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1-3 フォルテ捕獲大作戦2

「い、いらっしゃいませー」

「声が小さいぞ坊主! ウチの店でシケた真似してるとクビだ!」

「……いらっしゃいませ!!」


「お、お待たせしました、麦酒二つです」

「ウォッ、聞いたかよ『お待たせしました』だってよ……へへっこの店でそんな言葉が聞けるとはよ。嬢ちゃんいくつだい?」

「えっ!? ぼ、僕は男です!」


「ンだテメエ!! 表出ろやッゴラ!!!」

「上等だァ!!!」

「えっあの……あ、アンさん!マスター!こういう時はどうすればいいんですか!」

「外でやってくれる分には好きにしていただいて問題ないですよ」

「店に傷がつくようだったら負けた方のサイフから金抜いときな」

「………………」




「父上、母上、初めての労働が犯罪まがいの酒場で申し訳ありません……」


 エリックは慣れない場所と労働に疲れ切ったようで、よろよろと足を引きずるように歩いている。

 辺りは既に暗く、街灯も少しはあるとはいえ転ばないか心配だ。エリックの片腕を取り、支えるように自分の肩に回す。


「いやですね、エリック。あそこは犯罪なんて犯していないですよ。多分」

「多分ね、多分……」

「犯罪行為をしている人間は集まってるかもしれませんけど!」

「……」


 努めて明るく、冗談のように言ったつもりだけれどもエリックはクスリともせずに顔を強張らせた。失敗したようだ。

 コホンと咳払いを一つして、エリックを安心させるべく何回目かの説明を繰り返す。


「いいですか、エリック。乗り合い馬車には一つもフォルテらしき人物の様子はありませんでしたよね?」

「うん。あれはそこそこ辛かったなあ……もしかしたら今まさに出発するフォルテを捕まえられるかもしれないから一日中王都内を駆け回って……でも今よりずっと胃が痛くなかったや……」

「エリックしっかり! 遠い目をしないでください!」


 乗り合い馬車以外に王都の外へ出る方法としては、飛空艇に乗るか徒歩で門を通るしか無いのだがどちらも厳しいだろうとエリックと結論が出ている。

 飛空艇は基本的に乗り合い馬車の数十倍の料金がかかり、徒歩で門を通るなら門番から素性を確認される。一応どちらにも確認は取ったが、やはり王立アカデミーの生徒が通ったという情報は無かった。


「とにかく。お金の無いフォルテですから足をつけずに王都の外へ出るのは難しいって分かりましたよね? 絶対この都のどこかにはいるんです」

「うん……」

「そして大体お金の無い人間が困って行き着くのは裏通りです。ゆえに我々は裏通りの酒場で働き、情報を集めようとしているんです、分かりますよね?」

「うん……分かるよ、フォルテを探すのに必要なんだってことは。でも……」


 下級貴族だ、と謙遜していたけれど何だかんだお育ちのよろしかったエリックにとっては色々と衝撃的な場所だったようだ。

 フォルテが裏通りにいないにしろ、やはり情報がよく集まる場所なので避けることはできなかった。できなかったとは思うものの、あまりにエリックがしおしおとしているので、励ますようにポンポンと背中を叩いてみる。


「大丈夫ですよ、エリック。きっとフォルテは見つかるしこれも社会勉強の一種だと思いましょう、ねっ」

「アンさんはタフだなあ……」


 歩いているうちに酒場から雑木林の前に辿り着いた。ワサワサと草木をかき分けながらぐにゃりと歪んだ塀に身体を通し、レオンハートの寮前へと戻る。

 門前に全てお見通しです、と言うようにデボラさんが仁王立ちしている――ということもなく、今日の非公式の外出も気づかれていないようだ。半ば見捨てられたようなこの佇まいがこんなに嬉しいことはそんなに無いと思う。


 扉を開けて寮に入ろうとするその直前に、エリックが「あ」と声をあげて立ち止まった。


「そういえば僕、ウエイターとして働くのに必死で肝心のフォルテの事を聞けてないや。アンさんは何か聞けた?」

「ああ! 今日は聞いてないけど大丈夫ですよ、良い聞き方を考えてあります。まずはあの店の皆さんと仲良くなりましょう」


「良い聞き方……?」「仲良く……?」と、エリックは疑問でいっぱいだったようだけれど眠気と疲れの方が勝ったらしい。コクリと頷いて二階の自室へと引き上げて行った。



 裏通りの酒場は今日も盛況だ。

 ほとんど満席のテーブルを縫うようにして料理と酒を配り歩いていると、常連の一人から声をかけられる。


「いや~アンちゃんは持つと思ったけどよ、エリック坊ちゃんもまだここで働いてるとは思わなかったわ」

「三日で辞めるに賭けてたのによぉ」

「オレ初日に賭けてた」

「僕で賭けごとをしないでください!」


 ぎゃはは! とあがる笑い声に負けじと、テーブルに麦酒の入った木製のジョッキをエリックがドン!と叩きつけるように置いた。

 初日は一杯ずつ恐る恐る持ってきていたのを笑われていたのに、今では三杯同時に持ってこれるようになっている成長にほろりと涙がにじむ。


「アンちゃんはかわいいし坊ちゃんは面白いし、このまま働いてほしいわ」

「わたしもエリックもそう簡単に辞められませんよ」

「ま、そんな若いのにこんな場所で働いてるんだ、二人とも事情持ちだよな」


 酒が回った赤ら顔たちが揃ってウンウンと頷く。

 しみじみと労わるような表情だけど、その奥に野次馬根性の好奇心があるのも見える。会話に参加していない周囲の人間も、興味があるのかややそれぞれの声を落として聞き耳を立てている気配を感じる。


 時は来た――。

 どう答えたものか戸惑ってこちらに視線を送ってきたエリックに頷いて、今まで口にしなかった目的を彼らに聴かせる。



「実はわたしたちフォルテという人に詐欺で借金を被せられそうになっていて……多分裏通りの人だからここに来れば何か分かるかもしれないと思って働いているんです」


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