『ぼく』の、これまでの話
災害に遭われた方へ、お見舞い申し上げます。
強い風がキラキラと光る粒と共にぼくを襲う。痛くて眩しくて腕で顔を覆って目を瞑ったはずなのに、瞼を開いているかのように目の前も頭の中も真っ白になっていく。
光が収まったのか、目の前が暗くなる。少し肌寒くて、変な臭いがする。おそるおそる目を開けて腕を降ろすと、薄暗い…部屋の中?黄色味掛かった灯りが石で出来ているような床や壁をぼんやりと照らし出す。
「えーーーっ!なにこれ!異世界転生?!マジで?!やだーっ!ウケるーっ!」
中学二年生の娘さんが思い切り馬鹿丸出しの感想を大声で喚き散らす。
「はぁ?マジで?」
伯母さんは現状を把握する為かキョロキョロと辺りを見回す。
「「「おぉ、───!」」」
その周りには、フードを被った見るからに怪しいマント姿の集団が、やんややんやと騒いでいる。
ぼくは…周囲の人達みんな大きくて天井がやたらと高いなと思いながら何気なく自分の手を見たら、肉球があった。ナニコレ。
細くて長いヒゲが何本もあって、耳が上の方に付いてて毛むくじゃらで、黒くて長い尻尾がくねくねっと動いて爪の出し入れが出来るから……猫?ぼく、猫なの?
ぼくが猫のような姿になっているのを自覚したのと同時に、周囲の皆さんの騒ぎに悲鳴が混じる。キンッ!キンッ!と金属がぶつかり合う音も複数聞こえてきた。
「─────────?!」
「──────────────?」
「──────────!─────────!」
なんかウニャラウニャラ言いながらフードの人達が浮き足立っている。
「えっ?なになに?」
「マジでなんなの?」
伯母さん達は、こちらは親子揃って中身の無い事しか言わない。
なんて冷めた目で見てたら、扉がドンッ!と激しく開けられた音がしてドドドドドっと軍服?格好良くて動き易そうな服の人達が沢山入ってきた。
「うわあぁぁーーーっ!」
「ひぇーーーーっ!」
「ギャアァーーーッ!」
阿鼻叫喚って、こういう場面の事かな?
突如、身の毛のよだつ危機感に、んみゃっ!と横に飛び退く。と直後にドスンッ!ぼくの横に重い衝撃を感じた。腰を抜かした伯母さんが尻もちを付いたっぽい。びっくりした~!潰されたら堪らない!
「ママ?!」
娘さんが伯母さんに駆け寄って不安げに寄り添う。麗しき親子愛!まぁ、二人してガタガタ震えているだけなのだけど。
怪しさ満載のフード集団VS格好いい軍服集団。力の差が大きすぎるのかフード集団は呆気なく制圧されていく。軍服集団の面々はイケメン揃いで髪色も様々。茶色とか灰色もいるけど、金とか赤とか紺とか緑とか。その中でも銀の短髪のお兄さんがバッサバッサと見る間に敵を捌いていく。
これが観劇であれば、間近で凄い殺陣が観られるなんて!って興奮するところだけど、いや、今も興奮気味ではあるけど嬉しくは無いな。
怪しいマント姿の集団は捕縛されてフードを取り払われてただの不審者集団になってた。
「───────────!」
「─────────────」
「───────────────?──────────────────────?」
抜刀したまま、長い金髪を一括りにしたお兄さんと一番多く敵を捌いていた銀髪のお兄さんがこちらを見て何かを話している。
伯母さんは今にも失神するんじゃないかって位まだガタガタと震えているのに、娘さんはというと
「やだぁ、イケメ~ンッ!」
変わり身、早っ!
「────────────────────────────────?」
「─?───?─────────────」
「──────────────────────……」
ふっ、と銀髪のお兄さんと目が合う。薄暗い中でも解る不思議な、そう、濃いピンクの薔薇のような色合いの瞳がキラキラと煌めいて、とても綺麗…。
「──、────?」
金髪兄さんが銀髪兄さんの肩を叩く。
はっ!見入っている場合じゃない!銀髪兄さんの視線が外れた隙に、ササーッと部屋の隅の暗がりまで駆けていった。棚の影に隠れて、そぉっと伯母さん達の方を覗く。
銀髪兄さん、ぼくがいた辺りをキョロキョロ見回しているけど、そのうち金髪兄さんに叱られたのか指示を受けたのか。気が逸れている内に、棚をサッと登ってランタンの後ろの影に隠れて息を潜める。
娘さんが
「助けていただいてありがとうございます!」
とか言って銀髪兄さんに近寄ろうとするのを
「───」
と剣を向けて留まらせて、後退りして距離を取る。
兄さんが剣を降ろすと、あの綺麗な薔薇色の瞳がキラキラと虹色に煌めいて、すぅっと空気が変わる。
『異界からの客よ。今一度門をくぐり元の場所へ帰れ』
呪文?を兄さんが唱えると、伯母さん達がいる床から光が迸り彼女達を包み込む。で、直ぐに光は収まって、伯母さん達もいなくなってた。
……ぼく、置いてけぼり?
