなくちゃ』としたんだけどやっぱり無駄だったようだ。
フワフワ革命とは関わりなく『頑固親父』は随分前に絶滅していた。
読んでいただきありがとうございました。
書いているうちに何を目指して書いているのかわからなくなりました。
こういうことが多いです。それも佳きです。