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1-4 ハンカチを貴方に

「アンさん……」

「はい何でしょう」

「助けてもらっておいてこんなことを言うのはなんだけど、僕は少しアンさんのことが怖いよ……」

「まあそんな」


 複雑そうな表情のエリックに、ころころと笑い声をあげてしまう。


「嘘は言っていませんよ、エリック。アカデミーに通うと誓約してそれを破るのは詐欺のようなものですし、借金を被せられそうになってるのも本当です」

「うん……」

「そして行き場の無い人間は裏通りに行きがちで、フォルテもそうだろうなと思っただけですよ」

「うん……それはそう……そうかもしれないけど……」


 エリックは酒場の床にぐるぐる巻きにされた人物を指さして、思わずと言った様子で声を漏らした。


「だからって尋ねた次の日に見つかる?」

「フォルテが人望厚かったら難しかったかもしれません! 可愛い子分枠に収まっていると庇う人間が出てきたかもしれませんからね……。でもわたしはフォルテを信じていましたよ! ちゃんと人付き合いができなくて怪しい新人枠にいるってことを!」

「この……クソ女……」


 下から歯ぎしりと共に絞り出すような苦々しい声が届いた。

 できるだけ場の雰囲気を和やかにしようとフォルテにウインクを送ってみたけれど、なしのつぶてである。エリックもエリックで一歩後ろへと下がったような気がする。


 縛られて床に転がされているフォルテとその前に立つ自分たちを囲むようにして、裏通りの住民たちはこちらの様子をニヤニヤと眺めていた。

 彼らの情報網によりフォルテを見つけ出し、ここまで連れて来てくれたわけだがどうこうする気は無いらしい。揉めているのはあくまでそっちなんだから自分たちで解決しろ、という言外の圧を感じる。元よりそのつもりではあったけれど予想以上に娯楽扱いされているようだ。


「おい、オレの事を連れ戻しに来たんだろうがな、何と言われようとオレはアカデミーに戻らないからな! あんな所の生徒でいられるかよ!」

「はい、それは構いませんよ」

「えっちょっアンさん?」


 構わない、の言葉に相当慌てたらしいエリックが狼狽の声をあげた。フォルテも声こそ出さなかったものの、意外な一言だったらしく面食らった表情で黙り込んでいる。


「ちゃんと手続きを踏んで退学してもらえば寮長のエリックにお咎めは無いでしょう? 手続きのために一度アカデミーに来てもらう事を連れ戻すと言うならそうですけど……」

「それはそうかも……しれないけれど……!」


 エリックは困ったように頭を振って考えこんでしまった。


 これは……エリックは文字通りちゃんと連れ戻したかったやつだ!

 今更そのすれ違いに気が付き、エリックに並んでふむと考えだす。大分嫌がっている人物をどうやって説き伏せたものだろうか。

 二人揃ってうーんと悩んでいると、動きが無くてつまらなくなったらしい外野からのヤジが騒々しいものになってきた。


「えっと、フォルテ……わたしが大人げなかったです。あれは少し意地悪だったかもしれません、ごめんなさい。アカデミーに戻りませんか?」

「イヤだね。何物分かり良い奴ぶってるんだか知らねえが、別にお前に謝ってもらっても何とも思わないからな」

「うーん失敗しました」

「諦めないでアンさん!!」


 ここまで諦めないでやってきたじゃないか! とエリックに肩を揺さぶられる。

 おお、大分エリックにも根性論が染み込んだな……などと明後日な事を考えていると、エリックは一つ溜め息を吐いてフォルテの近くへと跪いた。


「フォルテ……」

「何だよ。何と言われようとオレは……」

「うん、君がアカデミーに……レオンハートに居たくないのは分かっている。でも、卒業までのあと二年だけ頑張らないか?」

「…………」


 そう言ったエリックの真摯な、労わるような眼差しからフォルテは顔を背けた。


「君のためでもあるし、君のご家族……ご兄弟のためにもなる。本意では無い場所に居るのは辛いとは思うけど……」

「……オレはっ」



「うるせぇ……二階まで響く騒ぎを起こすなよ……」



 階段を下りる足音と共に、気だるげな声が降ってきた。

 その一言で今まで散々飛んでいた外野の騒ぎ立てる声はぴたりと止み、言葉途中だったフォルテも口をつぐんだ。


 中途半端な長さの黒髪と、眠たげな黒い瞳の片方は眼帯に覆われている。明らかに堅気じゃない雰囲気を漂わせたその人物は一階まで降り立つと、「で?」と言いたげに首を横に傾けた。


「これは一体何の騒ぎなワケ?」

「ギルバートさん、その」


 渦中の人間として説明しなければ、と思ったらしいフォルテが口ごもりながら言葉を紡ぐのを横目に、ギルバートは煙草を吸い始めた。

 打って変わって静かになった周囲の態度としおらしくなったフォルテの態度から察するに、このギルバートという男性がこの辺りをボスとして取りまとめているのだろう。


「……お前そんなガキだったの? お家に帰りなお家に」

「……ッ、そんな」

「つまりよ、お前さんはやるべき事をやらないでココに居るワケだろ? そりゃあいかん、いかんよ坊主」

「……剣の腕ならあります! ここならオレにできることがあるんだ、オレをここに、」


 フォルテが全てを口にする事は無かった。

 何故なら――。


「何すんだよテメエ!」

「手袋が無かったのでハンカチで代用してみました。顔に当てたのは、これなら気づいてくれると思って……」


 縛られたままなので手で受け止める事もできずに、顔面でハンカチを受けるしかなかったフォルテが怒りで顔を赤くしている。対照的に、ギルバートは興味深そうな表情を浮かべた。


「お嬢さん。手袋の代わりってコトはつまり……」

「はい、決闘の申し込みです!」

「………………アンさん?」


 ギ、ギ、ギ、とぎこちない動きでエリックがこちらを振り返る。エリックが不安げな顔をしているので安心させるべく、いつものように笑顔を浮かべてみたが、何故か更に絶望したような顔になってしまった。


「こうしましょう。フォルテが勝ったらフォルテの好きにしていい、わたしが勝ったらフォルテはアカデミーに大人しく戻る。これでどうですか?」

「誰がお前と決闘なんて……!」

「そうだなァ、ウチもこのガキいらねえしなァ……」


 ふーっと煙草の煙を吐き出しながら、ギルバートは片方しかない目を意地悪そうに歪ませてフォルテを見やった。




「だが面白そうだ。やれ。フォルテ、剣の腕が確かだってンなら、問題ないだろう?」


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