軍服兄さん達はガヤガヤとまだ忙しなく立ち回っている。ここから抜け出そうにも、間違って踏まれるのは嫌だなぁ。というか、なんとなく見つかりたくない。静かになるまで此処で休んでいよう。
※※※※※
お母さんは看護師さん。物心ついた頃から院内の保育所に預けられていて、幼い時は自宅のアパートよりもそこでの生活の方が主だった気がする。可愛い!って着ぐるみばかり着せられてたけど、ぼくもいろいろ変身できて満更じゃなかったな。
お父さんは工場勤務の職人さん。家にいたりいなかったり。お母さんと同じく夜勤があるから、たまに昼間っからお酒飲んでた。絡み酒で陽気な酔っぱらい、ぼくもお茶で乾杯してた。
「聞き分けが良くて大人しいから、面倒が無くて助かるわ~」
とは両親含め周囲の大人達のぼくの評価。確かに面倒事は避けたいから、特に自己主張することもなく目立たないように過ごしていた感じ。
小学4年生まで学童保育で、そこでも自分のことは自分で済ませて目立たなくしていた。本を読んだりたまに絵を描いたり折り紙折ったり。
実はお母さん、家事があまり得意ではなくて、お父さんの方が料理上手だったりした。小学5年生で学童保育から離れて、新築一戸建てに引っ越した時にはほぼ、ぼくが家事してたかも。
一人で居ることには慣れていたし、『さみしい』と感じたことは無かったなぁ。だって、お母さんもお父さんもぼくのことちゃんと見ててくれて、お話ししてくれて、褒めてくれて、悪い事したら何がどう悪いのかしっかり説明して叱ってくれて。ぼくのことを好きって言ってくれて。ぼくも彼等が好きだ。今でも、これからも。
ぼくが学校に行っている間に、二人仲良く買い物に行ったんだろうな。授業合間の休み時間に先生に呼ばれて、帰り支度して病院に連れられて行ったら。二人仲良く隣同士で寝てた。別々の部屋じゃなくて良かったなぁ、なんてぼんやりと思ったのは憶えている。
骨になったお父さんは、それでも凄く丈夫で、骨も硬くて大きかったから骨壺に入れるのに苦労して、親戚の人達が文句を垂れながらガツガツとお父さんの骨を突き回しているのが、もう凄く悲しくて悔しくて腹立たしくて……大泣きしてしまった。
そしていつの間に決まったのか、伯父さんの家族と暮らすことになってた。ぼくの家で。
ぼくの使っていた部屋は何故か伯父さんのぼくより2つ上の息子さんの部屋になって、もう一つの部屋はぼくより1つ上の娘さんの部屋になって、お父さんお母さんの部屋は伯父さん伯母さんの部屋になって。ぼくの部屋は狭い納戸に今まで使っていたシステムベッドを入れて。
「なんで?」
って伯母さんに訊いたら
「小学生だから」
それ、理由になってなくない?
「中学生になったら元の部屋に戻れるの?」
「そんな訳無いでしょ」
「理不尽だと思」
「あんた一人じゃ暮らしていけないから此処に住んでやってるの、文句言わないで」
ぼくに一言の相談も断りも無しにこの家で一緒に暮らすことを決めた癖に、横暴だよ。ぼくが未成年だから?
伯父さんに話しても
「う~~ん、そうだね~」
と真面に取り合わない。
息子さんと娘さんも、ぼくの所為で転校しなきゃいけなくなったからと、ぼくのおやつやおかずを食べたり、服や小物を勝手に持っていったりと、細々とした嫌がらせを仕掛けてくる。
もう一緒に住みたくないからと中学進学時に寮のある学校に行けるよう、担任の先生にも話をして準備とか根回しをして、伯母さんが
「お金が無い」
とか
「あなた名義の家に本人が住まないのはおかしい」
とか
「上二人は市立なのに一人だけ私立は不公平」
とか文句を言うのを一つ一つ説得して貰ってやっとのことで受験票を取り寄せるところまで出来たのに。
娘さんがぼくより先にその受験票の入った封筒を目にして、何を思ったのか封筒毎受験票をコンロで燃やした。火災報知器がガンガン鳴って、凄い騒動になったのだけど。
娘さん曰く、
「あんたに偉そうな手紙が来てたのが悪いんでしょ?」
何故そういうことになる?
