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0‐2 もしかしなくても外れくじ

 

(なんとまあ華やかな所なんでしょう……)


 王都にたどり着いて予想以上の華やかさに口を開けて、アカデミーにたどり着いて今まで住んでいた村が10個以上収まりそうな広大さにまた口を開けて、案内された来賓室の豪華さについに逆に口を閉じてしまった。

 これは田舎の村で長い間過ごしてきたからそう感じるというのもあるだろうけれど、それだけではない。恐らく元居た世界の王都よりも発展している。


 ちょうど王都に向かう用事のあった村人と一緒に商人用の門から入ったところ、門番から「あ~牛で来てるってことはあの村から来てるのね、本当ド田舎か……遠くからお疲れ様」と名乗る前から特定されて労われるほどであった。周りは馬車しかいなかった。


 本人確認や諸々の手続きが済み、通された来賓室で久々に味わう厚いクッションの仕込まれた椅子に感動していると、ドアの開く音がした。



「……貴女ですか、クレア・クックの代わりは」


 ロマンスグレーの髪をきちんとまとめた、隙の無い出で立ちの初老の女性だ。

 品定めのような視線が上から下まで流れたのを感じる。恐らく担当のご婦人だろう、立ち上がり片足を斜め後ろに引いて一礼するとご婦人のよく整えられた眉が片方だけ上がった。


「ずいぶん若いようですが」

「はい! 今年18……あっ、19になりました。アンと申します」

「そうですか」


 そういえばこちらの世界に来てもう一年経っていたのだった。

 照れ笑いを浮かべてもご婦人の表情は特に動かない。


 付いてくるように、と言うように手振りのみで指示をしたご婦人はくるりと背中を向けて歩き出す。

 こちらの反応を待たずに動き出すこの感じ……恐らく歓迎されていない!!




「仕事内容は聞いていますね?」

「はい! 炊事、洗濯、掃除……とにかく家事全般を担当すると聞いています」

「よろしい」


 振り返ることなくスタスタと歩むご婦人の足取りに迷いはない。とても良いことだ。


「それに加えて貴女は諸雑務も担当することになります。門限の管理、鍵の管理、見回り、生活物資の管理……」

「お仕事がたくさんで楽しみですね!」

「……」


 外回廊に差し込む爽やかな陽光。とても良いことだ。

 良いことなのだが……。


「ところで、あの……」

「何ですか」

「どんどん道を外れていくようなのですが」


 何ということでしょう。

 さっきまで品の良い室内で深紅の絨毯を踏みしめ、外回廊では瀟洒な石畳の足音を楽しんでいたはずなのに何故か土肌の見える道を歩いている。


 前向きに考えると雑草が所々生えているのでサクサクと音が楽しめる。

 最初は並木道だった木々もいつの間にやら並木と雑木林のどちらで表現しようか迷う風体だ。まさか王都に来てまで村の雰囲気を感じられるとは思わなかった。


「この道で合っています」

「……なるほど~」

「ほら、見えたでしょう」


 ご婦人が指さす先にあったのは、赤いレンガで組まれた二階建ての館だった。

 塗装の剥げた屋根は見たところギリギリ穴は空いていない。思わず築年数に想いを馳せそうになるレンガの壁にはところどころ補修した跡が見られる。あちこちに蔦が絡まっており趣深い。寮らしい大きな玄関ホールの扉は……建付けが悪いのかわずかに隙間が空いている。

 色々言ったが、一言で表すと……。


「ボロボロですね~!」


 面白いほどにボロボロの建物だったので笑顔でそう言ってみたが、相変わらずご婦人は無表情だった。


「さて、アン。わたくしは総寮母長のデボラです。貴女にはクックに代わりこのレオンハート寮の寮母を務めてもらうことになります。よろしいですね?」

「お任せください!」


 間髪入れずに返答をすると、少しだけデボラさんの表情が動いた……ような気がした。


「寮母というのは初めての試みですが、きっと見事にこなしてみせましょう!」

「こなしてもらわないと困ります」



「……あの……」



 ギッ、ギィ……ときしんだ音を立てながらゆっくりと寮の扉が開いていく。

 隙間が空いていたのは建付けが悪いせいではなく、扉の向こうに様子をうかがっている少年がいたためのようだ。いや、実際に建付けは悪そうではあるけれど。


「総寮母長、もしかしてその方が……?」

「エリックですか」


 ようやく開いた扉の先には、エリックと呼ばれた金髪の少年がいた。

 エリックの青い瞳が不安そうに視線をさ迷わせ、ばちりと視線がかち合う。にっこり微笑みかけてみると困ったように眉を下げつつも微笑みを返してくれた。


「あの……本当にクレアさんは……」

「退職しています。クックと待遇も変わりません」

「ああ……終わった……」


 王立アカデミーは10代後半の少年が通うと聞いているのだが、10代の少年には似つかわしくない哀愁をただよわせてエリックはうなだれた。どうしたのか分からないけど元気を出してほしい。


「貴方がいるなら寮内の案内は任せました。後は物資の申請等、わたくしの許可が必要な時のみ連絡するように」


 そう言ってデボラさんは足早に立ち去って行った。

 まだうなだれているエリックに何と声をかけるかほんの少し悩んで、すぐに悩むのをやめた。


「はじめまして! わたしクレアおばさんの代わりに寮母を務めさせていただく、アンと申します。これからどうぞよろしくお願いしますね」


 自己紹介。元気な自己紹介は大体のことを解決する。

 のろのろと顔を上げたエリックはまたも困ったように微笑んで、それから場違いな明るさが段々おかしくなったのか小さな笑い声をあげてくれた。



「初めまして。僕はエリック・エヴァンズ。古い寮だけど……君にこの寮を案内してもいいかな」



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