残念なことに私立中学校への受験は出来なくて、息子さん娘さんと同じ中学校に進学したのだけど。
「「なんで俺(私)がお前を虐めていることになってるんだよっ?!」」
ぼくが納戸に部屋替えになったのも、おやつやおかずを横取りされるのも服や小物を持って行かれるのも事実だけど。ただ、ぼくはあまり話はしないけど2軒隣の小母さんは噂好きだから、火災報知器の件なんか面白おかしく話しまくっているかもね。
そんなだからぼくの入学後、二人とも学校では肩身が狭いらしい。知らんがな。
そんな中、家庭内の不和を何とかしようと連休に伯父さんが家族旅行を企画した。
「伯父さん家族だけで行ってきてください。ぼく、家にいたいです」
一緒の家に住んでいる同居人の認識だから。彼等とはとても家族とは思えない。
でも「泊まるところはもう予約してあるから」とごり押しされて、伯父さん家族と一緒に車中の人。
ぼくは「一番年下だから」と意味不明な理由でいつもは格納されている後ろの狭い座席に座らされる。荷物のような扱いだね。
海岸沿いの道路で途中、展望台のようなところでトイレ休憩をする。結構混んでいて展望台は人が一杯いるから、少し離れたところで木々の間から海を見る。
ざぷんっ、ちゃぷんっ、と波の音が割と近くで聞こえる。
柵の向こう側は急な斜面で、転げ落ちたらそのまま海にダイブしちゃうなぁ。天気が良くて水面がキラキラしてて、爽やかな風が気持ち良い。
……みゃあぁ~……
か細い鳴き声。悲しそうな、痛そうな、でも諦めてしまったような…泣いている声。
ザァァッと突風が吹いてフワッと目の前を赤いものが横切る。目で追うと、娘さんの赤い帽子が柵の外の斜面から生えている木に引っ掛かった。
「それ!取ってよ!」
娘さんが怒鳴りながら歩いてくる。
「私スカートだから取りに行けないんだから、早く取ってきて!」
それが人にものを頼む態度?まぁ、今更だけど。機嫌悪くなると、今以上に当たりが強くなるから、しょうがない、機嫌取っとくか。
ぼくは、はぁ~、と溜息をついて何も言わずそこまで高くない柵を越えた。あ、伯母さんが何やら怒鳴りながら凄い形相で走ってくる。さっさと取ろう。
……ふゃあぁ~……
また聞こえた、か細い泣き声。悲しそうな、痛そうな、諦めてしまったような……胸が締めつけられる。探さなきゃ。
「あんた達何やってるの!」
伯母さんが怒鳴る。ぼくのこと、大声で威嚇して海に落としたいのかな?
木に引っ掛かった帽子を取ろうとしたら、ずるっと滑って海に落ちそうになった。危ない危ない。用心して帽子を取って、直ぐ後ろの柵の内側にいる娘さんに渡す。
「もう、さっさと中、入って」
と娘さんは帽子を引ったくって受け取り、そのまま被る。お礼は言わない。
……にぃあぁ~……
消えそうにか細い泣き声。何処にいるの?待ってて、今、行くよ!
すると強い風がキラキラと光る粒と共にぼくを襲う。痛くて眩しくて腕で顔を覆って目を瞑ったはずなのに、瞼を開いているかのように目の前も頭の中も真っ白になっていく。
※※※※※
人の行き来が少なくなった。ランタンの下の棚も調べられて、この部屋はそろそろ閉鎖されるかも。窓が無いし肌寒いから地下室っぽいのだけど、そんなところに閉じ込められたくない。
誰も足元には注意を払っていなさそう。今のうちに!
ぼくは静かにランタンの後ろから床に飛び降りて、忍び足で扉から素早く外に出た。直ぐに上に続く階段があって、頭上に気を付けながら急いで登る。
登った先は、小さな部屋。小窓から入る夕焼けの光が橙色に染まっている。……夕焼けだよね?
目立たないように影になっている所を選んで慎重に歩いて外を目指す。
小さな部屋から出ると、障害物が沢山あって、隠れやすいけど見通しが悪い。この障害物、細長い机と椅子が一体となった造りになっていて、同じ方を向いている。人を象った大きな像があるから、礼拝堂?
誰にも咎められずに何とか外に出た。大きな建物じゃなくて良かった。建物の影に隠れて様子を窺う。
街中なのか、建物が並んでいて行き交う人も多い。空は夕焼けの橙色が宵闇に押され始めている。空気の温かさに気持ちが緩みそうだ。
伯母さん達は元の世界に帰ったのかな、どうでもいいけど。今、この場にいないことは確かだ。いたとしても猫の姿ではぼくだと解らないだろう。
……猫?あの、猫のような泣き声の主を探さなきゃって思ったんだった。ぼくが猫の姿に変わるなんて想定外だけど、もしかして探しやすくなる?
さて、どうやって探そうかな。
読了、ありがとうございます。
<(_ _)>
作中の銀髪兄さんは、短編『王国騎士団は天使の夢を見る https://ncode.syosetu.com/n4854in/』の主人公です。
世界観は違いますが、TS転生魔神と元兵士マッチョ聖者の恋物語を連載してます。
TS転生魔神視点『転生魔神は陽気に歌う
https://ncode.syosetu.com/n9806id/』
元兵士マッチョ聖者視点『聖者のお勤め
https://ncode.syosetu.com/n9170if/』
よろしければ御一読くださいませ。
面白いと思われた方は是非スクロールバーを下げていった先にある広告下の☆☆☆☆☆を★★★★★に、ブックマーク、いいね、感想等をお願いします。